よっつ
いや、考えれば不可能というわけじゃない。
ただそこに立つメリット、有用性なんて、どれだけあっても眺めを見ることしかない。
本当に眺めを楽しんでる風にしか見えないんだけど。
例えば、別の目的があってそこに立つというのなら、彼は一体何をしているっていうんだ?
僕と同じ制服を纏った、一目で学生、しかも先輩かなとわかる。
これをオカルト研究同好会のあの人に知らせるとどんな顔をするだろうか?
怪奇、電柱に留まる男子高校生。
パッとしない見出しだ。
それだけで信憑性も何もかもが薄れてしまう。
口頭で喋っても嘘くさくなるだろう。
ただ実際に見ると違う。
彼はまさに一本の芯が通っているかのごとく、足の裏に釘でも刺してるんじゃないかっていうほどゆらりとも動かない。
眼差しは常に遠くへ、右往左往としていた。
何かを探してるのか?
いや、彼の都合なんてどうでもいい。
幸いというのか、いや、僕が来たことによってそれは詭弁になったけれど、僕のような誰かに気を取られた瞬間に足を滑らせてしまっては敵わない。
ついさっきそのお手本を見せてもらった次第だ。
彼女は大事なかったけど彼はそうもいかないだろうことは火を見るよりも明らかでしかない。
僕は不本意ながら、矛盾したことをするようだけど声をかけて注意することにした。
どうせいらない心配だ。
あれだけ体幹がしっかりしていれば、が早とちりでなければの話だけど。
「あのっ!」
するとそれが彼に聞こえただろう、あるいは聞こえたかもしれない僅かな間に、とうとう何かを発見したらしい彼が膝を曲げ、こちらから見ると大空へと飛び立った。
背筋が凍る思いとはこのことか。
当然、誰もが想像し得る結果がすぐさま起こって大惨事。
成す術もなく、いずれグシャリと音が鳴るのではないか、と身構えた。
咄嗟に目をつぶってしまったのは致し方のないことだ。
横暴な現実に目を背けたい、僕の胸中が誰にもわからないとは言わせない。
言わせないけど、言う手間があるのなら後始末を抜きにしてこの話はここで終わったはずだったのだろう。
でも続きは、悲鳴や断末魔が耳をつんざくことはなく、慌てて目を開けると、男子高校生の姿が、どこにも見当たらなくなった。
見当たらない?
「どこ行ったんだ…………?」
どこにもいない。
姿が、ごそりと消えていた。
「あれ?マジで…………?」
消える瞬間を見ていなかったから、これは如何とも言い難い。
絶対にオチは「電柱で飛び降り心中を図る幽霊を見た」でしかないのだろう。
最早一言で片付けられる。
「あれだけはっきり見えてれば、絶対生きてると思うんだけどな…………」
気が悪くなると独り言が多くなるのは僕の悪い癖か。
ともかく彼を見失った。
それで僕が不利益を被るわけがないけれど、もし、もしかして追跡できたとすれば、彼が何者であったかを知りたかったと強く思っている。
「オカルトか。少しも興味なかったけど、うん」
なんだか、面白そうだ。
あのような不思議体験を話題にして楽しもうだなんて、中々羨ましいにもほどがある。
言い過ぎたにしても、僕は今さっきの瞬間、この今後の人生で全く必要のなさそうな分野へ価値と意義を見出そうとしていた。
ただあの先輩に会う口実が欲しいだけだろう?
否定はしないけど、なんとでもいい。
逆に言おう。
あの先輩に会いたいというのを口実に、オカルト業界に身を置くキッカケを作るつもりですらある。
それだけにさっきの気持ちは新鮮だった。
そうと決まれば、早速明日、あの部室を訪問してみよう。
あの、紙に囲まれ覆われた、先輩の濃い紫でフリフリのパンツを見てしまった、あの部室を。
…………行きたくなくなった。