しじゅうご
秦喫茶。
初めて彼女と出会ったのもここだ。
そのときはラクくんとデートをしていてかなり気恥ずかしいシチュエーションだったのだけれど、良くも悪くも、友達ができたという貴重な出会いだったのだろう。
それからこの喫茶店は、以前までネタを提供する例の場所となっている。
なんのネタかというと、もちろん瓦版だ。
しかし如何せん、脚色に難があり講読者も数えるほどもいないので、こちら側に利がないとわかると夏希ちゃんがバッサリ協力を拒否する意向を示したのだった。
それで彼女らが納得するはずがなく、結構真剣に抵抗してたけど、伊狩家の圧力は凄まじく、驚くほどあっさり諦めてしまったらしいのでした。
鷹峰 要は、私たち専属の記者のようなもので、それに私たちと同級生ということも相まって付き合いが続いている。
自分の部署が、瓦版の存在意義が窮地に追い込まれているため、ちゃっかりネタ提供の催促をしてきたり、私とラクくんの関係を茶化してネタにしようとしたり、なかなか嫌らしい友達だ。
けれど関係は良好である。
彼女のおおらか性格も理由にあるのだろう。それに鷹峰ちゃんは人が本当に嫌がることはしない、節度がきっちりした良い子なのである。
「お久しぶりですっ、陽菜さんっ!」
「キャーーーーっ!?」
いきなり公共の、しかもそこそこ人目がある喫茶店で飛びかかってハグを求めてくるあたり、前言撤回の意を示す必要がありそうだった。
「落ち着いてっ、鷹峰ちゃんっ!」
「嫌ですっ!放しませんからっ!」
そう言われながら私の胸でスリスリされると、こっちも放したくなくなっちゃうからっ!
「いいから離れてっ!」
「嫌ですっ!私は抱かれたいんですっ!陽菜さんのこの大きな大きなおっp――――」
「なに言おうとしてるのっ?!いいから離れなさいっ!!」
閑話休題。
席について。
「それで陽菜さん。調べてほしいことというのは?」
その切り替えの早さ…………羨ましいくらいだ。
「ラクくんが今、行方知れずなのは知ってるよね。実は私、彼の捜索をしてるんだけど」
鷹峰ちゃん、制服のスカートかなり際どくしちゃってるな。それなのにさっき私に大胆に抱きついてきたりして、羞恥心というものがないのだろうか?
彼女は制服改造の常習犯であるため、頻繁にそのデザインを変えたりしていた。
その大半は、お気に入りの白いゴスロリ風なんだけど、学校からはなにも言われないのだろうか?
「彼の捜索をしてるんだけど、その手がかりが全然なくて。そんな中で唯一、彼を取り上げたとおぼしき記事を見つけたの」
「ほほう。それで私にはその記事を越えるラクさん特集を組んでほしいというわけですか?」
「話聞いてた?別に特集じゃなかったし、広告よりも小さい記事だったから楽勝だと思うんだけど。で、その記事が、これ」
私は拝借してきた紙切れを見せる。
「?」
「どうかした?」
「いえ、私の疑問はあとでいいんですけど、なにを探せばいいんでしょう?」
「さいですか。ゴホンッ、この記事が見つかったのはいいんだけど、肝心の場所が書かれてなかったの」
「場所?ああ、事件のあった場所ですね。確かにそれ以外にも、この記事は不細工ですね。アナウンサーの原稿みたいです」
あれ?そんなのに違いなんてあったのか?
「それで、私にその場所を探せと?いくらなんでも」
「もちろんそんなことは言わないよ。あなたにはこの記事を書いた人物を捜してほしい。過去の版権とか名簿を洗えばいくらか目星はつくでしょう?」
「あー、なるほどですね」
いい加減な返事をしながら、鷹峰ちゃんは記事を検視した。
彼女も一端の文屋だ。彼女の目から見れば、もしかすれば私がわからなかった発見があるかもしれない。
そう私は期待した。
「陽菜さん」
おお、期待通りか。
記事を天井に掲げて、その下からなにかを読み取ろうとする鷹峰ちゃんは、そのままの姿勢で一言口にした。
「ずいぶん古い記事ですよねー。20年くらい前のものみたいで」
え?
「…………確かに」
記事は少し黄ばんでいた。それでもかなり保存状態がよかったからか、私はそれを言われるまで気がつかなかったけれど、よく見たら微かに風化が進んでいる。
「え?じゃあハズレってことっ?」
なんてこと…………唯一の手がかりだったのに。
「そんなことはないでしょう。文章の登場人物は怪異 狸奴。これはラクさん以外あり得ません。それにこの‘扇’さん、先代ですよ」
「…………結さんのひとつ前の?」
「そういうことです。引き受けました。この記事を書いた人物及び、事件現場の調査の依頼を私が致します」
「ほぇっ?場所の調査なんて頼んでないけどっ?」
まさか追加料金をせびられるのではないかっ?せっかく踏み倒そうと思ってたのにっ!
「いえいえ、調査の方は私の好奇心です。もうすぐ夏休みですから、もう時間の許す限り調べ尽くしますよ」
「その間、宿題の方も怠らないように」
よし、交渉成立。
「じゃあ私はこれで――――」
と、言い終わる前にチョコレートパフェがふたつ、私たちのテーブルに運ばれてきた。
………………………………コーヒー以外頼んでないのだが。
「………………鷹峰ちゃん、これは?」
「話はこの辺で終わりですね、計算通り。さぁ陽菜さん、おひとつどうぞ。言うまでもないことですけど、あなたの奢りで」
なるほど、一筋縄ではいかないか。
あ、そうだ。
「ついでなんだけど、その調査。私といっしょに、もうひとり後輩を協力させてもらってもいいかな?」
「んぐ?ああ、いいですよ。陽菜さんの後輩?」
「そう。あなたに負けず劣らず、好奇心が強くて、敬語で、頭が良くて」
「ははぁん。まさかラクさんに一途かと思っていましたが、もう鞍替えですか。結構尻軽なんですね、陽菜さんって」
「ちっ、違いますっ!」
どうしてそういう勘違いをされないといけないのだっ。
いや、ラクくんともなにもないけどっ。
「聞いてるでしょ?結界が効かない人間。妖異を操る人間」
「…………あー。そう言えばそんな人が現れたと、うちは大騒ぎでした。てことは本人なんですね。もしかして取材とかさせてもらえます?」
なんと嫌らしい。けどここはイエスと言っておいた方がいいだろう。
後輩を勝手に売るようで申し訳ないけど、これで彼女は期待以上の働きをしてくれるはずだ。
「いいでしょう。陽菜さんをそこまで本気にさせる男を、不肖この鷹峰が精察致しましょう」
「まだ勘違いしたままだね」
「なにがです?」
「なんでもない」
交渉成立。
なんだかこっちが不本意な気がするけど、ラクくんのためだ、仕方ない。ラクくんの結界を見破れるのは秋人くんだけなのだから。
私はスプーンを掴み、バナナやポッキーの間を縫って、チョコレートアイスクリームを掬い、一口目を口にした。
「陽菜さん」
んぐ?
「お節介を焼くつもりはないです。それは今のあなただ」
そして鷹峰ちゃんは、かなり辛辣なことを言った。
「友達想いなのは結構ですけど、それ以上踏み込み過ぎると、誰も幸せになりませんよ。たとえ言霊で否定しようとも、ね」
――――自分たちのような存在に魅入られた人たちは、こぞって幸運から見放されましたから。
それはまるで、自己嫌悪のようにも聞こえた。