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しじゅうはち

 プルルルルルル

「はい?」

“あ、夏希?今どうしてる?コノムくんといっしょ?”

 ……………………っ。

「いえ、まだラクを追っているところよ」

“ちょっ、うるさいわね。誰よ、騒がしいのは”

 ……………………。

「秋人くん。高所恐怖症だったんだって」

“黙らせといて”

 ハァー…………。

「なんの用?」

“んー、あー、単刀直入に言うわ。コノムくん見つけたから、こっち来て手伝いなさい”

 はっ?

「ちょっとっ、今どこにっ?ていうか、なんでわざわざラクがこっちにいるかって訊いたのっ?」

“旧校舎、旧校舎来なさい”

「旧校舎?」

“そう。待たせないでね”

 ツー、ツー、ツー。

 まったく、なんなのよ、あの女。

「秋人くん、南に進路をとって」

「あ~~~~っ!!!?」

 ………………。

「えっ?ちょっとっ!伊狩先輩っ、坂道にしないでぇ~っ!!?」

 この後輩と結界を足場にした空中サイクリングは、ハッキリ言って失敗で無駄だった。

 ラクだったら楽しめたかな。



「思ったより早く着いたわねぇ」

 結は面白そうでもなく、そう言った。

 遅刻を期待してたのか、ざまぁ。

「ラクはこの中?」

 不気味に、おどろおどろしくそびえ立つ木造の校舎に目を向け、私は結に訊ねた。

 築何年だろう?

 半分コンクリート化していて、ちょっとしたサイボーグだ。使わなくなった理由は、無駄な改築をしても老朽化に勝てなかった、かららしい。

 質問したときに結を見て訊いてはいないし、声も聴こえなかったので、独断の偏見で頷いただろうことにしておこう。

 まだ夜は明けていない。けれど朝までもう少しだろう。

「それまでにケリがつくといいけど」

「心配ないわ。私がいるもの」

 結のその自信はどこから湧いて出るのか。

 さておき、

「秋人くん、大丈夫?」

「はぁ…………はぁ…………大丈夫ですっ。ちょっと…………息切れ…………っ」

「さぁ夏希、少年くん。行きましょうか」

「はぇっ?ちょっと待ってっ――――」

 悪魔だわ。

 そして、ラクはこの中に。

 私たちは立ち入り禁止の札が下げられた校門を開け、中に入った。

 校庭はあってないようなもので、外壁がなくなった敷地を新しいフェンスで狭めている。

 あえてただひとつ残り、仲間外れにされていた門から入るのは、ちょっとしたユーモアをかけてみたつもりか…………結の考えることはわからない。

 引き続きフェンスを越えたというか破壊したというか、建物に入ると、やはり中は薄暗く、生まれつき光を感じやすいこの眼でも屋内の全容を把握するのは難しい。

 いや、それも一部だけで、月の光で他の場所は辛うじて見える。

 しかし大きさから見て、ここには教室がいくつあるのかわからない。

 しらみ潰しに捜しても、最後の扉を開ける頃には次の日の昼になっているだろう。

 時間はないから、ここは結をアテにさせてもらって、私は結に訊いておかなくてはならないことを訊ねよう。

「結、ラクとどう会って、どういう成り行きで、ここまで来たの?」

「コノムくんとはバッタリ会ったのよ。大層、ひどい目に遭わされていたのか結構ボロボロだったんだけど、立場上、私が見逃すのはあれじゃない?」

 見逃さず、なにをしたというのか。

 酷いのはあんただ。


「それでここに冬真先輩を追い込んだ、ということですね」

 と秋人くんが断言すると。

「それでここにコノムくんを追い詰めたわ」

 と結は言った。


 …………いや、ニュアンスに違いはあるだろうか?気にするほどのことでもないと思うからスルーするけど、秋人くんがぞんざいに扱われてる気がする。

「それで?手伝わされるのにわざわざ私たちを選んだ理由は?」

「あなたの番号しか登録してなかったのよ。夏希」

 組織の頭にあるまじき行為!秘書はどうしたのよ!秘書は!

「秘書は私が兼員してるから、人事はもちろん、会計するのもね。だからアドレス交換する人がいなかったの」

「それって悲しくありませんっ…………?!」

 秋人くん…………結は本当に冗談が通じないから、命に係わるからあなたを救ってあげるわ。

「なんで足を踏んだんですか……っ、伊狩先輩……っ」

 私は知らんぷり。


「ねぇ夏希」


 はぁ?

 急に結が私に声をかけてきた。

 かける相手が私しかいないようだから、仕方ないと言えば、そうでもないでしょう?

「なに?」

「最近おかしなことが起きてるらしいわ」

 なにを今更。

「特に、その少年くんはかなりのイレギュラーみたいね」

 ……………………。

「心当たりがあって、気がかりなんでしょう?夏希」

「あなたに関係ない。それに、わざわざ心配するフリなんてしなくていいわ。あなたの判断があと少しだけ早ければ、あの子は今頃――――」

「それもそうね。でも私、なりたてだったし」

 ……………………っ!

「結…………っ」

「言い訳なんて、‘あんた’らしくない。責任なんて他人に押し付けてしまえばいいのよ。あんたはコノムくんに指示を出しただけ。手を下したのはコノムくん。それでいいんじゃないの?」

「いい加減にして。なんで今さらこんな話をしなきゃいけないの?」

「いえ別に。ただ――――」

 結は時々、私を追い詰める言葉を放つ。

 それがどれだけ苦しくて、悔しいか、わからないわけがないはずなのに、わかってて私を責め立てる。

 その責め口の多くは私をこんな性格に仕立て上げた縫い糸だ。

 私自身が縫い付けた、それをなぜか、結はほつれさせようとしている。

 なぜ?

「――――ただ、同じことが起きたときに、あんたは同じことをできるのか?って」


 ――――例えば、あんたの大事な人がその渦中にいたとしたら?


 まるで思わせ振りなその言葉。なにかを…………企んでいる?

 さらに結はこう付け加えた。

「‘お姉ちゃん’としての忠告よ。ありがたく受け取りなさい」

 丁重にお断りします――――とは口に出してはいけない。

 こんな話を黙って聴いていた秋人くんは驚いた表情をしていた。

 結が私の姉――――というところに戸惑っているのだろう。

 些細なことだ。

 私たち一行は、結の引率を受けて、3階、2年生の教室が並ぶ中のひとつ、4組、その扉の前で一旦立ち止まった。

 いよいよか。

「さて、夏希、少年くん、あなたたちはここまで。夏希は屋上に行って結界でも張っといてね、万が一のために。少年くんはこれを持って、夏希といっしょに屋上に行って、打ち上げといて」

 結は秋人くんにあるものを手渡した。

 ふたつある。

 御守りと筒だ。御守りはおそらく、秋人くんの力の牽制。筒は他の扇たちへの合図――――発煙筒か。

 確かに、ケータイのアドレスで連絡網を辿るよりは、たぶん目につけば確実な目印になる。秋人くんはおまけだったから、それも全部私に任せようとしたんだろうけど。

 ん?

 でもなぜ御守りを持っていたの?

 そういえば、ハジメ。

 あれがラクの絡む事件に関わらないはずがない。たとえ動けないほどのケガをしていても。

 なのに、今どこにいる?

 伝わってない?もしくは、なんらかの指示を受けて別行動を?

 いえ、それこそおかしいわ。ハジメが言うことをきく人間なんて、私以外に――――。

 ……………………。

「結…………――――」

「これだから頭のいい妹は困るわ」

 結はそう言うと、いきなり扉を強く開け放った。

 そのままズカズカと、まるで以前から知っている場所のように結は足を踏み入れ、教壇の前に、教壇と机たちの間――――と言っても、机は数席分しか見当たらず、そこは見事に拓けていた――――に立つと、片手を腰に添えて、教室の奥をじっと見据えた。

 私と秋人くんも好奇心に圧され、半身だけ、頭だけ入れ、結の視線を追った。

 そこには――――。

「コノムくん、チェックメイト」

 ラク。ラクが今まさに、息遣いが荒く苦しそうな表情で、膝立ちで、両手で、太刀を持ち自らを貫こうとしていた。

 …………なにがどうなってそうなる?

 ちょっ…………!

「ラク!やめて!」

 手遅れだった。

 私がそんな言葉を叫んで脚を前に動かそうとしたと同時に、ラクはついに自らの命を絶ってしまった。

 スッ。

 などという、エグくもない空気でも斬っただけような音だけが鳴り、ラクの両手が力なく床に落ち、私たちはその最期を見届けた。

 見届けてしまった。

「ラク!?」

「焦らない、夏希」

 ……………………?

「たとえ自分の手でも、彼は自分の結界を破るなんて、できっこないわ」

 結はそう言った。

「なにを…………でも現に――――!」

「おおかた、一度あの刀だけ切り離されて、でも‘成る’にはあの刀が必要だったんでしょ」

 結は続けた。面白そうでもなく、ただ獲物が来るのを待つように。


「猫ちゃんに‘成る’にはね」


 ドクンッ。


 途端、ラクの死体から確かな心臓の鼓動が聴こえた。

 けど――――それはラクじゃない。


 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。


 鼓動が共鳴し、私も胸が高鳴ってきた。

 そしてその変化に、驚きを隠せなかった。


「よっこいしょ」


 死んだはずのラクが拍子抜けするような掛け声と共に起き上がった、けど、それはラクじゃない。

「まったく、‘リト’もお節介だな。‘わたし’は別に気にしてほしくもなかったのに」

 知らない人間がそこにいた。

 ラクであるはずなのに、ラクではない。

 髪は伸び、身体も全体的にほっそりしていて、それどころか声も可愛いげで、どこからどう見ても‘女’だった。


 それに……………………耳?猫耳?


「お久しぶり、猫ちゃん」

 ラク――?――は結がかけたその言葉に反応し、やっとこちらに気がついたようだった。

 それだけではない。

「その声…………覚えがあるな。臭いも、殺気も。クソ女」

 とても口が悪い猫耳だ。

 結にそんな言葉を吐くとは、私でも冷や汗が出る。

「あん時は…………よくもやってくれたな」

 次の瞬間、猫耳はその場から消え、そしていつの間にか結の懐に潜り込んでいた。

 当然、自己紹介も必要ない知り合い同士で、まるで社交辞令のような挨拶を交わした程度でもう敵意むき出し。

 憎悪が、伝えられなくても伝わってきた。

 変な好奇心なんて無視すればよかった――――とはいえ、大人しく結の指示を早めに実行していても、このあとあるイベントは回避することができたなかったけど。


 それに彼女らの闘いなんて、もう戦争と同義と言っても過言ではなかったからだ。

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