結城夢乃
無表情っ娘って可愛いですよね。
…それはさておき第7話です。進展は少しあったかな?と
6
もぐもぐはむはむもぐもぐもぐもぐはむはむんくっ……はむ
……これを五十周くらい、と考えて欲しい。いかな豆腐メンタルと言えどさすがにそろそろ俺の気も落ち着こうというものだ。一口あたりはとても小さくまさに女の子の食べ方という印象なのだが持続力が半端じゃなかった。空腹が極まるとこうなるのか。
「……美味しかった。ごちそうさま」
「あ、ああ」
結城がその手に持っていたスプーンを手放したとき、既に大皿に十人分近く盛ってあったオムライスは綺麗に完食されていた。ちなみに俺は一切食べてない。この小さい体のどこにこんなに入るのだろうと目を向けると、彼女は責められたように感じたのか肩を縮め、全力で頭を下げた。いやもともと上げてはいなかったが。
「ご、ごめんなさい……」
「え。ああいや、今のは別に白い目とかそういうんじゃなくて単に驚いてただけなんだけど……まあいいか。その、まず何でストーカーなんか?」
やっと話せる状態になったのでとりあえず一番気になることを訊いてみる。相手がまさか顔見知りの人物だとは予想外だったため多少ギクシャクしているが、本来こうしておびき出して目的を訊く作戦だったのだ。
結城はほんの少しだけ、具体的には目の下にうっすらと出来たクマが俺の位置から視認出来る程度に顔を上げ、どういうわけか不思議そうに首を捻る。
「それを説明する責任は確かに私にある。――でも、あなたの行動も不可解。何故私に豪勢な夕食を振舞うの? ストーキングに気付いていたなら引きずり出す方法くらいいくらでもあるはず。食べ物で釣る必要なんてない」
それはそうだ。というか普段ならわざわざ対面しようとも思わなかっただろう。良く考えてもみて欲しい。登下校中だけだとかそんな期間限定の生易しいプレイじゃなく正真正銘一日中視線を感じるわけだ。一般的なストーカー(?)がどうなのかは知らないがさすがに家の中にいても常に付きまとわれている感覚を覚えるのは異常に違いない。本気で誰かに相談するなり警察に通報するなりするのが普通だし、そうすべきだったと思う。
ただ。
昨日も感じた通り、この犯人の視線に不気味だとか気持ち悪いだとか、そう言った負の感情を抱けないのだ。
それはもう、全くと言っていいほどに。
「……いやいや怖くはなかったとは言え見知らぬ人が潜伏してる自宅を虱潰しに捜索ってのはなかなかハードだからね?」
その捜索だけで俺の心臓が通常の一週間分以上ビートを刻むこと請け合いだ。押入れ開いたら誰かが聞き耳立ててました、とか洒落にならない。SAN値がピンチ。アイデアロール成功で一時的発狂まである。
呆れ気味にそう答えた俺に対して、結城はジト目を向けてくる。え、なに。
「それならあなたの分だけ作れば充分。おいしいオムライスの用途は私を釣り上げることであって、実際には渡さずにおあずけで良かった」
こいつ、さっきから微妙に面白い語彙してやがる……あまり感情の篭もっていない口調なのに言葉のチョイスのおかげで機械的やら無機質みたいな形容は当てはまりそうもない。元よりするつもりもないけども。
ただいつまでもオムライスに固執されても仕方ない。特に深い意味を込めて食べさせたわけじゃないし、さっさと次の話に移りたいのだ。
「うーん……まあ強いて言えばお腹空いてるだろうと思ったから、かな? 俺が寝てる間は知らないけど昨日の夕方からずっと尾けてたわけだから食べ物持ってたとしてもとっくに足りなくなってるかなーと」
右の人差し指で頬を掻きながら軽く説明する。何て言うか、自分がやったことの理由を解説するのってすごく恥ずかしいと思います。
さて結城はと見ると、また少しだけ視線の角度を下げ、蚊の鳴くような小さい声で何やらぶつぶつ呟いているらしかった。内容は聞き取れなかったが、俺に向けた言葉じゃないみたいだし、あえて掘り返して聞き直すこともないだろう。
結城の再起動にはしばらくの時間を要した。手持ち無沙汰になった俺がテーブルの上にあったリモコンを操作してテレビのチャンネルを変えまくり、ちょうどローカル局のニュース番組が映ったとき、ようやく彼女が勢いよく顔を上げる。角度にしておよそ六度ほど。
「……ごめんなさい。色々、考えてた」
「いいけど。えっと、それで、ストーカーやってた理由の方は……?」
背後では消すタイミングを失ったニュース番組のキャスターが朗々と原稿を読み上げている。中途半端に都会化した田舎であるところのこの街では滅多に大きな事件など起きない。どちらかと言えば地域行事の紹介などがメインのそれをBGMにして結城が語り始めた。
いや、語りと呼べるほどのものじゃない。ほんの一言で全て納得できた。
「簡単に言う。――私は追跡特性の能力を持つ憑希に取り憑かれた被憑依者、なの」
真剣な声。もっと言うなら、思い詰めたような。
「……あー、なるほど」
携帯アプリのアバターに強制されてあなたをストーキングしてました、何て傍から見れば馬鹿にされているようにしか聞こえない発言な訳だが、それは昨日今日の出来事を経験してきたおかげでそれなりに耐性の付いている俺にとってはむしろ分かり易すぎるくらいに〝妥当な〟答えだった。すんなり教えてくれたことに違和感を覚えないでもないけれど、良く考えてみれば二日間も尾けていれば俺が被憑依者であることは確信できるだろう。それなら契約も怖くない。
俺がそれ以上反応するのを待つことなく、なおも結城は続ける。
「〝追跡特性〟は大体名称から想像できる通りの能力。基本的に誰かの後に付いていくことを強制される。レベルが上がるごとにその縛りの強度がいっぱい増加する」
それくらいは分かる。憑希の能力によってこんな行動をしているんだとすればそれしかない。そんなことよりも俺は結城の話の中に出てきた〝レベル〟という単語の方が気になっていた。
レベル、ね。今朝の相葉から聞いた情報も合わせると憑希にはレベルという概念が存在し、自身の異能を使い続けることでそれが上昇、そうするとさらに能力が強化されるということらしい。それは別にいいのだが……問題なのはその上限だ。ストーリーも何もない育成ゲームにおいてクリアが設定されているとすればそれはレベルカンストしかないわけで。
ともかく。
いつの間にか言葉を切っていた目の前の少女は、少しだけ暗い表情で再び口を開いた。
「そして。現在のレベルで私が受ける制約は〝常に目標となる人物の半径十メートル以内に存在すること。目標は任意に設定できるが一度決定すると再認定可能になるまで三十分のラグが生じる〟というもの」
「……」
「だから誰かの後を尾けていないと移動も出来ない、の。……でもあなたに迷惑をかけてしまったのは確か。それは、ごめんなさい」
「なんだそれ……」
いつの間にか口の中が乾いていた。
冗談じゃない、そんな厄介ごとを抱えてたらまともな日常生活なんて送れない。
いや、実際の危険度はもっと高いはずだ。極端な例になるが、もしも目標として定めていた人が〝十メートル以内に誰も居ないような場所〟に入っていって、その人とはぐれたりしたら? 下手したら街中で餓死だって有り得る。そうじゃなくても常に周りの動向に気を配って歩かないといけないわけだから精神的な負担は計り知れない。
そしてそれは俺にも言えることだ。レベルのカンストがどうとか、仮定の想像をしていたが。
――そこに到達する頃、俺の体が完全に乗っ取られていない保証なんてどこにもないのだ。
本当に、冗談じゃない。
結城は未だ俯いている。
「仕方がない、の。私は二年近く前からこのアプリに縛られている。レベルが高いのも、制限が厳しいのも、自然」
「だからってそんなの」
俺の切羽詰ったような声に対して結城は困ったみたいにぎこちない微笑を浮かべている。
……俺は、勉強以外に関して言えば頭は回る方かも知れないが、要領が良いとは言えない。二日前から考えることが多すぎて、脳内キャパシティをとっくに超えている。だから各個撃破を目指してまずはストーカーをおびき出した。その結果結城が抱えているものを知ってしまった。
見ない振りをするというのが正解だろう、普通なら。結城に俺に対するストーキング行為をやめるよう伝え、解放してしまえば問題は一つ減る。俺と結城はただクラスメイトなだけで、今まで言葉を交わしたことすらないんだから、同情心が沸かないこともないが首を突っ込む必要はない。分かっていた。……理屈では。
脳裏には、さっきよりにもよって俺に向かって頭を下げて謝った結城の姿がフラッシュバックする。
違うだろ、と思う。
そんな泣きそうなくらい困ってるのになおも自分を責めるのは違うだろ。
「っ……!」
……必死に再稼動を始めた俺の脳はもう結城の問題に関わることを独断で決めてしまったようだった。仕方ないな、
俺は勝手だから。
「……そう、そうだ」
置き去りにされてキョトンとしている結城をさらに放置して、自分の知っている情報で何か役に立つものがないか検索をかける。こんな異常事態に対処できる可能性があるそれなんてここ二日のものに限るわけだからすぐにヒットした。
「結城、俺のこと尾けてたなら今朝の話も聞いてるよな!?」
「今朝」
小首を傾げたままに鸚鵡返し。何の表情も浮かべていないのに少し可愛く見えるから不思議だ。ちょっとだけ口を開いて何かを思い出そうとしているらしい。
「今朝……裏門の前で女性と会話していた?」
「そうそれ!」
「見ていたけど、内容は聞いていない。人の話を盗み聞きするのはマナー違反だからぎゅって目を閉じてた」
変なところで律儀だった。あと目って関係ないよね。
とにかくそんな結城に相葉との会話をダイジェストでお送りする。整理や説明は苦手なためかなり時間を食ってしまったが、無事に事情は伝わったようだ。というか必要な部分はほんの一言でまとめられることが後で発覚した。おかしい。
「とりあえず、そんなわけなんだけど」
「……なぜ」
「え、ああ、何で俺がその場でアバターを消してもらわなかったかってこと? うーん、自分でも良く分かんないんだけどさ、」
「違う」
「違うんですかそうですか」
「そう。なぜ、彼女は自分のアバターを消していないの?」
……え? 思わず素に戻って結城の瞳をまじまじと見つめてしまう。もちろん髪で隠れているから目が合うことはないんだけども。
結城は恥ずかしそうにさらに俯きつつ続ける。
「その、憑希の能力が発動したのなら、彼女のアバターはまだ残っているってことでしょう? 消せるのならどうして自分はそうしてないの? ……いや、もしかして。彼女も――」
「え?」
「ち、違うの。何でもないわ」
そうは言うもののぼそぼそと自問自答をこなす結城。その内容に興味がないでもなかったが、今はそれどころじゃない。現状をひっくり返せる唯一の存在かもと思っていた相葉にまさかの嫌疑。確かにそうだ、アバターを消す方法を知っている少女が自分でそれを行っていない意味が分からない。……俺自身のことを棚上げしてる? あれ、そういやそうだな。
それは、俺と同じだ。
またも靄がかかってきた頭をリフレッシュするように振ってみる。
「考えすぎて頭痛くなってきたな……。また近い内に会いに来るみたいだし、その辺も含めてそのときに訊くよ」
このままでは埒が明かないと思い、とりあえずそんな風に会話を打ち切ろうとした、その時だった。
先ほどから消していなかったニュース番組の司会者が、少し緊張したように「速報です」と上ずった声をあげたのが耳に入った。画面右下のテロップには〝女子一名が軽傷。轢き逃げか〟の文字。
『本日午後五時過ぎに○○高校前の路上で軽自動車と歩行者が接触する事故がありました。被害者の身元は分かっていませんが高校生くらいの女性で、すぐに近くの病院に搬送されました。命に別状はありません』
そして映し出される事故現場と思しき場所。内容を聞く限りそこまで大きな事件というわけでもなさそうだが、一応数名の警察官がうろうろしているそこはどうにも見覚えのある区画である。
「……ていうか、うちの高校じゃん」
「事故」
「ああ……でも身元分かってないってことは生徒じゃないのかな?」
こんな学校の目の前で事故が起きたら生徒が騒いで先生も確認に来ているはずだ。もし生徒手帳なり何なりの本人確認手段を持っていなくても生徒ならそこで身分証明くらい出来るだろう。
『――目撃者の話によると、運転手が飲酒をしていたのか車はかなり蛇行運転だったそうです』
「飲酒運転な……」
その程度の、と言うと語弊があるが、全国ニュースで取り扱っているような事件と比べると印象の薄れてしまう事故でもローカル局ではかなり大きく取り上げられる。キャスターが今出ている限りの情報を伝え、それから自分の考えのようなものを短い口上で語っていた。
もはや興味もなさそうにテレビから目を逸らし、若干悲しげな瞳でオムライスの載っていた皿を見つめる結城。まさかまだ食い足らんのか。ちなみに相変わらず顔は見えていないから悲しげ云々は後付けである。
……まあ被害者がクラスメイト、みたいなことはなさそうだし、気にしなくてもいいか。
そう結論をつけ、放置していた食器を片付け始める。結城の皿を持ち上げたときまた何か言われたけれどやっぱり聞こえない。手伝おうとしてくれてるんだろうか。とは言っても今は温水に突っ込んどくだけだから特にやってもらうことはない。
ただ。……ふと。
家の構造的にダイニングからキッチンの中が見えないことに気付いた。
距離的には五メートルほどしかないがそれでも結城の視界には誰も入らなくなる。それは彼女にとって恐怖だろう。誰かについていくためにはその人の背中をずっと見つめていないといけないんだから。
俺がキッチンに消えるたび精神的ダメージを食らうのは確実だ。
「――えっと。手伝ってもらっていいかな、結城?」
読んでいただいてありがとうございます!次あたりで話が大きく動くかも知れません。
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