邂逅
サブタイトルの通り、あるキャラの登場シーンとなります
今回主人公君が突っ込みいれてるだけなんだけどこんなので大丈夫なのか……
3
ジリリリリカチッ。
毎朝のルーチンワーク(これだけ)を光の速さでこなすと、一度目を開けてから再びとろんとしたまどろみの中に落ちる。面倒なことを全部忘れてただただ快楽を貪る瞬間。一日の中で一番好きな時間だと言っても過言じゃない。
寝返りを打ってみると、足に違和感があるのが分かる。どうやら昨日の準備運動なしからの全力疾走で軽く筋肉痛になってしまったらしい。情けないなんてことはない、痛みが翌日すぐに来てるんだからむしろ若い証拠だ。話のすり替え? 知らない単語ですね。
「あーーーーーー、ねむ」
寝ているのに眠いと口に出す、という考えてみればなかなか贅沢な所業を無意識の内にしながら、足のマッサージも兼ねてごろごろ転がる。これなら寝落ちはしないだろう。
そう言えば今日は枕のすぐ下か、随分分かりやすい位置に時計あったなと緩すぎる頭で考えたところで昨晩寝たときの状況を思い出す。目覚ましを隠すなんて余裕はなかったってとこか。というかこの小細工は普段からも必要ないんじゃないかな? とかそんな疑惑も浮かんだものの、別にどっちでも良いからわざわざ考えなくて良いや、うん。……堕落しすぎだろう。
いっそこのまま一日中眠っていたい、と実際にはやる勇気なんかあるはずもない絵空事を夢見心地の脳内に描いた。
と。
「え? ――うあっ!?」
ベッドの上に横たえていた体が強い力で持ち上げられ、左手が勝手に掛け布団を剥ぎ取る。布団を恋しく思う意識とは裏腹に体は既にベッドから離れていた。
〝俺〟はケータイだけを胸のポケットに入れ、それから一度スプリンターの如くクラウチングスタートで走り出そうとして、思い直したのか早歩きで部屋を出る。
この異常な状況には覚えがあった。昨日確認もしたばかりだ。――〝身体制御〟。
もはや半信半疑とか言っていられるレベルじゃない。
つまり、
これは本当の本当に、ゲームのアバターに過ぎないはずの遥が引き起こしている現象ということだ。
「おい遥っ! 何だよどうしたんだよ!?」
昨日力尽きてしまったのが悔やまれる。会話を通して〝遥が俺の体を強制的に操作する能力を持っている〟ことは分かったものの、未だに何のためにそんなことをするのかがさっぱり見えて来ないんだ。成長方法に関する質問は禁句だったが、これなら答えてもらえた可能性はある。いやまあ、目的も何もあったもんじゃないのかも知れないが。
そんなことを若干パニックになっている頭で考えながらドタドタと音を立てて怪談を、いや違う、確かに今俺が巻き込まれている状況は傍から見れば恐怖の物語になり得るのかも知れないがそうじゃない。〝俺〟が下りたのは階段だ。
俺が今住んでいる家は、ここに寝泊りした回数が有名ホテルに頻繁に来る旅行客程度でしかない父親が一生腰を据えるために買ったもの――たまに帰ってくるときにちゃんとした家が欲しいというのが一応の言い分だ――だから、一人暮らしをするにはあまりに広い。まず二階建ての庭付き一軒家なんて高校生が一人暮らしをするような物件じゃないだろう。
それはともかくうちの構造的に階段を下るとすぐリビングに繋がっていて、そこを突っ切ると玄関に出られるようになっている。
「っておい! 外に出るつもりか? 俺パジャマなんだけど!?」
必死で体をねじろうとしても足を止めようとしてもピクリとも動かない。どうやらこの能力とやらの強制力はかなり強いらしかった。らしかった、じゃなくて打開案を考えてくれ。女子でなくともパジャマで外出することに一定以上の拒否感は持ち合わせているんだ。恥ずいし寒い。
と、リビングから玄関へと通じる廊下に入る際、チラリと視界の端を何かがかすめた。
何か、と言ってもなんのことはない。ただの時計である。俺の部屋には小さな目覚まししかないが、さすがに最大で三人が集合することになるここにはごく一般的な丸型の掛け時計が下がっているのだ。
その単なる時計だが、短針は八とほとんど重なり、長針は十二を少し過ぎたあたりを差している。
つまるところ八時――俺が普段登校するために家を出ている時間だった。
「嘘だろっ? ちゃんといつも通りに起きてたのに……」
さらに混乱する俺。それにも関わらず止まらない体。ついてくる視線。
「ついてくる視線!?」
え? これ昨日のストーカー? まだいたのこいつ? 自然すぎてスルーしそうになったけどストーカーってそんなに軽いものなのか……? ま、まあそもそもストーカーかどうなのかすら分からないし、もしそうだとしたら家の中でも気配感じていた時点でチェックメイトされてるし、どっちにしろ対抗しようがない。というかだな、順番に対処させてくれ。良く分からんことが同時に起きたらどうしようもないだろうが。
そうこうしている内に、俺の奮闘空しく〝俺〟はついに寝巻きのまま何も持たずに家を出てしまった。何故か背後でカチャっと鍵が閉まる音がかすかに聞こえたが振り向くこともできない。昨日みたいに気絶すれば止まるんだろうか、という気もしたものの、酸欠になるほど競歩に精を出しているならともかく歩いているだけで意識を失うというのは逆に難易度が高すぎた。
朝っぱらからパジャマ装備かつ手ぶらで早歩きしている高校生に注がれるお世辞にも好意的ではない視線を全身に感じながら俺は俯くことも出来ずにいる。
さすがにご近所のみんなに変人のレッテルを貼られたくはなかったから大声を出すのは控えようとしていたが、体を乗っ取られている今の俺にできることは叫ぶことだけだし、遥と会話が成立するのは実証済みだし、というか何より現時点で俺の評判はほとんど終わってる。もはや失うものは何もない。
いざ。
「遥ぁああああああああ! 何でもいいから一旦止まりやがれええええええええええ!!」
…………。
あの。
…………………………。
もしかしてだけど、アプリが開いてないと俺の声遥に届かないんじゃない?
……………………………………。
もう、何も言えなかった。
「はあっ、はああっ」
……エロゲの音源じゃねえよ競歩が思いの外長距離で息切れしてんだよ。
「いきなりっ、なに、させんだよ……っはあ」
だから違うんだってば。十八歳未満でも楽しめますからはい。
――茶番はともかく。
〝俺〟のパジャマでの行軍時間が十五分にもなろうとしていた頃、突然俺に体の占有権が戻ってきた。昨日は途中で気を失ったから計りようがなかったが、もしかしたら〝身体制御〟には時間制限があるのかも知れない。というか良く考えてみたらあるに決まっているだろう、無利子無担保無期限で俺の体をレンタルされてしまったら一生返ってこない気がする。
全然安心できる要素じゃないのにちょっとだけホッとしてしまい、自分が既にこのゲームに適応し始めているんじゃないかと不安になる。いやいや違う、契約違反が怖いだけでもし抜けられる方法があるのなら今すぐにでもそうしたいくらいだ。
「ふう……」
ようやく息が整ってきたところで、改めて周りを見渡してみる。家から徒歩で行ける圏内なんだから当然知っている場所なんだろうけど、歩いている間はとても道順に気を配っている余裕などなかった。そして案の定というか何というか、
「学校じゃん」
俺がさっきから右手を付いていたのは学校の裏門だった。ここまで近付いても気が付かないなんて、やっぱり景色はしっかりと認識しないとただの光景でしかなく、自分の記憶にある場所と結びつかないものなのだとかそれっぽく語ってみるが、さすがに俺が記憶力悪いと言う外ない。いくら普段あまり使う人のいない裏門とは言っても、ここからなら校舎の全貌が見える。
でも、いったいどうして学校なのか。
――まだ確かなことか分からないが、憑希に人格があるとして。遥に意思が備わっているとして。
遥が俺を学校に連れてきたのには、もしかして何か理由があるんだろうか。
昨日の夜の会話、そして今朝のことをじっくり思い出そうとして――、
「あなた、〝憑希育成ゲーム〟の参加者ね?」
その思考は後ろからかけられた声に遮られた。
読んでくれてありがとうございます!次も楽しみに待っていてもらえると嬉しいです!