やっつ
「ラク、あなたの最近の行動には、目に余るものわ」
私は最初にそう切り出した。
私たちは今、非常階段、3階の踊り場にいる。
訊問である。
「なんのことでしょう夏希さん」
「とぼけんな」
これが初めてじゃない。しっかりとお灸を据えさせてもらおう。
「昨日の件、なにをしていたのか言いなさい」
「な、なんのことですか?」
おかしい。前はこれで吐いたのに、なにを企んでいるのやら。
「ちゃんと証言があるのよ。目撃者がね。今、この場で白状して楽になるか、目撃者にさらなる証言をしてもらって、あとでもっと痛い仕打ちを見るか」
「その目撃者って誰?」
「口止めしても無駄よ。力ずくで言わせる…………」
ラクは私の言葉に怯んだ。答えにはなってなかっただろうが、先に話を逸らしたのはラクなので私は優位性を確保し続ける。
するとラクは肩をすくめて、ため息をもらした。
「夏希は友達だからいいけど、一応、お前には立場ってもんがあるからな」
「なに?私はその立場で訊いているのだけれど」
「その立場がなくても、これはおれの問題だから」
「では友達として訊くわ。いったいなにを企んでるの?」
「…………企んでません」
「上に報告はしないから」
ラクはもう一度ため息をした。そして、
「ネコ…………」
ネコ?
「ネコを元に戻したいんだよ」
…………。
「あなた…………なにを言っているのか、わかってるの?今までで一番ひどい協定違反だわ」
「そう言われるから話したくないんだけどなぁ…………」
ラクは少し迷うようにして話を続けた。
「でも、あいつは恩人だから」
「…………なら私が出入る余地はないかもね」
それで理由は十分のような気がした。
借りは返さなくてはいけない。どんな小さなことでも、ラクにとっては小さなことではないだろうにせよ。
本当なら私も手助けしてあげたいけれど。なぜ私は、こちら側なんだ。
「やはり聞き捨てならないわ」
「言わない約束ではっ?」
「残念ながら、私もしっかり中間管理職についてるから。今後の評価が気になるのよねぇ」
‘扇’として私は言った。
「やっぱ話すんじゃなかった…………」
「それに親の仇だって言われてるから」
「それはその…………」
頭を抱えたラクに、私は遺児として言った。
「気にしないで。会ったこともないし」
「それは謝る。ネコにあんなことさせたのは、おれのせいだから」
「死にかけていたんだから仕方ないわ。むしろ、そんなになるまで追い詰めたその人が悪い」
「ちょっかいかけたのはおれからだけどな。だからネコには、謝りたいし、礼を言わなきゃならないんだ」
「ラク」
私は話をさえぎった。なぜなら、
「いい加減にしないと、怒る」
「…………なぜゆえっ?」
「私がクヨクヨする人間が嫌いなことくらい知ってるじゃない」
「そうだ、夏希さん…………昨日の仕事もうやってしまいましたの…………?」
茜先輩のモノマネで誤魔化そうというのか。そうは問屋が卸さない。
「あなたがサボってる間に全部済ませてしまいましたわ」
「なんだったらおやつでもおごろうか?」
そうきたか。ふっ、どうやら身の程はわきまえているらしい。
「じゃあ私、苺恋堂のケーキが食べたい」
「ごめんなさいこの話はなかったことに」
「あなたが言い出したことよ。ご親切、ありがたく頂きます」
「待って!そこはやっぱりっ!いやもうそこでもいいけど、一番安いのにしてっ!でないと破産するかもしれない…………っ」
「あそこのケーキを、一度ホールで食べてみたかったの」
「容赦ねぇっ!?」
「ラク、いいわ。今日のところは見逃してあげる。今日はまずチョコレートから」
「おい!‘今日は’ってのは、‘次は’があるってことか?!それはいくらなんでも!」
「次はティラミス」
「少しは遠慮してくれやぁっ!」
「ラク、私が心配してるのはね」
「?」
少しおふざけが過ぎた。真剣に話を戻そう。
「ネコが解き放たれて、それを扇が放っておくはずがないの」
「そりゃまぁ、そうなんだろう」
「どっちも話し合いで解決しようって性格じゃないはずよ」
「……………」
今となっては身内で争わなくてはならない。それは酷いことだ。
「夏希」
ラクはなにを思っているのか。
「みんな猫を誤解してる。あいつはおれが止めるから、お前はみんなを止めてくれよ」
そんなことできるわけない。
できるとしたらもう‘姉さん’しかいないのだから。
けれど私はこう言うしかないのだろう。
「わかった」
友達として。
話は終わりだ。今日もラクを止められなかった。私はいつも、あと一押しというところで、ラクに言いくるめられてしまう。
そんなチョロい女に育った覚えはない。
いずれどこかで埋め合わせをすればいいのだ。だから今日は言いくるめられておいてやろう。
「じゃあ、夏希。今日はもう――――」
「さあラク。チョコレートケーキを食べに行こう」