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いつつ

 これ程までにスヤやかな夜があったろうか?

 僕の記憶の上では、ない。

 別に昨日が真新しいパンツを用意して寝た大晦日だったわけではなかったはずだけど、無論、期外れの一富士二鷹三茄子の夢を見られたからというわけでもないけど。

 女の子のスカートが捲れ上がるのを見れたその日の夢は如何とも言い難いのである。

 昨日見た男子高生の姿は忘れられないまま枕を頭にすると、思いの外あっさりと眠りに落ちた上にすっかりあの出来事が夢、それすら塗り替えるエッチな情景を脳が映してくれた。

 いや面白い夢だった。

 茄子が一つでも出てくるよりは断然マシだ。

 なんて、自分で茶化すように思いを馳せながら、僕はまだ慣れない通学路を学校に向かって進むのだ。

 そういえば夢占いを紹介しているサイトなんてあったな。

歩きスマホは良くないけど、少し気にはなるから早速検証だ。

 どれどれ。

 僕は堂々とスマホをポケットから取り出し、検索アプリから素早く夢占いを検索した。

 あの夢が僕の将来性を語っているのだとしたら、それは是非とも知るべきだろう。

 今日(こんにち)では若者の怠慢が広く嘆かわしくされいているので、ここで期待できる結果を得られればそれこそ政治家を目指したっていい。

 道中、滑り台のない公園を横切ったところで目当てのサイトを見つけた。

 夢の中で、全くの赤の他人とはつまり自分自身暗示しているのだそうだ。

 そして我が頭上より高い位置にいた彼女が落ちた。

 これは何なんだろうか?

 極め付けはパンチラだけど、これは絶対に欲求不満って結果が出るだろうから見ないでおくとしよう。

 桜庭高校に到着したとき、僕は入学してまだ一週間しか経っていない。

 故に今朝の夢は、僕のワクワクドキドキが心に灯ったのが原因に違いない。

 主たる問い、果たして可愛いパートナーは見つかるか否かだ。

 思っていたよりもつまらない夢占い結果かもしれない。サイトで答え合わせするのはよしておこう。

 嘘だろ…………確かに受験勉強の際、僕の頭脳ではどうしても入試がための手の施しようがなかったから友達に助けを求めていて一人でいる時間はなかったけど、それにしたって。

 いや、僕の欲求はどうでもいいんだ。

 夢なんてのはさして重要なものではない。

 僕にとってもっと悩ましげなものといえば、もう通り過ぎてしまったあの電柱。

 あの男子生徒。

 おそらく先輩の、それ以上のことはわからないあの存在だ。

「なんで電柱の上なんかに」

 立っていたのか。

 遠くを望むのであればあの場所ほど適当なところもこの辺りにはないけど、では何を見ようとしていたのか。

 そしてどこへ行ったのか。

 全てあの逢魔ヶ刻が過ぎると共に闇へと消えた。

 まぁ所詮。

「あれも夢だったのか?」

 疑問符が残った。

この疑いにけりを付けるとすれば、やはり学校で彼をしらみ潰しに探し回るしかない。

当然ながら、そんな余裕が名門校とは言えプライマリの凡才が分際で許されるはずが、ないけれど。

 校門の側まで来るともう僕と同じく登校する生徒が周りにごった返していた。

 そんな中でポツリと独り言をこぼしたことに気づき、慌てて取り繕うため咳をしておいた。

 時間的にはのち数分で席に着いておくべきくらい。

 余裕というには心許ない。

 出来れば道すがらで知り合いとお喋りでも交わしながら階段を昇りたいものだけど、まだ新規も継続も知り合いと挨拶をしてなかったのでその余裕もない。

 つまり、束の間のボッチ進行。


 どうやらその先輩は、この哀愁に暮れることを許してはくれないらしい。


「哀川 秋人。君がその一年だな」


 彼は、僕が青空を仰ぐと同時に声を発し、そして僕を呼び止めた。

 まさか、無視するわけにもいくまい。この哀愁、何気に重いのであまり気にしたくはなかったところだ。

 彼が僕を知っているというのならば尚のこと応えよう。

 ‘先輩’————恐らく先輩は僕がまだキョトンと返事を憚っているにも関わらずこう続けた。

「まぁ後輩、そう固くなるな。悪かったよ、当然話しかけて。時間はとらないから耳を貸してくれ」

 更にこう告げた。

「謂わば部活の勧誘だ。部活と言っても同好会だがな。放課後、昨日の教室で待っているから、寄りに来い。また後でな」

 なんだ?

 捲したてるように言いながら僕からはなにも言わせてくれないらしい。

 要件は聴いたけど、あれ?

 僕に話しかけてたんだよな…………?

 昨日行った教室に行けばいいのか。

 幸いというか、今日も特別用事がある日ではない。

暇潰しと言うには僭越ながら、その昨日の教室、『オカルト研究同好会』にお邪魔させていただこうじゃ————。

「あれ?」

 途端に、彼はどこへ…………僕は誰かと話しをしていなかったか?

「…………え?誰?」

 周りを見回しても、さっき見た人物の面影と気配がどこからも感じない。

 まるで狐に化かされたように。

 なんと言われたのかも忘れた。

 他にもなんか考えてなかったっけ?

『オカルト研究同好会』?

なんで僕は、そんな単語を思いついたんだろう?

 キーンコーンカーンコーン?

 やばっ、予鈴っ?

 とにかく、モタついていた他の生徒の流れに身を任せて昇降口に駆け込み、スニーカーから上履きへ靴を履き替えた。

 まだ寝惚けてるとかほんと勘弁。

 今日は数学の小テストがあるってのにっ。


 ほどなくして授業が始まった。テストは予習をしてなかったけどかなり健闘した方だと自負する。

 それにしてもあれほど奇妙で僕のドツボにはまった光景は、今になるとかなり信じられないものだったな。

 夢で見たとしか思えない。あんなものが現実であり得るわけがないんだから、多分テレビの観すぎだな。最近のアニメは何があったっけ?

 …………テレビなんて全然観てない。本もここ最近、参考書以外読んでない。それじゃあ勉強のしすぎか。やれやれ、僕も偉くなったもんだ。幻覚を視るまで賢くなろうとするなんて、将来はアインシュタインかな。

 いつも通りの僕だった。立ち直るまでもない。

 普通、勉強をやりすぎても幻覚など視ない。バカの発想だった。

 とにもかくにも、すべての授業が終わるまでにスッキリしてしまったので、それでは今日はもうまっすぐ家に帰ることにしよう。

 久々にテレビを観るんだ。推しのアイドル桐沢 明奈ちゃんをめちゃくちゃ愛でるんだ。

 掃除当番もない。ではクラスのみんな。

 アスタラビスタっ。

「だがそうはいかんぞ哀川 秋人」

「うわびっくりしたっ?!」

 聞き覚えのある声だ。

「迎えにきてやったぞ。なんだ、もう帰るのか?せっかくホームルームが終わる頃を見計らって来てやったのに、見計らい損だな」

 萌先輩…………。

「秋人、それだと僕をモエと読んでいいのかハジメと読んでいいのかわからんだろう」

「どっちでもいいでしょ。なんでモノローグで言ったのにわかるんですか。っていうかちゃんと言いました」

「そんなことより秋人、なんでお前は帰ろうとしてるんだ?今日は用事があるって言ったろう」

 すっかり忘れていた。

 ていうか先輩は僕を呼び捨てにするほどの接点があっただろうか。まぁいいけど、先輩だし。

「で、差し支えないのなら今すぐ行こうと思うのだが」

「構いませんけど…………まさか迎えに来るなんて」

「あまり僕の話を聞いてなかったと思ってな。ところで、お前の‘秋人’って、いったいアキヒトなのかアキトなのかどっちだ?僕の推理としてはアキヒトだと思うのだが…………」

「アキトですよっ?さっきまでなんて呼んでたんですか、僕のことっ?」

「秋人」

 だからどっちだ!?

「気にするな、秋人。些細なことだ」

「いや!人の名前を呼び間違えるなんて、人との約束を忘れることよりも失礼だと思います!」

「細かいな後輩よ。では秋人、そろそろ行こうか。うちの部長は短気なんだ」

「そうなんですか…………ていうかアキトですから、正す気ないでしょう…………」


 そんなこんなで、僕たちは例の教室へ向かった。

 この先輩、絶対友達いないな。

 多分、部長とやらの人も部活だけの関係のはずだ。僕を舎弟にしてみたいだとかならそうは問屋が卸さないぞ。

 僕にはしっかり友達がいますからね。

「なんだか謂れのないレッテルを貼られてる気分だな。秋人、その辺に高いところが好きそうな顔をした男子はいないか?」

「いませんけど。気のせいじゃないですか?」

 僕のことを勘付いてるんだとしたら僕はどんな顔をしてるんだ。

 高いところが好きそうな人か。

「あの、先輩」

「なんだ?後輩」

「先輩はあの…………電柱の上に乗ってる人とか見たことありますか?」

「なんだ、その質問?悪いが僕はもっとハッキリした確証のあるオカルトしか興味ないんだ。変人なんて目の端にも入らんさ」

「自分のこと言ってんのかな…………」

「なにか言ったか後輩?」

「なにも」

「ほう…………」

「その…………では、夢と現実が区別できない時って、あったりしますか?昨日起こったことや見たことが、次の日になってみると現実性を疑ってしまったこととか」

「そんなの毎日だ」

「毎日?」

「そう。何が現実で何が夢か――――頭ではわかっていても目で見ているのは本物か偽物か。僕もそんなことを悩んでた時期があったよ。今でも――――」

「……………」

「いや、僕はいい。なにかあったのか?」

「いえ…………大したことないんですけど。最近信じられない体験をしまして」

「そっか。こう考えるといい。そんな体験ができた自分は選ばれし者だったんだと」

「ああ、いいです。あまり気にしてませんでしたから」

 気にしていなかったつもりだったんだけど。もちろん昨日の話をしようと思ったのだ。

 それをまだ、まとまってもいない段階で、かつ初対面の先輩に対して、どうして話そうとしてしまったんだろう。

 少しくらいはショックを受けてるのかもしれないな。僕の深層心理は。パンツとか。

「着いたぞ」

 それからしばらく黙ったまま歩いて、久しぶりにハジメ先輩が沈黙を破ったのはその教室に到着したときだった。

 昨日訪れたばかりの教室は、当然、相変わらずそこにある。

 ハジメ先輩は閉まっている扉に手をかけ、勢いよく開いてこう告げた。

「ちやっしやしゃー」

 なんだ、その挨拶?見かけによらずアグレッシブな性格だなこの先輩。

 先輩は教室に入ると、僕もそのあとに続いた。

 あ、…………。

「…………」

 中には、僕らが入ってくるなり、唖然とした表情で僕らを見つめ返す女子生徒がいた。どころか僕のことをジッと見ていた。顔見知りだ。

「ハジメ、彼は?」

 !…!…!…!…。

「おやおや、昨日自分のあられもない姿を見せてしまった新入生の哀川 秋人君だがもう忘れたのか?」

「ぶっ殺す」

 なんで知ってるんだこの先輩っ?!

 せっかく夢だってことにしようと思ってたのにっ!

「せっかく無かったことにしておこうとしたのにっ!っていうかなんてを場面を覗いてたのっ…………」

「っていうか、なんで知ってるんですか?!」

「秋人言ったじゃないか。鳥に聞いたんだ」

「アキトですよ!はぐらかさないでください!」

「うるさいなアキト。おいおい話すつもりだ。それに僕は、お互いに忘れているかもしれないと思って、わかりやすい紹介をしただけだ」

「余計なことを…………」

「夏希、少しだけ落ち着いたらどうだ?そんなに怒ってると、まともに話もできない」

「誰のせいで怒ってると思ってんの…………とりあえず待ってなさい。虫籠を用意して来るから」

 虫籠?

「それは上から使用を禁止されてるはずだ!?この通りだから!」

「都合いいな、この先輩…………」

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