ごじゅうご
秋人をおぶさり、走りながら僕は悪態をついた。
「全く、世話が焼けるなっ!」
秋人はまだ気絶しているが、結構軽いなこいつは。
「しょうがないでしょうっ?秋人くんはまだ初心者なわけだしっ」
「それはそうだが…………」
しかし解せない。
僕はこんな状態に陥ったことは一度もなかったのに、秋人――――ことこの能力に限っては副作用が強過ぎる。
制限されているのか?
いや、トモのときはなにも――――。
「チッ!夏希、頼むっ!」
「本当に世話が焼けるわっ」
ぼやきながらも、夏希は寸前で妖異の攻撃を退けた。
その後反撃は、叶うことなくただひたすらに逃げることしか今の僕たちにはできない。
妖怪とラクの気を反らしている間に、僕らは旧校舎からの脱出を試みた結果、霊結界で気配を覚られないよう駆け抜けていたところを気取られるなどと、思いもよらぬ襲撃を受けていた。
意味がわからん。
「まさかアップデートされたのか?そんな余計なことをした開発者はどこの誰なんだか」
「ゲームし過ぎでしょ…………ふざけてないで次の角を右に曲がりなさいっ」
右だな。
夏希には援護とナビを一手に任せてもらっている。
負担は僕より多く、まだ体力も完全に回復していないようだが、僕もあまり調子が善くないので、まことに遺憾の限りだ。
極限状態で夏希の集中力はどんどん上がっているが、それは些細なことで途切れてしまう程細く張りつめていることを僕は知っている。
人間だからというだけでなく、夏希は弱いのだ。
その癖、やせ我慢だけは一丁前で。
だから僕がしっかりしてやらないといけないのに…………これじゃあトモの二の舞になる可能性だってある。
「夏希、秋人を連れて逃げろ。機結界が使えない以上、お前が戦っても仕方のないことだ」
「確かにあなたの方が体術で私より強いけど、そのセリフは死亡フラグだから…………」
「それはアニメの中だけだからだ」
「やめてよ…………私じゃ逃げ切れないよ」
夏希はうつむきながらそう言った。
……………………ほらな。
こんなにも弱い。
妖異はいつの間にか四方八方に現れたため、僕らは停留を余儀なくされる。
先の会話はそんな中で交わされていた所謂、フラグだ。
ここで僕たちは誰かの救援で命を繋ぐか、万事休す――――為す術もなく飢えた亡者どものエサとなる。
霊結界で一定以上近付かれることはないのだが、夏希のテンション次第ではその強度があまりにも頼りないときがある。
なぜこいつらは追ってこれる?
霊結界は妖異の視覚を欺くのに十分効力を発揮するはずのだが。
ここ最近、規格外な出来事が多いような気がするし、その中でもイレギュラーなのは妖怪と秋人。
協会もなんだか非協力的で実質、人員、人材不足。
陰謀を感じざるを得ないな。こちとら似たようなことしてるのに、全員祭り気分かこの野郎。
「まったく、ふざけんな」
「ハジメ?」
おっと僕としたことが、昔の口調がよみがえってしまった。
こんなことで混乱してしまうとは、できる先輩を今眠ってる後輩に示してやらなければ、嘆いてばかりはいられない。
どうやって見せればいいのかは知らない。秋人、起きてくれ。
「だが突破口は作れる」
血迷ったか――――というような怪訝な顔を夏希にされてしまうが、真実だ。だってまだ片腕があるからな。
秋人には悪いが、少し地べたに寝ててもらおう。
これで両腕が自由になり、用事がない方の手で秋人の襟首を掴みあげた。巧くいった際、うっかり置いていかないようにするためだ。
「合図したら結界を一瞬だけ解け、夏希」
物理的の機結界と、意識的の霊結界は互いに干渉し合う。それを逆手にとった、あるいは同じ種類の結界を重複させた重結界はどちらか片方のみを解くということはできない。
故に今、夏希が張っている重結界も然り、僕が望む通り機結界を解いてもらうには完全な無防備状態にしてから再度、霊結界を張り直す必要があるのだ。
「いいけど…………張り直すの無理だから」
えっ?
「そうなのか…………?お前そんなに辛いのかっ?」
「心配しないで気持ち悪い。しばらく休みたいだけよ」
酷いな、言い草が。僕はこれでも人情溢れる人間だから素の心配だったのだが、日頃の行いからナンパだと半分受け取られてしまったらしい。
安心してほしいな。お前をその相手にするくらいなら今ミンチにされた方が…………今の撤回で。
ミンチも嫌だった。
「じゃあここで使うのは勿体無い。どうにかして別の方法を――――」
考えようとしたのだが、それより先に腕を夏希に持ち上げられ、その腕から火がまとわりつき始めると、すぐに大きな炎となって妖異の壁を蹴散らした。
あまりに突拍子過ぎて、僕はなにが起こったのかすぐに理解できなかった。
「他人に促されても発動してしまうのが欠点ね。白鷺に改善させるよう言っておくわ」
「僕の目論見を横取りするなよ…………」
お陰で穴は空いたが、こんなにモヤモヤした気分になりたくなかった。
「走れ!」
秋人を担ぎ直し、そう怒鳴るが夏希はすでに僕の前を走っていた。
激情した様子もない悪霊どもは、ただ本能のまま僕たちという獲物を追う。
「やっぱりとっておくべきだったな。僕は器用じゃないからこの状態で結界を張れないんだが…………」
「黙りなさい。自慢はいらないから走って、次、右」
「今のどこに自慢した要素が入ってたって言うんだ…………」
言われた通り右に曲がる僕たち。
その先には階段があり、最下段へ辿り着けば確か昇降口がもうすぐだった気がする。
「少しでも減らさないと出られないぞ…………」
思わず不安がよぎる。
このままではまた囲まれて今度こそミンチにされるのがオチだ。
「じゃあ罠を張るしかない…………なんかいいの考えてっ」
「無茶言うなっ、準備する前に追い付かれる!」
即席で出来上がるトラップなんて、出来ても五秒と足止めにはならないだろう。いや、それだけでもかなりの余裕が作れるわけだが、肝心の材料と暇がない。
いつも通りの冷静さを取り戻してほしいな、夏希よ。
「それこそ、ハジメが‘眼’使えばいい話でしょ」
「僕が‘見て’なんになるんだ…………」
無計画ではないらしいが、どこまで過信されているのか。‘眼’は見えるだけでその後なんの影響も残さない。そうでなければ秋人の方が適任なのだが…………肝心のこいつはぐっすりしてるしな。
貸してくれ、今だけ。
「この先に利用できそうな建物の綻びを探して。あったら機結界で破壊するから。一回くらいなら使える」
「正気か…………僕らまで巻き込まれかねないぞ?」
そろそろ言葉の間に間に荒息が目立ってきている。ふたりとも体力的にも限界が近いのでそういうことなら吝かでないのだが。
「リスクの度合いはあなたが見極めなさい。私をそこまで誘導して、すれ違い様に爆破するわ」
「相変わらず無茶しだすな…………」
夏希は几帳面な性格に反して時折ただバカなことも言う。
ときにそれが災いを生むこともままあり僕は信用していいものか、しばしの思案を自らに課した。
時間的には数秒といったところだ。
その間に今僕たちが置かれている状況から、昇降口までの道程にある難関はそう多くない。というか一つしかないが、しかし難易度に換算するとあまり勝機があるとも言えず、では難関の脇にヒビ入った柱や梁がないか探してみるも、やはり都合よくはいかないものだ。
幸い足元にそれなりのギミックが存在していた。
「夏希。玄関が見えたらすぐ、目に入った消火器を潰せ」
「使えるの?」
「錆びてるが、その方がいいだろう」
息も絶え絶えに、一か八か唯一の関門突破を図る。
これがうまくいけば後ろの妖異も撒けるはずだ。念のない無機物の影響は、割りと連中に効果的であったりもするのだ。
勿論、匂いでもわかってしまうが、目眩まし以上に鼻も潰すことができるので、これ程までに役に立つ代物もないだろう。
チャンスは一度切りの、一瞬だ。
「行け、夏希!」
それを合図に走る速度を上げた夏希は、角を曲がった刹那、夥しい妖異の群れと向き合い目を凝らした。
そして目的のものを見つけて、五本指を揃え一振り。
スパンッという音が鳴ったとき目論見は成功し、朽ちかけていた消火器はトドメを刺され腹から煙を吐き出し、途端、辺り一帯は白ともピンクともわからない色に覆い尽くされ、妖異はおろか僕たちの視覚も臭覚も奪っていった。
それでも止まることを許されない僕たちは生きている他の感覚を総動員し、最後まで足掻き続ける。
さぁ、勝つのは僕らかお前らかどっちだ!?
つい熱くなってしまうが、内心かなり怖かったのだ。
僕が捕まってしまうだけでなく、今、姿を認めることができない夏希の身を案じ、この煙幕の先は安全なのか不安がよぎり、ピクリとも動かない秋人は――――。
「こっち!」
不意に腕が掴まれ、危うくつんのめりかけ踏ん張ったところで、そこにいるのが夏希だと知った。
秋人を背負い直し、引かれるがまま夏希に着いていく。
「急いで!」
あの状況でどこまで把握したのだろう?
夏希の瞬間記憶力と判断力は目を見張るものがあり、たった一瞬で下駄箱と下駄箱の隙間、妖異の位置、そして視界を奪われてもそこから導き出される突破経路を見出だしたというのか。
わかっていたことだが、改めて脱帽の意を示し、その代わりと言ってはなんだが思わず口角が緩み感嘆の声が漏れてしまった。
なんのことはないか。たった数十平方メートルの間合いを考えるだけでいい。
僕たちが駒だと考えれば、造作もないことなのだろう。
そして――――。
「抜けた!」
白い霧は晴れ、次に見えた景色は一変、暗黒の夜空とフェンスで狭められ僅かに残った校庭だ。
割れたコンクリートやリノリウムの壁はなく、気分が爽快し、清々しさに満たされるように感じる。
だが安心するのはまだ早い。
キキさんが向かってきているはずなので合流しなくては。
夏希の手が離れないまま、両足の速度も落とさないまま、市街地へ向けて駆け抜けようとしたときだ。
後ろの昇降口から突然、鉄板がひしゃげるような音が聴こえたのは。
ガシャン。グシャリ。バキッ。
そのどれもが、さっきすれ違ってきた妖異によるものではないと確信できる。
むしろ、妖異はあれの巻き添えになっているような。
やがて宙を舞っていた粉は晴れ渡り、その全貌を見届けることができた。
怒濤の、八面六臂の有り様を成していたのは。
「見ーっけ」
なぜこいつがここに?
「妖怪…………っ」
そう僕が呟いたのを皮切りに、妖怪は10間はある夏希との距離を瞬時に詰め寄り、右手を振りかぶった。
「なつ―――っ!」
咄嗟に、夏希の腕を引き寄せようと力を込めた。
それでも口惜しい程度の抵抗にしかならない。
夏希は目を見開き、‘俺’を見た。
ハッキリと伝わった――――“助けて”と。
僕はそれに応えることができない。
夏希の息を呑む音が最後に聞こえた気がした――――それだけだ。




