表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/58

じゅういち仲

“じゅういち”が初仲季の3話構えになりましたー

 さて。

 私が鷹峰という人物との待ち合わせ場所に着くまでに少々暇ができましたため、この機を有効活用し、以前、中途半端に終わってしまったお話の続きをさせていただこう。

 鷹峰がどういう人物かどうかも、ここでわかるはず。


 前回のあらすじ。

 生来の大嘘つき――――喜多町 陽菜は、とある放課後、とある男子生徒がひとり教室に居残っているのを見かけた。

 彼女は友達100人を達成するため、その彼をも手中におさめようと接触。得意の嘘をつき、結果は大成功。


 次の日――――。

「ラクくん。いくら頼んでも、できないものはできないの」

「そこをなんとか。履歴…………まだ残ってるんだろ?」

 私は自分がついた他愛もない嘘のせいで、アイドルを紹介してくれ、と昨日知り合ったばかりの冬真 楽くんにせびられていた。

 そのアイドルから間違い電話がかかってきたという嘘だったけど、ラクくんは完全に鵜呑みにしてしまい、それから私をツテに有名人と友達になろうと、あの手この手で私の着信履歴を付け狙っている。

 正直、もう消してしまったと言ってしまいたいのだけど、まったく参ったもので、

「陽菜って着信履歴とか整理する方?」

 という不意打ちの質問に、

「全然。ていうか、整理する人っているの?」

 と答えてしまったのだ。

 見た目によらず策士なラクくん。

 今更“消した”と言うのもどうかと思うので、私はそれからというもの、私の携帯の中に存在しない番号を死守するフリを続けている。

 まぁでも。

 こんなことは些細なことに過ぎず、当然悪ふざけであり、友達同士のじゃれ合いのようなものでしかなかった。

 それからは出会って数日――――たった数日なのに、私たちは以前から親しかったかのように、語り、ふざけ、冗談を交わしあった。

 それが私には新鮮で、自然で、これまでに感じたことがないほど、心に充実感が満たされていた。

 なんなのだろう?

 今までうわべだけで人と付き合っていたのに。

 放課後もみんなでカラオケに行ったり、ショッピングをしたり。それでも、私の中にはずっと冷めたなにかしかなかったのに。

 しかしラクくんとは、朝早く学校で会って、ホームルームの前に少しおしゃべりをして、休み時間にも愚痴をこぼしたり、昼休みにはたまにいっしょにお弁当を食べ、放課後いつも通りそれぞれ帰宅する。

 学校でしか会わないのに、半日しか会っていないのに、他の誰といるよりも楽しかった。

 不思議。

 もちろん嘘をつかなくなったわけではなかった。いつも通りひとりずつノルマを達成し、私は毎日、善行をこなしていると勘違いしたままだ。


 ……………………彼には違った。


 彼についていた嘘が、いつしかただの冗談となっていった。

 他の友達につく嘘は相変わらずなのに、彼には彼を騙そうとする類いの嘘をつけなくなった。

 価値観が――――また一転する。

 けれどもしぶといもので、まったく無知だった私はこれも正義を貫いていると錯覚し、後にこれは取り返しのつかない事態へと発展していくのだけど、順番に話そう。

 話がずいぶん早く進むようだけど、私はこの自分の過去が嫌いだ。

 大嫌いなのだ。

 だから意図的に手短に済ませようとしている。思い出すだけでも……………………。


 それはいい。

 続きだ。


 またある日のこと。

 あれからというもの、ずいぶん親しくなったラクくんと私は、いつも放課後、なにをしているのか?という話をしていた。

 正直興味はなかった。

 彼が例のアイドルの追っかけに全身全霊を懸けていたとしても、実は私に一目惚れしてストーカーよろしくあとをつけてました、などと告白されていたとしても――自意識過剰な例えで失礼――私はガッカリしなかったし、嬉しがったりはしなかった。

 けれども私は思わず耳を傾けてしまったのだ。

 彼が部活をしていた、というところまでは順調だった。

 しかし次の一言。

 “うちには部員が今四人いて、ひとりは幽霊部員であとは女子しかいないんだよな”

 なにかが私の胸を貫いた。


 女子しかいない?つまりどういうこと?

 ラクくんは女の子同士和気藹々、ワッキャッキャしているところに男子ひとり交じっているというの?

 今まで親しい人間の存在を影すら滲ませなかったあのラクくんが、まさか別の女の子ふたりと仲良くしている?

 え?それってつまり、ハーレムってこと?

 え?それっていいの?純粋なの?


 次から次へと疑念が湧いて出る。

 ちょっと考え過ぎでしょ、私。ラクくんに限ってそんなことはないはず。

 …………いや、ラクくん結構おおらかだしなぁ…………いつか男女関係でトラブりそうだ。それを言うなら、こんなこと考えてた私もか。

 とにかく、興味が湧いたのでした。

 いつもひとりでしかいるところを見たことがないラクくんの周りに、いったいどんな女がいるのか。

 その子らはかわいいのか、性格がいいのか。

 活動内容に食いついたフリをして、部を見学させてもらうことになりました。

 この際ラクくんはこう忠告してくれている。

「ひとりじゃ、あそこに辿り着けないからな」

 忠告というより、独り言。このときの私はその意味を理解しかねた。結界という存在を信じていなかったので、仕方ないと言えば仕方ない。

 部活は毎日あるので、私はその日の内に、ラクくんの案内で部室へと足を運ぶこととなった。

 道中、変わらず軽口を叩き合いながら行くと、思ったよりも早く目的地に着いたもんだから拍子抜けもいいとこ。

 いつも移動教室に使っている校舎の片隅だったのに、だ。


 ここなら別に道に迷うこともないだろう――――このとき私がそんな悠長なことを考えていたのは、言うまでもない。

 それはさておき、部室。

 部室だ。

 資料室と言っても過言ではない。しかし不思議なのは、この部室が、教室とは絶対に言えないことだ。

 移動で使われる教室だらけのこの校舎。放課後には文化部等の部室として提供されており、今の時間では金管楽器が響く音や生徒のざわめきが聴こえる。

 それでもそれら教室には、授業で使われる教材が棚の至るところに敷き詰められ、形跡というものがあるのがわかる。

 そんな中、この部室では、移動教室として使われているなどという形跡が見当たらない。もちろん準備室としても。

 つまり教室ではない、部活動のみを目的とされた――――なんのために?

「夏希ー、茜ー。お客さん」

 ラクくんは仲間に気さく挨拶をした。

 彼の脇から中を覗いてみると、そこにいたのは話の通り、折り畳み机で頬杖をついて私たちを無視し紙とにらめっこしながら作業に集中する女子生徒と、その斜め向かいでなにやら読書に夢中な女子生徒、それぞれパイプ椅子に座る、ふたりだけだった。

 まったくリアクションがない中、ラクくん気にせず、一直線に窓へ向かっていった。

 えっと…………私はどうすれば?

「好きなとこ座ってくれ、陽菜」

 そう言われても。

 どう考えても、私の要らない子扱い感が半端ない。

 仕方なく、私は一番入り口に近い、女子ふたりの間となる席に座った。

 なんか思ってたのと雰囲気が違う。もっと和気藹々してるものかと思ってたけど、空気が冷たくて重い。

 来てよかったのだろうか?

 と、唐突にパタンッという音が聴こえた。

 私の真横からだ。

 そこには読書をしていた女子生徒がいる、ということは読み終わったということだろう。

「ふぅー」

 うわぁー、なに?この耳が安心するようなため息は…………?

「って、あら?」

 彼女は私に気づいた。

「あなた、どちら様?どうやってここに?」

 ?

 気のせいだろうか。

 どうしてここに?ではなく、どうやってここに?というのは、違和感のある質問だ。

 とはいえ、ここはまず、私から自己紹介するのが作法というものだろう。

 私は身体ごと彼女に向き合い、自らを名乗った。

「はじめまして。私、ラクくんと同級生で、喜多町 陽菜と申します」

 いささかお堅い挨拶となってしまった。

 しかし彼女は、

「2年生の弐ノ舞 茜です。好きな教科は主に歴史。嫌いな教科は道徳。好物はタイヤキです」

 と返してくれた。

 なぜだろう…………?

 ラクくんに負けず劣らず、クセのある自己紹介だ。

 道徳ってこの学校でやってたっけ?

 それにしても挨拶に手慣れている。まるで内容はあれでもこの人が正解のようであり、お手本としたいものでした。

 あれ?

 この人…………ニノマイ…………。

「ええぇぇぇっ?!あなたがあの弐ノ舞先輩っ!?」

 弐ノ舞先輩はポカーンとした。

 この学校でその名を知らぬ者はいない。

 容姿端麗、文武両道、八方美人、才色兼備、何もかもが一揃いしている上、one for all・all for oneを地でいく――と噂の――、超が5つはつくほどの人類が、今私の目の前に降臨なされていた…………。

 いや、全部を本気にしているわけじゃないんだけれど、会ったことなかったから嘘とも限らないし…………。

 さすがに人伝の嘘は、私にも見抜けないので。

 それにしても、改めてそのお姿を目に写すと、いやはやさすが、オーラが完璧に溢れだしてる。

 これがそうか。これがそうなのかっ。

 みんなが夢中になる気持ちがわかった。これは凄まじいカリスマ…………人を引き寄せるというより、誘惑するという感じ、否、勧誘してる感じっ?

 私は納得だ。


 神は存在したっ!


「ちょっと、陽菜さん?」

 ……………………。

「え、ええっと。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」

 うわぁー、茜様と言葉交わしちゃったぁー。

 これはみんなに自慢しなければって、あれ?そういえば私、茜様をネタに嘘ついたことない。

 意外だ。有名人との接触経験があるという類いの嘘は、私がよく扱う手口なのに。

 本能で感じていたのかもしれない。この方を使って嘘をつくのは、神々に対する冒涜だ、とか。

 ホンモノとはこの方ことを言うのだろうか。ホンモノは人を魅了しながら、人を畏れさせるものなのだろうか。

 敵わない。私は嘘をつくことこそが正義と思っていたけど、この方は存在が正義と言っても過言ではない。


 後に過言だったとわかる。


 私が茜様――――もとい、茜さんを嘘のネタに使わなかったのは、ある人物のお陰だったと言える。

 その人物とは、由緒正しき退魔の一族。嫌味を言わせれば右に出るものはいないと言わしめる、至上最凶、苦言毒舌、etc.

「陽菜さん。彼女は伊狩 夏希さん。あなたと同じ1年生で、このオカルト研究同好会の会長よ」

 とても気遣いのできるお方だ。私が訊ねる前に紹介をなさってくださった。

 なんか敬語過ぎて、変な日本語になってる?私。

 そう、この人物、伊狩 夏希、彼女の結界のお陰だ。

 しかし、1年生で会長?この部は今年できたばかりということかな?

「ラク。なに勝手に部外者を連れてきたりしてるの?」

 なにか書いている指先に目線を落としたまま、彼女は酷く冷たい言葉を吐いた。

 毒を吐く、とはこのことを言うのだろうか。

「喜多町さん、って言ったかしら?ここはあなたが来るところではないわ。あと3回同じことを言われるまでに出ていきなさい」

 まったく酷い言われようだ。私の方を向きもしないで、挨拶もなしとは。

「あの、お邪魔になるのはわかります。でも私、こういう非科学的なものを探究するのに興味がありまして」

「初耳だぞ、陽菜?」

「言ったことないから」

 オカルト研究同好会。

 まったくもって興味はない。

「喜多町さん、って言ったかしら?ここはあなたが来るところではないわ。あと2回同じことを言われるまでに出ていきなさい」

 なぜか同じ言葉を繰り返してきたっ!?しかもちゃんとカウントしてきているっ!

 これは冗談で言っているわけではないようだ。

 いや…………若干、冗談めいているけど。

「あの…………見てるだけでも――――」

「喜多町さん、って言ったかしら?ここはあなたが来るところではないわ。あと1回同じことを言われるまでに出ていきなさい」

 容赦なしっ?!

 なんで私、そんなこと言われなきゃならないのっ?!

「夏希さん、さすがに言い過ぎよ。確かに招待してはいないけど、別に追い出す理由もないんじゃなくて?」

 茜様が庇ってくださった。

「あんまり癇癪起こしすぎると身体に悪いって言うぞ、夏希」

 ラクくんまで、ってそれはティーンズに言う台詞ではないような気がする…………。

「……………………」

 親しい友人2名にたしなめられたためか、伊狩 夏希さんは止めた指先をじっと眺め、なにかを反省するかのように沈黙した。

 うんうん。

 こんな冗談笑えないって。でも私は怒ってない。これがこの部のコミュニケーションなのだ。そうに決まっている。

 彼らは私のような客人にどうもてなすべきか知らないのだ。

 茜様は恐らくご存知のはずですが、見たところ部室内にそのようなもてなしの備品など置かれていない。

 しかしこれは私がいけないのだろう。

 なんのアポイントメントもなく、私から勝手にお邪魔させてもらったのだから、私が不満を持つのはスジではない。きっとそのことが彼女の不満として現れ、あのようなぞんざいな態度をとってしまったのだろう。

 では、ここは仲直りすべきだ。

 私に非があること認めれば、彼女も納得するはずだ。そうと決まれば得意な口八丁で――――。


「喜多町さん、って言ったかしら?ここはあなたが来るところでは――――」


 さすがに逃げ出す。

 なんなの?あれ。

 人を人と思ってるの?

 なにが不満だったのだ。どうして続けたのだ。

 気分が悪くなってきた。

「ハァ…………ハァ…………」

 動悸が治まらない。もうあの部室に行くのはやめよう。

 こんなに怖い思いをしたのは、実は初めてかもしれない。


「陽菜ぁーっ?」


 突然、私を呼ぶ声にビックリしたけど、心配は無用だった。

 振り返ると、そこにはラクくんがいた。

「ラクくん、ゴメンね、いきなり飛び出したりなんかして。すぐ謝りに行くから」

「いや、陽菜は悪くないんだけど。でもあいつは謝らねぇからなぁ」

 タチが悪すぎる…………どういう育ち方をすればそうなるのか。

 案外、現代社会では普通なのかも。

「いいよ。勝手にお邪魔したのは私だもん。私が行く」

 ベラベラと、今さっき絶対にあそこに行かない決心したところなのに、それは嘘だったのか?

 それともラクくんに言ったこれが嘘?

「ハァ…………ハァ…………」

 やだ…………頭痛い。

「おい、大丈夫か?陽菜。まだ保健室開いてるかもだから、ちょっと寝てくれば…………?」

「大丈夫…………少ししたら治まるから。ラクくん部活でしょ?気にしないで行って」

「それがさぁ…………夏希に今日は要らないって言われて…………」


 ……………っ?

 どうして?私を連れてきたから?


「いいの?」

 私は遠慮しなかった。

 今、一番そばにいてほしいから。

「はぁー…………」

 なぜかラクくんがタメ息を漏らした。

「しばらく出禁だって…………」

 妙なとばっちりを受けている。仲がいいのでは?

「ひどいね、彼女」

「気にすんな。毎日ああだから」

 年中無休っ?キツそうだ…………それで部活も毎日って余計――…………ああ、今日から出禁か。

「同じクラスだからなー、宿題も見せてやってんのに」

「あのさ、ラクくん」

 あれ、口が勝手に。

「ん?」

「今日こんなんなっちゃったからさ、このあと予定がないんだよね。それでもしよかったら、せっかくだし、どこか遊びに行かない…………かなー?って」

「……………………」

 言ってしまったものは仕方ない。しかしこれもずいぶん勝手だ。

 どうかしてしまったのだろうか?私は。

「うーむ…………」

 当然悩むよね。

「悪い。今日はやることがある」

 …………嘘をついているとわかった。

 なら速答でいいのだ。

 わざわざ悩むフリなんて、一番傷つくではないか。

「そっか」

 でも私はそんなこと表には出さない。彼を嫌いたくないから。

「じゃあ今日は、これで」

「ああ。申し訳ないな」

「気にしないでよ。…………そっちの都合なんだから…………」

 私、最低だ。

 相手の都合ならそれでいいではないか。

 どうしてそんな嫌味なことを言うのか。八つ当たりも大概にしろ、私。

 これも昔からの悪い癖で、自分の機嫌が悪くとなにかに当たりたくなる。

 治したいけど、治らない。

 嘘は――――治そうとすら思っていなかった。

「ほんとに悪いな。いつか埋め合わせするから」

 ……………………。

「じゃあ、明日は…………?」

 図々しい。私はなにかにとり憑かれてしまったのだろうか?

 普段、自分から友達を遊びに誘ったりはしないのに、今は無性に誰か、そばにいてほしい。

「いいよ。明日だな」


 ……………………えっ?


「おれ寝起き悪いから午後になるけど、いいか?」

「い…………いえす?」

 な、なぜ英語でっ?

「んじゃあ、明日の13時。待ち合わせ場所は、どうする?」

 ――――。


 やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった、やっちゃったっ!

 何考えてるのっ、私っ!

 結果オーライにしてもっ、いくらなんでもっ!?

 この時代始まって以来の大ボラ吹き女子高生、喜多町 陽菜は、生涯初となる、男子とふたりきりの外出、いわゆるデートに――――って解説いらないっ!

 どうしよう…………男子の好きなお化粧の仕方よくわかんないよ…………どこ行くのかな…………なに着ていこうかな…………。

 思考とは裏腹に、その夜の行動は、俗世のJKと変わらず、非常にウキウキワクワクしたものとなっていたのでした。


 …………………。

「……………………眠れない」


 次の日です。

 寝不足です。

 瞼が重く、閉じてしまった二度と開かないかもしれないので、がんばって乗り切ろうと思います。

 結局、午前中の大半を化けた私の寝ぼけ顔を直すお化粧に費やした私は、昨晩選んでおいた服をもう一度コーディネートし直し、お昼を抜いて、いざっ!

 待ち合わせ場所――――笹見公園へ。


 5分前に着いた私。けれども、彼――――ラクくんは意外にも、このような娯楽でも、女の子を待たせない紳士だったのでした。

 しかし寝起きはあまりよくないらしい。


 というか寝起きが悪いなどというレベルではない。


 なぜ?これはスルーしなければいけないのか。いや、一思いに突っ込んであげたほうがいいのか。

 女の子よりも先に待ち合わせ場所に到着する小粋なことをやってのけた冬真 楽くんでしたが、公園のど真ん中のモニュメントに登って爆睡するという、あまりにも生意気な真似もやってのけていました。

 どうやって登ったの?

 やだ、知り合いだと思われたくない…………。

 う、い、よ、よし、彼には悪いけど、ここは起きない内に撤収させてもらおう。それがお互いのためでもある。そうに決まってる。

 あわよくば彼を救ってあげたいものだけど、残念ながら、実は私はそれほど友達偏差値が高くない。

 ご老人に席を譲ってあげることはできても、不躾な友達の非常識に付き合うことはできないのである。

 許してね、ラクくん。

 そーっと。そーっと。


「早かったな、陽菜」


 あぁ……………………。

「こんにちは、ラクくん。というかどうしてそこで寝ているのかな?」

「昨日遅くまで起きてて。結局寝れなかったからしばらく仮眠をと」

「そこじゃなくてもよかったよね?もっと常識的に相応しい場所もあったよねぇっ?」

「日が当たって気持ち良さそうだったから…………zzzzzz」

 …………………………。

「寝るなぁっ!」

 猫かっ!

 本当に気持ち良さそうですねぇっ、抱きついて頬擦りしたいくらい可愛い顔してるよっ!

「いいから早く降りてきなさいっ!」

 ラクくんは素直に降りてくれた。

「まったくっ、人目ってものを気にしなさいっ」

「善処します」

 ほんとかーっ?

 とまぁ、こんな感じで一日がスタートしました。お昼からだけどね。

 それでは、まずはご飯から。

 しっかしセンスいいなぁ、ラクくん。

 その上着にそのパンツを合わせてくるか。

「陽菜はなんか好きなものとかあんのか?」

「うん。粉もんとか好きだよ」

「え?陽菜って大阪の人っ?」

「そうやでぇ、毎度おおきにっ」

 エセ大阪人ここにあり。

「嫌いなものとかもあんのか?」

「正直、シーフードは嫌いかな。出されたら食べるけど、できるなら遠慮したい」

「ああ、あの食感、嫌だよなぁ」

「おお、ここに同志あり」

「かかっ。イカやエビなんぞ食わずとも生きていけるぜっ」

「ごもっともっ」

「海鮮がどんなもんじゃーいっ」

「どんなもんじゃーいっ」

「アサリの味噌汁サイコーっ」

 どっちやねんっ!

 アサリも海鮮でしょうがっ。

「じゃあ昼飯は美味しいボンゴレの店へ」

「待った待った。結構アサリ好きだねぇ。私は全然好きじゃないんだけど」

「あれ?今のはそういう流れじゃなかったか?」

「だとしたら、あなた勝手に変な急流に乗ってるよ。どうして嫌いなものの話から嫌いなものが出てくる店に行くのかなぁ?意地悪なのかなぁ?」

「知らなかった」

「なら仕方ない」

 その後いろいろ検討した末、ラクくんオススメのオムライスが美味しいお店に決定しました。

 秦喫茶。

 喫茶店か。


 お店に入る前の小芝居。

「陽菜さま。お足元にお気をつけください」

「うむ、くるしうない」


 ラクくんが思った以上にはっちゃけている。楽しい。

 席は比較的奥まった窓際となった。

「おねぇさーん、オムライスふたつっ」

 相当気に入っているらしい、まだお冷やも出ていないのに。

「ラクくん、サラダも頼んでいいかな?」

「サラダもっ!」

 行動が早いなぁ。

 出てきたオムライスは、とてもちょうどいいサイズで玉子の焼き具合もちょうどいいし、盛り方も完璧だった。

「おいしそうっ」

「いただきぃー」

 やんちゃなラクくん。

 でもなんか上品な食べ方してる。音が鳴ってない?

「ごちそうさまー」

「早いっ!?」

 それからしばらくはコーヒーを飲んで一服した。

 なんかもう、デート終わりって気分。まだ始まったばかりなのに。

「ふぅー」

「このあとどこに行きたい?陽菜」

 おや?予想外にもエスコートを率先してくれるのか?

「そうだねー」

「陽菜は、運動とか好きなのか?」

「どうかな。ちょいちょいってとこかな。体育の成績良くないし」

「どのくらい?」

「跳び箱が跳べません」

「ほうほう、他には?」

「平均台の上に立てません」

「おやおや、他には?」

「倒立ができません」

「あっそ、他には?」

「やめて、もういじめないで」

「おや?そこにおられますはラクさんではないですか?」

 あれ?

 今、私たち以外の誰かの声が聞こえたような?

「やっぱりラクさんっ。奇遇ですね、こんなところでお会いするなんて」

 やっぱり知らない声だ。

「ん、あれ、鷲月?」

「それは姉さんの方ですよ。私は鷹峰です」

 むむ。これはこれは、かわいらしい小さな女の子じゃないですか。あ、今のは私が思いました。

 鷹峰ちゃん、これが最初の接点でした。

「むむっ。これはこれは、かわいらしい女の子じゃないですか。ラクさんにあるまじき事態ですよ、スキャンダルなんてっ」

 これは鷹峰ちゃんが言いました。

 鷹峰ちゃん――――私の胸ぐらいまでしかない体躯は白いゴスロリ衣装に包まれ、幼げな顔立ち、髪はセミショートで豪快なシャギーが目立っている。

 かなりの厚化粧で化けているにも関わらず、自然な可愛さを醸し出している。天使と形容されても異論はないかもしれない。

「陽菜、こいつは鷹峰。鷹峰、陽菜だ」

「はじめまして。どうぞお見知りおきを」

「こちらこそ、よろしくね、鷹峰ちゃん」

 やーんっ、ちょっと鷹峰ちゃんかわいすぎるっ。お辞儀をする姿なんて写真におさめたいくらい――――カシャッ。

 カシャッ――――?

「鷹峰、勝手に撮るなよ」

「いえ、これは二度とない大スクープなんで、ぜひ校内新聞の一面に載せようかと」

「載せたところで、有名人じゃないからな、おれたちは」

 あははははは。

 いや、なんで?

 突然シャッターを切られてビックリしたけれど、どうやらただの悪ふざけだったようだ。

 ラクくんの交友関係が見た目中学生にまで幅広いとは、まったく驚き。

「陽菜。こいつも同級生だ」

「えぇぇっ?!」

「陽菜さんって、見かけによらずリアクションいいですね」

 なんでも、1組で新聞部に所属しているそうだ。

 大人っぽいラクくんと、子どもっぽい鷹峰ちゃんと、デコボコな組み合わせだな。

「オカ研はとてもいいネタが満載でしてね。特に弐ノ舞先輩を特集した記事で講読者が儲かって儲かって」

「やらしい、やらしい」

 しかもちゃんと部数を発行しているらしい。

「こないだ弐ノ舞先輩のパンチラを盗撮しようとした輩をあげた途端、その人転校する事態に陥ったりしたんですよ。ファンクラブの人が制裁したらしいですが…………あれはおいしいネタでしたね、また誰かやんないかな?」

「前半お手柄な話だったのに、もしかしてあなたがその当事者をけしかけたんじゃないの?」


 全身白づくめのくせに、腹の中は真っ黒だ。


「ところで話を変えちゃいますけど、知らないんですか?ラクさん。あなたいつの間にか結構な有名人になってるんですよ」

「おれが?」

「ええ」

 いつの間にかラクくんに並んで座っている鷹峰ちゃんは、いつの間にかコーヒーカップを手元に置いていた。

「いくらあなたの影が純水のように無色透明でも、窓際の――――」

「あーはいはい。どうりで最近、脅迫状が多いと思った」

「脅迫されてるの………………?」

 するとラクくんが一枚の紙を差し出してきた。

 そこには――――。

「…………強烈な内容だね」

「毎日50通はくる」

「弐ノ舞先輩と仲いいですからね、目をつけられて当然です。そして私が言っているのはそっちじゃありません。窓際の貴紳と廊下でボソリと発すれば、4人に3人は近くの窓を探し始めるでしょうね、という話です」

「え?ちょっと意味が…………」

「陽菜さんは、ラクさんとどういう出会いだったんですか?それでわかるはずですよ」

「メモなんか出さないでね。えぇっと確か…………」

 教室の、窓――――。

「ほーらね」

「まだなにも言ってないよ」

「鷹峰、お前…………」

「その節はごちそうさまでした。あんなちっちゃい記事なのに、まさか大当たりとは」

 “窓際の貴紳 その眼差しになにを見るのか”

 新聞自体読んでないから知らなかったけど、確かに一部の女子が話題にしてた気がする。

 とにかく、自分とは関係がある騒ぎでも、自分とは関係がないように話したがる子だった。

「まぁ、ラクさんの姿を見ようなんて、どんなエロい目で探しても見つかるわけないんですがね」

 エロい目で探す人なんているのか…………?

「そういえば下駄箱にそんな感じの手紙が5通くらい入ってたことがあったなぁ」

 おおっ?

「そ、それで、なんて書いてあったんですかっ?」

 突然、鷹峰ちゃんが身を乗り出してラクくんに迫った。

 ちょっと近過ぎない?

「誰のイタズラかと思って全部読まずに捨てた。あのハートはそういう意味だったのか」

 いっしょに項垂れる私と鷹峰ちゃん。

 あんまりだよ、ラクくん。

 彼の男女トラブルが起こる日も、そう遠くないはずだ。

「ああー、もう。なんか大スクープないんですかね?ラクさん」

「そうだな」

「ハジメさん辺りは今どうしてるんですか?」

「知らねぇよ、あんな引きこもり」

「あんなことがありましたからね、さすがにネタにするのは自粛しましたよ」

「お前にそんな節度があったとはな」

「ラクさんに言われたくありません。さっさとマダリオンによって駆逐されてください、女の敵め」

 楽しそうだ。

 …………私とデートだったはずなのに。

 その後、私たちはどこにも行かず、夕方になるまでその喫茶店で雑談を交わした。

 正直、不満足だ。

 これで先の詫びを果たしてしまったかと思うと、あまりにも割りに合わないのである。

 けれどそういう約束なのだから、仕方がない。

「ずいぶん長い間しゃべりましたね、もう日が赤いですよ。というか、私とても失礼なことしてしまいました」

「「む?」」

 ハモる私とラクくん。なんか今日はハモることが多いような…………。

 鷹峰ちゃんはニヤリととして。

「できたてホヤホヤのカップルのお邪魔をして申し訳ありませんでした、と言っているのですよ」

 …………んなっ!

「い、いや待ってっ!鷹峰ちゃんっ!これはあのっ!お友達としてっ、あるべきお付き合いとしてっ!」

「みーーーー…………んな、始めはそう言うんですよ」

 ニコッ。

 カーーーーーーッ。

「は、陽菜?大丈夫か?顔が真っ赤になったぞ?」

「そうだよね…………」

「陽菜?」

「違わないよね…………」

 このときをラクくんは、私なにかに変身してしまうのではないか、と思ったそうだ。

 しかしそうではない。


 これは私の――――処世術だ。


「私はラクくんの…………」

「陽菜ー?」

 そうしている内に、いつしか私の中の嘘と真実は、

「私たちは…………」

 境がなくなっていた。

「恋人なんだ」



「夏希さん。どうしてあの子にあんなこと言ったの?」

「なんなんですか、そんなこと訊いて?茜先輩はお人好しなんですか?」

「いえ別に。ただラクくんが彼女を連れてきたあの時点。あのときあれを対処すべきだったんじゃないか、と思っただけよ」

「ごもっとも。でもなんかイラッときて。とりあえずラクには見張るよう言ってありますから」

「無期限の出禁を言い渡したあと、いったいどこにそんな暇があったのかしら…………」

「茜先輩。一応言っておきますが、私はああいう自分勝手に都合を自分に合わせる輩が大嫌いなんです。辻褄が合わなくてもそれでいいと思ってる、人をバカだと思ってる、そういう輩が」

「あなたがそれを言うの…………?」

「……………………」

「仕事、手伝いましょうか?」

「どうして土日もこんな量を…………」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ