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僕の探し物  作者: ネガティブ
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答え

 名札にはあすかと書いてあった。

 生徒会のバッチ、3-4のバッチ、そして僕の名前。苗字の上あたりにあるこの傷はしっかりと覚えている。友達とふざけていた時についた傷だ。この名札は正真正銘僕のものだ。だから今僕の胸のあたりに付いている名札は偽物なんだ。

 僕は胸のあたりに付いている名札を外した。そうしたら消えてなくなった。そして手の中にあった本当の僕の名札を胸のあたりに付けた。やっと僕を取り戻したような気がした。

 僕の名前はあすか。漢字で書くと飛鳥だ。

 そう僕の名前は明日香と同じあすか。漢字は違うけれど同じ名前のあすか。

「大丈夫か! 座ってなくていいのか!」

 金髪は僕の背中をさすって心配してくれている。

「大丈夫だよ、ありがとう」

 僕は笑顔でこたえた。そして鋭い目つきで明日香を捉える。

「明日香は僕の名前を隠していたよね?」

 僕はもう少しで天へと昇っていくところだった。でも家族の顔が頭に浮かんで僕を引き戻してくれた。明日香は僕の名前を隠していた、それを疑ってはいたけれど僕が明日香を突き落とした過去を見せられてスッカリ信じ込まされてしまった。今なら全部わかる、僕にはそんな過去が無いということが。あれは明日香が作った擬い物だ、僕を信じ込ませて心を惑わせて奪おうとしたんだ。

 何故そんな事をしたんだろう。それがわからない。でもそれが僕の心を奪おうとした原因に繋がるだろう。

「私はあなたに命を奪われた」

 こっちを見てそんな事を言ってくる。

「嘘ばっかり」

 もう心は惑わされない、心が奪われることもない。

「嘘じゃないよ。私は屋上から突き落とされた、そして心臓が止まった」

 胸を押さえて辛そうな表情をした。

「もう騙されない。君の行動や発言、その全てが嘘で固められている」

 あの時花を見ておいてよかった。あのまま花を見ずに教室を出てしまっていたらどうなっていたか。空から落ちてきた光へと歩いて行って僕は天へと導かれただろう。そうなったらもう戻って来られないだろう、天へと昇った魂がどうなるかは知らないけれど新たな魂となり新しい命が宿って僕という存在は消えてしまうんじゃないかと思う。生まれ変わってもとの世界に戻ったとしても、そこに僕の友達がいるかどうか僕の大切な家族がいるかどうか、いつ生まれ変わるのか何に生まれ変わるのかわからないから。

 僕の机にある花は綺麗で、そして吸い込まれそうになるぐらいに魅力的だ。それはどうしてか、女性的に綺麗だから。花は女性、花は僕の心を惑わすための罠。それはすなわち明日香が仕掛けたということになる。

「ここにある花、これは何のために置かれているの?」

 花は綺麗だ。吸い込まれないようにあまり見ないでおく。

「何ってあなたに対しての花でしょ。魂が無事に天へ昇りますようにって思いが込められているんでしょう」

 明日香は僕から目を逸らした。

 嘘を嘘で重ねるつもりだ。言い続ければ嘘が真実に変化するとでもいうのか。歴史上の出来事や今現在の出来事で、平然とした顔で嘘を言い放ち続けている人はいる。嘘だと気づかずに騙されてしまう人はいるだろう、その言葉が嘘だと知らずに信じてしまう人もいるだろう、しかし嘘は嘘だどうしたって嘘でしかない。嘘で作った言葉には何も心は動かない、嘘をつくと信用がなくなる、嘘はいつかバレる。

「ここにある花は明日香に対してだ」

 僕は花に指をさして言った。

「そしてこの席は僕の席じゃない。明日香の席だ」

 今までは花があるこの席は僕の席だと思っていた。しかしそれは違う、ここは明日香の席。僕の席は明日香の席だと思っていた場所だ。廊下側の一番後ろの席が僕の席。その場所で授業を受けている。

 明日香は僕の記憶を嘘で塗りつぶして騙していた。そうでもしないと僕を連れて行けなかったのだろう。

「そんなの違うよ、そっちが嘘付いてるんじゃないの」

 明日香は僕と目を合わせようとしない。もうその態度でわかる、僕の心はもう動かせないから焦っているのだと。

「嘘ばっか言って酷いよ。私はあなたに命を奪われてこんなにも苦しいというのに」

 胸をおさえて苦しそうな表情をしている。その演技は物凄く安っぽい。

「お前いい加減にしろよ!」

 金髪は明日香に向けて大声を出した。

「大きな声を出さないでよ。びっくりするじゃない」

「何でこんな事をしたんだ?」

「私は命を奪われただけ」

「コイツが明日香の命を奪うわけないじゃん」

「だから奪われたの」

「そんな事をする理由が何かあるのか?」

「そ、そんなものはないよ。あるわけがない」

「今焦っていなかった? 何かあるんだね」

「だから、なな何もないってば!」

「何で大きな声を出しているの?」

「あなたの真似をしただけだよ」

 明日香がこんな事をしたのには何か理由がある。それが何なのか知る必要が僕にはある。それが原因で僕の記憶が嘘で支配されそうになったんだから。そこまでして僕に何か恨みがあるのだろうか。僕は心当たりが何もない。明日香に何か恨まれるような事をした記憶なんて無い。でも明日香にはそれがあるのだ、僕には無くても明日香には有る。それが一体何なのか。

 思い出そう。記憶の中にある明日香を思い返そう。

 初めて話したあの日、僕が落としたプリントを拾ってくれたあの日、声をかけられたあの日、テストの点数で勝負しようと言われたあの日。僕が気づかないところで送られていた視線、僕が居ない間に盗まれていたハンカチ、僕がわからないように嘘で塗りつぶした記憶。

 僕を見つめるその顔は、僕を視界に捉えた時のその表情は、満面に溢れるその笑顔の奥には一体何が隠されているんだ。ただの笑顔じゃない、普通の笑顔じゃない、それはきっとあれだそれはあれに違いない。

「君からの問題に答えるよ」

 僕は歩を進めて、白いチョークを掴んだ。黒板の前に立って明日香からの問題を解く。

「ちょっと、ままま待ってよ!」

 口を大きく開いて、目もこれでもかと見開き、右手を広げて前に伸ばした。その手で僕の手を掴んでこれ以上不利な状況になるのを止めようとしている。

「僕の答えはこれしかない」

 黒板の左側には可愛い丸字で好きと書かれて、そのまわりには可愛い動物達が。黒板の右側にはあの嫌な音を教室に響かせながら雑な字で書いた嫌いという文字、そのまわりには何も書かれていない。

 僕はチョークでこの問題に対する回答を書いた。黒板にはその回答がしっかりと書かれている。僕はチョークを置いて、手を軽くはらった。

「なるほどね」

 金髪は手を叩いてナイスと言った。

「これしか思いつかなかった」

 好きと嫌い。この二択は結構キツイ。しかし僕は最高の答えを書いた。

「……こんな答えがあるなんて」

 僕の書いた回答を明日香はただ見ていた。その一点をじっと、瞬きもせずに見ていた。

 そして涙を流した。両目から流れた涙は頬を伝って、顎で合流して床へと落ちている。ポタポタと床に落ちた涙はまるで嘘を流しているようだ。

 黒板には好きと嫌いの二つの文字が書かれている。そしてもう一つ、好きと嫌いのその間に文字が書かれている。それは五文字のひらがなで書かれていた。

「ねえこれどういうこと?」

 明日香は僕が書いた回答に戸惑っているようだ。

「説明してよ、私までこの状態になっちゃうよ。ねえ答えてよ、納得できる答えを出してよ」

 好きか嫌いかの二択だから考えてしまった、悩んでしまった、しかしその間があるなら少しは楽になる。だから答えるのならこれしかない。

「そんなのわからないよ」

 好きと嫌いのその間には、わからないという五文字のひらがながあった。


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