さんじゅうし
…………ここは?…………どこ?
冷たい風。
水滴が落ちる音。
雨?
目を開けても暗い。けれど微かに、白々しい灯りがこぼれている。
なんか背中が堅い。ベンチ…………じゃああたしは今、ベンチの背もたれを後ろから見ている。整列されてるんだ。なんで?
縛られては…………いない。あたしはなんでこんなところに?
手をついて身体を持ち上げてみると、今あたしがどこにいるのかがわかった。
教会。
道理で、長椅子が揃っているわけだ。
「やっと目が覚めた」
その声を聞いてハッする。
そして巨大な十字架の足元に、祭壇の上にさっき見たときと同じ姿勢、同じ表情であたしを見下ろしている人間がいた。
敵意のない、屈託のない笑顔そこにある。
氷よりも冷たい息を吐きながら――――そこにいた。
「そう構えるなよ。ぼくは君と話がしたいだけなんだ」
そうは言われても…………誘拐だよね?これ。
時間とか、どのくらい経ったの?
ともかくここは、交渉が大事だ。見たとこ、あたしの身体に違和感はないし、そもそもこれからなのかもしれないけど、今何時なのかがわからない以上、外部の助けを待ってられない。ステンドガラスからは白い光が照っている。夜ではなさそうだ。
まずは相手の話を聞いてみよう。
「えっと。話って…………?」
「ま、そう焦らない。ちょっとだけおしゃべりしよう」
「そうは言われましても…………」
目が嫌らしくないのに下心がありそうで嫌らしい。
「要求はなんですか?」
「おしゃべり」
それ以外は…………っ?
「君は何歳なの?」
勝手に進められた。身の上話から?いつ以来だろう。つい最近そんな話題を誰かとしたような。
逆らわない方がいいよね?
「16」
「年寄っ!ぼくこないだ産まれたばっかっ!」
怒らない方がいいよねっ?
「その髪はなんでそうしてるの?」
「長いので、分けて括ってます」
「短かったら括らなくてもいいんじゃないのっ?」
怒らない方がいいよね!?
「ちっちゃくてかわいいね」
照れない方がいいよね!?
って、いかんいかん。危うく呑まれそうになった。あたしの怒りを誘って、楽しみたい変態なんだろう。最後のでトドメを刺そうとしたんだろうけど、そうはいかないぜっ!
っと、危うく肝心なところを受け流してしまうところだった。
こないだ産まれたばっか?
意味がわからない。
それに、それを裏付けるかのような発言。女子が髪を括るのは普通のことなのに、なんであえて訊くの?
疑問が止まない。
「早く…………本題に入ってよ…………っ」
あたしはたまらず急かした。あまりの緊張感のなさに我慢できなくなって。
「ん?…………そうだね。そうしよう。おしゃべりはそのあとからでもできるしね」
気さくなのは構わないけど、焦ったりしないんだろうか?
あれからどのくらい経ったのか知らないけど、きっと今頃、あたしのことを血眼になって探してる人たちがいるはずだ。警察とか。
「早い話」
………………。
早い話――――主題。
早い話、あたしにナニナニしてくれ。
と、いきなり、単刀直入に結論から話してくれるとは、ありがたい。ことによっちゃあ、要求を飲み干せば解放してくれるかもしれない。
…………本当に内容次第では。
「早い話、君とは仲良くなれそうだったんだ。だからここに連れてきた」
結局意味わからんっ。
っていうか、解放する気、皆無の要求じゃん…………期待はするもんじゃないよ…………。
そういえばなんかここ…………完全に教会だけど、訊いても答えなさそう。
「ここって、どこなんですかっ?」
念のため訊いてみた。どこの教会か、と訊ねたつもりだったけど、
「ここ?ぼくの秘密基地っ」
案の定…………伝わらなかった。
「それで?あたしはなにをすればいいんですか…………?」
強気に言ってみたけど、内心、冷や汗が全然止まらない。
最初に話しかけられたときと同じく、さっきから空気を凍らせているかのような声と会話してる。自分も声を出さないと、凍ってしまいそうで怖い。
「なにって。今言ったじゃない。仲良くしよう、って!」
「仲良くって…………ほんとはなにを企んでるんですか?」
これは失敗だった。向こうが穏やかに話をしてくれているのに、それを逆撫でするような口調をとってどうするっ。
けれども、彼は依然として、フレンドリーな笑顔を浮かべているだけだ。ホッとしたような、気味が悪いような。
「それがイライラってやつっ?おもしろいっ!」
苛立ちは受け取っていたらしい。余計イライラする。
にしても、なぜそんなにも人の感情に好奇心を顕にしてるんだろう?
それこそ、相手を逆撫でしてでも。
あたしでさえ、ここまで関心は示さなかったのに、この人のことが、実は人間じゃないんじゃないか、と思えてくる。
人間じゃない――――。
!
「もしかして…………あなたも…………?」
「そうだよ。哀れな人の屍を纏いし烏さん」
!
あたしはこうなってから今まで、そんな素振りを一度も見せたつもりはないはずだ。こいつは勿論、他の他人や、あの秋人にさえ。
けれども、こいつは――――会って間もないのに…………。
こいつは知っている。あたしの過去を――――正体を。
いや、落ち着けっ。そうじゃないっ。
あっちがこっちの正体を看破し得たのは、あっちもそうだからだっ。なら…………。
「あなたは…………なに?」
その質問に答えは返ってこなかった。
機嫌を損ねてしまったわけじゃない。
本当なら、気絶しながらでも待ちわびていた招かざる客の登場に心躍らせたいところではあるけど、タイミングとしてはグッドともバッドとも言えない。
そして配役が残念過ぎる。
「よくここがわかったね。誰かさん」
誘拐犯は、そんな風に歓迎した。
予告も、前触れも、交渉も、音もなく、唯一光が届いていなかった暗闇から姿を現したのは、他の誰でもない。
沢井 萌。その人だった。
彼は言う。
「別に。烏に訊いただけだ」




