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さんじゅうなな

「ガフッ……!」

 赤い血を吐き散らしたのは、さっきまで優勢だったはずの沢井だ。

 戦況は間違いなく、一気に劣勢へと強いられてしまい、最初、先制攻撃を仕掛けた沢井は、どこに潜めていたのか大量の棒手裏剣を、なんの迷いもなく人の身体に突き刺した。

 それだけでも気分が悪くなったけど、‘あいつ’――――。

 ‘あの人’。

 刺されてもまったく動じないどころか、感極まって嬉しがっって、そのあと何度も刺され直されても同じ。

 ダメージまでないなんて…………異常――――いや、違う。

 ‘彼’は身体的に痛がりはしても、‘精神的’に傷つきはしない。

 むしろ快楽になる、それが異常だ。いや、快楽ではなく、好奇心からくる知的満足感か。

 けど、人間でないなら――――それは不思議であって不思議でない。

 元々身体の造りが違うのだ。そして一体、人間でなく、なんの造りなのかは、わからないけど。

 新しいものを解さず、覚え、他人と共有したがるその神経は、まるで子供のよう。不思議というべきか否か。

 そのせいで今、沢井が絶体絶命の状況なんだけど…………。

 吐き気がっ…………。

「なぁなぁ、お兄さん。痛いのってどうなの?良過ぎて言葉もでないのかなぁ?」

「っ…………変態野郎が」

 当の本人は幸せに勘違いしてしまっているようだ。

 すべての棒手裏剣を使い果たしてしまったのか、空手になってしまった沢井はいきなり形勢逆転に合い、無理な特攻をしたせいで、そのまま打ちのめされてしまっていた。

 あらかた‘彼’にお見舞いしたその棒手裏剣を、‘彼’自身にすべて引き抜かれお返しされてしまい、沢井は串刺し状態だ。

 そして血を吐き出し、教会の入り口の前で立つこともままならない。

 どうすんの?このままじゃ…………。

「クソッ…………!」

 沢井は諦めなかった。

 拳を地面に突き立て、必死に身体を持ち上げようとした。

「痛そうだねー。もしかして“痛み”はお気に召さなかったかな?そらそうか。人間にとって痛みは苦痛だ。ぼくも少し興奮し過ぎたよ」

 そう弁解しながら沢井に近づいた‘彼’は、必死にもがく沢井の髪を非情にも鷲掴み、無理矢理、顔をあげさせた。

 無理な体勢をさせられて、沢井には余計苦痛の表情が広がる。

「いいね。いいよっ!やっぱり人間が浮かべるものを見ている方がずっと気分がいいっ!‘ぼくら’にとっては大好物だからねっ!」

「クフッ…………」

 なにも言えない沢井。限界だっ。

 助けたいけど…………脚に力が…………っ。

 そもそもあたしが助太刀したところで、相手になるようなやつにも見えないし…………。

「ところでさ?君はどうしてぼくがわかったの?ぼくら全然接点なかったはずなのにね。知っているにしても、それはあの場にいたやつらに聞いたぐらいのことでしょ?」

 そう言って‘彼’は沢井の顔ををまじまじと眺めた。

「もしかしてその眼に秘密があるのかもね」

 沢井は微動だにしない。したくてもできない。

 その言葉の意味。嫌な予感がするのは、気のせいだろうか?

「面白そうな眼だぁ。それに…………どうやら元々持っていたものじゃないらしい。誰かからもらったの?」

 そこでようやく、‘彼’は沢井から手を放し、後ろを向いて祭壇へと歩きだした。

 嫌な予感は外れた。

 ホッとした。

 祭壇に着いた‘彼’は余裕綽々とそれに飛び乗り、爪先でくるっと回れ右をした瞬間に、沢井の反撃が開始された。

 パッと見て、なにをしているのかがさっぱりわからない。

 もちろん攻撃とわかる動作をとっていた。

 けれどそれは、自分に刺さった棒手裏剣を5本からそれ以上引き抜き、それらを‘彼’に投げるというものだったのだけど、全部が全部的外れにもほどがある。

 数本は祭壇に、残りはその後ろにある十字架を支える台と十字架そのものに突き刺さったけど、‘彼’に命中したものは一本もなかった。

 その距離で見事なダーツだけど、当たらないなら投げない方がいい。

 力の無駄遣いだ。

 けれど沢井は止まらなかった。

 往生際が悪く、動かなければ助かるかもしれないのに…………。

 沢井は、片膝をつき、スゥーっと深呼吸をすると、右手にたった一本だけ持っていた棒手裏剣を一度、床に軽く叩き、最後の足掻きとばかりか、それを投げた。

 今度は狙い違わず、ダーツは的の中心、すなわち‘彼’の心臓に突き刺さった。

 やったっ!

「へたくそ」

 いや、やってないっ…………。

 心臓に杭が刺さっているにも関わらず、‘彼’は沢井に毒を吐いた。


「バカが。とっとと気づけ」

 しかし沢井はあろうことか強気の姿勢を見せ、手裏剣を投げたあとの手で空を掴み、強くその拳を握った。


 途端、‘あいつ’、‘彼’が胸を押さえて呻きだし、それはどんどん叫び声に変わっていくと、ついには膝をついて盛大に苦しみだした。

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…………!」

 ちょっと待ってっ?なにが起こってんのっ?

「お前ぇっ……!なにをっ…………!?」

「昔からある禁じ手だ。その爪楊枝は、お前を閉じ込める柵と、お前の心を抉る杭。妖異相手には毛ほども役に立たないが、心を持った人間や怪異にはこれ以上ないほど効果的だ。有り体に言って封印ってやつだが、もしお前が元のまま無心なら、僕にはもう手がなかったよ」

「封印っ…………?!うぁぁっ…………!」

 ‘彼’は苦しむ。

 ていうか、‘あいつ’の周りに刺した棒手裏剣にはつまりどういう意味が?ひょっとして、言うところの結界か?

「さぁ、このまま直通であの世まで行ってもらおうか。安心しろ、死にはしない。生きたまま地獄へ堕ちてもらうだけだ」

 沢井はさらっと残酷なことを言い放った。

 なんかもう、端から見てると茶番にしか見えないのは…………おっと、考えちゃダメ、考えちゃダメ…………。

「うぁぁぁぁっ…………!」

 こいつらは中二じゃない、中二じゃない…………。

「ハハッ…………」

 さっきまでの死闘を鑑みるに、彼らは大真面目のはず…………だ。

 絶対にバカじゃ…………。

 バカだ。

 あれでケリがついたと思った。それであたしは自由の身になるはずだったのに、それで終わることはなかった。


「ハハハハハハッ――――ハハハハハハッ――――ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ――――!!!!」


 決着がついたかに思われたそのとき、‘彼’は状況に則さない、哀れとも言えるような、けたたましい高笑いを始めたのだった。

 耳を塞ぎたくなるような。

 空気を伝って氷の槍が拡散するような。

 いや、そのたった一言では、否、たとえ存在する言葉すべて使っても表しきれないような狂気。

 そんなまるで凶器のような狂喜に呑まれ、ついにあたしは、絶望を壮観してしまった。

「嫌だ…………」

 耳を塞ぐのも忘れるほどの脱力感が、全身を襲い、肩に震えが走れば、もう止めることはできない。

 気持ち悪い。

「なにが可笑しい」

 そんな声でハッと我に返ると、いつの間にか自らの脚で立ち上がっていた沢井が、‘彼’に、一見あの笑い声にものともせず確固たる意志を滲ませながら、けれども第三者から見ても恐怖を含んでいるとわかる視線を投げかけていた。

 ‘彼’――――は、苦しいはずなのに、笑い混じりにわけを話した。

 効いてはいるんだ。声が途切れ途切れだった。

 話された内容はおぞましく 、聞くに耐えないものだったけど。

「いやさっ……!だってっ……!痛いんだもんっ……!痛過ぎるっ……!お前最高だよっ……!これ最高だよっ……!もっとやってみろよっ……!これで限界かよっ!?」

 狂ってる。

 何度も言うけど、狂ってる。

 ‘こんなやつ’この世に残しちゃダメ。

 ここで仕留めてよ。

「もう………………」

 絶対生かさないで。

 絶対に、絶対に、絶対に、早くっ!

「もう、やめてぇぇぇっ!!!!」

「女は黙ってろっ!」

 そうは言っても触発されたのか、沢井の二度目の特攻はやむを得ず、これまたどこに潜めていたのか一本の短刀を抜き、怒号をあげながら彼に刺しに行った。

 焦ったのか、封印とやらは掛けっぱなしで、解く必要もないのかもしれないけど、それが仇となった。

「お前も感じてみるっ?!」

 ‘彼’は心臓から杭を引き抜き、迫る沢井にそれを、まだ術が解けていないらしいそれを刺した。

 とっさに沢井はそれを左手で受け、右手で持った短刀で‘彼’を斬りつけることができたけど、それができたところで、なにも好転することがないのだ。

 貫かれた腕を掴み、沢井は膝をついてただ、


 悲鳴をあげ始めた。


 しばらく左手を抑え、そのあとすぐに両手で頭を抱えると、聞くに耐えない、悲痛な叫びが強くあたしの耳を刺した。

 しまいには両手で床を叩いて、さらには頭を打ち付け始め、なにかを剥がしたいかのように擦り付け始めている。

「ああぁぁぁぁぁっ!?」


 それがなにを求めているのか。

 沢井は、呼吸ができなくなるまで大声を張り上げる。

 聞きたくない――――と、そう聞こえる。


「いや、楽しかったよ。でもそろそろ‘姉ちゃん’が言ってた時間だから、その子はもらって、君はもう要らないよ」

 ‘彼’は、そう吐き捨てると、怪我した左腕に右手を添え、一歩―――― 脚を前に出した。

 要らない――――とはそのままの意味だろうか?

 だからといって、まさか手をかける必要があるというのか?

「ちょっ…………!やめて!」

 ‘彼’は微かに首を捻るだけで、あたしの呼び掛けに応えてくれない。

 尚も歩みを進め、柔らかな微笑を浮かべながら、抵抗もできない人間にトドメを刺そうとする。

 それが普通の人間にできることか。

 傷付けることが、そんな平気にできることなのか。

「お願いだから!やめて!やめてください!」

 確かにあたしも、生きるために小さな命を殺して食らいついた。

 生まれたての小鳥でさえ、あたしはハラワタを貪った。

 そんな過去が嫌いだ。忘れたい。でも償うには忘れてはいけない。

 だから誰であっても傷つくのは嫌いだ。

 どうしてそんなこと…………わからないのか?

 どうして――――なんで。

 なんで…………止まらない。


「やめてぇぇぇっ!」


 そう叫んだのと同時だっただろうか。あとだっただろうか。

 突然、十字架を白々しく、神々しく照らす、この空間唯一と言ってもいい光源だったステンドグラスが、けたたましい音を鳴らしながら飛散し、大きな破片がひとつ、あたしの座っていたベンチのひとつ後ろの席を真っ二つにし、もうひとつはその反対側の列を蹴散らしながら壁に当たってさらに割れ、もうひとつ、特に大きかったものが、沢井に右手を伸ばした‘彼’の背中を貫いた。

 そしてまだひとつ。

 遅れて、落ちてくる凶器とは違った動きで‘彼’に向かう閃き。

 それは痛みに悶える‘彼’の背中を、いや、悶える隙も与えず蹴り飛ばした。

 ‘彼’は体勢が整わず、なんの踏ん張りもつけられなかったため、沢井の後ろにそびえる教会と外の境界である扉を砕き、飛び出すと、ベランダのようなところから、その奥の中庭らしき広場へと落ちていった。

 半ばあっけにとられながらも、今起こっていることをこの頭で把握しようとしたのも束の間。

 あたしの眼に、あたしがとてもじゃないほど苦手な人物。

 あるいは獣か。

「なんでおれが着く頃にはみんなボロボロなんだろうな」

 冬真 楽――――化け猫が目に写り込んだ。

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