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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

××な誰かさんの話

××な彼らと嫌われ者のわたし

作者: しきみ彰

いじめ描写があります。お嫌いな方はバック。

「馬鹿なくせに、この学園に入ってんじゃねーよ!」

「神木様たちに媚び売ってんじゃないわよ、このブス!」

「ほんっと、お前死ねばいいと思うわ」


 わたし、宇井京香は日夜、陰湿ないじめを受けていた。

 廊下を歩けば罵られ。

 口を開けば笑われる。

 わざと転ばされることは日常でしかないし、靴が隠されることは挨拶の一部だ。物理的な攻撃や、陰からの暴行。どちらにせよ、陰険極まりない行動をされていることは事実だ。

 しかし、これは仕方のないことだ。いじめられているのは、わたしの成績が学校で一番悪いから。

 だってこの学校には、生徒たちだけで続く暗黙のルールがあるのだから。


「……ふぅ。やっと、終わった」


 先輩であろう生徒たちが去った中庭で、わたしは小さく息を吐く。珍しく押されて転ばされたため、足には土が付いていた。少しだけ擦り切れているから、水で洗って消毒しておかなくっちゃ。

 眼鏡についた土を払い、緩んだ三つ編みを解いて結び直す。

 時刻は四時頃。既に授業は終わり、周りからは部活をする生徒の明るい声が響いている。そんな空を見てため息を吐き出し、わたしはカバンから救急セットを取り出した。


「京香!」

「……修輔シュウスケセンパイ」


 黒髪のイケメンが、顔色を変えて走ってきた。

 彼は三年の、神木修輔センパイ。この学校の生徒会長であり、理事長の孫だそうだ。その上成績は極めて優秀。

 そして彼こそ、この学校の『王様』だ。

 わたしは修輔センパイの顔を見て、ホッと息を吐き出した。


「京香、大丈夫か? あいつら……京香の綺麗な足に、なんてことをして」

「大丈夫です、センパイ。今日はそんなに、痛いことはないです」


 そう修輔センパイに言えば、彼はますます顔を歪める。


「本当にすまない……俺がさっさと、こんなことやめるように言えば良いのにな」

「そんな。修輔センパイは、わたしのことを考えてくれてます」


 へらりと笑えば、修輔センパイは少しだけ相貌を崩した。

 そう、だって、修輔センパイは何も悪くない。悪いのは、この学校の生徒だけの伝統である、王様制度なんだから。

 そう。この学校には、王様制度と呼ばれるものがある。それは、成績で人の優越を付ける制度だ。

 最優秀成績者には『王』の名が。

 次席には『宰相』、三位から十位までの者には『貴族』の名が与えられる。

 そして最低成績者は『生贄』として、全校生徒からイジメを受けるのだ。それが、今のわたしの現状でもある。わたしのようなイケニエは、生徒たちからすれば憂さ晴らしの材料でしかないのだ。

 最早、人として扱われることなんてない。

『生贄』以外の下位から十一名は、『奴隷』として理不尽な雑用を押し付けられ、それ以外は『平民』として平穏なときを過ごせる。

 ここは、一種の王国なのだ。

 そして『王様』の修輔センパイと、『生贄』のわたしが一緒にいるのは、彼の優しさからくるもので。

 修輔センパイはわたしを立たせてくれる。


「ありがとうございます、修輔センパイ。わたし、修輔センパイがいてくれるから、なんとか耐えられてる気がします」

「いいんだ。所詮、何もできていない無能だからな、俺は……そうだ、宇井。昼は生徒会室で食事をしたらいい。そのほうが安全だろう?」

「はい、修輔センパイ。ありがとうございます」


 修輔センパイに手を引かれ、わたしは今日も帰路に着く。

 この優しい人がいれば、わたしは大丈夫。

 未だに痛む足を引きずりながら、わたしは彼の横顔をぼんやりと眺めていた。











「……まぁそんなこと、あり得ないんだけどね?」


 家に着いた瞬間こみ上げてくる笑いに、わたしは肩を震わせて耐える。

 ああ、何もかも、おかしくておかしくて仕方がない。

 古臭い眼鏡を投げ捨て。ダサいお下げを解き。

 わたしはお腹を抱えて爆笑する。


「俺がやめるように言う? バッカじゃないのっ! そんなことしたいなら、わたしにわざわざ近付かないでしょ! アハハッ!」


 神木修輔の言葉には、矛盾しかない。あれで成績優秀者なんて笑ってしまう。それとも、わたしがそんなことにすら気付かない馬鹿だとでも思っているのだろうか。ああ、そうでしょうね。でも、頭の良い悪いと頭のネジが緩いのは、イコール関係にはないのよ?

 思わず爆笑してしまったけど、いけないいけない。これから晩御飯を作らなくちゃならないのに。


「うふふ、今日の傷はこれだけなのね。あーあ。つまらないわ」


 両親には怖がられるので言ったことはないけど、わたしは自分の体で実験をするのが好きなの。どれだけの怪我がどれくらいの期間で治るのか、それを知るのがとっても楽しい。

 戸籍なんていくらでも詐称できるわ。だってわたしは、天才なんだから。

 ああ、でも、早く料理を作らなきゃ。が帰ってきちゃうもの。

 料理を作りながら、今日ボイスレコーダーで録った学生たちの暴言を再生する。


『あんたがなんで生きてるわけ? 死ねば良いのに』

『バーカ。ブース。死ね』

『お前、本当キモい。消えろよ』


 あーあ。なんて楽しいことでしょう。

 わたしが死んだらあなたたち、自分がこの位置にくるかもしれないのよ?

 そのこと、絶対に分かってないでしょう。

 わたしは毎回最低点を取るために、わざと問題を間違えてるんだもの。本気で解けば、あの嘘臭い聖人君子なんて余裕で抜けるわ。ああ、嘆かわしい。


「ほんっと、馬鹿ばっかね」


 指先に包丁の先を当てれば、ぷつりと皮が切れて血が溢れる。いやだ、いけない。思わず手が出ちゃった。

 でもそろそろ、良い頃合いかもしれない。あの馬鹿どもとの遊びも飽きた頃だし、他の遊びを考えましょう。はてさて、何が良いかしら。

 人参を刻みながら、わたしは物思いにふける。

 そうして思いついたのは、とっても面白そうなことだった。


「ふふふ。あの愚者たちの顔が絶望に染まるのを見るのは、とっても楽しみだわ」


 未だに流れ続けるボイスレコーダーを指先でつつき、ほくそ笑む。そのとき、家のチャイムが鳴り響いた。

 玄関へと走りながら、わたしは一人ほくそ笑む。

 さてさて。楽しい舞台の準備に入りましょうか。



 ***



 それから数日後、わたしはとある映像をインターネットの動画サイトに掲載し、各新聞社に送った。

 その内容はこんな感じのものなの。





『わたし、宇井京香は、陰湿ないじめを受けています。しかもそれは、学校の公認の上です。この学校は、歪んでいます!』


 そこは、一人部屋に佇むわたしが映った映像。もちろん顔はダッサイときの宇井京香にしているわ。

 そして部屋の真ん中には椅子と、首吊り用の紐が垂れているの。

 そして、映像が切り替わる。

 次の瞬間現れたのは、わたしが受けた数々のいじめの現場を、隠しカメラで撮影したものなの。

 廊下では足を引っ掛けられて転ばされ、トイレに入れば頭から水をかぶせられる。教室に入れば消しゴムやチョークを投げられ、体育の授業では狙い撃ちにされた。

 そんなシーン。

 なんてことはない、普通のありたいていないじめの現場を、面白おかしくなるように切り替えて貼り付けたの。音声もちゃーんと、鮮明に聞こえるように工夫したのよ。

 ね? 楽しいでしょう?

 そしてそのシーンが終わった頃、映像はまたわたしが一人で佇むシーンに戻る。


『これが、今までわたしが受けてきたいじめの実態です』

『こんな学校があって良いわけがない。その上ここは、名門校です! こんな人たちがいるから、社会は泥沼に沈んでいるんですっ!』


 あらやだやだ。我ながら、迫真の演技。なかなか良い味だしてると思わない?

 涙なんか流しちゃって、あらぁ。わたしって意外にと、女優に向いてるのかもしれないわね?

 大声を上げて泣き喚いてから、わたしはひゃくり声を上げつつ椅子の上へとのぼる。そして、輪っかに首をかけた。


『この映像は、わたしが死んだ後、お父さんが動画サイトと各新聞社に送ってくれます。そう書き置きをしました』


 そして、軽く椅子を押す。


『さようなら』


 そこで映像は途切れた。



 ***



「うふふ。ほーんと、愉快ねぇ。そう思わない? お父様・・・?」

「……相変わらず、趣味が悪いですねぇ。狂歌・・さん」


 あらやだ。こんなに善良な人間、わたしくらいよ?

 ふふふ、と微笑めば、お父様ははぁ、とため息を吐く。


「……それで? 日本社会に波紋を生んだことは、あなたの好奇心を満たす材料になりましたか?」

「まさか」


 こんなもの、なんにも楽しくない。

 だって、たかが数千人程度の人生をぐちゃぐちゃにしてやっただけなのよ?

 もっとわたしはスリルが欲しいの。

 今となっては傷跡のさっぱり消えた肌を撫で、わたしはお父様に抱き着く。彼は嘆息した。


「……そんなんですから、社会に根付く悪だとか言われてしまうんですよ?」

「うるさいわよ、お父様?」

「……その呼び方、いい加減やめて欲しいんですが」


 すねちゃって、もう本当に可愛い。わたしが愚者たちと遊んでいるのを見て、いっつも不服そうにしてたものね?


「なに拗ねてるの、シン? わたしはあなたのために、とっておきのエンターテイメントを用意してあげてるのに」

「……あなたは本当に、相変わらずだ」


 あらあらあら。本当に酷い。わたしが変わる必要なんて、万が一にでもないでしょうに。

 だってわたしたちは、人ではない何かなんだから。


「だってそうすれば、あなたはわたし以外を見ないでしょう?」

「……あなたは本当に、何一つ変わらない」


 彼はそう言って、わたしの唇を貪った。

 ふと付けっ放しのテレビ画面を見れば、そこではひっきりなしにあの学校についての悪事が流れている。これからあそこに通っていた生徒はみんな、社会から弾かれて過ごすことでしょう。ついでに言えば、家族も破綻しちゃうわね。ああ、あの気持ち悪い理事長の孫も、見事に堕落するわね。やだ、想像したら楽しくなってきちゃった。

 全ては彼への愛ゆえに……ってね?


「……狂歌。よそ見しないでもらえますかねぇ?」

「うふふ。シンって、本当にカワイイ」


 彼から溺れるほどの愛を受け。

 世界からは笑い転げるほどの愉快をもらっているわたしは、くつりと笑う。




 ああ、次は、どこで何をしようかしら。

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