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にじゅういち

「報告は以上です」

 夏希ちゃんは長い報告の最後にそう添えた。

 その姿は毅然としていて、いつものダラけた調子は見当たらない。

 さすが。

 まず、先程の勝負は、当然秋人くんの勝利だった。

 秋人くんもさすがだ。うん、先輩として鼻が高いよっ。

 掃除も手早く済ませたところで、大人たちは次に現状の整理に勤しみ始めた。

 秋人くんの存在が明らかになったこと、その照明方法からラクくんの協定違反が明るみに出たことによって、つまりは裁判が始まったのである。

「しかしなんの前触れもなくこんな人間が現れるもんなのか…………?」

 今は猫の怪異 狸奴に憑かれたラクくんが、今なぜ、協定に違反して妖異を狩っているのかという理由と、その天敵とも言える秋人くんの取り調べだ。

 どんな立場であれ、私にとっては友達を人間扱いされないだけでも、この会議がおかしいものだと疑念を投げかけるけど。

 ただ当のラクくんといえば黙秘権の行使に打って出ているところで、そして私が扇に所属するだけの民間人というだけでこの場の発言を憚かる羽目になっている。

 とても芳しくない状況である。

「狸奴くん。お姉さんでよければ話聞くけど?」

 保健の先生みたいなキキさんだ…………。

 後藤 キキ。後藤家当主。家系の能力としては、主にオフェンス向きの力を有している。

 幼少の頃からハードな筋力トレーニングを重ねているというけれど、その実状がどれほどのものなのかはその家のみぞ知るところだ。

 中でもキキさんの力は、一家どころか歴代でも突出して強く、実は扇の名をもらうはずだったのは、キキさんだったという話もあるのだ。

 そう、狩人を生業とするだけに、シンプルに腕っ節が権力を頂戴することができる。

 けれどもこうして本来期待された立場と現在の立場に齟齬があるのは、現‘扇’んl結さんの力がキキさんより上だったことと、キキさんが自ら扇候補から退いたというのだ。

 ちなみに前者は事実だけど後者は噂だった。

 そして結さんが‘扇’の名をもらったのは、約一年と半年前。

 実はそれまで‘扇’は空席だったのである。

 先代の‘扇’がおよそ20年前に亡くなっていながら最近まで。

 それは扇を選定するのが(おさ)自身であることと、中々優柔不断なこの組織の悪癖に起因する。

 しかし、そんな不手際を見かねた‘協会’の介入によって、ついに扇が就任されたというわけだ。

 それが結さん。

 すでに実力も頭脳も高く兼ね備えていたために、呆気なく決定が下されたのだった。

 年功序列も考慮に入っただろう。

 でも、この場においてキキさんこそ、そこまで年をとっているということでもなく、しかしむしろ王としてよりは確かに辺境伯などがうってつけの人間性が見られたはずだ。

 いつもニコニコしていながら、持ち前の経験と天性の勘で白兵においては最強だと。

 キキさんがラクくんに会話を優しく促しているけど、実はラクくんは、そんなキキさんにとって最も好敵手と言っても過言ではないのだという。

 ラクくんがこの街に来た折、討伐目的で刃や拳を交えたことすらあるという。

 それも私が聞いただけの話だ。

 そんな出来事が過ぎれば、こんな法治国家で彼女ほどの武功が暴れられる暇はもう全くと言っていいほどないだろう。

 さて。

 いかにも、いつまでも黙秘を続けていられる場合じゃないんじゃないかな、ラクくん?

 私は秋人くんと並んで縁側に座りそう思う。

 私は部外者のため、この敷居を跨ぐことはできない。

 そういう仕来(しきたり)だ。

 もどかしいったらない。

「ちっ」

 状態はおよそ険悪だ。切り換えが、空気の入れ替えが必要だ。

「目的がようわからん。狸奴が妖異狩るんに十分な理由が足らんねんな」

 山坂 潤二郎。山坂家当主。今この集まりの中では最も高齢の、最も古参。

 扇組織内において、いなくてはならない人の内のひとりだ。

 能力に関しては、主に隠密系に秀でた家で、夏希ちゃんと同じく、山坂家の当主であり唯一の山坂である。

 政治面も頼りの人物だ。

 彼の親戚の師走 夕美は、先程の勝負にも参加していた人だけれども、そんな祖父のサポートを一手に引き受けている人で、そして後継ぎのいない山坂家に、養子として迎えられることが決まったらしい。

「山坂さんの言う通りだが、そういや狸奴ってのは本来こいつの中に住んでるでしょう?それと関係ないのか?」

 神内 白鷺。神内家当主。容姿が若い。

 三十路ですよね?

 ここも高い戦闘力を持った家だ。

 けれそ物理的に特化した後藤家に対し、神内家は術式に特化している。

 いろんな術の行使、研究に余念がない。

 ラクくんの検査も彼らの役目だそうだけど、もうほとんど逃げられっぱなしらしい。

 一度お世話になったので、あとで挨拶しに行こうと思います。

 次に、あまり引っ張り出したくないのがこの人だ。

「ごもっとも。是非納得のいく理由が聞きたいですな」

 炭田 宗助。炭田家当主。性格最悪。皮肉屋。

 能力は観察方面が優れている。

 と言っても、彼は炭田家始まって以来の落ちこぼれといわれ、ほとんど力を行使できないでいるそうだ。

 そんな人がなぜ、一家の頭を任されているのか。今や扇内(オカ研)では七不思議のひとつに数えられているまである。

 あまりドロドロした裏側なんて見たくないけれど、気になる。

「………………」

 伊狩 夏希。伊狩家当主。伊狩家唯一の人間。正確にはふたりだけれど、それはそれ 。

 能力は結界を張ることに長けている。

 そして他の家よりも傘下との結束力が固い系列だ。

 夏希ちゃんの一族が永年をかけて得た信頼関係。

 その遺伝子の集大成である結界は、間引くことにかけて最も優秀なツールだ。

 未だに結界がどんな風に作用しているのか私は知らないけど。

 いつになったら端くれになれるものやら。


 

 以上が幹部勢。復習、復習。

 さぁ、ラクくんは未だ固く閉ざしているその口を、そろそろ開くのでしょうか。

 見る限りでは、その気配は全くといっていいほどない。

 もう誰も口を開くことなく、息苦しい沈黙がこの場を支配していた。

 誰も沈黙を破ろうとはしないし、誰もが沈黙が破れるのを待っていた。

 結さん。彼女は‘扇’として、ラクくんを催促をすることができるはずだけど、なぜだろう、今回の議題を設定したわりには、いささか無関心過ぎるのではないか?

 民主主義を掲げる扇組織のしきたりに乗っ取っているのなら、その態度も、わからなくはない。

 けど、どうして?

 そもそも時期があいまいだ。

 大抵、招集がかかる時期は、昨今では年のシメなど行事ごとに行われることが多い。

 今日はそのどちらでもない、なんでもない5月半ばの金曜日である。

 それほどに中途半端な日だ。

「まぁ…………話はここまででよろしいでしょう。コノムくんは元気そうだったし、協会への活動報告のネタもできたことはここだけの話だし」

 沈黙を破ったのは、結局結さんだった。

「なんか今…………つまんない理由が聞こえたような気が…………」

「秋人くん、大人の事情だよ」

 しかし、これほどにかたくななラクくんも珍しい。

 普段なら夏希ちゃんに二度迫られただけでしゃべってしまうほどメンタルが弱いのに、今回に限って、いったいどうしたというのだろうか。

「コノムくん、お疲れ様。いい話が聞けたわ。ふーん、また協定違反か。まぁ前回は仕方のない事態だったし、今回も実際は妖異狩りというのなら、私からは別段咎めるほどのことでもないらしいわ。むしろ仕事が減って万々歳」

「扇よ…………」

「冗談よ。それにあまり私の友達をいじめないであげてほしいのお。コノムくんがかわいそうでしょ」

 贔屓だ。

 なんかラクくんに優しい。

 ラクくんに対する贔屓が半端ない。

「いじめられたら遠慮なく私に言ってくれたらいいのよ?友達なんだから。いいわね?」

 結さんは優しく微笑んで、あくまでも友達のお姉さんを演じる。

 奇妙な友情だ。

 逆にこれは、幹部たちへの牽制とも取れるだろう。

 なんのために?

「うん。よかったわ」

 結さんは満面の笑みで、ラクくんはなにも言わないのに納得した。

「さて皆さん。今日はお集まり頂き、誠にありがとうございました。つきましては、本日の招集は、これにて終了とさせていただきます」

 ………………。

 終わった。

 半ば楽しい余興もあったとはいえ、あっさりとお開きとなった。

 しかし責任ある行動とは言えないんじゃないかな。

 こんなことで、‘扇’を背負っている人がこんなことでいいのだろうか?

「実は先程、協会から妖異の発生を予知したと報告がありまして、皆さんまた狩りの準備しておいてくださいね。今回は大物が出そうだとか。では解散」

 これが‘扇’

 その気紛れに、みんなの気が滅入る。

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