しじゅうし
カリカリしていた。
ペンでカリカリしていた。
紙にペンでカリカリしていた。
夏希ちゃんが紙にペンでカリカリしていた。
いや普通にカリカリしていた。イライラしているのだ。
「まったく…………老いぼれ共め…………私がまだ十代だからってコケにしやがって」
夏希ちゃんのキャラクターが大いに乱れていた。夏希ちゃんはこんな乱暴なしゃべり方はしないはずなのだけど、なにやら不満なことがあったようだ。
今回の任務では私や茜さんはおいてけぼりを食らってしまったので、現地でなにがあったのか、それもまだあまり聞いていない。
秋 和真ちゃんが誘拐され、幸い彼女本人に怪我はなかったのだけど、その代わり、彼女を助けに行った扇の人たちが大きな打撃を受けた、とまでしか聞いていない。
死者が出なかったのは、運が良かったとしか言えないだろう。
いや、言えるのだろう。
夏希ちゃんが戦場でなにを見て、なぜそんなに苛ついているのか。けどひとつだけ、その元となるハプニングに見当をつけるなら。
ラクくんが行方不明。
「ラクくん…………」
茜さんもご覧の通り。自前の絢爛椅子にもたれ掛かり、もう今日の授業を3時限連続すっぽかしている、ってそれはダメでしょっ…………!さすがに午後の授業には無理矢理出席させたけど………… 。
私も心配しないわけがない。
彼は扇 結さんの強力な結界で行動範囲が制限されているはずなのだ。しかし規程されるその範囲内をどれだけ捜しても、ラクくんの尻尾の影すら見つけることができなかったという。
常時、結界に隠れている彼なのだ。当然の結果とも言えるか。
無論、私たちも協力した。積極的に、ラクくんが行きそうな場所を捜し回った。
けれども全部が全部空回りして、結局なんの手掛かりも見つけられず、徒労に終わっている。
範囲内の捜索が無駄に終わった。ならば次は、外を捜さねばならない。気が遠くなりそうだ。彼はなにを思い、なんのために飛び出して行ってしまったのだろう?
心当たりがあるとすれば、ひとつだけ。
怪異 狸奴――――それのためだろう。
それしかない。
愛着と呼ぶまでに、それの復活を望んでいると夏希ちゃんから聞いた。
恩人で友人で、お礼を言いたいのだと。
ずっと前から躍起になっていたのは知ってるけど、まさか消息不明になるとは思わなかった。
私は闇雲に捜し回るよりかは、と、オカ研部室に籠り、彼と狸奴の所縁のありそうな場所を調べている。
こういう探し物は、実はハジメくんが一番得意なのだけど、彼も彼で、戦いの傷がまだ癒えず、私もお見舞いを繰り返している状態だ。
ハジメくん自身、自分のところに持ってきてくれればいい、と言ってはくれるはずだけど、もう少し休んでほしいとワガママで頑固な私は思ったのでした。
正直、手詰まりと言っても過言ではない。
夏希ちゃんが今、協会に対しての抗議に都合を割いてしまったので手を借りることはできない。秋人くんはなぜか、事件の重要参考人として、協会から派遣された人から数日に渡って訊問を受けている。
和真ちゃんはラクくんが苦手だし。
茜さんは一応、人脈を駆使してそれなりの調査を行ってくれたけど、ラクくんの印象がまったくのマイナスなもののため、適当な答えか、あるいは激怒されてしまったというのがオチだったそうだ。
だからもう奇跡を信じて待つ、などと、完全に悠長な事態に陥ってしまった。
つまり私は、この途方もない調べものを、たったひとりで挑んでいるというわけである。
こうして聞くと、思ったより深刻に受け取る事件ではないようでもあるけど、それは違う。
事態はかなりシリアスだ。
扇によるラクくんの適当な捜索がなんの進展もないとわかると、即座に‘怪異狸奴捕縛兼討伐’のための部隊が収集された。
監視対象の脱走。しかもそれは野放しにするのが危険過ぎる化物である。
ラクくんのことは嫌いじゃない、むしろ好意こそ抱いているけども、やはりその危険性を否定することが、私にもできない。
前例があるだけに最もだ。
扇に入ってから知ったことだけど、実はラクくん――――狸奴は、一度、大勢の人を虐殺するという、おぞましいことをやったことがある。
幸い、というより、そのときの扇や協会が総力をあげてくれた功績によって、一般人への被害は皆無だった。だから公にならずに済んだのだった。
しかしながら、人知れず身を呈して私たちを守ってくれた扇や協会の人たちは、ほとんど壊滅状態に追いやられ、そして辛くも暴君と化した狸奴を鎮めること、決着をつけるのに見切りをつけたのが、扇 結である。
当時からその度量、並々ならぬことがうかがえる。その功績が認められて‘扇’の名前をもらったことは文句なし、ぶっちぎりだったと言わざるを得ないだろう。
そして‘扇’自ら狸奴に枷をかけ、とうとうその事件に終止符が打たれたのだった。
それから3年の月日が流れ、ラクくんは協定違反を何度も侵すということはやってきたけれど、日を跨いでいなくなったりは、つまり無断外泊をしたことは、一度もない。
それは猫としての帰巣本能があったのかもしれない。
本能。
それを言うなら、猫は自分の死期が近づくと、人知れずいなくなる、という本能があるそうだ。
考えたくはないけど、万が一 …………も視野に入れる必要がありそうだった。
「陽菜」
…………!?っ!っ?!
「なにっ?夏希ちゃんっ」
「能無しの類義語はなにがあったかしら?」
「知らないよ。知ってても教えない」
このまま夏希ちゃんをオカ研から出すのはマズい。直さなければ。
今夏希ちゃんは、協会に対する抗議の内容を作文している。
とは言っても、頬杖をついている夏希ちゃんの前に、400文字の作文用紙や筆記用具は見当たらない。
必要ないのだ。
夏希ちゃんの驚異の記憶力と機転の利かせ方。
頭脳派の彼女は、どれだけ複雑な問題でも、すべて暗記または暗算で行う。
どうやら脳に結界を張るという離れ業をしているらしいのだけど、どうしてそれを勉学に生かさないのか、どうしてイタズラのときはその何倍もの容量で頭が働くのか、ほとほとわからないところが多い。
まったく、これが真面目だというのだから、世も末である。
おや?
……………見つけた。
最後の資料、見過ごしてしまうほど小さな記事の切り抜き。
この記事は協会直属の記者が書いたものだ。組織の行動や妖異の討伐成績等を互いに周知させるために、‘鈴々新聞’という瓦版が発行されている。
私たちオカ研も、少し前までこの機関にネタを提供してしていたけど、無駄な脚色が多かったので、どんな上質なネタであろうと、二度と提供しないことを決定したのだった。
それだけ信じるのも億劫な紙切れだけど、ここは藁にもすがる思いで、ここに書かれている場所を訪れてみることにしよう。
こんな記事である
“先日、協会の直轄組織‘扇’の頭領‘扇 錬一郎’とその部下数名が無惨な遺体となって発見された。これは被害者らが追跡していた怪異の仕業とみられ協会は直ぐ様討伐隊を収集・派遣、捜査を開始した。”
場所が書かれてない…………いや、消えかかって読めない。
仕方ない。ツテを当たってみるか。
この記事。読む限りでは小さ過ぎるようなんだけど、もしかしたら何かしら自粛して、本来の大事件になり得なかったのではないだろうか?
これは執筆した人に直接会って話すしかない。
そのためにはパイプが必要だ。
私は廊下に出て、携帯を取り出し、この記事に飛び付きそうな、少し関わり合いたくない‘ある人物’に電話をかけた。
着信音が鳴る。
“もしもし?”
はやっ。呼び鈴が一回しか鳴ってないのに…………。
「もしもし、タカミネちゃん?私、陽菜だよ」
“うぉーうっ!陽菜さんっ!どうしたんですかっ!もしかしてネタくれる気になりましたかっ?”
「実は調べてほしいことがあって」
“スルーですか?ネタは?”
「これから直接会って話したいの。待ち合わせ場所は前といっしょだから、すぐ来てね」
ピッ。
さて。
私は部室に戻り、早速荷物をまとめ、急いで目的地へ向かった。
おっと。
「夏希ちゃん。私、ちょっと調べものしてくるから、今日はこれで」
「いってらっしゃーい」
「いってきまーす」
あれ?
‘ただいま’は、いつ言えばいいのだ?




