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しじゅうろく

「ハジメくん、お客さんだ」

 怪我での療養が約2週間過ぎた頃。

 新垣のおっさんがそう言って連れてきたのは、翁の面を被ったサラリーマン風の男だった。

 どれだけ記憶を検索しても、この人物に心当たりがない。

 皆無だ。

 しかし僕の予感が正しければ、こいつはおそらく…………。

「初めましてだ。と言っても、この身体では――――だが」

 やはり。

 わざわざ他人の身体を借りてくるとは、さすが逃亡中の身ではあるな。

 一目で不審者とわかる人物が自分の家に上がり込んで来たというのに、特に気にする様子もなく新垣がこの場を去ったところで、面は初めてそう挨拶をしたのだ。

「だな。いつ以来だったか…………クチナシ」

 できれば会いたくない人間トップ3に入る、うさんくさい男だ。

 今回は仕方なく、しかも結のご指名だからな…………やりきれない。

「気分はどうだ?怪我をしたと聞いたが、見る限りではかなり良くなっていそうだな」

 お陰さんで。

 とにかく、社交辞令はいい。

「さっさと用事を済ませるぞ」

「そう焦るな。心配せずとも、時間はたっぷりともらってある。これから私が出す課題を達成すれば、退院する頃に嫌でも冥界と交信できるようになっているはずだ」

 無駄な時間だ。

 入院中は、どうせならナースとおしゃべりをしていたい。結のせいでそれがご破算だ。

 あと、ありがたくもナースと会える機会を作ってくれたあの怪異化妖異もな。

 面倒をかけさせやがって。クチナシを呼ばれるくらいなら、入院なんてしたくなかった。

「まず交信の用途を説明していくとしよう」

 クチナシは僕のベッドの隣に備えてある丸椅子に座って語り始めた。

 こいつ…………話を長くして居座るつもりではないだろうか?そんなものはいいから、やり方だけ教えてくれればいいものを。

 僕はそれを指摘しなかった。

 こいつは“やってくれ”と言われても、それを絶対にしてくれない頑固者だからだ。

「交信は亡者と意思を疎通させ、会話のようなことを遂げることだ。言葉ではなく、精神で行う。しかし間違っていけないことは、交信は実際に冥界と繋がることではない」

「…………は?」

「実際は現世に留まる念を捕らえ、そこに残る意思を読み込む、高度な結界術なのだ」

「結界術なのか?それなら僕でなくとも、結界が得意な結本人がすればいいはずだ」

 ――――が?

「残念ながら、あれほどの才を持った扇嬢でも、念との交信を試みることは不可能だ」

「なぜだ?」

「理由は簡単。交信は努力では身に付かない、必ず才能に依存するからだ。お前は他者の心を読むことができるそうだな。つまりどういうことか――――わかるかね?」

 バカにしてるな。

 つまり‘眼’を持った僕にしかできないというわけか。

 たぶん茜先輩ならできそうだが、彼女は企みを知らないからな。

 背に腹は代えられんというわけだ。

「ではどんどん行こう。交信に必要な要素――――才能。これはクリアした。次にその異能が使いこなせているか。これもクリアでいいだろう、確認するまでもないことだ。そしてもうひとつ、対象となる念を捜さねばならない」

 当然だな。それがなければ話にならない。

「ハジメ。お前、誰の念と交信するのかは訊いてるのか?」

「もちろんだ。その念の在りかも、すでに結の手の内さ」

「ハッタリっぽく聞こえるがよろしい、話が早い。ならば早速、交信の手解きをしてやろう」

 それからはあまりにも気が遠くなる時間だった。

 なぜ口頭?なぜ紙にまとめてこなかった?あとから訊いてみれば、どうやら交信は禁術に当てはまるらしく、不注意にも第三者に伝わるのを避けるためだという。

 もちろんカーテンの外に聴かれることもまずない。クチナシの結界も相当なものだ。

「――――といったところだな。あとは教えた通りのことをこの念に向かって練習することだ」

「おいクチナシ…………これは誰の念だ?なんで見えるんだ?」

「知らん。その辺で拾ってきた」

 勘弁しろ。

 こいつにプライバシーなんて、あったもんじゃない。

「うむ。思ったより飲み込みがいいやつで助かった。私はこれから仕事だ。これでお暇させてもらう」

「時間はたっぷりもらってるんじゃなかったのか?」

 と、クチナシな仮の身体を立ち上がらせた。そいつもどこから連れてきたんだ?

「ああ、礼を言う。これで結からイチャモンつけられずに済みそうだ」

「私から言っちゃなんだが、お前も苦労してそうだな。あの女の下につくなど、私は死んでもお断りだ」

「同情してくれて感謝する。かなり不本意だけどな」

「それはあの女の手下だからか?私に同情されたからか?」

「ご想像にお委せする」

「ふん、面白い返しだ」

 クチナシはそう言ったが、たぶん傀儡も、本体も、クスリとも笑ってないんだろう。

「お前ともそこそこの付き合いだ、ハジメ。忠告しておいてやる」

 余計なお世話だな。さっさと帰ってほしい。

「あの女は厄介だ。お前の思った通りの野望を抱いているとは思えん」

「らしくもなく他人の心配か?それにお節介だな。あいつは頭はいいが、かなりの単細胞だ。ひとつの物事以外のことをするなんて、あいつは火に囲まれようともできないさ。それにこの関係は、利害が一致した上でのものだ。他人にとやかく言われる筋合いはない」

「なるほど、承知した。では私の仕事はこれで終わりだ。また機会があれば会おう」

 できればそんな機会がありませんように。

「……………………」

 しかし別れの言葉を終えたはずなのに、クチナシは一向にその場を動こうとしなかった。

 気味が悪い、いや、気持ち悪い。

「どうした、クチナシ?もう用事は済んだんじゃないのか?」

 やつは反応しなかった。いや、まさかもう憑依を解いたんじゃないだろうか?

 勘弁してくれ。赤の他人を連れてきたのはそっちだろ。

「ハジメ。ひとつ言い忘れていたことがあった」

 いらぬ心配だった。

 言い忘れたこと?この期に及んで、いったいなんだというのだ。

「最近小耳に挟んだんだが、お前は知らないはずだ」

「なんのことだ?」

 僕は億劫そうに促した。実際、めんどくさかったが。

「怪異 狸奴が脱走したということだ」

「なにっ?」

「なぜ今更なのか。噂では、狸奴はほぼ力を取り戻していたという」

「そんなことはどうでもいい。あいつはどこだ?もう見つけたのか?」

「ずいぶん恨んでいるようだな。安心しろ。狸奴はつい先程見つかったそうだ。今日の内に討伐隊が派遣され、夜が明ける頃に処分するらしい、と聞いた」


 ならこうしてはいられない。

 一瞬も迷うことなく、僕はベッドから飛び降り、誰かが退院用に用意してくれた服に着替えた。

「おいおい。まだ怪我は治っていないのではなかったか?」

「あいつを殺るのは僕だ。他の誰にも殺らせない」

「どんなライバル精神だ。あるいはただの八つ当たりともとれるが」

「ほっとけ」

 着替えた終わった僕は、未だ突っ立ったままのクチナシの横をすり抜けようとした。

 邪魔で抜けられない。

「クチナシ。お前は僕がどうしようと知ったことじゃないだろう?どうなろうと知ったことでもないはずだ。だから僕も好き勝手させてもらう。余計な世話をかけるな」

「まるで私がお前を心配している、そう悟ったような口振りだな」

「違うのか?」

「勘違いだ。私はお前のことなどどうでもいい。お前の面倒も、扇嬢からどうしてもと言われたからだ」

「その節は」

「いやいや気にするな。苦労するよな、あの女に関わると」

「とにかく通せ。僕はあいつを殺しに行きたいんじゃない。面会しに行くんだ。あいつと話さないきゃならないことがある」

 会いに行きたい、などという気持ち悪い言葉ではなく、面会という仰々しい単語をあえて使っているので、あいつと仲直りしに行きたいわけじゃないと悟ってほしい。


「仕方ないな。いや、別に通せんぼをしていたわけじゃなかったのだが、今は頭しか憑いてないからな」


 ……………………。

 クチナシ、もとい、どっかから連れてこられたサラリーマンの身体が、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 今この場にいるのはマズい気がする。

「ハジメくん~。今なんか物音がしたけど、誰かこけた?」

 新垣っ!ちょうどいいっ!

「あれっ?ハジメくん、この方はっ?」

「僕、少し出掛けてくるっ!じゃあなっ!」

「あ、え?なにがっ?ってちょっとハジメくんっ!?まだ退院じゃないぞっ?!」

 構わず僕は走り去った。

 僕はあいつに訊かねばならない。

 トモがラクの中に現れた理由を。

 危機を覚えねばならない。

 トモが滅んでいない、事実を。


 ジジジジ。


 あ、電話?誰からだ。

「…………もしもし」

“あ、ハジメ?今どこ?”

 結か。嫌な予感がする…………。

「ん?病院を出たとこだが」

“あっそ。じゃあ用事頼まれてくれないかしら?”

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