終
僕は明日香に首を絞められて、そして彷徨う魂となったわけだ。
魂が輝く世界と、魂が昇る天との境にいたのはそういうことだったのか。僕がここに来たのにはちゃんと理由があった。その理由は身勝手で独りよがりなものだ。欲しい物を手に入れることができないからそのショックで自分を見失って、今起こっていることは全てまやかしだ嘘だ夢だと自分に言い聞かせて、自分をこんなにも追い込んでいる現況をこの世から消すことで満足したかっただけだ。しかしその満足は満たされることはなく、我を取り戻した時に自分がやった行いが信じられず信じたくなくてこれこそまやかしだ嘘だ夢であってくれと強く望んだだろう。その望みは届かなく目の前に広がる受け入れたくない現実に追い詰められて叫んだのだろう。
僕はそこに倒れている。ぴくりとも動かない。
命という光は消えて無くなったのか、輝く魂は天へと昇ったのか。その光景を見たらそう思ったかもしれない。
この時僕はどうしていたのか、僕の魂はどこを彷徨っていたのか。そんなの考えてもわからない。けれど今日の始まりはあの夢だった。あの夢から今日が始まって、僕を捜す一日が始まった。
海の底へとゆっくり沈んでいくあの夢だ。
夢の中と外では進む時間が違う。夢の中で何日も、何ヶ月も過ごしたとしても外では数時間しか経っていないということがある。それぐらい夢の中は時間が早い。自分にとって良い夢を見たときなんかは、もっとここにいたい、夢の中で出会った人達とまた会いたいと思うことがある。そんな時は夢の中が短く感じる。
ということはあの夢にいた時間は短いのだろうか。すぐに終わった気がする、すぐに目を覚ましたような。
夢から目が覚めた時、僕は公園の休憩所のベンチで眠っているようだった。ここで僕は夢を見ていて、そして何故ここで眠っていたのかを考えることから今日という一日が始まった。
わからないことだらけで、謎が多くて、何回も立ち止まってしまった。それでもどうにかこうにか前に進んで、僕は僕を取り戻せた。本当はずっとすぐ側にいたのかもしれない、僕がただ忘れていただけで、ずっとここにいたのかもしれない。
「僕の首を絞めたね?」
頭の中に映像が流れる。僕の首を絞めた明日香は泣き叫んで、その場に崩れ落ちた。叫び声は学校中に響き渡るぐらいのものだった。その声で先生や生徒が首を動かして声の在り処を探す。
「してない、私は何もしてない」
屋上へと走ってきたのは僕の友達だ。教室で盛り上がってた三人だ。友達は倒れている僕を見ると僕の名前を叫んで、勢い良く走って体を揺らした。おい飛鳥、どうしたんだよ、なあ起きろよ、その声で泣き声がかき消される。友達はそれぐらい僕を心配している。
「そのあと逃げたよね」
明日香は立ち上がり、僕を心配する友達をちらっと横目で見て気づかれないようにゆっくりドアへと向かった。ドアノブに手を伸ばし、少し音をたててドアが開いたとき、友達の一人が明日香に向かって大声を出した。飛鳥に何かしたのか。明日香は急いでその場から離れた、まるで逃げるように。
「にに逃げてないよ、わわわ私はそんなことしない」
二段飛ばし、三段飛ばしで階段を下りる明日香。その時の表情は必死そのものだった。捕まったら終わりだ、逃げないといけない、私は何も悪くない、そのどれを思いながら下りていたのだろう。三年生の教室がある階へとやってきたとき、足を踏み外して転んだ。顔から床へと落ちていったため、鼻から血が出ていた。そこにたまたまいた女子生徒が、びっくりしながらも大丈夫と明日香に近づいてきた。しかし明日香は女子生徒にぶつかりながら走っていった。
「そしてそのあと閉じこもったよね」
息を切らして走ってきた明日香は、震える手で鍵を開けて急いで閉めて鍵をかけた。この部屋はさっきも見た映像にあった。ドアにもたれ掛かって、そして膝をかかえて座って丸まった。屋上で出した時のような声で泣いていない、声を殺して泣いている。部屋は薄暗くて、夏の暑い光は届いていないかのようだ。
「何言ってるのかわからないよ、もうやめようよ」
明日香は小さな声で呟く。私は悪くない、ここは私の夢の中で悪い夢なんだ、私はただ飛鳥君の偽者を消しただけ、それなのに偽物が消えないからびっくりして走ってきただけ、ただそれだけのこと。ここは私の夢だから裁かれることはない、目が覚めたらこんな悪夢はいとも簡単に終わるんだ、そうだだからさっさと起きなくちゃ。何をそんなに焦っているの、私は悪くないしここは夢の中、夢の中には法もルールも無い。私が全てだ、私が神だ私が女王だ私が主役だ。
「もう認めようよ、嘘はもう聞きたくない」
廊下から声が聞こえた。それは明日香を捜している声だった。その声を聞きたくない明日香は両耳を塞いで、私は悪くない悪いのはこの夢だと呟いた。それを何回も繰り返す、そうしたところで廊下から聞こえる声は大きくなる一方だ。ドアがどんどんと叩かれた、ここにいるのかと声が聞こえる、今すぐ開けろと声が聞こえる、益々丸くなる明日香。
「……嫌だよ、そんなことしちゃ終わっちゃう」
どんどんどん、私は悪くない、どんどんどん、悪いのはこの夢だ。廊下から声が聞こえる。この鍵で開けてください、早く渡して、抵抗したらどうしますか、無理矢理にでもおさえるしかないだろう、怪我だけはさせないで下さいね私の生徒ですから。担任の声が聞こえて明日香は耳から手をはなした。鍵が開く音が部屋に響いた。明日香は開いていくドアを見ていた。担任と目が合って私は悪くないですと叫んだ、明日香は先生に両手を押さえつけられる、これは悪い夢なんですと叫んだ。担任は涙を流していた、ハンカチを目に当てている。
「終わらせようよ。お互いのために」
先生何で泣いているの、私は何も悪くないんだよ、悪いのはこの悪夢なんだよ。飛鳥君への愛がちゃんと届いているの、飛鳥君は私のことが好きで好きでしょうがないの、なのにさっきの飛鳥君はそうじゃなかった。それはあの飛鳥君が偽者だから、本人だったら嬉しくてたまらないはず私をぎゅっと抱きしめたくなるもん。飛鳥君の頭の中は私でいっぱいなの、私のことしか考えられなくて夢中なの。だから偽者が許せなかった、あんなの飛鳥君じゃない飛鳥君はあんな事言わない。
「嫌だ、終わらしたら私は消えちゃう」
その声は届いたのか届いていないのか、明日香を囲む先生達は言葉を飛ばした。病院に連れて行ったほうがいいですか、まず誰かに来てもらわないと、ニュースになったらどうしよう、おいお前そんな事言うな、救急車はもうすぐ来るはずです、警察にも連絡したしそれまでここにいますか。明日香は叫んだ、何でそうなるのよ私は悪くないんだって、ここは夢なの私の夢なんだからお前ら消えろよ、夢は起きたら全部消えるんだ私を悪者にしようと思っても無理だから、だから放してよ痛いよ。先生二人が明日香が逃げないように腕を掴んでいる。
「……消える」
聞こえてくるサイレン。それは救急車か、それとも警察か。明日香はじたばたした、私は悪くないと叫ぶ。俺呼んできます、一人の若い先生が走っていった。誰を呼びにいったの、私を逮捕するの、そんなことできないよここは私の夢なんだから。担任はハンカチをポケットにしまって、そして明日香のほうへ近づいてきた。先生どうにかしてよ、私の夢でも先生は私の担任だから。すると担任は明日香を見て言った。ここは夢なんかじゃない、現実から目をそむけちゃ駄目です。
「私に帰る場所はない。ここに留まるか、上しかない」
右手を上げて人差し指で天井を指している。




