じゅうろく
「で、ここがこうなって、こうなるわけ」
放課後の1年C組教室。
ラクくんと私は、新入生――――哀川 秋人くんの自主居残り勉強に付き合ってあげていた。
主に数学。ついでに英語と、彼の苦手な教科を重点的に教えてあげているわけですけれど。
最近、ラクくんの妖異狩りを監視するというハジメくんの仕事に付き合わされて、できる分しかやっていなかったと言うのだ。
このままでは最初の試験に間に合うかわからないので、ひとつ、ご教授願いたいと、自分でいうのもなんだけど、学年トップクラスの私と、私と成績の順位を争うラクくんに申し出てきたのだった。
実を言って、今日見る限りにおいては致命的なほどの遅れではなかったと思う。彼の苦手分野が大幅に落ち込んでいただけで、それを伝えるとなんだか秋人くんが私を見る目になんか痒いものを感じたな。
今はその中でも一際落ち込んでいるところをやっている。
「秋人、こんなんでお前よくこの学校入れたな」
「うぐっ?!」
「ちょっとラクくんっ!」
それは失礼すぎるでしょうっ!いくらなんでも声に出して言うのはダメっ!
「でもこの部分って、入試の問題解けるくらいならあとはなし崩し的に解けるんじゃ?」
いや、確かにそうだけど……………。
「それでも、人には得意不得意があるんだから、一概にはそう言えないよ」
入試では解けなかったのかもしれないし。
「実は、この問題は、入試では解けなかったところで……………」
…………左様ですか。
「お前、陽菜ばりに運いいな」
ん?私の運が良かったことはここ最近なかったような気がするけど。
「陽菜はなー昔げーのーじ…………」
「ラクくんっ!お口チャックっ!!」
私は机に身を乗り出して、大きな声を出して言った。
途端にラクくんの口がふさがり、話が続くのを阻止することができたのだった。
ふさがった、というのはラクくんがただ口を真一文字に閉じただけだけど。
「あれは嘘だったって、言ったでしょっ」
自分の意志に反して口を閉ざされているラクくんはなにも言えない。
いくらラクくんでも私の力を見くびってもらっては困りますよ。
「それに、運だけでこの学校には入れないよ。偏差値どれだけ高いと思ってるの?」
ラクくんは腕組みをして、ふてくされたような表情をした。
反論ができないので態度で反抗したのだろう。
抵抗するつもりは、ないようだけれど。
かわいい顔をするなっ。
「でも、なんとなくわかってきました。なるほど、これはこう解くんですね」
秋人くんは理解を示してくれた。
私の教え方
「うん、まだまだ単元も始まったばかりだから、すぐに追い付くよ。それにしても、秋人くんってずいぶん理解力があるね。一回の説明だけですごく頭に入ってるみたい」
「記憶力には自信ありますよっ」
「うらやましいなぁ。私って忘れっぽいから。秋人くんは、なんだか私やラクくんの説明をすんなり受け入れることができてるって感じだね。もしかして、それができるから、強力なラクくんの結界にも入れるのかもね」
疑わないこと。信頼の第一段階。
阻まれていることを受け入れてしまうと、案外阻んでいる方から、なんとかなってしまうものだ。
「誰にでもできることじゃないよ。いいもの持ってるじゃない」
秋人くんは照れくさそうに笑った。
この後輩くんもかわいい顔をしてくれる。
そのとき、突然私の携帯が振動した。
私は普段からマナーモードを保っているので、長さからすると着信かな。
「ちょっとごめん」
私は席を立ち、教室の隅へ行ってから、携帯を取りだし、画面を見ずに通話ボタンを押して耳に当てた。
「はい、喜多町です」
“陽菜。私よ。夏希よ。あなたの大親友よ”
私の大親友、夏希ちゃんだった。
その電話の内容はというと。
「ラクくん。秋人くん。召集だって」
私は通話が終わってから振り返ってそう伝えた。
振り返ると、必死に口をこじ開けようとするラクくんと、それを見て必死に笑いをこらえている秋人くんの姿が映った。
彼らは同時に私の言葉を聞いて、こちらを向くと気まずい顔をするのだ。
クスッ。
私も笑ってしまう。
「伊狩家の本家に、午後5時」
………………。
今何時でしょう。
午後4時55分ですっ。