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じゅうしち

 間に合うかな。

 私がつい言い忘れてたから気づいて電話した頃には5分前だったけど。

 まぁでも、学校からこの家は距離が近いから、精々あと10分前後で着くでしょう。全然遠くない。大丈夫。

 ラクさえ間に合えば大丈夫。

 それにしてもテンションが下がる時間だ。

 なにもこんな時間にしなくてもいいし、あの人に会わなければならないのだ。気分を高めておこうという気兼ねを起こす気にならない。

 今や‘扇’と呼ばれるその人に。

 別に、そんな立場なくても会いたくない人なんだけど。

 私のよく知っている人。どうでもいい人。

 召集に際してこの私の家が選ばれたのは、そういう縁だ。

 賑やかになることはいいことだと思うけど、人物が悪いとどうもやる気というものを思い出すこともできないらしい。

 私は縁側で肩をすくませた。

「はぁー」

「ため息をするごとに幸せが逃げていくそうよ」

「私の幸せは生まれた時に蒸発しましたけど、茜先輩」

「あなたの境遇だと返しにくい皮肉はやめて頂戴…………」

 こう見えて私は気苦労が多い方なんだけど、他の人からはどう見えてるのか。

 声をかけられた方を向くと、今回の召集に応じた弐ノ舞の長女、茜先輩がさっきの私と同じくらいのため息を吐いているところだった。

 私はシメたと思う。

「ため息を吐くと幸せが逃げていくそうですよ、茜先輩」

「グッ…………これだからあなたとの会話は…………もう。この召集での立場はあなたの方が上でしょう?どうせ私は付き添いなわけですし、呼び捨てでいいのではなくて?」

 気にし過ぎだ。

 茜先輩は私がそういう立場を尊重すべきだと指摘してくる。

 たしかに、‘扇’の身内である私が傘下の者を目上に扱うのはおかしい、と思うようなそうでもないような。

 けどズバリ、私は身分の取り扱い方を心得たことはない。

 それに私が一番偉いのなら、私の意向に部下は沿うべきだと思う。

 絶対にこの人の下では従いたくない、そんな人物がいたとしよう。その時私は私自身をその人物だと言う。理由は、私の中で私以上の存在は上にも下にもあってはならないからだ。

 ドヤ。

「ラクくんと陽菜さんは、まだのようね」

「はい」

 連絡をしたのはつい先程、というのは黙っておこう。

 バレたら私の責任にされてしまう。頭も一筋縄ではいかないのよね。

「今日の議題はラクくんについてのようだけど」

「はい。主な内容はそれです」

「秋人くんのことは?」

「まだ話してませんけど、今日話すかもしれません」

 この先輩は秋人くんに無関心かと思ってたけど、気に掛けてはいてくれたらしい。ツンデレな人だ。

「彼についてはできるだけ早い方がいいのかもね」

「そうですね」

 茜先輩は真剣な面持ちで、そう言った。

 私もそう思う。

 面倒事は嫌いだ。

 そう思ったのが顔に出てしまったのか、私を見る茜先輩に怪訝な顔をされてしまった。

 ふむ。ポーカーフェイスも苦手だ。

 なにぶんババ抜きでさえ誰かに勝ったこともない。

 それにしても。

「そろそろ時間ですか」

 私は彼女にそう促すと、茜先輩はそう言えばそうねと言って、まとまりができ始めた人集りに紛れて行った。

「ありがとう、またあとで」

 中に入った茜先輩の後ろ姿は少し寂しげだった。

 始まる前にラクと話ができるとでも思っていたんだろう。


 この召集は見る人が見ればそういった集まりに見えなくもない。

 私や茜先輩は制服だけれど、多くの成人したメンバーは黒やそれに近い濃い色を基調としたスーツなどで揃っている。

 地味目でなければ派手でもない、状況に則したデザインを。

 ここ、私の家が日本家屋であることもそれに昂じて、近所付き合いが悪いと姉に罵られようともそれは無理もない境遇じゃないか。

 私が近所のお子さんになんと言われているか姉は知らないだろう。

 姐御である。

 その姐御に、一言でも言葉を交わそうとする青年がいたりもする。

 彼だ。

「夏希さん、座らないんですか?」

「キキさんの付き添いですか後藤さん?」

「今更そんな畏まった言葉遣いせずとも。優作で構いませんよ」

「そうですか。あとでキキさんにも挨拶に伺いますね後藤さん」

 後藤。扇の組織内において、伊狩家とは、ほぼ同列になる家だ。

 その家の頭の七ひか————御曹司が、この後藤 優作だ。

 喋りたくない人だ。

「それはもう。年の瀬以来なので半年ぶりでしょうか。姉さんも話すのを楽しみにしていますよ」

 あなたも私に敬語か。

 茜先輩といい、みんな私より年上のくせに。私はまだ女子高生なのよ。

 まだしも対等にどころかのし掛かってくるハジメの方が、何倍もマシだわ。

 ほんとに、いや、どう考えてもハジメの方が嫌だったわ…………。

 私の嫌いな人一番を取りに来る稀有な人間はハジメと姉くらいしか思い浮かばない。

「では後ほど」

「もう少し時間があるようです。しばらく様子を見ませんか」

 クッ…………話題もなにもない上に側にいられるなんて…………ラクはなにをチンタラしているの?ラクがいればこの男は私に寄ってこないのに…………理由は————。

「今日の議題、その猫のことについてのようですが、今日辺りに、猫の処分が決まってほしいところです」

 このように。

「後藤さん。聞き捨てならないことを言ったわね」

「僕はみんなの気持ちを代弁しただけですよ。なにせ内の人間をふたりも殺めた化け物なんですから」

 後藤は建前でそんなことを言った。さらにこうも付け加えて。

「あなたも、彼の側にいるのは仕事だからでしょう?別に責任が必要なことをしなくてもいいんですよ。あなたはまだ若いのだから」

 言ってもみっつしか変わらないあなたも若造のはずなのに、後藤。

 こんな場所でなければいつかと同じ目に合わせて口を閉じてやるのに…………。

「わかりますよ。あなたのことは全て」

 後藤はその言葉を最後に、人混みの中へ消えていった。

 …………ふむ。

 私は、今日ここに、新たな誓いを立てることにする。

 いつかぶっ殺そう。ハジメの次に。

 やがて私の家の、二部屋の襖をぬいてできた大部屋に、召集に応じた扇関係者の面々がおおかた揃った。

 約20人程度が正座や、胡座をかき、お行儀よく並んで座っている。

 あとはラクたちを除いて‘扇’を待つのみだ。

 私は伊狩の代表として最前列、縁側が最も近い位置に正座した。

 今現時点で、この伊狩家はこの私しか…………身内いない。

 後ろには弐ノ舞代表と茜先輩と五人ほどが並ぶ。

 伊狩家傘下たちだ。

 右には強面のおじいさんやお兄さんがいるので、とても気が重くなる。

 その後ろで座る傘下さんもみんな修羅場は潜って来ただろう面子ばかりだ。


 と刹那。襖がスルリと開かれた。


 一同に緊張が走る。

 一応それだけの存在だ————彼女は。

 現れたのはひとりのOLだった。

 つまりタイトスカートのスーツを来た女性だった。

 女性は敷居を跨いで襖を上品に閉めたのち、私たちの前に置かれた座布団にまで来ると私たちと向かい合わせになるよう、その上に正座した。

 とても淑やかで、女性のお手本のような仕草をしてくれる。

 その一連の流れに誰も緊張感が拭えないのは、ただ見とれていたからじゃない。

 一応彼女の権力、能力(性格)を踏まえれば、誰もが彼女に畏怖の念を抱く。

 頭の称号である‘扇’を名に持つ、組織内屈指最高の権力者。

 彼女は扇 (ゆい)

 まだ二十代の若手のはずだった。

「えー。それでは、これより扇関係者方、集会を始めたいと思います」

 そして単調な挨拶が隣の傘下の方からされたところで、私たちは揃って、床に手をつけて、土下座ではないお辞儀でもって集会が始まる。

「どぉぅ、わぁぁぁっ!!!」

 そんな大声をあげて襖を破りながら、誰かが乱入するところまではまだ進行通りだったのだけれど。

 否、乱入したのではない。

 もとより彼は、この召集においての一番の議題なのだから。

 ラクは頭を打ったらしく側頭部に手を当てて状況を把握しようと周りを見渡した。

 部屋を埃まみれにしてくれたことといい、結さんの腿にダイブしていたことといい、あとでなんと言ってやるべきか考えておこう。

「猫っ!」

「貴様、扇どのになんたる狼藉!」

 年長組は揃って大声を張り上げる。

 もっと言ってやれ。だけどうるさいので終わると思わないことねラク。

 これが終わったら私の番だから。

 しかし――——。

「あらあら」

 冷たくが一言呟かれただけで年の功を経た男らは口を閉じる。

「コノムくんも大胆になったものね。よしよし」

 あろうことか扇 結は、そんな蛮行にケチをつけるよりも、強い権力者としてではなく、気のいい姉のような親戚の子供をあやすようにラクの頭を撫で始めたのである。

 みんなが唖然とし、茜先輩が歯を食いしばって結さんを睨みつけた。

 私はというと、もうどうにでもなれと思う始末だけど。

 つまらなさそうな集会がもっと息苦しくなるだけだから。

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