二人のあすか
明日香は僕のことが好きだった、この世界の誰よりも。
しかしその想いは僕へは届かなかった。だから明日香は一人泣いた、使っていない部屋で一人寂しく泣いた。
それでも好きでいたかった。
しかしそうすることができない何かが明日香を変化させて、僕に対するおもいが変わった。
「ひょっとして明日香はふられたことがショックでこんな事を?」
金髪が口をぽかんと開けている。
その変化した事とは僕に対する好きというおもいから怒り、憎しみ、恨みに変わったことだろう。こんなにも好きなのにふりやがって、こんなにも愛しているのに気づかないなんて、こんなにもおもっているのに何もおもわないなんて。
「違うよ、私はそんな事で馬鹿なことはしない!」
大声を上げた、明らかに動揺している。
「ああなるなんて思わなかった、私はただ胸にあるこの想いを伝えたかっただけなのに」
チカチカと電気が点いたり消えたりする。そして光が僕を包む、金髪も、そして明日香も。
目の前に現れたのは自分の席に座る僕。
お弁当や購買部で買ったおにぎりを食べている姿があちこちで見える。今はお昼休みなのだろう。皆机や椅子を移動させてお話しながら食事をしている。
僕の席へと椅子を持ってきた数人の友達。なあ昨日のサッカー見た?、見た見たまさか二点差を追いついて追い抜くなんて思わなかった、日本代表最近弱かったけど実は強いのかな、昨日の対戦相手は強豪だからなーそこに勝ったんだから強いって思っちゃうよね。
僕もその会話に入る。親善試合だけど強豪と戦えるのは良いね、そうだよなーワールドカップ来年だしな、今回はどこまでいけるかな日本代表、前回は超えてほしいね、前回がどうだったのか覚えてないけど、えっ前回はさ最後PKになって。僕はお弁当を食べながら、なんとなく机の中に手を伸ばした。するとそこには封筒があった。
なあ飛鳥話し聞いてる? 聞いてるよPKは運だからしょうがないよ、でもなー勝ってほしかったなー、今回は海外組も多くなったし大丈夫だと思うけど、でもやっぱり世界との実力はまだ差があるよね、そうだけど応援しようよ、まあ俺は代表戦だけしか見ないにわかだからよくわからないけど。
僕は箸を置いて、封筒の中に入っている手紙を取り出した。
飛鳥お前それ終わったんじゃなかったの? あっホントだまた気持ち悪い手紙、何て書いてあるのか教えてよ。僕は手紙を開いた。するとそこに書いてあったのは要件だけだった。
屋上で待っています。
僕は動揺した。何故今更こんな手紙を、何故今更姿を現すことにしたんだ。僕からの手紙を読んだはずでそれからもう三ヶ月が過ぎた。諦めてくれたんだと思っていたのに。
おおこれはひょっとして告白か、飛鳥は女子にモテて良いなー、行って来いよ今すぐに! 別に後は追わないから。
友達は盛り上がっていた。しかし僕は全然盛り上がらない。
もうこの事は終わった事して処理していた。それが今になってまた僕の目の前に現れたなんて。
それでもこの手紙は誰が書いたものなのか、それは気になったし好きと言われて嬉しかった。だから僕は教室を出て、屋上へと向かうことにした。
後ろから友達の声が聞こえてくる。今度彼女紹介してくれよ! 彼女さんが部活に遊びに来たら丁寧におもてなしするね! もう俺達とは遊んでくれなくなるのはやめてね。うるさいな! 僕は振り向いて怒った。
まだそうと決まっていない、それなのに勝手に盛り上がらないでほしい。それに僕はまだ手紙の主が誰だか知らない。顔が見えない相手にどう思うかなんて今は決められない。
お昼休みはふわふわしている雰囲気がある。一時だけでも勉強から解放される、今だけはゆっくり休めるし色んな話しをしたり運動場でサッカーしたり野球したりできる。そんな中を僕は歩いている。
早くこの問題に決着をつけよう。僕は走った。廊下は走っちゃいけませんと書かれた紙の横を走る。
急いで上る階段はキツイ。息があがっている、そんなに対した距離を走っていないのに。
目の前にはドアがある。これを開けたら空が広がる屋上へと出られる。
このドアの先には誰がいるのだろう。誰なのかわかって、目と目が合って想いを伝えられたらどうしよう。僕の心が少し動いて今までやってきた事を許せたら、そうなったら友達はもっと盛り上がるだろうな。それは少し鬱陶しいけど、祝福してくれるなら嬉しい。
僕は期待と不安を持ちながら、ゆっくりとドアを開けた。
外の明るい光が目に飛び込んでくる。校舎は冷暖房完備で涼しくて快適だけど、外はとても暑くて何もしていなくても汗が流れてきそうだ。ミンミンと蝉の鳴く声が聞こえる。
屋上の真ん中辺りに女の子が立っていた。後ろ姿だ、まだ顔は見えないから誰なのかわからない。
他学年の女子だったらどうしよう。それなら誰なのかわからない。急に不安になってきた。
「手紙を見てここに来たんだけど」
僕は少し距離をとって声をかける。
「……ありがとう」
少し時間をおいて返ってきた。
「あなたが僕の机に封筒を入れていたの?」
僕は二、三歩歩いた。
「そうだよ」
小さな声でそう答えた。
「名前を書いてくれたらわかりやすかったのに」
風が吹いて後ろ姿の女の子の髪が揺れる。
「恥ずかしいから書けなかったの」
名前を書かなかった理由はそれだったのか。
「ねえ顔を見せてくれる?」
理由がわかった、あとは誰なのかを確認するだけだ。
「そんなに見たいんだ。心はまだそこにあるんだね」
そして僕へと顔を見せた。僕の目の映ったその顔は、見知った顔だった。
「もうダメかと思った、嫌われたのかと思った、でもこうやってここに来てくれた」
僕のほうを見てニコニコしている。
「飛鳥君は私の事が好きなんだね」
……え? 何がどうなっているんだ。僕は手紙の主が知りたくてここに来た、そして想いをちゃんと聞くはずだった。それなのに何故か僕はここに来た段階でその想いを認めたことになっている。
「嬉しいな、こんなに嬉しい事は初めてだよ。もう二度と無いだろうな、こんな嬉しくて幸せであたたかくなるのは」
目を閉じて胸のあたりをおさえている。
「飛鳥君が私の彼氏だから皆羨ましがるだろうな」
僕がいつ彼氏になったんだ。僕の気持ちは無視するのか、そんなのおかしい。
「これからいっぱい楽しいことしようね。まずは日曜にプール行こうよ、ちょうど二枚チケットあるんだよ。あの映画も観たいなー、飛鳥君も見たがっていたよね? 夏休みは受験勉強があるけど遊ぼうね。お父さんとお母さんが私の勉強の邪魔になるといけないからって旅行に行くみたい。初めは娘を置いて二人で旅行に行くなんて最低と思ったけど、今は旅行に行ってくれて良かったって思うよ、だって邪魔者がいないわけじゃん、飛鳥君と二人きりじゃん」
明日香は僕の方に近づいてきた。
「飛鳥君の好きな料理いっぱい作るからね! もう練習もいっぱいしたからお店で食べるより美味しいんじゃないかな。お父さんとお母さんは何故急に料理を始めたのか不思議がっていたけど、美味しい美味しい言って食べてくれるから毒見はバッチリだよ。不味い物を飛鳥君に食べさせるわけにはいかないからね」
僕は蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。
「私の飛鳥だよ、明日香と飛鳥はとっても仲良しになるんだよ」




