告白
土下座。また遅れてしまって本当すいません。
もうすぐ夏休み入るので…そしたら安定すると思います。
送れた分、と言うわけではないですがかなり長めの、しかもお話的に大事なシーンになっていますのでどうかお楽しみください!
18
時は流れて深夜。
俺は一人、病院でスニーキングミッションを決行していた。
……話が飛びすぎたので少し回想を入れようと思う。
松崎先生が去った後、もやもやすることは大量にあったがそれを全部スルーして名簿の確認に移った。これが新入生全員の名前と顔写真どころか住所や略歴、高校に入ってからの保健記録まで入っている代物で、それを一通り読み終えた頃には遥の交友関係の記憶はほとんど戻っていた。やはり強く影響を与えられたものでない限り現在のものだけでいいらしい。
それにしてもこんなもの一生徒が持っていていいんだろうか。良くない気がする。
それはともかくとして、その名簿からはもう一つ特筆すべき情報が入手できた。一年三組のある女子生徒の欄に、一つ備考がくっついていたのだ。
曰く――遠野遥香・二学期途中から行方不明。
もはや疑いようもなく、遥のことだった。
というわけでそこに書かれていた住所に行ってみたところ、割と立派な一軒家の家主は出かけているようで、インターホンを鳴らしても応答がない。出直そうかとも思ったが、良く考えてみれば俺がやろうとしているのは家捜しなわけで、遥のご両親にどう説明すればそんな許可が下りるのか全く思いつかなかった。
そんなとき気付いたのだ――あ、二階の窓が一つ開いたままになっているなって。
庭に、ちょうど登りやすそうな木が生えているなって。
……侵入は容易だった。そして色々な部屋に入る度に、一年三組と同じ原理で遥が両親のことや自分のことを思い出していく。いつ帰ってきてもいいように、ということなのか綺麗なまま残っていた遥の部屋(と思われる場所)では予定通りアルバムを見つけられたので、これで過去の交友関係も全てカバーできたことになる。ここは他よりも念入りに漁ったため、趣味嗜好なんかの自身の情報も出揃ったことだろう。
ただ、遥が言うにはあと一つだけ、どうしても思い出せない記憶があるらしい。
学校や家を洗っても見つからない構成要素。遥にまつわる何か。
そんな思考に没頭していると家主が帰ってきてしまい、バレることこそなかったものの二人が寝静まる時間まで出るに出られなかったという自業自得な事件を経て――
現在に至る。
ちなみに直近六時間ほどの行動をダイジェストでお送りしたのは基本的に作業でしかなかったからであって断じて俺が犯した罪の印象を薄める目的ではありません。ないですとも。……いや、ほらそもそも遥の許可は貰ってるし。不法侵入じゃないですよね?
「って言っても、こっちは完全に犯罪だよなあ」
そうぼやきながらももう目的の病室の目の前だ。今さら引き下がれない。前に結城と来たときの道をなぞっているだけなのだが、びっくりするほど誰にも遭遇しなかった。ここまで緻密だと怖いくらいだが、結城のステルス性はこういうところの情報収集に優れてるからこそ会得できたんだろうなあ、と適当に受け流しておく。
廊下は静まり返っている。しかし巡回は定期的に来るだろうから、こんなところで突っ立っていてもしょうがない。
呼吸を整えてから、相変わらず名前の入っていないプレートのついた扉をスライドさせて開いた。
相葉はまだ起きていた。
「なっ……!」
ベッドの上で上体を起こし、突然の来訪者に驚いているらしい。その手には俺が相葉と初めて会った日に着ていたブラウスを掴んでおり、足元に押しやられている掛け布団の上に病院での衣装である白装束が乱暴に脱ぎ捨てられている。つまり上半身につけるべき衣服が両方あるべき場所にない状態ということだ。寝苦しかったのか下着すらない。
相葉は起きていた。
より正確に言うのなら、着替えていた。
「にゃぁああああああああああああああああ!? 何見てくれてんのよ変っ態!」
「あ……え? ごめ――」
「良いって言うまで入ってくんな!」
病院でずっと寝て過ごしていたからか、下着すらつけていなかった胸を庇いつつ涙目で俺を追い払う相葉。ほんとごめんなさい決してざとじゃないんです。五分ほどして「……いいわ」という声が中から聞こえてくるまで俺は病室の扉に寄り掛かってうな垂れていた。
「あー、その。タイミング悪かったみたいで。ごめん」
頭を下げてちゃんと謝っておく。これはさすがに俺の不注意だ。相葉の方にチラッと視線を向けると、まだ頬は赤みがかっているが、その口から出たのは意外にも俺を許す言葉だった。
「……いいわよ。あんたが悪いのも確かだけど、原因はどうせあたしの〝不幸属性〟なんだし」
安堵の息を吐くと同時にその声が少し暗いことに気付く。自嘲のような響き。やはり相葉は〝不幸属性〟を好ましく思っていないらしい。じゃあどうして捨てようとしないのか?
「なあ相葉、話があるんだ」
これだけはどうしても分からなかった。分からないから、訊くしかない。
「何よ?」
「……その前に、さっきは突っ込まなかったけどなんで私服に着替えてんの? 退院決まったとか?」
「まさか。全治三週間って言われてるわ。でもあたしはとっくに事故に慣れてるの、これくらいの怪我ならもう動ける」
そんなものに慣れて欲しくはない。というかそれは痛覚が麻痺してるだけじゃないのか。
「たとえそうでも病院って嫌いなのよ。あとは定期健診があるだけで安静にしてれば治るってことだから、抜け出したって何も問題ないわ」
「抜け出すったってお前」
「お前って言うな。あたしは相葉、教えたでしょう? ――それで?」
むすっと腕を組んで話の続きを促してくる相葉。この口調は病院脱出の常習犯らしい、今さら俺が何を説いたところで無駄だろう。諦めてスルーすることに。
しょうがない。
ゆっくりと語り始めた。
「えっと、じゃあ。――相葉は前に俺が憑希を消そうとしなかった理由を訊いたよな。正直、俺もそのときはどうして自分が素直に頷けなかったのか分かってなかった。俺は結局どっちを望んでるのか。でもやっとその答えが見つかったんだ」
なるべく淡々と、過剰な演出に見えないように。
「答え……?」
ちゃんと伝わるように。
「うん、答え。――俺は憑希を消したくない」
俺の話は相変わらず下手で、理由まで全部言い切るまで優に一時間はかかってしまった。憑希のクリア条件のことなんかまで話したから内容がかなりボリューミーだったのは確かだけど、さすがに手際が悪すぎる。しかし相葉は一度も視線を逸らすことなく、真剣な表情で聞いてくれた。組んでいた手は太ももの辺りに下ろされている。
「そう……だったんだ。あはは、ダメだなーあたし。あんたに先輩面してたけどそんなこと全然知らなかった」
「まあ特定の条件っての満たさないと開示されないみたいだし仕方ないだろ」
「仕方なくはないわ。その条件だって平等にあるはずだし、あんたの方がこのゲームに適正があったっていうことじゃない?」
相葉は大袈裟にかぶりを振った。それは自分の失敗を呪う大人びた行為のつもりなのだろうが、見方を変えればどうして上手くいかないのかとわめく駄々っ子みたいにも思える。
そうじゃないだろ。お前はゲームへの適正だとかなんだとか、そんな次元にはいない。
「違う。相葉は他の被憑依者のアバターを消してたんだろ? 確かにゲームクリアって面で考えれば見当違いの行動だったのかも知れないけどそれで助かった人は何人もいるはずだ。だから、」
「違くないっ!」
一瞬気圧されるほどの叫び。相葉は涙こそ流していなかったがその身体を小さく震わせ、唇を力強く噛み締めている。
「違くないわ。あたしにはこのゲームへの適性がなかった。何もかも分かってなくて――憑希の意味を履き違えてた。憑希を有害なものだと決めつけてたから他の人のそれをなくしてあげればいいんだって思ってた。なのに、憑希にも一人一人人格がある? クリアすれば人間に戻る? じゃああたしのやってきたことってなんだったの? 答えてよっ!」
「っ!」
そういうことかよ。そこにひっかかるのか。ああ、確かに相葉ならすごく気にしそうだ、だけどさ。
「……いや、でも相葉はその被憑依者が困ってたから、苦しめられてたから憑希を消してやってたんだろ?」
「う、うん。だけど」
「だけどじゃねえ。それは俺が尊敬してやまない相葉の行動だ。いくら相葉でも貶めることは許さない」
そう。俺は相葉を尊敬してるんだ。
だって凄いだろ? いくら方法があるからって言っても、自分が苦しい目に遭っているときに赤の他人の心配を出来るなんて並大抵のことじゃない。そういうのは高見の見物を決めてる奴らが口だけでするものだ。実際に行動まで移せる人間なんて限られている。少なくとも、俺には出来ない。
相葉はポカンと口を開けて俺の両目を凝視していた。真意を測ろうとしているのか何なのか、とにかく隙だらけなその表情はあどけなくてどきどきしてしまう。しばらくそのままでいると、不意に堪えきれなくなったように相葉が吹き出した。
「あははは。なによそれ、変なの」
「俺に文章力がないのは認める」
「そうじゃないんだけど……うん、でもそれもあるけど」
うわあ引っ掛け。
「だけどありがと。ちょっと気持ち楽になった。……それで、あれでしょ? わざわざ答えを持ってきたってことは、あたしが自分のアバターを消してない理由を訊きたいんでしょう?」
突然切り出してきた相葉に、しかし臆することなく頷いてみせる。そんな反応に微笑を浮かべてから、簡単なことよ――と彼女は口を開いた。
「あたしは憑希を消すことが出来る。憑希の能力っていう呪縛から被憑依者を解放することができる。そう言ってたでしょう? あれ、嘘なの。……ううん、違うわ。そうじゃない。
本当は消していたんじゃなくて、あたしの端末に憑希を移してただけなのよ」
「――え? いや、でもそれじゃ」
「そう。普通は移動しても一人の被憑依者に宿る憑希が二倍になるだけだから、その内押し潰されてどうにもならなくなるわ。でもあたしは違った。正確に言うなら、あたしの憑希は違った。
〝不幸属性〟って言ったでしょう? あれ、基本的にはあたしにとって不幸なことが起こる確率を極端に高める能力なんだけど、その〝不幸〟の基準はゲームの製作者側で決められてるみたいなの。あたしが事故に巻き込まれたり、異性に裸を見られたり――〝他の憑希が成長しなかったり〟ね。
そう、あたしは他の被憑依者が持っていたアバターをあたしの端末に移し変えて、その成長を〝不幸属性〟で抑えてたわけ。分かるかしら? 憑希の成長方法は能力を使うこと、それだけよ。だから〝不幸属性〟がある限り、他の憑希が能力を使うことは絶対にない。なぜならそれはクリア条件――憑希の成長――に繋がる、あたしにとって〝良いこと〟だから」
相葉の長い長い独白を聞いても、俺は全く反応できなかった。
絶句していたのだ、有体に言って。
相葉は憑希を消せるわけじゃない。そうじゃなくて、自分の携帯に移動させて能力を発動できないようにしていた。方法は〝不幸属性〟による干渉。憑希が成長できないというのは被憑依者にとってクリアが遠のく不幸なことだから、その事態が優先して引き起こされる。〝不幸属性〟が元々いたアバターの能力だというならレベルも一番高いだろうし、力で押し負けるということはなかった。
確かにそれなら自分は被害を受けることなく、周りの苦しんでいる人を助けられるのかも知れない。
しかしそれはどう考えても薄氷の上を乱暴に叩きながら渡るような行為だ。もし何かの拍子で〝不幸属性〟が利かなくなってしまったら? 相性の悪い能力を持ったアバターを吸収してしまったら? 蓋がなくなった瞬間被憑依者である相葉が喰い殺されるのは確実だ。
そしてその〝能力が利かなくなる事態〟というのは意外にもつい身近にあったじゃないかと思い至る。
それだけ常時〝不幸属性〟を発動させていればレベルはどんどん上がったことだろう。最大値に――つまりクリアできる状態になっていても何もおかしくない。
「もしかして、クリアできるのにしてないのか」
結城夢乃と同じように。ただし彼女とは全く違う理由で。
相葉は力なく頷いた。
「うん。……だからね、あたしが自分のアバターを消さない理由って言うのは、それ。消さないって言うより消せないんだけど……〝不幸属性〟と〝その他色んな能力〟どっちに巻き込まれるのを選ぶかって言ったら、前者を取るしかないじゃない?」
泣き笑いのような、ひどく悲しげな笑みで。
「さっきあんたがあれだけ言ってくれたから、勝手とか自惚れとか自己満足とか、そういうことはもう思わないようにする。でもこれはあたしの判断が招いたことで、今さらどうしようもない」
俺の一番嫌いな表情で。
「あー……それは、ダメだ。ダメだよなあ」
「? ど、どうしたのよ」
「その顔はダメだ、相葉。そのどうにかしたいけど無理だって悟ってるみたいな、諦観って言うのか? 勝手にそんな顔すんなよ。一人で全力を尽くしてやるだけやって力及ばず諦めたってのは一見格好いいように見えるけど、そこらじゅうにいる人の信用を得て手を貸してもらって何人がかりでも良いからどうにかこうにかやり遂げるっていう方が断然良い。なんで一人で悩んでるんだよ? なんで一人で完結させようとしてるんだよ。ああ確かにこんなこと話せる人間は限られてるかも知れない。被憑依者でも相葉に憑希を渡して喜んでる奴にはそりゃ相談できないよな。でも今はいるだろうが」
相葉は目を見開いて俺を見ていた。太ももの上に置かれたぎゅっと強く握り締められている。
そんな相葉の頭に軽く手を乗せる。抵抗はされなかった。
「自慢じゃないけどな……俺誰かに頼られること滅多にないから、女子にお願いなんかされたら無条件で引き受けると思うぜ」
瞬間、相葉の涙腺が崩壊した。今まで気丈に耐えてきたのが嘘だったみたいに、あとからあとから涙が流れる。やはり相当我慢していたらしい。そんな彼女が精一杯声を張り上げる。
「っ……お願い……助けてっ」
「任された」
あとは俺が何とかしてやる、だからお前はこのままここで休んでいろ――とばかりに足元に落ちていた白い服を相葉の手元に戻してやると、俺は自分が思う限り最高に格好をつけて病室を出た。
――あまりにも堂々としていたため巡回のナースさん(研修生)と鉢合わせても向こうが動揺してすぐに追いかけて来れず、見事逃げおおせたのだからあながち間違いだったとも言えないだろう。
読んでくれてありがとうございます!次回もお楽しみに!