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ごじゅうろく

 走馬灯が走る間もない。

 いや、私がそれほどまでに思い出を思い出と呼ばずに生きてきたというわけなら、それも致し方ないのかも。

 言い訳をさせてもらうなら、こうかもしれない。

 ラクと付き合わせていたはずの‘彼’が今ここにいる、その事実にいろんな憶測が脳内を飛び交い、走馬灯の代わりを為しているのだ。

 ラクとすれ違ったのか?

 それともラクから逃げおうせたのか?

 それとも――――、


 ラクが負けてしまったのか?


 最後に湧いてでた推測は、なぜだろう、一番私があり得ないと否定し続けるのに、一番その可能性のビジョンをいくつものシチュエーションで再生され続ける。

 そして勝手に結論を決めつけてしまう私は、ハジメの方を向き助けを呼ぼうと口を開きかけたのだ。

 なぜなら、もう目の前には‘彼’が細い腕を振り上げていたから。

 死を覚悟しきれず、最後の抵抗も叶わず、私は最初に‘彼’に選ばれ、その毒牙にかかる。


 けれど‘彼女’は来てくれた。


 刹那、三つの槍が、もうすぐ私の胸に届かんとする‘彼’の腕と背中と腿の裏に突き刺さり、一瞬でその動きを封じて地面に磔にした。

 拍子に私は尻餅をつき、‘彼’はひとつ間を置いて痛ましい絶叫を校庭中に轟かす。

 よく見ると槍だと思って見えたのは、なんともみすぼらしい傘たちらしい。

 一体どこからそんなものを、誰が投げつけて来たのか。

 まだラクの敗北を信じている私はキキさんが来てくれたのかと思ったけど、しかし得てして、希望とも、幻滅とも言えない感情が喉まで押し寄せ、それが奇跡だとも感じてしまった。


 槍――――傘はまた降ってきた。

 しかし今度は重さの乗った突きが、‘彼’の背にと同時に砂ぼこりが舞い上がる。

 それも衝撃が強過ぎたのかすぐに晴れ渡り、やっと‘誰が’来たのかがハッキリした。


 言わずもがな、怪異 狸奴。

 長い髪を踊らせながら、彼女は憎悪のこもった顔で傘を持つ手に力を込める。

 腹が地面に埋もれる程、上体を仰け反らされる‘彼’を痛々しく思うけど、当然の報いだと思うのも憚る光景。

「ぅぁぁ…………っ」

 喉が反り返りまともな声が出せない‘彼’を踏み潰したままに狸奴は、次にその背中を降りると、傘の柄を握った手に力を入れ乱雑に引き抜き、引き抜き様に‘彼’の五体を遠くへ投げ飛ばした。

 そのまま肩に傘を乗せ、狸奴は敵が起き上がるのを待つ。

 まさに不敵な姿勢を見せ、その姿に私は呆気にとられてしまった。

「夏希!」

 この呼び声はハジメだ。

 ハジメは私の傍まで駆け寄ってきた。秋人くんはまだ目を覚ます気配がない。

 けれど私はふたりの方を向けずにいた。

「ラク…………?」


 狸奴は――――ラクだ。


 そうであるはずなら、助けてくれたのは私たちといた記憶があるから?

 けれどそんな日々を送ってきたのは男のラクであり、今、女の姿にあるラクがそれを覚えている可能性もないかもしれないはずである。

 それを確認するために名前を呼んだ。


「……………………」

 けれども返ってきたのは怪訝な顔と、それに不愉快そうな視線だった。

 それでも無視する理由がないのか、快くではないにしても彼女は答えてくれた。

「ラクってリトのことだっけ?」

 リト?

「狸奴はあなたのことじゃないの?」

「いつから勘違いしてんのか知らないけど――――」

 彼女はそこで言葉を区切り、立ち上がっていた‘彼’を見やる。

 会話はそこで途切れ、彼女は荒声をあげる‘彼’と対峙した。

 ‘彼’は3本の傘が刺さったまま、腹立たしげに狸奴に詰め寄り殴りかかる。

 姿勢、狙い共に完璧な鉄拳だったけれど、狸奴はその程度難なくかわし、僅かな隙ができた腰の一点を傘で素早く3度も叩いた。

 朽ちかけた傘とはいえ、その連撃は効果があったらしく、‘彼’が怯んだところを狸奴は横薙ぎでその頭を弾いた。

 ‘彼’はこめかみを抑え痛みに堪えていたけれど、直ぐ様顔を上げ次の一閃はかわす。


「夏希、行くぞ。立てるか?」

「…………うん」

 この死闘を眺めている暇はない。

 さっき一掃された妖異たちがまた集まり始めてきている。まともに相手ができるわけなんてなく、なら一刻も早くキキさんら討伐隊との合流を果たすべきということだ。

 恐らくはラクの戦闘も邪魔してしまう。

 フェンスに向かって駆け出し、最後に振り返ってラクの方を見やると、ラクは‘彼’に刺さっていた傘を引き抜き、二刀流でまた‘彼’の腹を貫いていたところで、また視線を前に向けた。

 圧倒的な、一方的な闘いに、一先ずはこれで因縁も終わるだろうと些かな安心をして、私はハジメのあとを着いていきその場をあとにした。




 残念。

 夏希ちゃんもこの宴に、もうちょっと参加していけばよかったのに。

 まぁ佳境に入ってるからそこまで無理強いはしないんだけどね。

 ラクくんと‘弟’のメインステージを見る方が大事なわけだし。

 しかしながらこれで終わることはない。

 わたしがそれをさせない。こんなところで殺られてしまっては敵わないよ、‘君’。

「チッ!」

 ‘弟’は舌打ちをし、未だ刺さったままの傘々を乱暴に引き抜いて全部ラクくん――もとい――猫に放り投げた。


 あれれー?急かしちゃったかな?

 聞こえるように言ったんだけどね。


 せっかく仕事を与えてやったというのに、成果なしじゃあわたしも堪忍袋の尾が切れないわけじゃないんだよ。

 せめて印でも残してトカゲの尻尾のごとくのたうち回ってくれ。


 なに、見捨てるわけでもない。


 向こうに大きな傷を付けて戻ってこいというだけのことだから。そう怯えることはないよ。

 ‘君’にはまだ大事な仕事が残っている。

 来るべきときまで、出来るだけわたしの代わりに準備を進めるんだ。


 ‘弟’は闘いの最中だというのにそんな言葉を鵜呑みにして、安堵の表情を浮かべた。

 それを見たはずの猫は大して嫌そうな顔をするでもなく、落ち着いて‘弟’との間合いを詰め寄った。

 けれどもう

 さしあたっては、しょうがないから今回も‘弟’に力を貸してあげよう。

 前にそうしてエラい大事になってしまったけれど、厄介者とラクくんを切り離す機会は得た。

 それは重上だ。できればこの月夜の晩の内にふたりが離れてくれることを祈るね。

 厄介者はもうひとりいるが。


 猫が放った突きを、‘わたし’は傘の切っ先を右手で掴むことによって受け止めると、その反動で傘がグチャグチャにへし折れた。

 そして猫が戸惑っていた僅かな隙に振り返り、後ろの林まで全速力で駆け出した。

 もう相手をする必要はない。さっきは‘弟’に大義名分を押し付けてしまったけど、そんなことをしている間に扇が駆け付けて来そうだったことを思い出した。

 もうその姿を屋上に確認している。

 猫といっしょに共闘でもされたら敵わないし、第一あの人は苦手だ。

 猫はくれてやるけど、ラクくんは渡さないけどね。

 精々直面しないように頑張ろう。


 と、考えながら林を駆け抜けているところを、不意に傘が顔の脇をすり抜け、目の前にあった木に突き刺さった。

 まさか見逃してくれないの?

 うーん、逃げ切れるかなぁ?

 途端に頭上で生い茂った枝葉がガサガサと鳴り騒ぎ、葉っぱが雨のようにこちらまで降り注ごうとしている。

 また変なところから追いかけてくるね。

 頭上注意、頭上注意。

 猫が落ちてきます、猫が落ちてきますよー。

 落ちてはこなかった。

 飛びかかってきた。

 鋭利な爪を突き立て、‘わたし’は肩を掴まれて押し倒されそうになった。

 予測していたので間一髪、受け流して投げ飛ばすことができ、そそくさと逃げを再開することにしました。

 ちょっと、猫じゃなかったら甘んじて受けていたのに。

 猫だったから反射的にかわしちゃったよ。

 早くラクくんに会いたい。

 それまで逃げろー。


 猫もまだ逃す気がないのか、‘わたし’の追跡を再開しようとした、そのとき。

 猫の身体が重力を失って吹き飛び、木にぶつかって地面に戻って倒れた。


 …………ラッキーだね。

 あとは扇に任せて帰ろう。

 その後の展開を見届けることもなく、次の仕事のために‘弟’をできるだけ遠くに逃がした。

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