ストーカー……?
新キャラ登場回です(顔見せ程度ですが)
5
「高津悠。二日連続で遅刻とは良い度胸だな?」
「もう本当すいません……」
「ふむ。明日も続くようなら何らかの処置をする必要があるが今回は許そう。席に着け」
一時間目の授業担当だった松崎先生は俺の姿に特別コメントをすることはなく、淡々と授業に戻った。この人の落ち着きっぷりはまるで全てを見透かしているようですらある。眼鏡の奥の瞳が何を映しているのか俺にはさっぱり分からない。
ちなみに、俺の格好は流石にもうパジャマではない。職員室に連れて行かれたあと保健室に寄り、全身体育用ジャージを着用している。どちらにしても同じ制服ばかりの教室内で浮くのは変わりないが少しはマシだ。少なくとも寝間着よりは。
「――では今日の授業はここまでにする。課題は出さないが、質問がある者はいつでも私のところに来てくれ。以上、解散」
半袖かつ薄い生地で作られている夏服のシャツと違って体育ジャージを着ているとそれなりに暑さを感じ、購買産の安い下敷きで扇いでいるとすぐに頭上でチャイムが鳴った。途端に教卓に向かって駆けて行く女子が数人。真面目と言うわけじゃなく、何気にイケメンでミステリアスな松崎先生と少しでも喋りたいらしい。入学式のその日に全員彼が顧問を務める英語劇部への入部を即決したと言うから大したものだ。
教室が休み時間特有の、気だるい空気に包まれる。
大きく伸びをしていると、いつも通り大富豪なら延々平民やってそうな顔をした葉月が隣の席から覗き込んできた。しかしその表情は若干いつも通りとは異なり、詳しく言えば何やら怒っているようである。
「何だよ? 俺なんかしたっけ?」
「いや別に……」
「じゃあ何で怒ってんの? むしろその表情で怒ってないのか?」
それがデフォルトなキャラにイメチェンしたの?
非難される理由が特に思い当たらないでいると、葉月は小さく首を横に振った。
「何もしてないのが悪いんだろ……主に登校をさ。僕の隣って高津と結城さんだよ? 結城さんいつも遅いから高津が来ないと僕両サイドいなくて孤独みたいだろ。それに昨日心配してあれだけメールしたのに返信くれないし」
「ああ……そういうことなら悪かったな」
自分の非を認められる系男子である俺は素直に謝っておく。とは言っても謝るだけだ。本当は昨日の下校時にメールボックスを確認して、他の友人がほとんど冷やかしや悪ノリの文面なのに対して葉月だけは大量のメール全てに俺を気遣う言葉をしたためていたことを知ってちょっと感動しかけたりもしたのだがそんなことわざわざ言ってやる必要もない。ないけど、まあ。
「ありがとな」
「? 何が? 高津最近なんか変じゃない?」
「うるせえよ。それより結城がいないって嘘じゃんか。もうそこにいるぞ?」
教室最後部廊下側の並びは結城、葉月、俺となっている。葉月と向かい合っている状態からだと少し首を傾げるだけで結城の横顔を確認することができた。昨日に引き続き今日もこんな早くから来るなんて意識が高い。
葉月は視線をチラッと後ろにやってから再び唇を尖らせた。
「今着いたんだろ、多分。さっきまでいなかったしさ」
「そうなのか?」
「うん。少なくとも授業中はいなかったよ、さすがに隣の席の人が来たのに気付かないってことはない。って、あれ? じゃあもしかして結城さんと高津、一緒に登校してきた?」
「男女仲良く重役出勤とかリア充爆発しろじゃ済まされないレベルの暴挙だからね?」
お前は何が何でも恋愛と結び付けたがる女子か。
……それにしても。
結城夢乃、ね……。前にも言った通り、彼女は常に俯いている。また小柄でほとんど席を立たないこともあってかなり目立たない、もとい影が薄い。悪口とかじゃなく素直な感想としてだ。とにかくそんなポジションにいる結城だから、授業中にしっかり断って入ってくるなら別だが、登校が休み時間と重なってしまうと今の葉月がそうだったようにしばらく気付かれなかったりする。
それなのに俺がいち早く結城のことを発見できていたのは何故か。もちろんこんな風に引っ張っているんだからたまたま葉月の背中越しに見えた、とかそんなクレームが付きそうなくらいありふれた理由じゃない。
本当の理由は、
「…………」
さっきからその結城にすげえチラチラ視線を向けられているからである。
教室に入ってきてからの結城の動きは明らかにおかしかった。椅子に座ったまま顔を下に向けて、手を膝の上で握り、そして時折頭を上げずに俺の方を向くのである。それはもう誰の目にも不自然なほどに。同級生の女子に意識されている、ということならテンションが上がって然るべき場面なのだが、どうもそういう風ではない。挙動不審としか言いようがない動きだ。どちらかと言えば監視という表現が当てはまる感じ。
「うーん……」
しかし俺だって御多分に漏れず結城とまともに話したことなんてない。だから当然そんな視線を向けられる覚えもないわけで。
そんなことを小声で葉月に言ってみたところ、
「自意識過剰だ」
イケメンだったらキラキラ的な擬音とともに拡大コマで描かれていそうな素敵笑顔。
優しく肩に置かれた葉月の手を荒っぽくどかし、俺はすぐに不貞寝の体勢に入った。
放課後。
昨日のことを踏まえて俺の体がいつ制御不能になってもいいよう準備万端に、具体的にはこれ以上ないほど入念にストレッチして息を整えておいたが、結局今日は遥の能力発動は起こらなかった。準備するところが何か違う、とは思うものの、実際どうしようもないだろう。ああでも、口だけしか動かせない状態で何とか遥とコンタクトを取るために憑希育成ゲームは閉じないようにしておいた。それくらいか。
奇行をせずに済んだのは良かったが、それにしても。
今朝の少女、相葉は〝憑希は能力を使うことで成長する〟と言っていた。
成長、というのはゲームなんだから多分レベル的な要素だと思うが、そうだとすると遥は当然今レベル1の状態ということになる。だとすれば使える能力もレベル1の仕様になっているはずだ。RPGでレベルアップ時に新しい呪文を覚えたりスキルを身につけたりするのと似たような感じ。
そこから考えるに、遥はまだ俺の体を操作するのが一日一回で精一杯なんじゃないか?
今日の朝俺を学校まで引っ張ってきたので能力を使い切った、ということだ。十分有り得る気がする。昨日今日の様子を見る限りなにか目的がありそうだし、もしそうなら俺はまた授業なんてお構いなく学校中を走り回る羽目になっていただろう。それなのに俺は生徒指導室直行の憂き目に晒されていない。ということはやっぱり遥にも何らかの制限があると見ていいはずだ。
それが回数なのか時間なのかはまだ分からないが、覚えておくに越したことはない。
……相変わらずこういうことに頭を使うのは好きみたいだ。テスト前の一夜漬けとは脳の稼働率の次元が違う。
「ていうか、なあ」
それでも、やはりどうしても憑希育成ゲームの削除を相葉に頼む、という方向には思考がシフトしなかった。どうしてもだ。彼女と話す前まではアンインストールする方法を探していたくらいなのに、いざ本当に手放すとなると途端にモーションストップがかかってしまう。
多分、そう。気になってるんだ。〝憑希は自我を持っているんじゃないか〟――ただ高性能なだけのアバターとは違うんじゃないかという疑問にとらわれている。
だから何だ、って話ではある。たとえ四頭身デフォルメキャラに自意識が備わっていたとして、そんなメルヘンな存在を庇って自分が毎日振り回される理由がどこにあるんだ。俺は困っている人なら誰でも助けたくなるようなヒーロー気質は残念ながら持ち合わせていないし、テレビで海外の貧しい子供がどうとか特集していても可哀想だなと思うくらいで行動を起こしたりはしない。だから遥だって、もし〝遥〟という一人の人格があって行動しているのだとしても、それに手を貸す義理はない。俺に迷惑がかかるなら即刻やめて欲しいくらいだ。そしてやめさせる方法がある。どうするべきか、そんなの頭のどこかじゃ分かってる。
なのに。
「やっぱ俺、馬鹿なのかなあ」
何故か相葉への回答を思いつくことのできない俺は、自嘲気味に笑った。
――あ、これちなみにHR解散から五分も経ってない教室の中な。
全身ジャージなのに怖いくらい真剣な顔でしばらく唸っていたかと思いきや微妙に独り言を口走ってニヒル気取ってる俺を見る女子の目は昨日以上に汚物を見るそれへと変わっていったのだった。
「まだちょっと早いけど飯にしようかな」
時刻は午後四時を過ぎた頃。家に着き、部屋に入って着替えるなり俺はわざわざ口に出してそんなことを言った。元々ジャージだから部屋着に変える必要ないとか、そんなことはない。学校の指定ジャージなんぞ大抵ダサく、家の中だからって好んで着たいようなものじゃないし、それにもう一つ別な理由もあった。それは普段一人暮らしだから家の中で声なんかあまり発しない俺がどうでもいいことを呟いている原因と被っている。
「この前炊きすぎて冷凍しておいたご飯もあるし簡単にオムライスでも作ろう」
オムライスという単語を発した直後、押し殺したようなそれではあったが、くー、という音が微かに聞こえた。当然俺の腹の虫じゃない。一人暮らしの男が自分で作った料理にそこまで空腹を刺激されることなんてそうそうないわけで。
手ごたえを感じつつ台所でフライパンを握ること数刻、高校生男子が作ったにしてはまあまあな出来のオムライスが大きめの皿いっぱいに完成した。両手で抱える必要があるくらいのものだ。フードファイターとかが挑戦しそうな感じ、当然俺だけで消費できるものじゃない。
「あーやばい作りすぎちゃったかー。誰か一緒に食べてくれる人いないかなー」
その皿をテーブルのど真ん中に置き、取り分けるための小皿やスプーン、飲み物をそれぞれ二人分用意していく。レタスにキュウリにトマトを洗って千切ってあるいは切ってぶちこんだだけの荒々しいものではあるがサラダも作った。ケチャップの匂いがふんわりと広がる。ほんの三時間と少し前に給食を食べた俺でも食欲をそそられるくらいだ、
「でも仕方ないよなー一人暮らしだし。全部食べるかー」
――昨日からずっと俺に付きまとい、食料を補給する暇もなかっただろうストーカーの誰かには致命的な効果を与えたことだろう。
かたん、と。裏の小さな庭に通じる窓が開いた。
人だ。再度音を立てるお腹を気にしながら恥ずかしそうに俯いてようやく姿を見せたのは予想通り例のストーカーだったらしい。彼女は降伏の意を表したいのか小さく両手を挙げる。
小柄な体躯、俺と同じ高校の制服、そして瞳を覆い隠すほど伸びた前髪。
「ゆ……結城?」
かくして主催者が茫然自失な状態のまま、俺と結城という奇妙な取り合わせでの食事会は唐突に始まった。
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