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しじゅうく

 ずいぶん時間を食ってしまったか…………早く行かないと、結が勢いでラクを屠ってしまいかねない。それだけは阻止する。

 あいつは僕が殺る。

 こんなことを言っているのはかなり頭が痛いかもしれないが、あいつはそれだけのことをしてしまった。

 罪は償ってもらう。

 愚かな行為だとしても、僕はそう思わざるを得ないのだ。


 まぁしかし、その件については心配がない。

 今しがた走りながら‘見てみると’、薄い教室の壁が、まるで砂でできていたかのように粉々に爆砕されていたから。

 それが結の仕業ではないと確信できるのは、あれが力に頼った戦い方をしないからだ。

 3つの教室を渡り3回も壁が爆ぜるなんていう光景を見せ付けられる荒っぽいやつなんて、結ではなくその相手――怪異 狸奴――、そいつの仕業としか考えられないだろう。

 けどなんだ?誰なんだ?


 あの猫耳激かわ…………猫耳の女の子は。


 もしかしてあれが狸奴?そうだとして、まさか結が圧されるとは…………。

 前回の狸奴の討伐、そのときに出張り、その凶行を鎮めたのは他でもない結のはずだ。

 だから同じ相手なんだから手こずる――――とは、おかしい。

 これは一刻も早く現場に着いた方がいいかもしれない。

 結に‘これ’を渡して、計画を遂行する。

 ‘これ’を使ってできること。本当にできるのかわからないが、理論上では可能らしい。

 科学とは無縁の理論だが。


 はぁ…………それにしても、土壇場で怪我人をパシるとか、あの女は人間をなんだと思っているんだ。

 幸い傷口は完治寸前といったところだが、体力はあまり戻ってないんだぞ?

 それに今日中にクチナシから習った交信をするとは思わなかった。

 頭が糖分を欲するほどに干からび、補給はできていない。

 その上で‘眼’を使っているというのは、明日から寝たきりになる可能性があるかもしれない。

 脳を使い過ぎて寝たきり、そんなことってあるのか?

 まぁ僕の今後の先行きはさておき、僕のマラソンなんて面白くもないと思うので、ここは化物と化物の戦闘を、一挙実況してやろうかと思う次第だ。

 では早速、先程の三度の壁を破壊する猫の攻撃を、結がすべて避け切ったところから始めよう。


 回避を行ったあと、結は間髪入れずにどこからともなく取り出した爪楊枝――もとい棒手裏剣。なぜ持っている?――をいっぺんに3つ投げた。

 猫はそれに突っ込んで、まさか避けないつもりか?と思いきや、最小限の動きですべてかわすと、その研ぎ澄まされた爪を立て、目の前の女の豊満な胸の辺りに腕を伸ばした。

 おそらく殺すつもりでいったのだろう。

 その一撃必殺で風穴を開け、一瞬で終わらそうとしたはずだ。

 だが結も伊達ではない。

 そんな猪が突進するだけの攻撃で、彼女が殺られるわけがないのだ。

 ギリギリまで引き付けた猫の手を、結はなんと素手の片手で払って見せると、わずかに空いたその隙を見逃さず、その払った方の手でいつの間にか持った刃物を猫の脳天に突き立てた。

 鮮やかな切り返しに、猫は反応できず万事休すかと思いきや、払われた腕を再度振り返し結の腕を受け止め、この一連の流れは引き分けに終わった。

 驚くほどの反射神経と並び、筋力、反復、判断力、それらを動作可能にする精神力――――すべてにおいて互いの能力は意外と拮抗していた。

 そしてラウンドが終わっても、それではひとまず休憩を、などという茶目っ気はサラサラない――――どころか、先程の攻防から、しばらく鍔迫り合いで敵と見つめ合ったふたりは、猫が力づくで結を押し返し、純粋な腕力では猫に劣る結はそれを利用して廊下の天井ギリギリまで跳び、クルりと宙返りすると、華麗に着地を決め、間合いをとった。

 しかしその程度の間合い、猫にとっては無いも等しく、コンマ何秒とかからない内に結の懐に潜り込むと、懲りずにもさっきと同じように腕を伸ばした。


 急所をひと突き――――いやさ、ひと刺しで、その一撃必殺で全部終わらせるために。


 馬鹿のひとつ覚え――――ともいえるだろう。

 だがそれを補う馬鹿力 。

 たとえ反応できたとしても、あの速さでは猫の同攻撃に対する驚き、焦りによる反射神経の衰え、次の反撃へ繋げる有効な防御及び回避の思考、そして決定と実行の順に、スクリプトが終了するまでには、猫の手に握られた状態の自分の心臓が、自分の背中を通過し外気に晒されていただろう。


 そこはさすがの扇殿。

 プロを自称するに相応しい。


 今度はすでに持っていた刃物で猫の手を串刺しにして止めたあと、またもう一方の手で持った別の刃物で動きを封じられた猫の脳天に、再度突き立てた。

 デジャヴ、というほどのことではなかったが、この一連は結が流れを汲んだのだろう。

 手が串刺しにされ、咄嗟に回避行動をとることができなかった猫は空いていた手を使って防ぐこと以外になにもできず、ついには両手を刃で貫かれ、怯んだ隙に、結のなにかしらのトドメ、それでおしまいかと思えば――――。

 あろうことか猫は使えないはずの両手を動かし、結の刃を素手で掴みあげ、その瞬発力を活かした蹴りを彼女の腹に放った。

 咄嗟に腹を引くことによって結は辛うじて凌ぐ、が、ダメージがないわけではない。

 しかも痛み分けと思いきや、なんと結の身体が大きく後ろに吹き飛び、短時間で形勢逆転の移行を示す決定打となってしまった。

 そのまま受け身もとれず、痛みに悶える結に猫が更なる追い討ちをかける。


 まずいな…………。

 僕は額に、疲れからくるものとは違う汗をかいたのがわかった。

 そう、ただの予感でしかないが――――結が負けてしまうという可能性。

 今の時期にあの力を失うのはダメだ。

 幸い、いや、間に合うか…………結たちのいる旧校舎はもう目の前だ。

 2階だったか?

 いない。

 と、上から地鳴りが響いた。

 くっ!

 さらに階段を駆け上がると、そこはもう廊下と教室という形跡は見当たらず、完全に大きな空間として、床と窓と天井があるのみの大部屋が存在していた。


 その中心辺りに――――いる。

 腹を押さえて立ち上がれない結と、返り血を浴びた猫が。


 チッ!間に合うかっ?

「結っ!」

 僕は不躾に、乱暴に、猫に阻まれるなどして届くかわからないにも係わらず‘頼まれていた品’を投げ渡した。

「ハジメ…………遅すぎ…………」

 届いたっ!

 だが猫はトドメを刺さんと手を振り上げるっ!


 刹那――――。

 一迅の風が吹きわたり、猫の決して重くないであろう身体が、紙のようにあっさりと飛ばされ、遥か後方にある壁にぶち当たる前に転げ落ちた。


 なにが起きた?

 確かに僕も微風は感じた。

 だがしかし、それは姿勢制御が難しいほどの突風ではなかったはずだ。

 なのに――――。

「怪異にとって――――人間とは違うなにかで構成されているあなたにとって、これは台風でしょうね。猫ちゃん」

 そんな結の言葉に、猫は顔をあげて、彼女を睨んだ。

 その目に、懇願なんてものは見当たらない。

 殺意の色で染まった、縦に長い瞳孔。

 結は、そんな殺意をものともせず、


「身体がバラバラにならない――――とは、保障できないからそのつもりで」

 僕が渡した‘扇子’で自らを扇ぎながら、そう言った。

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