しじゅうしち没……改稿中
“ターゲットは二丁目を直進中。第2班、準備”
と、時代めいた雰囲気とは裏腹にハイテクな通信機器を準備していた組織からそれを持たされ、こんな真夜中にいきなり呼び出されたかと思えば、いつかを思い出すほど、僕はチャリを漕いでいる。
あのときはあのときで僕の命にかかわっていたし、今回もあまり変わらないので不満はあとで漏らすことにして、今は冬真先輩を追いかけることに集中しよう。
驚くべきことに、彼はこの町で見つかった。灯台もと暗しとはこの事か。
偶然、扇からの尋問を終えた僕を送り返そうとしてくれた組織の車に、突然降ってきた影、それが冬真先輩だった。
なぜか、すでに傷だらけだった彼はこちらに気づくと、一目散にその場を逃げ出したのだった、けど、かなり疲弊していたのか、結界も張らずにこうして追われる状況に陥っている。
こうして言うと僕が彼の肩を持っているように聴こえるけど、それはまぁ、否めないわけで。
対して扇の冬真先輩に対する猛攻は凄まじかった。
一組織総出で、最も凶悪と言われる怪異 狸奴をあの手この手で葬ろうとしている。
聞けばあの伊狩先輩のお姉さんも出張っているというから、その力の入れようがうかがえた。
しかし冬真先輩も負けてはいない。
あれほどの傷を負っていたにもかかわらず、むしろ追われるうちに回復しているかのように、動きどんどん俊敏になっていく。
それでも尚、結界を使わないというのは、どういう意向なのだろう?あるいは使えないのか?
「秋人くん。一応わかっているとは思うけど、陽菜を三丁目に配置させてるから巧くいけばそこで捕獲できるはず。でももし失敗してラクが姿を消したら、あなたに頼るしかなくなるわ」
これが僕の命にかかわる要素。
伊狩先輩と実際に2ケツしてみればわかる。僕はこれで2回目だけど、その理由は1回目を要参照。
あえて説明するならバイオレンスな爆弾を乗っけている、それで察して。
作戦はこうらしい。
今追っている部隊は陽動で、本命は第5班に入れられた陽菜先輩の言霊で動きを封じるというものだ。
改めて思うと、オカ研の部員ってすごい人多い…………というかそんな人しかいない。
重要な作戦に重要な役目を任される陽菜先輩を始め、一派の当主、本物のお嬢様、女たらしのスケベ、最凶の怪異、等々。
ひとり大したことない人がいるな。
彼も彼で能力が凄いんだけど。
ちなみに伊狩一派の大半は、町の外縁にて巨大な結界を形成、騒ぎの爆音と町の破壊を最小限に抑えている。
冬真先輩自体に結界は効かないので、それが最良の手段である。
そのため、第2班則ち甃家は遠慮なく爆薬に点火し、冬真先輩を三丁目に誘導している。
しかし建物はビクともしていない。
ちなみに冬真先輩は屋根の上を突き進んでいた。
どれだけ身体能力が高いのか、4車線の道路なんて軽く飛び越えたりしており、そんな人を捕まえようというのだから、この作戦もいっぱいいっぱいなのだと思い知らされるようだ。
「秋人くん。ちょっと頭借りるわね」
「え?」
ポンッと頭になにかが乗った。
…………手?これってもしかして。
突然ハンドル操作が難しくなった。加えて重心が高くなった気がする。
想像してみよう。
僕の後頭部には今、とても美人な先輩の太股があることを。
少しだけ振り返れば、またあのような場面が拝めるかもしれない。忘れもしない、あの色。今日はどんな色を穿いているのだろう?あのときは目が眩むような、レースのあお――――。
いやっ、考えるなっ。今は冬真先輩の追跡に集中するんだっ。伊狩先輩相手にそんな破廉恥なことをして、ただで済むと思ってるのかっ?絶対ダメだっ。命がいくつあっても足りないっ。でもっ、でもだよっ?
………………っ。2秒だけっ。
バァンッ!
突然、空気が破裂したような音が鳴り響いた。途端、冬真先輩が吹き飛んだ。
いや、比喩でもなんでもなく、表現通りのことが起こっていた。
伊狩先輩お手製、結界で空気を閉じ込め、破裂させる即席の爆弾というわけか。
改めて、さっきの自分の無礼な妄想を人知れず詫び、伊狩先輩の恐ろしさを再認識しよう。
伊狩先輩の攻撃を食らい、あり得ないほど軽々と吹き飛んだ冬真先輩は、辛うじて体勢を立て直すと、一瞬、その動きが止まった。
その機会が見過ごされるわけもなく、あらゆる方向から、様々な弾幕がこれでもかとばかりに撃ち込まれた。
耳を塞ぎたくなるほどの轟音が鳴り、目を覆いたくなるほどの閃光が瞬き、けれどハンドルから手を離すことができない僕は如何なる回避行動をとることも許されなかった。
意識が飛ばなかったのは奇跡だと言える。
伊狩先輩は僕を盾にして無事だったけど…………。
冬真先輩を火種に煙が立ち上った。
この展開が予定外だった伊狩先輩は、驚きを隠せない。
「余計なことを!生け捕りにすると言ったでしょうっ?」
僕に言われてもなぁ。
しかし、これだけ騒いでいるのに町内は依然シンとしている。
結界を乱す僕がいるというのに、かなりの強度だ。
煙は未だに滞留していた。
これはつまり、冬真先輩の安否が絶望的な方に片寄っている、確実な可能性を感じさせる光景でもあった。
彼は無事なのか?
いらぬ心配だ。彼を甘く見ていた。
“ターゲットを4丁目の通りに発見。対処せよ”
ホッとした。あの冬真先輩の心配なんて、おこがましい。
そもそも、この程度でやられてしまうなんて、最凶の名が廃るというものだろう。
むしろミスしてるところを見てみたいくらいだ。日頃飽きるほど見てるけどっ。
ん?あれ、4丁目?
「うわっと?!」
他人事に考えていた。
2、3、4丁目はそれぞれ接し合った土地だ。当初、3丁目と4丁目の境界辺りで発見された冬真先輩を、この三角形ごと結界で囲い、2丁目へ追い込むという、先述の作戦が立てられた。
僕はまさしくその4丁目を爆走している。
危うく正面からぶち当たるところだ。
冬真先輩とスレ違ったのだった。
パチンッ。
バァンッ!
そんな音が間近で鳴ったと同時に、冬真先輩は弾け飛んだ。
先ほどの結界爆弾だ。
ちょうど伊狩先輩が指を鳴らした姿勢のまま僕の後ろで屈んでいる。
ていうか、今度も伊狩先輩は僕を盾にして平気だったけど、今度は僕自身、身体がバラバラになるかと思ったわっ。
今度も、幸い命と意識を繋ぐことができた僕は、チャリから転げ落ちないよう踏ん張り、冬真先輩と対峙した。
「ラクっ!もう逃げないで!」
「チッ!」
「冬真先輩っ!」
叫びは聞き入れてもらえず、彼は止まってくれなかった。
ならば僕らも追い続けるしかない。
僕は女子ひとりが乗ったチャリを、有らん限りの力を使って方向転換させ、冬真先輩の追跡を図った。
無謀な試みであったと思う。
実際、3秒もしない内に見失ったけど。
「クソッ!」
「落ち着いて、秋人くん。まだ逃がしたわけじゃないわ。すぐに誰かが見つける。通信に注意して」
伊狩先輩が言った通り、すぐイアホンからノイズが聴こえ、次にこの報告があった。
“こちら1班。ターゲットと接触”
“了解、すぐ行く。逃がすなよ。今どこだ?”
「端公園か」
「近いわね。すぐ行きなさいっ」
「ガッテン!」
端公園。
確か子どものというより、スケートボードができる公園のはずだ。
おそらく身を隠したり、盾にできるものはないし、囲めばこちらの有利は確実だろう。
しかし、真っ先に着いてみると、戦闘はすでに終了していた。
公園中に1班の亡骸――――いや、まだ息はしている。
それに傷が目立たないため、急所を叩かれただけなのだろう。
目的の人影は見当たらなかった。
2分と経ってないのに、信じられない…………。
「構ってる暇はないわ。1班はあとからくる連中に任せて、ラクを追うわよ」
「いや、でも伊狩先輩。肝心の冬真先輩がどこにいるのかわからなくなったんですが…………」
それを聞いた伊狩先輩は、僕の肩越しに一点を指差す。民家の屋根の上だった。
目はいい方だ。暗闇でよく見えないけど、あれは確かに、冬真先輩だろう。
彼の左手が細長い物を持っているのはどういう理由か知らないけど、ここで伊狩先輩の索敵能力の高さが知れるとは思わなかった。
全体的にパラメーターが高いんだよ、この人。
とにかく、僕はペダルを踏み直し、まず公園を出て、覚えている限り、近道を使いながら冬真先輩追跡した。
それからはかなりの時間を費やしたものの、追い付くことは叶わず、結局、先に3丁目へ行き、陽菜先輩と合流することになった。
5班は陽菜先輩の他に、同じく言霊を得意とする神内家、その護衛として後藤家からキキさんと、名前は知らないもうひとり後藤さんで構成されていた。
ちなみに僕らはナンバーを与えられていない。
指揮権もなく、ただただ冬真先輩が結界で隠れたときのために僕がいる。
僕に触れていれば冬真先輩の結界は無効になる。
間接的に、伊狩先輩は僕を通して彼を見ることができるというわけだ。
どういう理屈なのかはわからないけど、まだ検査中。僕が気にしても仕方がない。
「陽菜、場所を変えるわ。ラクはもうこっちの企みに気づいてる。あっちがこっちの動きを知らない内に」
陽菜先輩が労いの言葉をかける前に、伊狩先輩は用件を手短に伝えた。
「え?でも夏希ちゃん、そんな勝手なことしてもいいの?」
「ほっときなさい。ラクが結界を出る前にケリをつけないといけないわ。報告してる暇もないしね」
「俺らの方から人を貸してやってもいいぞ?伊狩嬢」
神内家当主、神内 白鷺さん。
一見10代の若者って感じだけど、実際は三十路らしい。
落ち着きと柔軟な発想は、確かに踏んだ場数の多さを感じさせる。
こないだ和真を助けてくれたとき重傷を負ったハジメ先輩を、またさらに助けてくれたのは彼らしい。
あとでお礼をしなきゃ。
その神内氏の提案を、伊狩先輩は受け入れなかった。
「みんなラクを追いかけるのに必死だから、イチイチややこしいことを言う必要もないわ。それに敵を欺くならまず味方から」
「要するに、めんどくさいんだな…………」
伊狩先輩はなにか思案する素振りを見せた。
今、彼女の頭の中で、冬真先輩を陥れる企みが構築されてるのかと思うと、自分の両肩を抱きしめて怯えたくなる…………。
冬真先輩には心から幸運を願うと共に、もう大人しく捕まって己が身を守ってほしいと思う次第。
「秋人くん」
!
「はいっ」
伊狩先輩は次のような指示を出した。
「ラクが今どこにいるのかわからないとなると、闇雲に駆け回るのは非効率だわ」
「そうですね。じゃあ他の班からの通信を待って――――」
「それも非効率。もっといい方法があるけど、聞いてくれる?」
なんだろう?
まるで地面から足が浮いてしまいそうな、この不安は…………?




