その気持ちに
明日香は自分勝手に話を進めていった。
僕が屋上に来たのは僕に想いが伝わったから、名前を名乗らずに置いていた封筒は無駄じゃなかった、愛がこもった手紙やプレゼントは嬉しがられた、そう勝手に思い込んでいて僕の心はもうその手の中にあると勘違いしている。
僕はその迫力と、その眼力に圧倒されて動くことも喋ることもできないでいた。
その間にも話は進んでいく。一緒に出かけよう、一緒に勉強しよう、一緒に旅行行きたいな。そう話す表情は笑顔が煌めいていて眩しい。とても幸せそうだ。
今更僕の答えを出しても遅いだろう。僕は完全にそのタイミングを逃してしまった。
今から僕の答えを出したら、その煌めいている笑顔はすぐに崩れてしまうだろう。そうなってしまうのが辛い。しかしそうなっているのは明日香のただの勘違いだ、僕は悪くないはずだ。
「飛鳥君のことはね、入学式の時からずっと見ていたんだよ」
僕への想いはその時からあったみたいだ。ということは僕に片思いをしていたということになる。
「私は引っ越してきたから不安でしょうがなっかたの。皆は顔なじみでしょ、隣町から来る子もいるけどさ。でも私を知る人は一人としていない、だから不安だった」
転校生というのは何故か期待されて、自分達とは少し違って特別なような気がしてならない。その特別というのは勉強が誰よりもできるだとか、運動神経が良いだとか、可愛いとかカッコイイとかだ。転校生というだけどプレッシャーがのしかかる。別に特別なことなんて無いのに、皆と同じ年齢で同じ学年なのに。例えそうだとしても転校生という響きは何故かカッコイイ。
「でも入学式に飛鳥君を見た。家族と写真撮っていたよね。あの頃の飛鳥君は今よりも身長低くて、今よりも幼くて、制服がぶかぶかで可愛かったよね」
明日香はふふふと笑った。入学式を思い出して笑ったのだろうか。
「その時私の不安はどこかへ飛んでいったの。この男の子良いな、この男の子名前何て言うのだろう、顔に見とれて名札見るの忘れてた、同じクラスだといいなって私の頭の中が飛鳥君で埋め尽くされたの」
僕はその時期待と不安が混ざったもので緊張していた。
「残念ながらクラスは違った、だから私はガックリした。それでもこの胸を締め付けるぐらいの想いは止まらなかった。近くの席ですぐに仲良くなった子に、私は引っ越してきたから皆のこと全然わからないことを伝えた。するとその子は私に色々教えてくれた」
空の上から音が聞こえてくる。飛行機でも通ったのだろうか。飛行機雲が伸びているかもしれない。
「書道が上手な男の子のこと、一回だけファッション雑誌に載った女の子のこと、水泳が得意でオリンピックで金メダルをとりたいと言っている男の子のこと、私服はブランドものばかり身につけていて高飛車な女の子のこと。その子には悪いけど私にとってはどうでもよかった、だって私には好きな人がいるんだから」
明日香がまた一歩僕へと近づいてくる。
「あの人は何ていうのって飛鳥君のことをきいたら誂われるでしょ、だから飛鳥君の名前が出てくるまで私は待った。そしてどうでもいい人ばかり続いて、最後に出てきたのが飛鳥君の名前。その名前を聞いたとき私は運命を感じた。私と同じ名前、漢字は違うけれど響きは同じ。そうかだから私は惹きつけられたんだ、私と飛鳥君はそういう運命にあるんだって」
明日香の表情はとても明るい。
「その子は飛鳥君のことが好きだったみたいなの。頼んでもいないのになんか急に飛鳥君のことを喋り出してさ。好きな食べ物、好きなスポーツ選手、好きな映画、好きな色、次々と飛鳥君のことを喋った時は寒気が走った。この子異常だ、まるでストーカーだって」
僕はまだ動けない、喋ることもできない。
「彼女でも何でもないのに気持ち悪い、お前が飛鳥君に近寄ったら何をするかわからない、私が守らなくちゃ私と飛鳥君は運命共同体なのだから」
明日香は気づいていないんだ。
「私だけが好きでいていいんだ、私だけが愛することを許可されたんだ、私だけが心を動かしていいんだ、私だけだ私にしかできない私しか許されない私の邪魔はさせない」
自分のその異常さに。
僕の心は動いてなんてなかった、僕の心はちゃんとここにあって明日香に支配なんてされていない。もう僕の答えは出た。ちゃんと気持ちを聞こうとしていたけどそんなのどうしたってできない、その異常さを知ってしまったから。僕の気持ちはどこへやら、自分勝手に話を進めて僕が好きだと勘違いしているその自己中心的な性格や発言は好きだとか嫌いだとかそれ以前の問題だ。
相手を思う気持ちは強いのだろう、しかしその気持ちは相手のことを全く考えていないものだ。考えていたら一方的に封筒を置かないだろう。それでも僕は話だけでも聞こうとした、気持ち悪かったけど向かい合おうと思った。でもどれもできない、できるはずがない。
もう無理だ。ここにいることに、明日香が目の前にいることに、勘違いされていることに、僕がその全てに終止符をうたなくてならない。
「ねえまずはそのほっぺたを触らせて?」
明日香は僕のもうすぐそこにいた。手を伸ばしてくる、僕の頬に向かって。
「嫌だよ」
僕は後ろに下がってかわした。
「えっ?」
明日香はびっくりしている。嫌だという言葉と後ろに下がったことを信じられないのだろう。そう思ってしまうのは僕を完全に手に入れたと勘違いしているからだ。
「僕はあの封筒が怖かった。名前も書いていなくて、ストーカーのようなあの手紙やプレゼントが」
「……何を言っているの?」
「気持ち悪くてしょうがなかった。それで僕も手紙を書いて、やめてくれるようにお願いした」
「わからないよ、私には何を言っているのかわからないよ」
「そうしたら封筒は置かれなくなった。僕は安心して、恐怖からも解放されて、またいつもの日常へと戻っていけた」
「飛鳥君どうしたの? 熱でもあるのかな、誰かに何か言われたのかな、おかしいよ」
「しかしまた封筒が置いてあった。もう諦めてくれたと思っていた、恐怖はまた戻ってきた」
「やめてよ飛鳥君」
「屋上で待ってますと書かれた手紙を見たとき、僕は話だけでも聞こうと思った」
「うんだから話をちゃんと聞いてよ」
「怖いけど、気持ち悪いけど、勇気を出して顔を見せてくれるんだなって思った」
「私は怖くないよ、とても優しいよ!」
「そして屋上にきた」
「私の事が好きで来んだよね? なのに何故そんな顔をするの」
「そうしたら勝手に話を進めて、僕の気持ちなんて関係なかった。話だけでも聞こうと思ったけどそれは無理だ」
「な、何を言っているの?」
「僕はその気持ちに答えることができません」
「えっ、今何て……」
「封筒はあなたに全部お返しします」
「何よこれ、これは夢だよね、こんなの現実じゃないよね」
「じゃあ僕はこれで」
「こんなの悪夢だ、こんなの現実じゃない悪夢だからこんなことになるんだ」
明日香は俯き、そして手足をブルブルと震わせた。
顔をゆっくり上げてドアへと歩く僕を鋭い目つきで睨んだ。すると明日香は大声を上げて走った。
僕は振り向いた。明日香の拳が頬へと当たった。
僕はビックリして口をぽかんと開けている。
「お前は飛鳥君じゃない、お前は飛鳥君の格好をした偽者だ!」
明日香の両手が僕の首へと伸びてくる。
「許さないぞ! 私の飛鳥君に化けやがって、私の飛鳥君を侮辱しやがって」
明日香の手に力が入る。僕は苦しんでいる、しかし全く抵抗できない。
「さっさと消え去れ、飛鳥君の偽者め! これは悪い夢なんだ、夢なら早く覚めてくれ」
僕は涙を流していた。明日香の制服を力なく引っ張ている。
蝉が鳴いている、太陽はギラギラ燃えている、大通りはメラメラするものが浮かび上がっている。
風が止まり無風になった。その時明日香は手を放した。
僕はその場に倒れて動かない。
明日香は僕を見て歯をぎしぎしと音を立て、額から汗を流し、手と足を震わせて、僕の顔を見た。
すると屋上から悲鳴が聞こえてきた。その時は蝉は鳴くのをやめて静かにしていた。




