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ろくじゅう

 2丁目。

 住宅街。

 主に団地で簡素ではあるが見渡しは決してよくない。

 けど、一帯の唯一である広々した公園では、ド派手な花火やなんやらがてんこ盛りの大立回りを繰り広げられている。

 怪異 狸奴と怪異化妖異を中心に、私たち扇が囲んで定められる火球が狙われたふたりにヒットしても、一瞬もその動きが止まる気配はなかった。

 目下、私の役目はこの包囲網を崩さずに、討つべき対象を怪異化妖異の一点に搾らせることである。

 普通に考えれば彼ら自身で判断がつきそうなものだけど、どうやら、現在の芭蕉を振るってる堅物が独断の指示を下してしまったらしい。

 堅物だけに、全くもって私の意見を聞き入れてくれない。

「小娘が!素人が戦場で口出しするんじゃないっ――――」

 云々罵倒されて逃れて来た始末。

 今度は遠目からラクに降り注ぐ炎を、結界で誘導しようと企んだら、結果またしても別の堅物に、余計なことするな、と釘を刺されてしまった。

 もう為す術はなく、彼らの大乱闘を傍観する気兼ねしか起こらない。

 というかハジメはまだ着かないのかな?

 もしかして結の方へ行ったのかも。

 こっちはこっちで、正真正銘のラクの容姿をしたアタリだったけど。あれからなにがあって元に戻ったんだろう?

「もっと浴びせろ!」

 こんなときになんだけれど、たぶん今日の予算は底を尽きかけてる。

 彼らは特に、その後の給料に影響が出るだろうことを懸念すべきだ。

 気づいてる人もいるだろうけど、あんな上司の下にいるのが運の尽きだろうし、御愁傷様と相成る。

 ラクが絶好調と見えると、そんな感じのジョークが頭を弄り回している。

 信頼の現れだと、勝手に納得して、ハジメは私がそんな益体もないことを考えていたときに到着した。

 どうやら妖異に捕まり、振り切ろうとして時間を食ってしまったらしい。

「お前も来たのかっ?」

 出会い頭にそう言われた。

 私がいることは意外なのか。

 恐らく、ハジメはてっきり、私が白鷺に捕まったのかと思ったのだろう。

 つまり私を囮にしたと確実に確信していたというわけだ。

「覚えてなさい」

「…………あぁ」

 では後援も到着したところで、どうこれを制圧できるか知恵をいただくとしよう。

 さしあたっては仲間の援護に提案を上げる。

「ラクへの攻撃を、なんとか止める方法ない?」

「その辺のやつらに言えばいいだろ?」

 もう試した。

 それを言わなくても、ハジメは私の表情で察したようだ。

「結界で妨害するとかは?」

 私の顔になにが貼り付いていたんだろうか?同じ考えをリークされるウンザリがハジメに伝わりったらしく、その肩をなにかによって震え上がらせた。

「それでなにもせず眺めていたわけか…………」

 そこまでわかったのなら、的外れな飽きれ顔をせずに早く有効な手立てを思い付いてほしい。

 けれどどうしても、狸奴討伐に方針と砲身が固定されていては、あまりにも手の打ちようがない。

 それを考え得る時間はお釣りが来る程、主役であるラクの舞台が晴々しい様子でしかない。

 ラクはどれだけダメージを負おうとも、全く意にも返さないどころかはね除けて怪異化妖異の喉仏に掴みかかり、トドメを刺そうと躍起になっている。

 その毅然とした様子に扇は苛立ち、無駄遣いを怠らずにいる。

 そこまで必至になる理由はわかりかねる。

 今まで獲物を取り逃がしたことがないプライドに従っているのかもしれない。

 そうであるのなら気が済むまで暴れればいい――――暴れればよかった。

 そうが理由ならなにも咎める筋は私たちにないのだから。


 ――――だから、そうではないらしいとよくわかる。


 遠目から見えるその顔は、悔しそうには見えず、怒ってもいない。当然、悲しんでもいない。


 見覚えのある顔だった。

 それは初めてあの妖異と対峙したときに、闘いを、否、もっと忌々しいものを楽しむ心を露にしていた。

 どうしたって悪人面にしか見えない――――それ。


 醜く笑い、血を浴びて歓喜し、そして冷静に冷徹に、冷酷に狩りを楽しんでいる。

 あれは自ら進んで、虐殺を行っている。

 妖異が助かっていい道理はない。それでも、要らないものだからという理由であざけ笑う心が汚い。

 要らないからといって、壊していいなどとは――――私はラクを信じていたのに。

「夏希、どうにかしてラクを動かせられないか?」

 ハジメはラクが有利に動けるよう画策してるみたいだけど、助けるためではないだろう。

 ハジメの利を考慮するなら、ラクの喉元に手を伸ばせるようしたがるに違いない。

 逆に、ラクに自分の不利を気付かせ、場を変えざるを得ないよう誘導するのも――――。

「いけるか…………」

「夏希?」

「ハジメ、じってしてて」

 私はおもむろに腕を伸ばし、手を掲げ、親指と中指を合わせた。

 少し遠い、けど、少し集中すれば――――。

 親指の爪先と、休みなく動き続けるラクたちを重ね、そしてちょうどいいところで私は指を鳴らした。

 途端、彼らの周りの空気が圧縮されのちに、砲撃音が掻き消される程の轟音で鼓膜が痛められた。

 わかっていたことではあったけど、耳を塞ぐ余地がなかったためにかなり厳しい。これはぶっちゃけ、扇の無力化が図れたのではないか、とポジティブに考えることもできるだろうけど、私ですらその影響を受けると考慮しなかったのは打算だった。

 結界による空気の爆弾は、その後低気圧を生み辺りを薙ぎ崩し尽くすと、しばらくして何事もなかったかのようにまた息を潜め。

 姿勢を制御する暇しかなかったために、咄嗟につむっていた目を開くと新たな惨状がそこに広がっていたことで、ちょっと強すぎたかな、と罪悪感が芽生える…………。

 堅物、以下数十人の扇側の無力化に成功していた。

 隣にいたハジメはまだ耳を覆っている。ここは距離があったから私もそれ程のダメージがなかったのか、それとも逆に言えば距離があったから加減がわからなかったのか。

「おい…………やり過ぎだろっ。なにも聴こえんっ」

 私は聴こえる。実は咄嗟に結界で和らげていたのだ。

 気まずいので耳を塞ぐ仕草で私も同じ状態にあると示しておいた。

 訳を知らないハジメはなんにせよ仕方ない、夏希のすることだ自業自得だという態度を肩で示し、目下の目的に焦点を合わせうやむやにしてくれたのだった。

「はぁ…………ラクは?」

「吹き飛んだのかしら?」

「なんだって?」

 私の台詞が聴こえなかったらしい。

 ぶっちゃけ聴こえていたら聴こえない芝居がバレかねないの、代わりにキリッと睨んでやった。

 またわけもわからず身を縮めるハジメ置いといて、本当にラクの姿が見当たらない。

 しまった、と思った矢先に、ハジメに肩をつつかれ、さらに指差す方を眺めると、難を逃れたらしい怪異化妖異が、そそくさと屋根を飛び回っているのを見つけた。

 側にいたはずの彼が無事であるということは、タフなラクも無事であろうはずである。

 つまりはあれを追いかければ、ラクも現れるという寸法だろう。

 いや、私のせいでラクの五体もろとも遠くに吹き飛ばしてしまったとは思わない。いくら怪異化妖異の元いた位置が全く違っていてもだ。

「行くぞ」

 ハジメに言われるまでもなく、私は駆け出した。

 次は逃がさぬよう、逆に私たちが狙われぬよう、慎重に尾行を開始する。

 ‘あれ’はそんな心配をしないのか、する暇がないのか振り返ったりしないため、しばらくは容易に追わせてもらえるはずだろう。

 それに、私たちの方も、今度は逃がすつもりもない。



 妖異はすぐに捕まってしまった。

 つまりラクが現れ、横からかっさらって行き、再戦というあらましだ。

 そしてあまりにも一方的な戦いに、私たちの割り込む余地はあり得ず、さっきも、どれだけ扇が邪魔をしようとも止まらなかったならば、そんなこと再確認する必要もない。

 ‘彼’襟首を掴み上げ、ラクは何度も殴っては、逃げられても逃がさないようまた捕まえる。

 幼稚な暴力が敵に降りかかる様は、同情の余地もないとはいえ意外に気が引ける。

 ‘彼’はもう、戦意を喪失しているというのに、ラクは一向に手加減する様子もないのだから。

「やり過ぎじゃないかしら…………?」

「どうだろうな。当然の報いだと僕は思うが」

 男というのはそういうものなのかもしれない。割り切り方が荒々しいのだ。

 手出しする義理、助け出す義理もないけれど、決して気持ちのいいものではないのだからもう決着をつけてもいい頃合い、というか、それもとうに経って過ぎている。

 なぜ、ラクは‘彼’にトドメを刺さないのだろう?

「本人に問いただせばいい」

「そうね。意外に答えてくれそう」

「僕があれを嫌う理由。今ならわかるはずだが?」

 わからない――――と言えば嘘になるのは本当だ。

 けれどハジメのそれは、みんなが共有している感情ではない。

 いや、私だけが無頓着なだけか。


 ‘友達’を目の前で殺されておいて、今も冷徹を気取って割り切っている私だけが、ラクに対する態度を間違っているのか――――?

 それが正しい行いだったとしても、‘あの子’が間違っていたとしても、私や狸奴が、誰よりも正しくなかったのか――――?


「夏希、あれを見ろっ」

 不意にハジメが彼らを指差す。

 最早、目を背けたくなる光景に、注目すべき動きが起こったのだ。

 私もすぐに気が付いた。しかし側にいるラクだけが、位置と体勢的にそれを確認することができない。

「だから言ったのに…………ラクっ!」

 たった一度で声が届いたのは驚いた。

 しかしどうしても、彼が振り向いてから警告の旨を伝えるタイムラグが長過ぎる。

 つまりは‘彼’が取り出した紙切れへの注意を促すようにしようとも、すでにそれの結界が解除され、また新たな脅威が目を醒ますのだ。

「召喚…………っ――――」

「おそいよ…………」

 そう、遅かった。

 ‘彼’は紙切れを指で弾き、封印を解いて式を呼び出した。

 以前は大量のそれで巨大な個体を呼び出していたけど、今回は一枚。

 その体でいくならそれほど大きな連中が呼ばれることはないと思う、が、強力を表す体現などいくらでもある。

 小さくとも強力。

 それが出現する瞬間、スラリと一瞬だけ白い線が、ラクの胸を捉えようとした。

 正確な一閃、心臓をというよりは肺を一突きにしようとした一撃。

 間一髪、ラクは身を翻してそれをかわし、大袈裟に後ろにステップを繰り返して合間見える敵との間合いをとった。

 その拍子に‘彼’から手を離してしまう代償を払って、自らを守り、そして召喚の末、現れた影のその容姿は私たちよりは少し大きなガタイを持った、全身堅牢そうな鎧兜を身に纏った落武者だった。

 落武者?

「あれ、本当に妖異か?」

 まず声を上げたのはハジメだ。

 疑うのも無理はない。

 そうだとわかるほどに明瞭に把握できる外観など、‘あれら’――――妖異は持ち得るはずがない。

 さっきの第一太刀も、まるで理性を持って放ったかのよう。

 ――――どうして?

 色々思うところはあるけど、しかしそうこうしている間に武者は両手に持った太刀を大きく掲げ、ガラリと自らの腹を見せびらかした。

 チャンスだっ。

「ラクっ!今の内に!」

 先制攻撃の一撃必殺で下してしまえ、と、そういう意味で大声で呼び掛けたものの、ラクは動かなかった。

「なんで…………?」

「当たり前だろ」

 今日、始めてハジメからのダメ出しが為されるとは思わず、呆れ交じりにタメ息をつかれてしまった。

「あれだけ開けっ広げにするってことは、振り下ろす速さに自信があるってことだ…………ただのハッタリかもしれないが、それを感じさせる剣気があれにある」

 見た目ではわからないのだろう。実際わからない。

 見る者にとっては造作もないことなのかも。

 そういえば喧嘩に関してはハジメの方が私より一家言ある。私が経験したことのない領分。

 彼らにとって、感情的でない戦いは駆け引きが大事なのだ。

 特にこと命に係わるこの場面では、一度のミスが致命傷になり得る。

 両者とも、全く動く気配がない。

 かなり長く、待ち続ける。

「妖怪が逃げたな。ラクはあれを追い掛けられない。恐らくだが落武者もかなりの手練れってことなんじゃないか?あれは任せて、僕らが妖怪を追うぞ」

「え?ラクの脚なら振り切れるんじゃないの?それ程、俊敏そうに見えないけど…………?」

「お前は…………駒を動かすのは得意なのに…………」

 なんだか癪に障る言い方だ。

 けれど事実なので一睨みだけ。

「追いながらな…………説明を」

「了解」

 ‘それ’は任せた、とアイコンタクトと胸中に一度だけ木霊を置き去り、私とハジメですでに姿の見えない怪異化妖異の追跡を再開した。

 走って団地を駆け抜けるその間、ハジメは授業を催してくれた。

「あそこに僕らがいれば、ラクが目を離した隙に僕らが狙われる可能性だって高い。それは逆も同じことだ」

「逆?」

「落武者が僕らに注意を向けた隙に、ラクが妖怪を追うこと」

「用心深いのかな…………」

 ラクの性格から考えれば、それはあり得ない。

 けれど万が一、をこの場合執ったのだ。

「用心深過ぎる。高が妖異に主従関係なんて理解できるとは思わないが…………」

「ハジメ?」

「妖怪の逃げる隙を与えるのに成功した妖異は、その後の殿も引き受けてる。つまりだ」

「ハジメ…………」

 ハジメは意味深に、十分に間を置き、そしてそのような持論を説いた。

 そのような空気造りは要らないというのに。説明は聴くけれど、そんなゆっくり話さなくても…………。

「雑魚にも知能が芽生え始めている。いや、本能かな。なんにせよ捨て駒と自覚してるか定かではないが、防衛線の機能で僕たちを阻むような効率を覚えたのは厄介だ」

「ちょっと…………速い…………待って」

 後半は聴こえなかった。

 なぜならハジメと私の間に距離ができていたから。

 ものの1分、それでももった方だと自賛するけど、私の肺が限界を迎えてしまっていた故に、脳が若干の機能不全を起こし酸素を必要としている。

 全身を使って息をし立ち止まった私を見て、ハジメは呆れた顔をして戻ってきた。

「お前…………運動不足にも程があるぞ」

「うるさい…………」

 さっきまでは結構平気だったのに。いや、ぶっちゃけあれもあれで限界だったのを今更ながら思い出した。

 アドレナリンが忘れさせてくれてたのだろうか?

 足が震えてる…………。

「どのみちお前でなくとも、僕らの脚では無理があるか。落武者の登場のお陰で出遅れたが、それなしでも無謀だったんだろう。‘あれ’はどこ行ったのやら」

 それをわざわざ口にされたことによって、肺の疲労からではない息苦しさが胸を突き刺した。

 悔しい限りだ。

 ラクの手から怪異化妖異が逃れて、その段階で最初から姿を失っている。

 もし、追い付けたとしても。その後私たちで追い詰めるには無理があるどころか、足留めも難しかっただろう。

 おまけに私は息をするのに夢中で、今どこを走っていたかを把握してなかった始末。

 ハジメに着いて行ってたから、‘彼’を捜すのに気が回らず、遂に私たちの補足を最後に、実質あれを見逃したことと相成った。

「まだその辺りにいるはず…………手分けして――――」

「残念だが、白鷺、キキさん、結くらいでないと、あれの相手はできないと僕は判断する。手詰まりだ。気まずいが合流しよう」

 ハジメにそうたしなめられ、わだかまりの残る結果を残して渋々ながら私もそれに頷いた。

 とりあえずは、ラクのところに戻るべきだろうか。

「まだ殺り合ってる最中だろう。今行っても、邪魔になるだけだ」

 じゃあどこに――――そこまで安全な場所に心当たりがあるわけでもない。

 声にならない声でハジメに訊ねた。

「ここからなら学校が近い。結界も張ってあるからちょうどいいんじゃないか?」

「そっか。盲点だわ」


 その後、他の妖異に出くわさず学校に辿り着けたものの、正直、後味の悪さを拭い切れない。

 もっとうまく立ち回れたのではないか?

 ラクの捕獲には大失敗を期してしまったけど、途中、妖異の掃討はあまりにも効率が悪かったように思える。

 結は置いといて、幹部がいないだけでまとまりがなさ過ぎ、誰も周りを見ず、からきしの判断で浪費を積んだ。

 道中、復活した無線から久し振りにノイズが聴こえたかと思うと、白鷺の戦線復帰で掃討作戦は呆気なく終止符が打たれたとのことだった。

 これ程までに烏合の衆でしかない連中を、彼はどのようにまとめあげているのだろうか?

 私は当主として責任を感じているつもりではあるけど、私がどうこうする前に傘下には結束力がある。

 一度バラバラになった後、自然に集まっただけだ。

 陽菜が思い描くような私は存在しない。

 責任を感じているだけで、果たしてはいないただの傀儡の頭。

「大概にしろ、そんな自己嫌悪は」

「ごめん」

 ハジメは勝手に口から出ていた私の愚痴をたしなめた。

 しかしやはり、負けず嫌いな性分だと自分の短所が浮き彫りになったとき、更に彫り進めて形をなくそうとしてしまう。

「学校にこのままいたい。制服がないけど」

 また一度他愛もない愚痴を口にすると、今度はハジメもそれに乗っかった。

「全くだ。このまま入ると不法侵入になるのかね」

 なるのだろう。

 もういいではないか。私たちの頑張りに免じて、部室で休ませてもらっても。


 そうは問屋が卸さない――――ハジメが呟いた時だった。


 刹那、どれだけ後味が悪くとも、安堵故に弛みかけた集中力が、次の瞬間引き戻されるようにピンと張り直されてしまう。

 門の前でもういくばかもない夜明けを静かに待っていると、背後に鈍くなにかが破裂したような音が轟いたのだ。

 その衝撃は地震があったのかと錯覚するくらい、冷静に考えることができ始めると音は地下ではなく地上から、更に‘背後’から聴こえたのだと思い出す。

 そして振り返るとそこに影がふたつ、砂埃に紛れて取っ組み合っているの見た。

 ひとつは、鎧を着ているのがわかる。

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