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さんじゅうはち

「ラク。準備はいい?」

「いいけど、ほんとにこの人数で大丈夫なのか?」

「大丈夫。あれがもしハジメの報告通りなら、高が人間で太刀打ちできるはずない」

「そうだっけか。だからこそ多勢で攻めるべきじゃないのか」

「だからこそ少数精鋭よ。被害を軽減できるし、あなたとキキさんがいるしね」

「…………キキさんは苦手だ」

「最近のコンディションはどうなの?」

「なに?」

「妖異、喰えてなかったんでしょ?どうなの?」

「ご心配なく。半分は人間だからな。普通の飯でも力つくよ」

「3分の1、でしょ」

「そうそう。3分の1人間」

「狸奴くんっ、こんにちはっ」

「!?……!?……!?……キキさんっ、どうもですっ」

「固いねぇ。いつも通りでいいんだよ。こないだは悪かったね、手を煩わせて。お陰で助かった」

「いえいえっ!」

「お礼言う機会がなかったから、今日は会えてよかったよ。まぁともかく――――夏希ちゃん、状況は?」

「はい。とりあえず、神内系と甃による建物の包囲は完了。援護も兼員してもらいます。外はバッチリとは言いませんが、不備はありません。中の様子はハジメからの報告がないのでまだわかりません。でも便りがないのは元気な証拠とします」

「冷たいよ、夏希ちゃん。場所はここで間違いないのかい?」

「十中八九。着いたときにハジメが張ったとおぼしき結界が確認できました。薄まっていますけど。ですので、キキさんたち後藤系は、万が一、包囲網から逃げ出した対象の追撃を担当してもらいます」

「了解。言われた通り15人連れてきたけど、どういう配置?」

「北西東に3人、南に6人。南は五十歩百歩の要領で3人ずつ前と後ろにずらします」

「南はなんで6人なんだ?」

「広いんだよ、狸奴くん。他の方角に比べて」

「そういうこと。人はできるだけ、お互いの間合いが行き届く距離に設定してください」

「あいよー。じゃあ、あたしはどうしようかなー」

「キキさんはもう私といっしょに来てください。ほんとにぴったり15人連れてきたから、ひとり余ってるんですよね」

「面目ない」

「おれは?」

「ラクは好きなとこから中に入りなさい。ただし、入ったらすぐにあれを炙り出すのよ」

「いいのか?外に出して。むしろ屋内にいる内にやっちゃえば手っ取り早いんじゃないか?」

「それもアリね。ぶっちゃけ、外に出して甃の集中砲火にさらすか、ラクに余裕がたっぷりあるなら、そこでケリをつけちゃっても構わないんだけど、」

「…………だけど?」

「あれにはずいぶん大きな借りがあるからね。3倍にして返したいのよ」

「今回に限って、そう思惑通りにいきそうな予感はないな」

「そうね。できるだけ確実な方で仕留めるわ」

「にしても、こんな真っ昼間に物騒だよねぇ。夏希ちゃん」

「ですね。正確には昨日の夕方頃には拐われていたようですが、目的がわかりませんね」

「昨日の夕方…………下校時間か。目的、つったって、案外同類に目をつけただけかもしれないぜ」

「無きにしも非ずね、ラク。でもそんなピカピカの一年生みたいな、友達百人目指してるやつなら、モチベーションを保つのに疲れるわ」

「そういう空気に弱いんですね…………夏希さん…………」

「もっと気になるのは場所だね。こんな館があるなんて、あたしは全然知らなかったよ」

「ぶ厚い結界で隠されていたようですね。それも、昨日今日張られたような新しさは感じられなかった。定期的に張り直しているようでもありますが」

「話がむつかしそうだ」

「あたしもよくわかんないな。ここに来るとき感じたけど、沢井くんが張ったものは健在だったようだね。でも夏希ちゃんの言う、結界の痕跡とやらは、君の口振りと合わせて察するに、沢井くんのじゃないみたいだ。一体誰が張ったっていうんだよ。素人だからそんな痕跡があったことすらわからなかったんだけど」

「いえ。ここは誰が張ったのか、ではなく、なんの為に張ったのか、が正しい疑問です。こんな建物、隠すより観光地にした方が儲かりそう。けどあえて隠した。その心は?」

「川柳の心得はないんでね。夏希ちゃん」

「そんなんじゃないですよ。この建物。一見、名のある地主か誰かが所有していたのかもしれませんが、そもそも立地的におかしい」

「なぜなら?」

「ここが元々、人が寄り付かないような場所なんですよ。目立つ館なのに、人目を忍ぶ。矛盾です」

「意図されて――――か」

「その通り。なんの為の‘城’なのか。たぶん結界を張っていたのは協会の連中でしょう。ずいぶん都合が悪いみたいね、見つかるのは。まぁ結界自体は、あの生まれたての小鹿が破っちゃったみたいだけど」

「考え過ぎだろ。単純に時の流れで森に飲み込まれただけかも。んで、おれたち…………そんな面倒そうなとこにいていいのか?」

「これで私に命令できる輩が大勢蒸発するわ」

「ポジティブなんだな、夏希さん。もうこの事実を武器に上司を引きずり落とす気満々だし、蒸発っていう言葉のチョイスで腹黒さが引き立ってる」

「しかしデカイよねぇ、この館。沢井くんはどの部屋にいるんだろうね」

「ラク、作戦開始。ハジメのウザいオーラを嗅ぎとって見つけるのよ」

「犬でもできねぇよ、そんなこと」

「キキさん、早く部下に配置を――――」

「伝えた伝えた」

「いつの間に…………」

 やっとか。

 どんだけゆっくりしてるんだ。お前らは。

 僕はもう、もたないっていうのに。

 とにかく、あの笑い声をなんとかっ…………したいな。


「ハハハハハハッ――――ハハハハハハッ――――ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ――――!!!!」


「嫌だ…………」

 !

 秋 和真。

 顔に力がこもってないぞ。

 気持ちはわからんでもないが。

 …………ヤバイな。膝に力が入らない。

 それでも無理矢理入れて立ち上がる。

「なにが可笑しい」

「いやさっ……!だってっ……!痛いんだもんっ……!痛過ぎるっ……!お前最高だよっ……!これ最高だよっ……!もっとやってみろよっ……!これで限界かよっ?!」

 マジで変態なんだな。

 まだ笑うか?

「もう………………。もうやめてぇぇぇっ!!!!」

 秋 和真が叫ぶ。

 それはどっちの殺してだ?

 自分が死にたいのか、あいつを黙らせたいのか。

 とはいえ、確かに僕も限界だ。

 もう楽にしてやるよ、変態野郎!

 だから、


「女は黙ってろ!」


 意を決した、が、僕はまるで学習してない。

 無意味な特攻をして、今の劣勢に繋がっていたんじゃないか。一度使えなかった手をまた使うなんて、自棄になったか。

「お前も感じてみるっ?!」

 ミスった…………。

 なんで動けるんだ。心臓に刺さってんだぞ。

 後悔先に立たず。

 僕が未熟だっただけだ。

 だが、一矢は報いさせてもらう。

 それから僕の刃と、やつの杭がそれぞれの腕に噛みついたのは、ほぼ同時だった。

 不勉強だった僕は封印が中断されても効力に余韻が残ることを知らず、ただこの空気に耐えきれなくなって終わらせようとしただけで、とんだリターンを受けてしまったま。

 そもそも術中にある者がその手で引き抜けるなんて思ってもみなかったんだ。そう言い訳をさせてほしい。


 苦痛は一瞬で僕の全身を貫いた。


 昔はそうだったらしいが、今は修行のために術を実際にかけさせられるなんてことはないから、この呪いがどんなものかは計り知れない。

 苦痛に埋め、二度と理性が保てないほどズタズタに心を引き裂く――――そんな呪いだ。

 酷いが単純なので、閉じ込める型の封印よりも普及した。

 いつしかこれがオーソドックスとなったが…………。


 僕にはこんな声が聞こえる。

 “はじめーっ”

 懐かしい。やんちゃで素直な。

 “はじめっ”

 よく外をいっしょに歩いては、寄り道ばかりして着いていかないと怒られたな。

 “はーじめっ”

 たまに料理を作っていた。

 “はじめー?”

 僕はそれを食べたことがない。

 “ハジメ”

 いつしか後ろ姿しか見せてもらえなくなって。

 “ハジメぇぇぇ”

 あいつの後ろ姿ばっかり追いかけてるあいつは、

 “ハジメぇぇぇっ”

 僕に助けを求めてくれず、あいつに裏切られたあいつは、

 “ハジメぇぇぇっ!!!!”

 あいつに殺された。

 彼女は泣いていた。

 僕の目の前で。僕は彼女を守れなかった。

 冬真 楽が初めて怪異を狩るところを見て、臆病になって。

 “いいんだよ”

 時折聞こえてくるその声は、

 “気にしなくていいから”

 罪を一向に忘れさせてくれずに、どころか思い出させて、

 “そもそも期待すらしなかったよ。はじめのばか”

 トモは灰色の灯を灯した目で僕を睨んでくるんだ。


「やめてぇぇぇっ!」

 秋 和真の声はやたらと喧しい。お陰で我に返れたのかもしれないが。

 視界には血の赤い色が。

 曇ったあの日、彼女が流した血じゃなく、僕の血だ。

 額はガンガン痛い。

 次に聞こえた声がその痛みに拍車をかけやがる。

「なんでおれが着く頃にはみんなボロボロなんだろうな」

 聞き慣れた、無性に腹が立つ声だ。

「苦しそうだな。ハジメ」

「ハァ……ハァ……ハァ……っ」

 ラク…………やっと来たのか。

「もしもーし?生きてるかー?」

 知らない内に叫んでいたのか、喉が痛い。頭も、指先も。

「…………当然っ、生きてるに決まってるだろ。よりにもよってお前か…………今一番見たくない面だ」

「助けてやったんだから礼くらい言え」

「今すぐ頼んでもいないのに…………僕を助けたことを謝るなら、礼を言ってやる…………っ」

「くたばれ」

「去ね」

 そんなことより…………。

「さっさと仕事をしろ。サボるな」

「なぁマジで死んでくんねぇかな。なんなら今ここでおれが介錯してやってもいいんだけど」

「他の誰に殺されても僕は文句を言わない自信があるが、お前に限ってはそんな我慢はできない」

「虫の息のくせしてよくそこまでしゃべれるな。そのタフさに免じて、今回は見逃してやってもいいぞ」

「お断りだ。今すぐ殺してくれ」

「矛盾してんぞ…………お前」

「ふざけてないで早くあいつなんとかしてよっ!」

 …………いいツッコミだ。秋人よりもハリがあってツヤがある。

 秋 和真。


「だそうだ…………とっとと始末してこい。不本意だが、手柄を譲ってやる。今度はヘマするなよ」

「………………ハジメ。お前、なにされた?」

「なんだよ…………っ。らしくもなく心配か?余計なお世話だ。呪いってのはこういうもんなんだよ」

「あっそ。ハジメ、マジでくたばるなよ」

 僕は不覚にも、このときのラクのことが、ほんの少し、ミジンコ大きさほど、ミクロほど、地球が逆回転を始めたぐらいあり得ないことのに――カッコいいな――と思ってしまった。

 やはり僕らは、大御所というものに、いくら嫌なやつだろうと、どれだけ魔を背負った者だろうと、その背中に確かな威厳を感じてしまうらしい。

「いつかその手でぶっ殺したいんだろ?おれを」


 いきなり悟ったことを言うようだが。

 おぞましき猫の鎧を纏った人間。

 数えきれない罪の濡れ衣を被った囚人。

 猫であるはずなのに重い鎖に繋がれた怪異。

 冬真 楽は生来、人であることを許されていないらしい。

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