とお
「これが妖異…………」
ハジメ先輩が教室を出ていったあと、そして会長である伊狩先輩から今日は活動なしと言われたあと、僕は陽菜先輩、弐ノ舞先輩からこれまでに集められた資料を使って、より妖異について詳細にレクチャーしてもらっていた。
やっぱり写真では細部がわからないことを訊ねてみると、妖異特有のノイズのようなものが発せられているらしい。代わりに字の部分には、その妖異がどんな形で、どんな能力を持っているかが記されている。
どうやって写真を撮ったのか。仮に戦闘中だったとして、そんな暇が、いつあったというのか。
あえて訊くまい。
「妖異っていうのは、どんなに鮮明に見えていても記憶があとから曖昧になって、どんどん忘れていっちゃうの。その前に、できるだけ早く報告書を書いて提出することが義務付けられてるんだ」
陽菜先輩はそんなことを言った。彼女から言われると信じられないことまで信じられる。
彼女が言うんなら、妖異という不確かな存在は、かなりの信憑性があるんだろう。
そうか。そういうものなのか。
「なるほど。よくわかりました」
「のみ込みがはやいのね。もっと戸惑ったりしないのかしら?」
弐ノ舞先輩が言った。
確かに、僕にしても聞き分けがいい。
それだけ陽菜先輩の説明がうまいということだろう。
「そのための私だからねっ。伝えることなら任せてっ」
「そういえばそうね。まぁいいわ」
ふたりの含みのあるやり取りは聞き過ごし、弐ノ舞先輩は姿勢を変えた。
その座り方がまた様になって。
「秋人くん、目線がいやらしい」
「え?いや、そんなことは考えて…………ませんけれど」
「確かに茜さんのプロポーションは私も羨ましいと思うくらいなんだけど、さすがにウヒョーって思っちゃダメじゃない」
「え?ってことは僕、自分のバカバカしい思案とか、全部顔に出してるってことですかっ?」
「ウヒョーって思ってたんだ…………」
すっごい恥ずかしいっ!
「結界については話した通りなんだけど、なにか質問とかある?」
「確か、結界には2種類あって、ひとつは物理的な結界、もうひとつは心理的な結界」
「うんうん、よくわかってる。正式名称もあるんだけどね。その辺りは他に質問は?」
「特にないですね」
「そう。じゃあ大丈夫だね」
陽菜先輩はそう言ってくれた。嬉しいっ!
「茜さん、私の高校生活初の後輩の面倒の見方どうっ?」
茶目っ気たっぷりで可愛いこと言う先輩だな。
しかし弐ノ舞先輩は無言で、哀愁漂う表情をしていた。しきりに窓の外を眺めていた。
その理由は。
「ラクくん…………まだかしら」
もう口から心の声が出るくらい冬真先輩を渇望している。
一体なにがあって弐ノ舞先輩は冬真先輩を慕っているっていうんだ…………羨ましい。
「くよくよしないで茜さん。今はかわいい後輩の相手をしてあげて」
いや、このメンタルの人に相手してもらうのは、僕側が気まずい。気が引ける。
でもつまり、可愛い後輩が先輩を慕うってこともありだよな。慕われて悪い気をする先輩はいないだろうっ。弐ノ舞先輩の意識も少しくらい僕の方を向くのではないだろうかっ!
「陽菜さん。私がかわいいと思っているのは、ラクくんのほかにあり得ません。後輩がなんだというのですか」
ガハッ?!あんたから見たら冬真先輩も後輩なのにぅ!なぜだこの圧倒的な扱いの差はっ!?
いちいち女性の言葉を気にする僕は、我ながらまだまだ純真無垢だなと自画自賛したりした。
めげないな僕も。
「ちょっと失礼。はいもしもし」
急に陽菜先輩が謝ったかと思うと、彼女はスマホを耳に当て始めた。
着信音が聞こえなかったところを見ると、たぶんマナーモードにしていたのだろう。
それから数回、返事と頷きを繰り返し、それじゃあ、と言って通話を終了した。
随分事務的な電話だ。バイトでもしてるのか。
「秋人くん」
するとなぜか陽菜先輩は振り返って僕の方を向くと、さらにこう続けた。
「ラクくん逃したから追跡よろしくって、夏希ちゃんが」