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さんじゅういち

 苺恋堂は、この町唯一であり、しかし他の町にあるスイーツの店とは比べ物にならないくらい一品々々の質が高く、わざわざ遠くの町から客がくるほどの人気店だ。

 店の外装はレンガ造りに大きくくり貫かれて設けられたディスプレイ。内装は白を基調とした、いかにもお姫さまをお迎えするために創られたとしか言えないようなデザインであり、買ってすぐ店内でごちそうになれるイートインが設けられているのも美点だ。

 ここでの私のお勧めはやはりショートケーキだけど、他のどれも、順位をつけてしまうのは忍びないほど絶品だった。

 店内には女性が多い、というか女性しかいないのだけれど、私たちのような女子高生を見かけることはマレである。

 そして、女子ふたりと男子3人、計5人でおやつを食べに来るには、いささか懐が痛い。

 学生には優しくない、味に正直でちゃっかりした店でもあった。

 とはいえ、今日はなんといっても、日頃はツンケンし合っているハジメくんとラクくんが仲良くサーバーディスプレイにあるティラミスのホールを指差していることに、驚きと笑いが込み上げてくることに、良い日に、あるいは気まずい日に立ち会ったレア感を感じてもいいだろう。

 胸が痛くもあるけど。

 彼ら夏希さん被害者の会会員は、常日頃の夏希ちゃんの逆鱗に触れて、理不尽な要求、請求に追われている。

 大抵は優秀なはずの彼らの落ち度が招いたものだけど、どうやら今日は調査のついでに、そのツケを一気に清算してしまおうという腹積もりらしい。

 私にもおごってくれるというのは、なんか申し訳ないな…………。

「やっぱり僕は帰ります」

 少し前に秋人くんは、やはりというのか年頃の男子らしく、知り合いが働いている店に入るのを拒みだした。

 無理もない。

 知り合いがいるだけに限らず、店内にはよほどの猛者でない限り男子の影は私たち以外にはないのだから。

 しかししかし、姿を見られたくないだけなら、今ここにはそういった事情を解決するのに卓越した能力者が少なくとも3人いることを思い出してもらおう。

 ちなみに秋人くんは、彼の周りには結界が張りにくくなっているというジンクスがあることも忘れてはいけない。

 なんと伊狩家の強力なそれが無いに等しくなってしまうのだ。

 ラクくんの結界ですら隠すことは難しいらしい。

 しかし和真ちゃんの容姿を知っているのが彼のみであり、ラクくんは後ろ姿しか見ていないというし、連れて入らないと調査に支障がきたす。やりにくくなるということで無理やりにでも付いてきてもらわざるを得なかったわけなのだ。

 苺恋堂は外のディスプレイに丸ごと飾り付けをしていて、あまり中を眺めることができない。

 ではどうするか。

 そこは私の出番。

 襟首を掴まれて、中に引きずりこまれていく秋人くんに、私が優しく声をかけるのだ。

「大丈夫だよ。秋人くんは誰からも見えないし聞こえないから。私がいるから安心したまえ」

 間抜けな慰めだ。秋人くんのみに言ってるのかと思えば、入口にいる他の人にも聞こえてしまうくらい大きな声で言ったのが特に。

 まぁ心配ない。聞かせるように言ったのだから。私が一瞬白い目で見られるだけで、すでに目論みは達成されている。

 さて、店の最奥まで秋人くんを引きずり、陣取ることに成功したので、次は対象を肉眼で確認しなければ。

 その肝心の対象はいない様子だ。

 休憩にでも入っているのかも。

「もう帰ったんじゃないんですか?」

 希望的観測を込めて秋人くんが指摘する。

 帰ろう、と促しているのだろう。

 とはいえそうもいかない我らがリーダーはドンと上座に腰を据えたままウキウキした表情で秋人くんを窘めた。

「秋人くん、私のティラミまだ来てないでしょ。来るまで待ちなさい」

 というか仕事を忘れて今か今かとスイーツの到着を待っている夏希ちゃんは、普段見せない可愛らしい表情を浮かばせている。

 これでは秋人くんの発言が通ることは最早不可能だった。

 それこそキキさんでなければ夏希ちゃんに言うことを聞かせるのは難しいだろう。

 なんという大物感だ。

 ほどなくして、暴君に忠実なふたりの下僕によって、漆黒のティラミスは献上された。

 ほんとに黒い。

 苦そう。

 どのくらいかというと、下僕二人の表情と同じくらいに。

 キャッキャッとはしゃぐ夏希ちゃんは、いざ、とゆっくりホールケーキにナイフを差し込んだ。

 目に見えて抵抗が感じられないほど、ナイフはティラミスを乗せる皿まであっさり到達し、中の白いクリームチーズが姿を現す。

 夏希ちゃんのテンションはここで最高潮に達した。

 お次に、自ら取り皿に小分けにしたケーキを眺め、それが放つ神々しさに圧倒されながらも、唾を飲み、そして一口目を――――。

「あ、いた」

 ん?

「秋人。あのツインテール、そうじゃないか?」

 ラクくんが指差す方向に注目し、そしてダイレクトで秋人くんに向くと、果たして彼は錆び付いたロボットのごとく、カクカクカクと首を縦に振った。

 さらには見つからないように、できる限り小さくなっていた。

「よし、みんなここで待っていろ。僕が行く」

 ここでまず先鋒を名乗り出たのは、女子とは宇宙だ――――と本気で語る沢井 萌、17歳。

 ふむ。女子を口説くのに慣れている彼なら、確かに初戦でケリがつくかもしれない。

 お手並み拝見。

 秋人くんはもう顔を両手で覆っちゃってるけど。

 早速ハジメくんは一気に目標との距離を縮めた。

 肩をポンポンと叩いて声をかける。

 和真ちゃんは店の真ん中でお客さんが去ったテーブルの片付けをしており、ここからでは、やり取りがまったく聞こえないために、その様子を眺めることしかできない。

 見る限り、和真ちゃんは顔を赤らめて、胸を両手で覆い隠し、店の制服のスカートを手で押さえ、もう完全にやっちゃってるじゃないっ?!


 仕切り直し。


「手っ取り早く彼女のいいところを言っただけなんだが」

「それがセクハラに至ったわけですか…………ハジメくんは次から出禁だね」

 私が説得したから出禁で済むものの。

「陽菜ちゃん。いったいあと何年くらいで僕の想いが全世界の女性に届くのかな…………?」

「そのままだと一生ありません」

「さすが童貞だな」

「お前も童貞だろうが」

「…………チッ」

「やめなさい、ふたりとも」

「しゃぁない。ハジメじゃダメならおれが行ってくる」

 いやいや。

「ラクくん、あなたが行くと話がややこしくなるどころか、和真ちゃんに恥かかせることになっちゃうでしょうがっ」

 って言ってるそばから、なおも出張ろうとするなっ!

「ほんとにやめてっ!お願いしますっ!この通りだからっ!」

 と、突然、沈黙を守っていた――――のではなく、無言でずっとティラミスを味わい、平らげてしまった夏希ちゃんが立ち上がり、スタスタと和真ちゃんの方へ向かって行った。

 さすがは我らがリーダー。いつもここぞというときに頼りになるのはやっぱり彼女だ。

 夏希ちゃんの行動を見て、ラクくんも渋々ながらソファに腰を落としてまた戦況を私たちといっしょに見守った。

 と、長話に至る前に、我らが伊狩 夏希総司令が、どうやら交渉を終えて戻ってきたようだ。

 表情は軽い。良い返事をもらってきたのだろう。

「お帰り、夏希ちゃん。どうだった?」

「おいしかった」

 ………………。

「いや、ティラミスのこと訊いてるんじゃなくて、っていうか結局私にもくれなかったでしょ。和真ちゃんのことはどうだったか?って」

「え?なんのこと?」

 こっちのセリフだ。なにをトボけているのだ?

「まさかなにも訊いてこなかったの?」

 ではなにしに行っていたのだ…………?

「ええ。‘訊くこと’なんてないから」

 ん?ああ、そうか。

 夏希ちゃんの性格だ。おそらく命令口調で説得したのかもしれない。

 ?

 なら、もっと手短に済ませることもできたはずだ。


「陽菜。おいしいものを頂いたのなら、たとえすべてが伝わらなくともお礼を申し上げるのは筋でしょ?」


 ティラミス感謝と感想を述べてきただけかいっ!

「どーりで長いと思ったっ!」


***


 しかし…………。

「困ったな、全滅とは…………なぜ誰も高がロリを口説けないんだ…………」

「たぶん開始一回目のセクハラが全部ダメにしたんだと思うよ」

「けしからんな」

「あなたでしょ」

 いや。正確にはそれ自体の関係性はないんだけど。フェミニスト男子高生の次の戦闘要員が生理的に拒絶された男子高生と、律儀な甘党女子高生しかいなかっただけだ。

 私はハジメくんの暴走を止めに入ってしまったので、気まずい。

「これは大変な事態だ。これじゃあ証言を訊ねようにも、本人の許可がない。ちょっと身体を調べるだけなのにな」

「ハジメくん。いい加減にしないと私、あなたと絶交だからね」

 すがりついてくるなっ。私は危険人物と友達になれるほど心は広くないっ。

「5人もいてこれじゃぁな。しょうがないと言えばしょうがないんだけど」

「そうなんだよね、ラクくん。それに私たち、全然確証のない些細な可能性だけで彼女がなんなのか疑ってる。勝手な想像でまるで、人間じゃないみたいに」

「酷い言い草になるだろうな。今日にところは退いたらどうだ、夏希?」

「そうね。もう目的は達成されたわ」

 いや、一人の食欲が満たされただけだと思う。

 まぁ5人でぞろぞろとこれ以上長居するのもどうだろう、という結論にここで至った。

 せめて私だけは紅茶を一杯頼んで、次の策を5人で(ろう)してみる。

 5人。

 5人?

 5人だ。私たちは5人いる。

 4人敗れた。ではあとひとりは?

「……………………」

 秋人くんは、鞄に入れていたであろうペットボトルに口をつけたまま動かなくなった。



 ――――次の日。放課後。

「最初から秋人が行けばよかったんだ」

「そうかもね。いろいろやってみた私たちがバカみたい。でも日が開かない内に話を聞けるのは幸いだったね」

「…………」

 秋人くんの表情は曇っている。

「そんな顔をするな、秋人。ちゃんと感謝はしている。むしろハグしてやりたいくらいだ。これでロリ属性がこのオカ研に得られた」

 入部は前提か。

 仕方ないけど。

「なんの話をするのかは、僕も知らないんで伝えてませんけど、あとで教えてくれるんですか?」

「ええ。とりあえずそれは彼女との話が終わったらね」

 ここにきて、未だ夏希ちゃんは秋人くんを焦らし続ける。

 まぁ知るとショックかもしれないし、まだ可能性の段階で、つまり思い込みで言ってしまうのはダメだという判断でもある。

 こちらにもその覚悟がいるというわけだ。

「…………わかりました」

 彼は危惧している。

 たぶんオカ研の危険性が、彼女にふりかかるのを。

 人間性においてと、この業界についてと。

「ちょっと先にトイレ行ってくる」

 と、ラクくんはデリカシーなしでそう宣いてそそくさと教室を出ようとすると。

 ガラリ。

 ラクくんが開けた戸の向こうには、偶然にも本日の主役が到着していた。

 秋 和真。

 彼女はゆっくり、じっくり目を見開き、そして開口一番、その小さな体躯からは想像もできないような、すさまじい悲鳴を発することになる。

 私は、そんな彼女への疑いが、間違っていてほしいと願いたい。

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