表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/58

ふたつ

 そこではなんと、中央で魔法陣が描かれ得体の知れないなにかを召喚しようとする儀式が行われていなかった…………。

 その体なら、ライトノベルよろしくの可愛い厨二病と接点を持ち、楽しいスクールライフを築けたかもしれなかったのに、現実ではそんな都合のいいコメディフラグは立たないものだ。

 ちょっぴりエッチな儀式とかを期待していたのも否めないのは内緒だけれど、残念ながらここは別段変わったところはなにもない資料室のような場所だった。

 がっかりしたような、そんはずはない暴いてやろうというやる気が芽生えたような。

 どれだけ見渡そうとも、そこにはファイルが敷き詰められた天井まである大きな棚と中心に折り畳み机四つ、そしてその上に今にも崩れそうな程積まれた紙切れの山と、最後に棚からファイルを数冊抜き取ろうとしている女子生徒しか見当たらない。

 質素であまりにも事務所感が一番にくる印象の教室だ。けれど使い勝手が良さそうで、管理者の綺麗好きがうかがえる。

 女子生徒はいくつかある折り畳み椅子の上に乗り、僕には気づいているだろうけど作業を止めずにファイルをいくつも脇に挟んでいる最中だった。

 お邪魔してもいいのだろうか?

 いや、僕はもうこれ以上の詮索をする気が全くしない。ていうかしちゃダメだろ。

 備品の置き方が他の教室とは違うだけで、多分これ以上漁っても大したものは出ないだろうし、さっきまでのワクワクを返して欲しいくらいのなんでもなさだけど、煩いハエが紛れ込んできて迷惑なのは彼女の方だろうから僕はもう帰らなければならない。

 まず声をかけていいのか、どうしたものか。

 例えば手伝おうとするのはどうだろう。

 気まずい僕の登場は、実は彼女を助けたい友人から派遣された某という風に誤魔化せないだろうか?

 なんて不自然なアイデアだ。ツッコめってか。

 じっとしていた方がまだ幾分もマシである。

 まぁオカルト研究同好会だそうだから、新入部員の見学で通せば間に合うだろう。

 部員が彼女しかいないのは気になるけれど、多分幽霊部員が大半を占めるはずだ。

 不憫だな。彼女ーーーー先輩は。

 それにしてもこの教室。

 全部オカルト関連の資料が集められているんだろうか?

 だとすればこの量はなんだ?

 敷き詰められたファイルの壁、もとい棚もさることながら、四つ合わせても紙の山に占領され作業スペースが足りない折り畳み机にも。

 つまり今から整理整頓する資料なのだろう。

 一体どんな業者が調べたデータを取り扱っているというのか。オカルト研究はそんなにも浸透した業界だったのか…………?

 ツッコめってか。

 そして開け放たれた窓には、昼間に見たのと同じ色褪せた、と言ってもどの教室にもある、ありふれたカーテンがまた外に吸い出されている。

 もっとデコレーションした方がいいのではないか?

 青春というモチベーションを見事に排斥することに成功した空間だ。まさかそんな奇跡があり得たなんて…………。

 もっと観察しようと不審者冥利に拍車をかけようとした、その時。

 やはりと言うべきか、業を煮やしたのか明らかに無視を諦めて先輩が溜息を吐き、くるりと僕の方を気を向けてくれた。

 その眼差しは、あまりにも気怠げで、明らかに気分を害したような雰囲気ではあったけど、話ができるという姿勢を醸し出している。

 ゆっくりと、当たり障りのない簡単な処理で追い出そうと歯を小さく見せたのだろう。

 それが叶わなかったのは、不意にファイルを落とした瞬間無理な体勢でそれを受け取ろうとしたツケが回ったからである。

 僕がバツの悪さに苛まれそうになるかならないかの瞬間の出来事。

 ファイルをばら撒きながら、とうとう先輩が椅子から落ちてしまったのだった。

 とにかく助けなければと駆け出そうにも一歩踏み出すと同時に結局先輩が尻餅を強く打ってしまったり。

 お互いに格好の悪い醜態を晒してしまう奇妙な偶然の一致が起こったり。

 紳士としてとか、淑女としてとか。

 バターン、きゅー。

 可愛らしいオノマトペを付けてやれば、中々お茶目なシーンに昇華することも可能らしい。尻もちをついたときに「きゅっ?!」というリスのような声も相まってかなり良き場面だ。

 楽天的に考えれば面白い。このままスチールにしてみたいものである。

 これで彼女も心理的には救われば、僕にあらぬ誤解が生まれないまま仲良くなれたらもしかすると今後の展開に期待が持てたかもしれない。

 不謹慎な煩悩が脳内をぐるぐると回り始めると共に、けどそんなことままならないまま、あられもない光景がそんな詭弁を全て払い退けてしまう。

 幸い先輩は大きな怪我をすることはなかった様子だ。

 それに慮る余裕を僕が見せることができないのは、痛みで動けない内に先輩の大腿部が大きく露わに全開に近い状態だったことに起因する。

 僕が自称する非リアにとって、その扇情的なポーズがあまりにショックで魅力的なのは言うまでもない。

 1秒が3秒に伸びたような気がした。

 そんなときこそあのフリルや柄と色をできる限り冷静に記憶しようなどとは、我ながらよく度胸があったもので、特に太ももの程よい肉付きや座ったまま潰れてるお尻などによく目を奪われた。

「はぁ…………ーーーー」

 できる限り眼に焼き付けて彼女の溜息が悲鳴に変わる前に、不親切に退散することも厭わず。

 ここまでものの数秒の出来事だったという、見事に救いようのない意気地に欠ける行為だったなと、自分が情けなく思っている。

 けれどわかって欲しい。むしろ褒めて欲しい。

 あれで口を塞ぎに行って、さらに都合の悪いシチュエーションに持ち込んだとしても、大抵はしっぺ返しを食らうのが世の常だ。

 なれば決断は早く健全な方がいい。

 逃げるのだ。

 なんということだ。なんだっていうんだ。

 これから先の僕の学校生活が終わりを告げたのか?

 早歩きで廊下を突き進み、階段を一段飛ばしで駆け下りて、少し落ち着こうと渡り廊下で深呼吸をした。

 一体なにが原因でこうなってしなったというのか。

 はっ…………。

「僕が訪ねなけりゃよかったのか…………?」

 これも、実は走ってる内に気づいた事実でもある。

 もし彼女が僕に気を取られさえしなければ、もしかしなくても怪我をする必要なんてなかったんじゃないか?

 怪我をしていたかどうかは定かじゃないけれど、僕のせいで嫁入り前の娘の身体が傷物にしたとあれば、そう思うと凄まじい罪悪感に襲われる。

 とてもまずい…………。

 今戻ればあるいは、否。

 今戻るのはヤバい。

 傷物にしたのは確実なんだ。

 ガン見してしまったんだから。

 口の軽い人という可能性が捨てきれないけれど、限りなく低いその逆の可能性に賭けて、仕方なく明日まで踏ん張ろう。

 同好会とはいえ恐らく毎日活動しているはずだ。

 乗り気は全くしないけど。

 明日謝ることにした。

 一先ず放ったらかしにしておいたカバンを取りに僕の教室まで戻り、急いで昇降口まで駆け抜ける。

 道中、昼休みに見たのと同じ風景であの部室を眺めると、どうにももどかしくなってしまった。


「可愛い人だったのが一番の幸いか」

 帰り道道中のコンビニでやっとそんなことを思うことができたのは本当に幸いだったかもしれない。

 なぜならこのままでは不登校も視野に入れないではないくらいに自分を追い込んでいたからだ。

 あまりに大袈裟だったので、自分で叱咤激励し力を取り戻したのは、僕の取り柄の一つであるポジティブシンキングのお陰かな。

 些細な幸せを感じることによって、精神を保つ。

 結果としてあの光景をまたもや思い出すことによって、コンビニの立ち読み中にあらぬ方へ視線が寄った。

 やれやれ。

 僕も存外タチ悪い

 おにぎりとジュースを買い、瞬く間に帰路へ再び着いた所で早速買った物の封を放ち歩きながらかぶりついた。

 具は焼肉だ。

 最近こってりしたものがご無沙汰なだけに、その脂ぎったタレがなんとも言えない。

 これは僕の愛すべきパーソナリティーのひとつである。

 マイナスは忘れ、プラスを受け入れる。

 そういえば結局教室については謎のままだ。

 一体なんのために使うのか、どうしてあそこまで紙が必要なのか、まったくわからない。

 紙といっても、白紙ではないだろうが。

 生徒会というのなら納得できそうなものだけど、それでもあそこまで紙は使わないだろう。

 オカルト関係の書類が、あれほど。

 もしや、業界の最先端を行くすごい施設だったっていうのか…………?

 なかなかその他の結論が出ないまま、そろそろ次の曲がり角で楽しい帰り道が終わりを告げる。

 まぁ、そこまで気にする必要はないだろう。この先、多生の縁なんてできないだろうから。

 そう折り合いをつけて、ふと道に目を向けると、地面を這った電柱の影が妙に違和感があることに気がついた。


 頂点の部分が、異様に長くて、不細工なのである。

 小学校も、中学校も、多くの場合、大したことのない買い物の時であろうと通った道だ。

 それにいつでもなく最近工事があったという報せはない。

 つまり。

「な…………」

 僕は影を根本まで追い、そして本物の電柱の根本から頂点に目線をあげると。

 そしてそこに目がたどり着いたとき、信じられないものが乗っているのに息を呑んだ。

 時は逢魔ヶ刻。昼と夜とが交差する時間。

 陰と陽が交わり、人と魔が行き逢う、そんな時間だ。


 僕と同じ桜庭高校の制服を着たひとりの男子生徒が、電柱のてっぺんに立っていたのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ