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憑希・遥

主人公がやっとなんとなく状況を把握し始めるシーンです

想像の中でアバターちゃんが相当可愛いことになってますはい


 放課後。


「行っていいぞ」


 相変わらず感情の読めない松崎先生の解放宣言を背に、俺は力なく職員室をあとにした。ちなみに罰則を受けるような違反行為をする勇気がない、もとい超絶良い子であるところの俺はこれまで職員室への呼び出しなんて喰らったことがなかった。なのにどうしてこんな目に遭っているのかと言えば、それは当然二時間目のアレのせいである。結局あの後五分もしない内に俺は脱水症状で意識を失ってしまい、目が覚めたときには自由を取り戻していたわけだが……何がどうなってるんだ。


 いや、授業中にワケの分からない何かを叫びながら教室を出て行ったかと思えば校舎中を奇声を上げて走り回る、なんて奇行と呼ぶに相応しい行為をしておいてお咎めなしというわけにもいかないだろう、だから説教を食らうのは仕方ない。


 問題なのはそもそもなんであんな〝奇行〟をしでかしたのか自分自身分かっていないってことだ。


 ――教室に戻ると、まだ何人か生徒が残っていた。その中でも割と仲の良い面子はやたら楽しそうな笑顔で詳しい話を聞きたがっていたが、正直なところそれを相手にしている元気はない。元気があっても進んでしたくなる話じゃないけど。適当にあしらうと、その男どもは唇を尖らせて家路だか部活だかに向かっていった。残った女子からの奇異の視線が痛い痛い。


「はあ……」


 溜め息を吐きながら、ポケットからケータイを取り出した。メールやら何やらで質問攻めにされていることくらい予想はできている。だからどんな恐ろしい数の通知が入っていても驚かない。


 そのつもりだった。


「?」


 しかし、画面を見たまま思考停止してしまう。


 確かに百件近いメールの受信通知が入っていたのだが、そしてその内七割が葉月一人からという他人様にお見せできない気持ち悪いメールボックスへと成り果てていたのだが、それは別として通知の中で一番古いものが〝憑希アバター育成ゲーム〟からのそれだったのだ。


「……まあ、気分転換にはなるか」


 精神的に疲れていた俺は、それが何のお知らせだったのか確認もしないで黒一色のアイコンに触れた。ソーシャルゲームからのインフォメーションなんて大抵イベント関連だろうけど。


 メインページに入った瞬間、派手な演出など何もないまま以下の文章が表示された。



 ――憑希・遥の能力が開示されました――



 ――憑希の能力は初めて発動された時点で被憑依者に開示されます――



「へえ……。って、ん? ゲームいじってなかったのに勝手に能力が発動したのか?」


 システムが本当に分からないゲームである。ひょっとしてリアルタイムで進行する類のアプリなのか。それにしたってケータイを開いてもいない間に初見だったはずの能力とやらが炸裂してしまうとは何とも言えない気分である。ちびちび進めていたジグソーパズルを誰かに完成させられてしまったような感じ。


 とはいえ、今まで何の情報もなかったから能力というのは気になる。そうじゃなくても高一なんてまだまだそんなことに興味深々なお年頃だ。ほら高一と中二って二つしか変わらないじゃないですか。……別に年齢を言い訳になんてしてない。

まだ周りに少し人が残っているから音声をオフにしたまま、アバターステータスの欄をタップする。


 そして再度絶句した。


 身長、体重、スリーサイズのその下。能力欄。


 そこにはっきりと〝身体制御〟と刻まれていたのだ。






 時計をちゃんと見ていなかったから正確なところは疑問だが、しかし俺が立ち直るまで優に一時間はかかっていたと思う。



「まさか……なあ」


 今朝唐突にインストールされていたゲームアプリ、その中で頻発していた憑依やら能力やらの文字、今日自分がしでかした奇行、憑希能力〝身体制御〟。それらの単語が頭の中をぐるぐる回る。


 深く考えるまでもなく、それらに関係性がありそうなことぐらいは簡単に分かった。でもそれは、その想像は漫画の中だけに適用されるものであって、現実に起きて良いことじゃないだろう。そんな、


「たかがアプリのアバターが現実に干渉するわけないだろ……」


 そんな馬鹿なことが起こるわけない。起きて良いはずがない。


 でも、だけど、しかし、だが。


「――帰ろ」


 結局一日中このアプリについて考えるため酷使されていた脳がついにオーバーフローしたらしく、大人しく家路につくことにした。






「はああ」


 家に着くなり溜め息が出る。元々溜め息なんて年に二、三度しか吐かなかっただけに正直俺が今しているのが本当に世に言う溜め息というものなのかどうか分からない。誕生日とかに蝋燭へ吹きかける息の方がよっぽど溜めてる気がする。


 それにしても。


 何というか今日は散々な一日だった。遅刻はするし奇行もするし呼び出しは喰らうし、ついでに言えば帰り道の間中ずっと視線を感じていた。最後のはなんと継続中だ。自分の部屋に入ったっていうのにまだどこからか見られている気がする。残念ながら俺にはやたらと弟の世話を焼きたがる姉も悪口を叩きながらも何故か兄の傍にいたがる妹もいないからそのセンは無し。両親は二人仲良く世界中を飛び回って旅行記を書くのを仕事にしていて、月に一度帰ってくればマシな方である。そういうわけで今この家には俺一人しかいないはずだった。


 不思議と気味が悪いとは感じなかったが、気にならないと言うと嘘になる。


「ストーカーとか?」


 自意識過剰だと思われるだろうから誰かに相談したりはしないが、独り言としてぼそっと呟くくらい構うまい。


 反応はなかった。しょうがない。


 チラッと窓から空を見上げるともうオレンジに染まった太陽も完全に姿を隠そうとしていて、秋前であることを加味すればそこそこ遅い時間だと分かる。いや時計もあるけど雰囲気とかやっぱり必要だろう。それはいいとして、


 ストーカー(まがい)も気になるが、今日はそれ以上にやらなくてはいけないことがある。


 俺は手元のスマートフォンのロックを解除しながら、今日中にこのゲームがどういうものなのかを徹底的に調べ上げ――もしまともなものじゃないと分かればアンインストールしてしまうくらいの気持ちでいた。


 まあ。嫌な予感と言うか虫の知らせというか、そういう類の第六感は大抵当たるもので。


 結果的にまったくもってまともなんかじゃなかったわけだが――。






 適当に作った夕飯を速攻で片付け、いつもみたいにテレビを見つつダラダラしたりせずにすぐ部屋に戻ってきた。今から本気でゲームをやらなきゃいけないのに呑気にバラエティを見ている暇はない。何だその理屈。


 ちなみに適当なのは本当でも、一応お湯を注ぐだけとかレンジでチンするだけとかそういう次元のものじゃなく、一応ちゃんと焼いたり炒めたりしている。なんなら米も炊いている。さすがにこうも親が不在だと自分で栄養バランスの悪さに不安を抱くものなのだ。毎食カップラーメンとか栄養素的に怖すぎる。


 ベッドの上に胡坐をかき、枕に寝かせるようにセットしたケータイを操作して〝憑希育成ゲーム〟を開いた。マナーモードをオフに設定。また体の自由が利かなくなったらどうしようもないがそれは除けば臨戦態勢は整っている。……言い換えれば根本的な問題については何の対策も練っていないのだが。いやだってそんなの仕方ないし。


 もうすでに見慣れてしまった社名からのタイトルロゴ。たいした時間もかからずにロードが終了して、


『悠さん、おかえりなさいです!』


「はあ!?」


 身構えていたところと全然違うところに被弾した。高津悠大破! 高津悠大破!


 ……まずは冷静になろう。


 何度か言っているように、憑希〝遥〟とやらの言葉にはテキスト表示がない。だから今朝色々弄っていたときがそうだったように、マナーモードにすればアバターは音という意味でも文面という意味でも一切喋らなくなる。逆に言えば俺が遥の言葉をキャッチできるとしたらすべて声として聞いていることになるわけだ。


 つまり、このアバターは俺がこのゲームに登録した名前をちゃんと口にしているということである。


 ――アプリ用ゲームでもそうではない家庭用のものでも、キャラクターなりアバターの声というのは前もって声優が吹き込むものだ。だから数え切れないほど種類の存在する〝プレイヤーの名前〟部分には普通声を入れない。そこまでフルボイスのゲームなんて、少なくとも俺はお目にかかった試しがない。というか無理だ、普通は。


「お……お前、今〝悠〟って言ったか?」


 遥がナチュラルな英語発音で〝you〟とか言っちゃうフランクなキャラ設定なんじゃないかと一縷の希望にかけて訊いてみる。俺をジャニーズにスカウトしに来たのかな。


『はい! 高津悠さん、ですよね?』


「……おお」


 ここまできたらお手あげだ。いくつか良く選ばれる名前には音声がついてるんじゃないかとも思ったが、ユウはともかくタカツユウは有り得ない。どれだけのパターンを読ませる気だ。


 声はここの社員が担当していて、名前を打ち込んだあとにその部分だけ録っているんじゃないか――と、そのあたりに思考が飛んだとき、ふと更なる事実に気付いた。


 会話が成立している?


 いや――いやいや、さすがにそれはないだろう。今の台詞くらいならたまたま偶然合致したってことも十分有りうる。


 畳み掛けてみよう。


「なんて名前だっけ?」


『わたしは憑希の遥っていうの! 間違えた遥っていいます! ってわたし最初に教えたのにー。……覚えてて欲しかったなー』拗ねるような口元。


「歳は?」


『今年で十五歳ですっ』食い気味な回答。


「趣味とか」


『楽しいことなら何でも!』花が咲くような笑顔。


「むう……」


 可愛い。感情を全身でわちゃわちゃと表現するデフォルメキャラは本当にゲームのアバターなのかと疑問に思うくらい細部まで作りこまれていて、滑らかな動きをしていた。すごく可愛い。いやそうじゃないだろ俺。


 とはいえ確かにちゃんと会話になっているようだ。返答自体は元から登録されていてもおかしくないようなものばかりだが、どこぞの受付嬢みたいにAIの回路を組み込んだロボットというわけでもない、たかがスマホのアプリに入っているアバターがこれだけ質問に適したそれを選択できる時点で既にオーバーテクノロジーとか呼べるレベルなんじゃないかと思う。なにこれすごい、次世代のエア友達か。


 しかしこれで一つの疑問が氷解した。契約内容その二にいわく〝アバターに、攻略に関する質問をしてはならない〟。これはイタい人対策じゃなくそのままの意味だったのだ。株式会社タクティクスにとってアバターは会話できて当然のもので、その上でのルール設定なんだろう。


 でもあえて〝質問をしてはならない〟とする理由はなんだろう。そんな答えのボイスを用意させなければ良いだけの話じゃないのか? どんな最先端科学を使っているのか知らないが、所詮はゲームの登場人物なんだから声優が当てた声しか出せない。そんなのは当たり前だ。


 そしてダメと言われると反発したくなるのもまた、当たり前の話である。


「なあ遥、質問があるんだけど、これって育成ゲームなんだよな?」


『うん。遥のことを育てるゲームなのです!』


「それにしては育てる要素、例えば経験値みたいなのが全然見当たらないんだけど……どうやって進めるんだよ」


 これはまず間違いなく攻略に関する質問に該当するだろう。反抗期というのもあるが、契約というのがどの程度の効力を持つものなのか確かめる意味もある。後付じゃないって。いや本当。


 遥の大きな瞳がほんの少しだけ細められる。


『悠さん、今のは大きな独り言として見逃します――でも気を付けてくださいね? 契約違反は本当なら一発で〝失格〟ですから』


 四頭身ちょっとのアバターが真剣な瞳で凄んだところで怖くはない。怖くはなかったが、〝本当に大変なことが起こる〟という雰囲気は十分に伝わってきて、それを遥自身も恐れているような空気は十全に感じられて、俺はそれ以上突っ込むのをやめた。アプリの削除を向こうから禁止しているのに〝失格〟というのが何を表しているのか、考えたくもない。


 話を変えよう。


「でも、今のもそうだけど本当に会話が淀みなく進むんだな。どんだけ大量にアフレコやってるんだよ?」


 契約ってのがなかなか厳しいものだと分かった今、俺の目標は何とかして遥にボロを出させるという方向へシフトしていた。株式会社タクティクスに対してムキになってると言っても良い。後で恥ずかしくなること請け合いだ。


 これは俺というかプレイヤーにとっては軽口の類だけれど、アバターにしてみればメタネタの範疇だろう。世界観を崩さないためにも普通こんな戯言への返答は作らない。せこいとか言うな権謀術数ってやつですよ。ところでこの四字熟語なんて読むの。


 しかして遥の返答は俺の予想の斜め上を行くものだった。


『? アフレコってどういうことです? 憑希には声優なんていないですよー』


「は……?」


 は……? いや、言葉と心情吐露を分ける必要あったのかは自分でも謎だが、え、何こっちこそどういうことだ?


『うーん、被憑依者の契約内容には違反しないけど詳しく言っちゃいけないってことになってるのですよー。だから言えないのです許して下さいっ』


「そんなガバッと頭下げなくても怒ったりしないけど……」


 すごい弱い者いじめみたいに見えるからやめて欲しい。俺弱いものに対して必要以上に優しいからね? その証拠に自分にも甘い。


 まあそれは関係ないんだけど。


 憑希には声優なんていない――雰囲気作りのためにそういうことにしてあります、みたいな風には見えなかった。第一さっきから多少違和感は感じていたけれど、俺への返答にズレがなさ過ぎる。さすがに前もって録音したものを流すだけの方法じゃどんな未来的テクを使ったってああはならないだろう。


 だけど、それならそれで一つの仮説が立てられる。


「じゃあさ、もう一つ思ったんだけど。このアプリの被憑依者? ってのは俺以外にもいるんだよな?」


『もちろんですっ。正確な数は分からないですけど結構いるんですから!』


 小さな拳を力強く握り締める遥。ぐっ、という擬音が聞こえてきそうだ。


「それで、他の被憑依者もみんなアバターを持ってるわけだよな。それって全員が遥なのか?」


 俺が今までにやったことのある〝育成〟要素を持つゲームは、たくさんいるキャラクターの内からくじ引き的なもっと言えばガチャガチャ的な何かで当てたものを育てるだとか、メインで設定されている数人の中で一番気に入ったキャラを選んで育成するだとか、その辺にいるモンスターを仲間にして強くするとか、総じてそんなような感じの作りのものである。それに対してこのゲームではそもそもキャラクターを選択するような演出が一切なかった。


 少なくとも俺のアカウントでは最初から遥に決まっていたのだ。だからもしかしたら全プレイヤーが遥で固定なのかも知れない、とも考えられた。


 そしてそうでないならば、仮説の正しさが増すことになる。


 自分としてはちょっと踏み込んだつもりだった質問に、遥はきょとんとした表情で特に抵抗なく答えた。


『そんなわけないじゃないですかっ。わたしはわたし一人しかいないんですから。もー悠さんさっきから変なこと言ってばっかりです』


 ――仮説とは、アバターには自意識があるんじゃないか、というものである。


 つまりキャラクターの絵があってそこに声を吹き込んでいるわけじゃなく、アバターそれぞれに人格があって、自分の判断で俺と会話しているんじゃないか、と。

荒唐無稽な話ではある。まだ中二病が抜け切っていないとしか思えない。それでも、それが一番しっくりくる答えなんだ。遥の言葉にも合致する――わたしはわたし一人しかいないんですから。


 つまり被憑依者が持つアバターは全て遥というわけじゃない、どころか全部が全部別物だってことだ。被憑依者の数だけアバターが存在する。そんなの声優の参加する余地なんかない。個々に人格が備わっているって考えるのが一番妥当だ。


 もちろん確証はない。


 というかいくらハイテクだからってぬるぬる動くだけの二次元キャラクターに人格を植えつけることなんかできるはずがない。と、思う。ハイテクを信仰しすぎだ。……そのはずだ。


 だがそうでもないとこの状況に説明は付けられないし、株式会社タクティクスの何というか得体の知れなさはそれくらいできてしまいそうな錯覚を覚えさせてくる。


 ぐるぐると。思考が同じところをぐるぐるぐるぐる回り始めて――もう限界だった。いつもどうでもいいことを捕まえてはやたらと稼動したがる俺の脳みそもついに思考を放棄したらしい。何も考えられない、今なら九九を最後まで言い切れずに間違える自信すらある。労働基準法を多大にオーバーしたことによる疲労から、体が睡眠を要求してくる。体? ああそういえば……大事なことを一つ、訊き忘れていた。


 ここまでの異常性が開示されたあとでは、もはや質問というよりただの確認作業なんだが。


「遥……俺、今日の二時間目に身体が動かせなくなって、そのまま何故か学校中を走り回る羽目になったんだけど、身に覚えとかある?」


 遥はやはり一瞬首を傾げてから、照れたようにはにかんでこう言った。


『えへへ……そうなんです、わたしの能力は〝身体制御〟ですから!』



 ――そんな嬉しそうな反応は、求めていない。






 その後精神的に赤ゲージだった俺は〝憑希育成ゲーム〟を落としてすぐに寝た。

 

 明らかにまともじゃないことが判明したし本当ならすぐにでも削除したいのだが〝失格〟という言葉が妙に重く感じられて、要するに日和ってしまって消せずじまいである。


 なにかもやもやとしたものが残ったけれど、それは気のせいだと信じたい。



読んでくれてありがとうございました!次回もお楽しみに!

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