海の外
僕はゆっくりと沈んでいる。
重りは付けていない、荷物も何もない、制服姿でただ下へ下へと。
ここは海の中だ。それも海の底の底、光が届かなく闇が広がる場所に僕はいる。
もう何も見えない、自分がどこにいるのかさえわからない。
僕はどこだ? 僕はここか、あっちか、そっちにいるのか。呼んだら来てくれるだろうか。
しかし感覚はあるから僕はここにいるのだろう。
手や足はやっぱり動かないけど、指くらいならどうにか動かせる。
でもそんな事をしてもここから出られるわけではない。
僕は静かな海の底をまだ沈んでいる。
まだ底は来ないのか、まだ僕は下へ下へと沈むのか。
光なんてものはここには存在しない。太陽のあの明るく眩しい光が懐かしく思えてきた。
太陽の光を浴びたい。太陽の光に当たりたい。
そんな願いと逆をいくように、僕の体は沈み続けた。
そして僕の体が止まった。
もう沈まない、これ以上下はないということなのか。だとしたらここは本当に海の底なのか。
まわりは闇だけしかない。そこに何があるのか、あっちには何がいるのか、そんなことはわからない。
闇が広がる世界に僕だけが取り残されたみたいだ。
僕はこのままずっとここにいるのか、僕は闇に飲み込まれてしまうのか、僕は海の藻屑となるのか。
そんなの嫌だ。僕は海から顔を出したい、地面に足を付けて歩きたい、新鮮な空気をいっぱい吸いたい。
神様がもしいるのだとしたら僕をここから出してください。
それ以上は望みません。僕はここで終わってしまうのが嫌です、闇に飲み込まれてしまうのは嫌です、皆のもとへと帰りたいただそれだけです。
お願いです、お願いですから僕の願いを叶えてください。
僕は願った。神様がどこにいるのかわからないけど、こんな海の底から願ったところでちゃんと伝わるのだろうか。
ここは圏外で、神様には届かないのではないか。
それでも僕は願うしかない。ここで終わらないために、闇の一部にならないように、藻屑にならないように。
願い続けてどれぐらい時間が経っただろう。
何も起こらないし、何も変わらない。願うことは無意味だったのだろうか、僕はもうここでその一生を終えてしまうのだろうか。
そう諦めていたとき、丸い光が闇の中に現れた。
あの光は僕を助けに来た神様なのか。もしそうだとしたら願いが通じたということだ。
僕は手足を動かした。しかし動かない。
こっちに来てくれ! 僕のほうにきてくれ! お願いだから来てくれ!
すると光は僕の方へとゆっくりやってくる。
一つじゃない、二つ三つと丸い光はだんだん増えていった。
そしてその光の正体がわかった。
光は海の底で暮らす生物のものだった。光が届かないこの海の底で独自の進化をした深海の生物、気持ち悪い顔で奇妙な形をしている。
海の底で暮らす生物達は僕を囲んだ。何をするのだろう、何が始まるのだろう。
光を僕へと向けてくる。その光は眩しかった。
僕は彼らの餌になるのだろうか、食べられてしまうのだろうか。
そう不安になっていたら、光が一斉に光って上の方に光が伸びていった。
僕は呆気にとられていた。何が起こったのか、これから何が始まるのか考える余裕は無かった。
背中が暖かくなった。なんだか心まであたたかくなったような気がした。
そして僕は勢い良く上へ昇っていった。
背中に衝撃が走ったかと思うと僕は光の中を進んでいた。この光は僕を導いてくれているようだ、この光は海の外へと通じているのか。
するととても小さく遥か上の方に光が見えてきた。あれはきっと外の光だ、太陽の光だ。
神様に届いたんだ、僕の願いがちゃんと届いたんだ。
上のほうに輝く光はだんだん大きくなっている。
僕は闇からも、海の底からも、海の中からも出られるんだ。
顔を出した、海の外へと。空にはギラギラと燃える太陽が輝き、そのまわりは真っ白な雲や綺麗な青空が広がっている。
足が付ける場所まで泳いで、海から体を出した。
制服はびしょびしょだろうなとお腹のあたり見ながら触ってみると、そこには制服はなくてヘソがあった。その下は海水パンツをはいていた。僕はいつの間にか制服から水着に着替えていた。
頭を触ると濡れていた。当たり前だ海の中にいたのだから。
ここはどこなんだろうと辺りを見回すと、少し先に見知った顔があった。
そこにいたのは友達に金髪、新井先生に大神さん、そして家族。
良い匂いがして、網の上で野菜や肉を焼いている。どうやら皆でバーベキューをしているようだ。
僕を見つけた姉が手を振る。
僕は姉のもとへと急ぐ。
砂浜は素足じゃ熱いけど、早く皆がいる場所に行きたいから。
僕は戻ってこれた。僕は帰ってこれた。
ただいま。




