究極のダンジョン
俺達は究極のダンジョンを作り始めた。
それはそれは巨大なダンジョンだ。
規模で言うと首都ジェネシスのダンジョン全てをひっくるめた物よりも巨大なダンジョンである。
ジェネシスのダンジョン全てよりも大きいと言われてもピンとこないだろうが、ジェネシスのダンジョンの一つがレッドリーフ周辺にあるダンジョン全てよりも大きいと言えばどのぐらいの規模か想像してもらえると思う。
誇張抜きで世界最大規模のダンジョンだ。
あまりの規模の大きさに迷子になったら確実に遭難して餓死する。
まあ、ダンジョンなので侵入宝珠の時間制限も有るし死ねば宿屋に戻されるので問題無いだろう。
基本的に入り口は一つでそこからダンジョンゲートと呼ばれる転移門を通り多数のシチュエーションのダンジョンへと分岐していく。
まるでノベルゲームの分岐の様に全く様相を変えたルートへと移行する。
そのような青写真を引いてダンジョンの開発を始めた。
まずは大好評の経験値ダンジョンの改良版の建設に取り掛かる。
これは初心者ダンジョンの上位に位置するレベル向けの難易度のダンジョンで経験値効率に特化したダンジョンだ。
ダンジョンゲートから出るとすぐに経験値の稼ぎやすいモンスターの部屋がいくつも用意されている。
そして階段を下りれば降りる程、強くていい経験値となる敵が配置されるようにした。
俺の予想した通りレベル上げ中の冒険者たちに大流行となる。
このダンジョンが運用され始めると、あまりの経験値の美味しさにフィールドでのレベル上げは絶滅したらしいとの噂。
絶妙の塩梅となる様にモンスターポータルを配置したので敵が足りなくなることも無くなり、いままでフィールドでよく見かけられたモンスターの取り合いによるトラブルなんてものは皆無となった。
気を使ったのはそれだけでは無い。
ソロで経験値稼ぎが出来る初心者ダンジョンと違い、冒険者と冒険者が協力するようにパーティー人数を増やせば増やす程経験値効率が良くなるようにモンスターポータルを配置した。
その為、レベル上げパーティーなのに100人を超える大規模人数のアライアンス狩りで経験値を稼ぐのが当たり前になる。
ダンジョンでの共闘をきっかけにカップルが成立し、中には結婚まで至る冒険者が多数出来た。
その噂を聞いた寂しい身持ちの冒険者達で更に賑わう事となる。
いわゆる街コンならぬダンコンだ。
第一エリアの経験値エリア(出会いエリア含む)は大成功となった。
「次は、レアモンスターダンジョンを作るぞ! このエリアは凄いぞ! レアアイテムを落とすモンスターを一匹捕まえて来てそれをこの機械で延々複製するんだ。レアモンスターだらけの見た事無いフロアが出来上がるぞ!」
「この機械って何?」
「これか? これはな『猛獣使い』の呼び出しアイテムだ。これを魔導ぜんまい仕掛けで延々動かすようにしてレアモンスターを呼び出し続けてる」
「これって猛獣使いが居ないと使えない筈じゃ?」
「確かにそうなんだけど、でも作ってみたら動いたんだから細かい事は気にしなくていい。たぶん+3のハイクオリティー品だから猛獣使いが居なくてもコピーを呼び出せてるんじゃないかと思う」
「そうなんだ~」
てな感じでいいかげんな設備で作ったレアモンスターダンジョンは経験値ダンジョンより大ブレーク。
今までは初心者だけだったダンジョンがレアモンスター目的のカンストプレイヤー迄押し寄せる様になった。
「じゃあ、次はレアアイテム&ボスダンジョンだ!」
俺達は新しいシチュエーションのダンジョンを作りまくった。
温泉ダンジョンやら、パズルダンジョンやらの色々なダンジョンを作り、作る度に大ヒットを重ね冒険者が津波の様に押し寄せレッドレイクに次ぐ第三の首都と呼ばれるまで人が集まる。
俺達の小さな村には巨大デパートや巨大ホテル、巨大カジノまで出来た。
もうユヘミヤは小さな村とは言われない立派な都市である。
気がつくとダンジョンは1000層まで到達しダンジョンと言えば俺達のダンジョンの代名詞となり、最高のダンジョン製作者の称号である『ダンジョンマスター』をも手に入れた。
ダンジョンマスターとなった俺と天使がその地位に恥じぬよう娯楽ダンジョンの『温泉ダンジョン』の模様替えをしていると、雪が飛び込んできた。
「ご主人様大変です! マスターダンジョンの最終層突入者が現れました!」
マスターダンジョンとはダンジョンマスターとなった俺達が意地と誇りを賭けて設計した攻略不能が売りのダンジョンだ。
それが攻略されたら一大事だ!
「そいつは誰だ?」
「パラディン2人組なんです。もう滅茶苦茶なんですよ! 床に穴開けて掘り進んでるだけだし!」
「俺達のダンジョンを壊して進んでるのか?」
「私達が一生懸命作ったのに……」
「今990層で残り10層しかありません! すぐに何とかしてください!」
「なぬ! あと10層だと! 俺が出て何とかするしかないな」
「私も応援に行きます!」
「お兄ちゃん、私も手伝うよ!」
「私も出ます、ご主人様!」
「ダンジョンマスターの意地を賭けて、無法者を撃退しようぜ!」
「「「おー!」」」
俺達はパラディン2人組を撃退する為に最終層に向かった。
ダンジョン管理室から999層に出ると、天井を突き破って降りて来たパラディンと鉢合わせになる。
滅茶苦茶高そうな鉄仮面に鉄鎧の完全防御装備だ。
しかも見た事無い鎧で一人はツルハシ、一人はハンマーを持っていた。
「こいつら、最初っからダンジョンの敵と戦う気が無くて壁ぶち破って穴掘って掘り進む気満々じゃねーか!」
「ガイヤ君! これはルール違反よ!」
「ここは、わたくし目にお任せ下さい!」
雪が二人の前に立ちはだかる。
「お客様、ダンジョンの破壊はルール違反です。すぐにお帰り下さい!」
「俺達は客じゃ無い」
「そうだ、俺達は客じゃ無い」
「ど、どういうことだ?」
「お兄ちゃん! こいつらパラディンじゃないよ!」
「パラディンじゃない?」
「ご主人様、これは伝説の『レッド・ゴールド・プラチナ・アーマー』を着たゲームマスターです!」
「GMってオンラインゲームの運営のスタッフか?」
「はい、そのGMです」
「何でそんな者がこの異世界にまだ居る? 異世界転移に巻き込まれたのか?」
ハンマーを持ったGMが言う。
「よう! ガイヤ。お前を連れ戻しに来たぞ。散々探させやがって」
「規約違反してないのに捕まえるって……おまけにこの世界はゲームの世界じゃ無い。ゲームの世界のルールなんて通用しない!」
「俺にはそんなルールなんてどうでもいいんだよ! あとな、そこのペットを処分する為に来たんだよ。そいつのせいでお前の居場所がステルス状態になって解らなくて散々探す羽目になったんだぞ」
「処分て?」
「処分だよ」
「誰をだ?」
「そこのちっちゃいのをだ」
「雪か!」
パトロヌスにとっての処分。
それは消去であり、人間にとっては処刑に相当する物だと言う事は俺でも知ってる。
「ああ、それをこっちに渡してくれ」
「出来るか! そんな事!」
ツルハシを持ったもう一人のGMの一人が言った。
「私はこちらの二人の対応を行いますので、そちらのガイヤさんのお相手をお願いします」
「おう、兄ちゃんそっちのは頼んだぞ」
「何考えてるんだ! やめろ! 俺の雪に手を出すな!」
「だいじょうぶだよお兄ちゃん! こんな奴雪ちゃんとミキちゃんが一緒なら一瞬で倒すから! お兄ちゃんは私達の事気にしないで、そっちの相手に集中して!」
「そうだよ、私も居るし任せて!」
「そうです、ご主人様は最強なのです!」
「ああ、こんな奴、俺の敵じゃねぇ!」
俺はハンマーを持っているGMにデュランダルで切りかかった。
だが攻撃は自動で全て回避される。
「剣が効かねぇ!! どうなってるんだ?」
「この鎧にはなお前のレアスキル同様の『完全回避』のスキルが付いてるんだよ。どんな攻撃も避けるのさ」
「なんだと?」
「攻撃しても無駄さ、諦めろ!」
「諦められるか!」
俺はGMの首を片腕で掴むとダンジョンの壁に叩きつけてやった。
GMは数十枚もの壁を突き破り300メートル先で瓦礫に埋もれた。
「攻撃当たらねーから、首根っこ捕まえて投げつけてやったわ!」
俺は止めを刺しにGMの元へとダッシュする。
「テメーの鎧を剥がせばタダの雑魚キャラだ! 変な技使う前にトドメを刺してやる!」
俺がGMの元に駆け付けた時、GMが起き上がり始めた。
兜を失い鎧も外れかけてた。
今がチャンスだ!
俺がGMの鎧を剥がしに掛かった時、素顔を晒したGMが言った。
「しばらく見ないうちに、お前、強くなったな」
それはGMでは無く俺の親父だった。
「オヤジ……」
GM、いやオヤジは起き上がった。
「ガイヤ。いつまでもこんなとこで遊んでないで、いいかげん現実の世界に帰ろうぜ……ヘブンもお前を心配して待ってるぜ……」
「ヘブンならそこに居るだろ? 何バカな事言ってるんだよ!」
「あれがヘブンの訳無いだろ? よく見てみろよ!」
「何バカな事……」
俺はヘブンの元に駆け戻りヘブンをガン見する。
何時もどうりの明るく可愛らしい顔。
何処から何処までもいつも通りの可愛いヘブンだった。
「どこもおかしくないが? いつも通りの妹のヘブンだが?」
「ヘブンはあんなに胸がデカくねー!」
「はぁ?」
「お前はヘブンを妹って言ってるが弟だ。男だ! 家の中じゃ女物の服を母ちゃんに着させられてるがれっきとした弟だ!」
「はああ??」
「思い出せ。お前とヘブンは何処の高校に通っている?」
「同じ高校だよ」
「だったらヘブンが妹だったらお前と同じ高校に通える訳無いだろ?」
「俺と同じ高校ぐらい通えるだろ。俺よりもずっと頭いいし」
「バカヤロー! 目を覚ませ! お前の通ってる高校は男子高だ!」
「?????」
そうだった。
俺の通っているのは男子高だった。
「じゃあ、あのヘブンは?」
「お前の想像が作り出した、お前の理想の妹ヘブンだ!」
「そしてあの雪と言うペット。あれは欠陥品だ」
「欠陥品のはずが無いだろ? あんなに可愛いのに、あんなに俺を慕ってくれるのに……」
「だから欠陥品なんだよ。あのペットには手違いでオーパーツと呼ばれる欠陥AIが搭載されててな、よく解らないがそのせいでこのゲームのシステムがバグった」
「バグった?」
つるはしを持ったGMが親父の代わりに話す。
「このレアパトルヌス『雪』に搭載されたAIは、手違いで既に使われてない超高性能過AI、通称『オーパーツ』を積んでいます。そのせいでサーバーのリソースを必要以上に消費してしまい、物理メモリーを食い潰してサーバーに過負荷が掛りシステムエラーの原因となってしまいました。その為システムがダウンして一週間前からBBBのサーバーがずっとメンテナンス中になっています。雪の所有者のガイヤ君はそのメンテナンス中のサーバーに閉じ込められてしまって居るのです」
「じゃあ、なぜサーバーリセットを掛けない?」
「お前がログインしたまま、サーバーにリセットを掛けたらお前の脳味噌に障害が出てバカになるってこの兄ちゃんが言うから、父親のこの俺がわざわざここまでやって来て連れに来たんだよ。目を覚ましていいかげん帰って来いよ」
「本当なのか?」
「俺が嘘ついた事有るか?」
「無い……無いが……」
親父はDQNだが息子の俺に冗談でも嘘をついた事は無かった。
「俺はいつからこの世界に閉じ込められて夢を見ていたんだ? 俺がラスボスを討伐して、この世界に飛ばされた時からか?」
「違う! もっと前だ!」
「じゃあ、豚王を倒した時か?」
「違う! もっと前だ!」
「じゃあ、何時なんだよ?」
「お前がゲームのパッケージを開けて、特典コードの受付時間の12時の直後に特典コードを読みこんで、そのペットを当てた瞬間からずっとだ。それからお前は、お前の見たい夢をこのゲームのサーバーの中でずっと見続けている」
「いや、待てよ。あの後パッケージを沢山買うために奔走したが?」
「それも夢だ」
「ゲームを始めてから途中でログアウトして高校に通ったが?」
「それも夢だ」
「有りえないだろ? 俺ちゃんと朝起きてヘブンと一緒に高校行って、高校で授業受けて、帰って来て、それからゲームにログインて、ゲームしてない時はバイトもしたんだぞ?」
「じゃあ、逆に俺から聞かせてもらおう。ガイヤはその日、何の授業を受けたか? 何曜日だった?」
「…………思い出せない」
「お前は学校に弁当を持って行ったが、給食の時間になんで弁当を持って行く?」
「そ、それは……」
「それもこれも全てお前の見ている夢なんだよ。全部夢だ。この世界に閉じ込められているのはお前一人で他のプレイヤーは全てNPCだ。そこに居るヘブンも女友達もな」
「嘘だ! そんなことある訳ない!」
「だから、俺がお前に嘘を言った事が有るか?」
「…………」
「常識的に考えてみろよ。ゲームの世界から異世界に行ける訳なんて無いだろ? ゲームの中からじゃ異世界どころか隣の家の玄関でさえ行けねーよ。それが異世界に集団で旅行しに行くなんて有りえねーだろ? 金稼ぎだってそうだ。俺がお前達を食わせて学校に通わす為に汗水流して必死に働いて、いけ好かない取引先の小僧やジジイに頭を下げまくってそれであの程度の暮らしだ。お前が見た夢みたいに面白いように稼げる訳なんて有るわけねーんだよ。それによ、ゲームにしたってよ、特典コードを全部入れたらステータスが全部カンストするとかそんなの運営が許さねーだろ? おまけに強くなったらすべての敵が蟻んこレベルで激弱になるゲームとか小学生でも有りえないのが解ると思うぜ。もう子供じゃないんだから考えりゃわかる筈だ」
言われてみると確かにそうだった。
親父は俺をがっしりした腕で抱きしめて来た。
「だからな、遊びはここ迄で一緒に帰ろうぜ」
とても懐かしい感じがした。
「わかった……おれ、帰るよ」
親父がGMに言う。
「説得は終わった。そっちを始めてくれ」
「はい!」
「始めるって何を?」
「あのペットを消すんだよ」
「ペットって雪の事か!?」
「ああ、そうだ。あのペットを消さなきゃシステムエラーは止まらず元の世界には帰れないんだ」
「ダメだ! 雪だけは消さないでくれ! お願いだ! 俺の友達なんだ! 俺の大切な妹なんだ! 消さないでくれ!」
「ガイヤ、大人になれ」
「嫌だ! 大人になんかなりたくない! 俺は友達を失うぐらいなら一生子供のままでいる!」
「どうします?」
「やめろ! 止めてくれ! お願いだ!!!」
「いいんですか?」
「やめろ! 止めてくれ! やめろ!」
「構わん、やってくれ」
「はい」
「やめろーーーーーーー!」
「ミレニアム コード 48 41 4C 54 0D」
雪は崩れ落ちる様に地面に伏せると動かなくなった。
雪は最後に一言だけ言った。
「たのしかったよ」
「雪! 雪! ゆきーーーー!」
俺達の周りを闇が覆い、そして闇に取り込まれた。
*
気がつくと病院のベッドの上だった。
横には泣き顔のヘブンが居た。
「兄さん! おかえり!」
「ただいま……」
親父もお袋もGMと一緒にベットの横に居たが何もしゃべらず怒る事も無かった。
俺はリアル時間で一週間ほどあのゲームに取り込まれていたそうだ。
もっと長い時間居た様な気がしたが、きっとバグで10倍以上の時間の超加速が掛かってたせいだろう。
俺は翌日から学校に復帰した。
学校には先生の提案で盲腸による病欠と言う事で届出してたらしい。
家に帰るとBBBがメンテを終了し復活していた。
サーバーの長期メンテナンスの補償としてレアパトルヌス『雪』全プレイヤーに配られて、レアパトルヌス『雪』を唯一持っていた俺にはその代わりにデュランダルが配られた。
ログインして雪の無事を喜び雪に話掛ける。
「雪、無事だったんだな! 俺、お前が居なくなったかと思って心配したよ」
「はい、マスター」
「お前どうしたんだ? 具合悪いのか?」
「いいえ、マスター」
雪は戦闘性能自体は変わらなかったものの、無機質に返事を返すだけで自分からは話さなくなり、姿形は似ているが全くの別物の人形に成り果てていた。
俺は一人の友を失った。
そしてもう一人の友を失った。
マサルだ。
俺は元ギルドメンバーたちから非礼を詫びられマサルとの絶縁を告げられた。
彼らが言うにはギルド内の俺へのイジメは全てマサルの主導によって行われていた事、そしてマサルがギルドメンバーが俺を嫌うように色々と吹き込んで居たと言う事を打ち明けられた。
マサルの動機は簡単だった。
受験勉強に真剣に取り組み進学校に通った俺を嫉妬しての事だった。
マサルは大学受験をそっちのけでBBBに打ち込んだ為、就職先も無い様な四流大学にしか進学出来ず、進学校に合格した俺が許せずその腹いせで俺をチームでハブられる様に仕向けてたらしい。
デュランダルを手に入れたものの、二人の友を失った俺はBBBをプレイする気力も理由も無くなり、その月で引退し、キャラも削除した。
退会フォームの理由にはこう書いてやった。
『雪を返せ!』
俺に出来た運営への精一杯の抗議がそれであった。
それから俺はVRMMO:BBBを二度とプレイする事は無かった。
俺は大切な友を失い、子供から大人へとなった。




