何かが起こった日
「好きでも嫌いでもなくてその間」
問題には必ずしも答えがあるとは限らない。答えが無い問題だってたまにはある。
「僕にはこの問題の答えはわからない」
そんな答えを出してただ逃げているだけだ、答えたくないだけだ、そう思われてもしょうがない。しかし現に僕はわからないのだからしょうがない。それで片付けてしまうのはどうなんだろうと思うけど、中学生の僕には難しい問題なんだ。
「そんな事言われたら私の計画が台無しだよ」
涙は次々と流れてくる。溜まった嘘を流し出すかのように。
「好きか嫌いかで答えてくれたらどうにでもできたのに。好きだと言ってくれたら飛鳥君の心を完全に奪ったんだと、嫌いと言われたら怒りに任せて無理矢理連れて行ったのに」
涙と一緒に言葉も出てくる。心に溜まったモヤモヤを誰かに喋ると楽になることがある。きっと明日香もそれなのだろう。
「それなのにそのどっちでもない答えなんて……」
その場で力なく崩れた。まるで体から力が全部抜けたみたいだ。
「……私は何のためにこんな事を。最悪だよ最低だよ」
俯いてその表情は見えないけれど、顔がぐちゃぐちゃなぐらい泣いてるだろう。
女の子が目の前で泣いている姿はなんだか胸が痛い。僕が悪いのだろうかとさえ思ってしまうぐらいの攻撃力だ。しかし僕は悪くない、かといってここでただじっとその泣いている姿を見ているのはやっぱり辛いものがある。
僕は明日香へと近寄り腰を下ろして一緒の目線になった。
「思い出したから話すけどいいかな?」
魂が光り輝く世界と、魂が昇る天との境であるこの世界。僕が何故ここに来たのか、明日香が何故僕を連れて行こうとしたのか、その全てに決着を付ける時がきた。
その決着を付けたら僕はどうなるのか、明日香はどうなるのか、それはまだわからない。しかし避けては通れない。どんな結末が待っていようと包み隠さずに謎という箱を開けなくてはいけない。全部が開けられたその時、僕が目にするのはどんな結末だろうか。
「僕がここに来た理由、そして明日香が僕にした事」
「……いいよ、話して」
その表情は髪の毛で隠れてわからない。
「まずあの日起こった出来事から話すね――――」
その何かが起こった日とは、さっきも見た映像と同じ日だ。さっき見たのは明日香が嘘で作った擬い物だ、屋上のあの場面も僕が書いたラブレターも嘘だ。
あの日になるまでには色んな出来事が起こっていた。それは僕に対して強いものだった。
ある日僕の机には封筒が入っていた。何のデザインもない封筒で、表も裏も何も書いていなかった。しかし封は切られていて、中に紙が入っているのがわかった。中身を確認しないとこれが何なのかわからないと、僕はその紙を取って開いた。するとそこにはこう書いてあった。
飛鳥君のことが好きです。
その短い文字だけで、誰が書いたものなのか全くわからなかった。名前が書いてあったら誰が書いたのかわかる、しかしそれが無かったから一体誰が書いたのだろうかと考えた。考えてもわからなくて、僕に好意を寄せている人がいるんだと思いそれを心のどこかに置いて授業の準備をした。
次の日も机には封筒が入っていた。その封筒は昨日のものと同じで、表も裏も何も書いていなかった。だから昨日の続きかなと思いながら中を見た、するとこう書いてあった。
飛鳥君の好きな映画のチケットだよ。
僕はえっと思わず声をあげた。休み時間でざわついているからその声はかき消された。封筒をよく調べてみると、そこには僕が観たい映画のチケットが入っていた。この映画はハリウッドの超大作で、日本公開前から話題になっていてCMが流れるたびに観たくてしょうがなかった。この映画の話をこの前友達としたことがある。この話を聞いていたということなのか?
一週間ぐらい経った日。机には大きめの封筒が入っていた。触った感触で本が入っているとすぐにわかった。本を確認する前にまず手紙だと、僕は真っ白な紙を手に取り開いた。
飛鳥君この本好きだよね? 私からのプレゼントだよ。
封筒に入っていた本は、人気ミステリー作家が初めてミステリー意外を書いて話題となった本だった。高校野球がテーマで、強くもなくて弱くもなくてどこにでもある高校の野球部の話だ。甲子園に行くという目標は高すぎて諦めていて、県大会で優勝するという目標も高くて、ならせめて他校との練習試合ぐらいは勝とうとする野球部員を、中学までは良い成績を残したけれど事故で野球ができない体になってしまって今は文化部という主人公から見た小説となっている。ドラマチックな展開はこれといってない、感動するようなシーンもない、打った打たれたという熱い展開もない、無い無い尽くしの内容なのに何故か人気で読みたくなっていた。
作者はインタビューでこう答えていた。甲子園に行けるのはひと握りで、だいたいは行けないんです。スポーツ漫画の主人公はカッコイイです、主人公の前に現れる相手もカッコイイです、でもそんなカッコイイ人達ばっかりいる世界なんてあるんですか。野球が好きでも上手くなれない、でもだからってやめたくはない。僕はかっこよくなりたい、でも鏡に写るこの顔はそうじゃない。それでも僕は野球するし鏡も見る、主人公にはなれないかっこよくはなれなくても。そんな人達にライトを当てた作品です。ヒーローが活躍するのはもう飽きたでしょ?
普通なら主人公が活躍して、読者に夢や希望を与える。しかしこの作品はそれと真逆をいきたいようだ。アイツは頑張っていないから下手なんだ、怠けているから馬鹿なんだ、何もないから魅力が無いんだ。いくら努力をしても報われないことがある、しかし世間ではそれを努力不足だとか頑張りが足りないんだと言う。血の滲むような努力をしてその残した結果が実力だ、実績だ。成功して初めて評価される、それ以外は負け組だ。そういう風潮が嫌で、うんざりで、何だよ負け組とか勝ち組とか、そんなに偉そうな貴方はそんなに偉い方なの? と思った事がこの作品を書いたきっかけだったようだ。
主人公は事故で野球ができない体になってしまった。その設定は成功者や勝ち組に対する皮肉なのだろうか。主人公は事故がなければ強豪校へと行って、甲子園にも行って、そしてプロという明るい未来が待っていたはずだ。それを事故が全てを奪っていった。エースという肩書きも、皆からちやほやされる日々も、家族の期待も、明るい未来も、その全てが。これはどんな成功者や勝ち組でも、一つの何かが全てを奪い去っていくということを伝えたかったのだろうか。
小説では主人公は野球部を馬鹿にしている。あんな構えじゃ駄目だ、あの打ち方じゃ飛ばない、これじゃあ中学生にも負けちゃうよと。そして野球部と衝突する。その事で問題となる、学校に居づらくなる、家族にはこれ以上落ちるなと言われる。そして主人公は思い悩む、あの事故さえなければ全てが上手くいっていたのにあの事故のせいで俺の人生は落ちるところまで落ちてしまった、あの車の運転手のせいで俺はこんな目に合ってしまった、許さない許されるわけがない運転手をこの手で……。
そう思って主人公が運転手に復習するとミステリーになってしまう。しかしこれは人気ミステリー作家が初めてミステリー意外を書いて話題となった本だ、そんな展開にはならなくて主人公は皆で久しぶりに旅行に行こうよと笑顔で言う。すると家族はそうだなと、暫く行ってなかったわねと、お兄ちゃんが事故ってからこの家暗いもんねと、ヤッター旅行だ旅行と家族が明るくなった。
そこだけだろうか、感動やら熱いものがあったのは。主人公は夢を失ったけど、家族と旅行に行けて一緒の時間を過ごせた。無い無い尽くしの中に有るものはひときわ目立つし心に響く。結局この作品に感動したし、熱いものがあったし、夢や希望もあったし、何も無いわけじゃないからそれで人気なのかと売れている理由がわかった。
僕はこの本は読みたかったけど元に戻した。その日の帰り、自分のお小遣いでこの本を買って読んで今も本棚に飾っている。




