イレギュラー
そろそろクライマックスな感じです。もうちょっとなのでお付き合いいただければ幸いです。
20
「単刀直入に訊きます。松崎先生は〝憑希育成ゲーム〟の被憑依者なんじゃないですか?」
言った瞬間、やっぱり怖くなって体中を点検する。異常なし。次にスマホを起動してアプリを開いてみるも、問題はない。
契約違反による〝失格〟に相当していない。……つまり想像通り、目の前の教師はアプリの関係者というわけだ。
フェアになるよう、遥を表示させた状態のままスマホを机の上におく。遥は緊張したように押し黙っていた。
「ふむ」
そして相対する松崎先生の方はしばらく虚空を睨んで何かを考え込んでいたようだったが、俺が焦れて返事を催促し始めるよりは早く口を開いた。
「契約内容を逆手にとっての質問か。なるほど考えたな、高津悠。問題なのは間違っていた場合の保身が何も考慮されていない点だが……充分評価に値する。ただ私は被憑依者というわけではないが」
「アプリの関係者なのに被憑依者じゃない? ……まさか」
「それは今重要なことなのか、高津悠? 何をしにここに来た。私の正体を暴くためではないだろう?」
そうだ、頭を冷やせ。冷静になれ。もし松崎先生が俺の想像しているものだったとして、それで何か不都合があるか? いや、むしろラッキーなくらいだ。問い詰める必要なんてどこにもない。
「……助けたい人がいるんです。被憑依者で、たくさんの憑希に憑かれて身動きが取れなくなってる」
「ふむ。相葉志保か」
「……」
『……え』
やっぱり知っていたか。ていうか相葉の下の名前志保って言うのか。本人以外から、しかもこんな形で知ることになるとか微妙にショックなんだけど。遥も思わず声を漏らしちゃっている。
しかし松崎先生は脆すぎる俺のガラスハートにヒビを入れたことに気付く由もなく、続ける。
「確かにかなり特殊な事例だな。タクティクス上層部もこういう事態になることは予測していなかっただろう」
「どこまで知ってるんですか?」
「このゲームに関して高津悠が得た情報程度ならおそらく全て知っている。しかし関わって日も浅いのにここまで進んでいるとはなかなか適性があるらしいな」
適性。確か相葉もそんなことを言っていたが、そんなことはどうでもいいんだ。俺がこのゲームをクリアできるかどうかとか、今は全然関係ない。というか俺は遥を迷惑とは思っていないわけだから実質クリアしたいという動機がないだろう。
俺のそんな意を汲み取ったのか、先生は表情を変えないまま嘆息を零すという器用な真似をやってのけた。
「助けたい、か。端的に言えば、助けることは可能だ。〝不幸属性〟以外の憑希を蹴散らすくらい私にとっては造作もない。しかし私にも立場というものがある。その二つを天秤にかければ後者が重いのは明白だ」
「だけど、」
「だが今、こうして私の教え子がその被憑依者を助けて欲しいとやってきてしまった。高津悠、授業中に良く言っていることだが、私の信条を答えてみろ」
「〝……分からないことはいつでも訊きに来なさい。困ったことがあったらいつでも相談に来なさい。私は人間だからそんな人を全員助けるわけにはいかないが、せめて自分の教え子にはしっかりと応えよう〟」
自分の教え子を徹底的に優先し、そうでない人は別にどうなってしまっても構わないというのが松崎先生のスタイルだ。これはなにも勉強面に限ったことではなく、いつかの修学旅行で彼のクラスの生徒が不良グループに絡まれたとき、旅館待機していたはずの先生がいつの間にか相手を全員気絶させていたという逸話まである。
「そうだ。私は教師だからな、教え子を第一に考えたい。しかし手出しは無用と忠告されている以上、自ら彼女の窮地を救うわけにもいかない」
この言葉で予感が確信に変わった。――松崎先生は株式会社タクティクスの人間だ。口調からして幹部だったりするわけではなさそうだが、完全にゲームマスターの立ち位置である。関係者でありながら被憑依者でなく、被憑依者以上に情報を握っている存在となればまず間違いないだろう。
先ほど静めた気持ちがまた高ぶってくる。タクティクスの人間? それはつまり、遥をこんな目に遭わせている連中の仲間だということだ。遥だけじゃない、憑希はみんな記憶を奪われてアバターとなっているのだ。まともな頭でできることじゃない。
「否定はしない。私が計画したゲームというわけではないが、製作者側として参加しているのは事実だ」
「……まあ、先生に怒鳴ったってしょうがないですよね」
というか。怒鳴るだけしか脳がない自分にも腹が立つ。
「そう。今の高津悠が私に言っても何も変わらない。タクティクスに対して発言権を持つのはゲームにおいて優秀な成績を収めた者だけだ。それがタクティクスでは絶対の価値だからな」
まあそれはいい、と付け足す先生。単なる話題転換のように見えてその実これ以上の追求を避けているという風に取れなくもない。――確かにここで言い合っていても不毛すぎるか。
「話を戻そう。相葉志保のことだったな。今も言ったように私が直接どうにかすることは出来ない。かと言って高津悠に頼まれた以上放置というのも無理な話だ。……ふむ、しかしこれは言っても良いか微妙なラインの情報だな」
「俺のセキュリティクリアランスは青です。問題ありません」
『なんでいきなりパラノイア始めてるんですかっ?』
そんなのさっき家捜ししたら遥の父親の部屋にTRPGのルールブックが散乱していたからに決まってるだろ。パラノイアはネットで無料公開されているからルールブックと呼ぶのかは分からないが、ワードで全文打ち直して分かりやすいようにまとめ上げたあの一冊はなかなかに執念が篭もっていた。
ていうかずっと大人しくしてた遥が声を荒げて突っ込み入れるほど残念なノリでしたかそうですか。
松崎先生は目の前で繰り広げられる茶番を理解しているのかそうでないのか、おそらく分かっていないと思うが一応頷いてから続ける。
「ふむ。なら問題はないか……先に言っておくが、これは手出しではなく口を出しているだけだ。最低限の譲歩だと思って聞いて欲しい」
「うわあ」
こっちも負けず劣らず茶番だった。なんだその理屈、小学生か。しかし微妙に呆れた声を出した瞬間鋭い視線が飛んできたので慌てて背筋を伸ばす。そうだ、相手の思考回路がどうだろうと情報をくれるならそれで良いじゃないか。
「まず一つ。タクティクスはゲームのためなら文字通り何でもする企業だが、その分ゲームに対して誠実だ。タクティクス製のゲームは難易度の高さはともかく、クリアできないということは絶対にない。それは今回のようにイレギュラーな事態にあっても同じだ。確実に状況を打開する方法は用意されている」
松崎先生はまるで教師のように――皮肉だ――人差し指を立て、静かに話を始めた。俺が息を飲み込んだすぐ隣で、遥も緊張したように身体を一度震わせる。
「しかしタクティクスのゲームは元々の潜在能力が凄まじいために、そこで起こるイレギュラーというのは通常の手段で対抗できるものではない。つまりこちらもイレギュラーで対抗するしかない」
松崎先生はそこで一旦言葉を切ると、あからさまに俺から視線を外し、そのまま遥に目を向けた。指を差そうとしたらしいが、どう揚げ足を取られても〝手は出していない〟ことにしたいのか右手ごと引っ込め、見つめるだけに留める。遥は居心地悪そうに身体をよじっていた。
「そこで今回用意されたイレギュラーというのが、そこの憑希だ」
「『……え?』」
読んでくれてありがとうございます!次回もお楽しみに!




