天へ
「おい、それでいいのかよ!」
金髪は僕に向かって大声を出した。何をそんなに必死になっているんだ。
「家族のもとに戻るんじゃないのかよ!」
そんな事をさっきは思っていたっけ。でも今はもうそう思っていない。僕はもう決めたんだ、しっかりと罪を償って責任を果たすのだと。例えそれで僕の魂が消えようとも、家族が悲しんだとしても、もう決めたんだから。
このまま家族のもとへ戻ったらいつもの日常へと帰れるだろう。家族とも会えて、友達とも会えて、また中学生として受験生として毎日を頑張るだろう。僕は戻ることができる、しかし明日香はもうそこには戻ることができない。どんなに戻りたくてもそれは叶わない、光り輝く命が消えているから戻る資格がないのだ。資格がなければやってはいけない、運転免許を持っていないのに運転してはいけない医師免許を持っていないのに医療行為をやってはいけない、それと同じで命がないのにそこに戻ってはいけない。
明日香のことを思うと、僕なんかが戻っていいはずがない。加害者がのうのうと生きていては駄目なんだ、幸せになったら駄目なんだ、楽しくて笑ったら被害者に対して失礼なんだ。だから僕は戻ることができない。戻らずに僕も天へと昇る。
「もう僕は決めたんだ」
「何を?」
「僕は罪を償うんだ」
「罪って?」
「僕は明日香の命をこの手で奪ったんだ。だから戻ることはできない、この命をかけて償う」
「命をかけなくてもいいじゃんか」
「僕は一つの命を奪ったんだ。それはやってはいけない事なんだ」
「本当にお前がその手で明日香を?」
「うん、この目で見たから確かだよ」
僕は屋上のフェンスの向こうで明日香を押した。手を広げて思い切り押していた。僕に押された明日香はどんな表情をしていたか、それはわからないけどあの時の僕は人の命を奪ってしまった事で頭がいっぱいだった。これは僕がやったことなのか、今押したのは本当の事か、嘘じゃないよな下を見たら倒れているんだから。そう自分に言い聞かせるように心の中で声を出していたじゃないか。そうだだんだん思い出してきた。僕は下を見てそこにさっきまで生きていた明日香が倒れていたから急に怖くなったんだ。これは本当なのか嘘なのか、現実なのか夢なのか、僕が押したのか誰かが押したのか、それがわからなくなったんだ。
頭をかかえて涙を流して、下を見ればそこには動かなくなった明日香。僕は自分がやってしまった行いに怖くなった。皆から冷たい視線が送られる、もうこの街では歩けない、警察が僕のもとにやってくる、人生終わりだ、そんな思いをするなら僕もこのまま。そう思って僕はこの身を放り投げたんだ。だから僕は彷徨う魂となってこの世界を歩いている。制服を着ているのも僕が屋上から落ちた証拠だ。僕は人の命を奪い、そして迫り来る冷たい視線や報道から逃げるように自ら命を。
だったら僕も帰る場所なんて有りはしない。ここに留まって苦しむぐらいなら楽になりたい。
「僕は明日香と一緒に天へと昇る」
「……」
「それで許してくれるんだ。罪を償えるんだ」
「……」
金髪は何も言わなかった。僕と一緒に家族のもとに帰ろうとしていたからショックなのだろう。それにさっき友達になったばかりだ。こんなにも早く友達とお別れをしないといけないのが辛いのだろう。
それは僕だってそうだ。僕も辛い。一緒に帰れなくて申し訳ない、もうノートを見せることができないからちょっと寂しい、不良をやめた金髪の姿も見たかった、家で一緒に勉強とかしたかった。けどそれもあれも僕は見れない。
僕は戻る資格を持っていない。あの場所に戻れるのは僕じゃない、金髪君だけだ。
「友達になってくれてありがとう」
せめてお礼はしたい。僕は金髪に向けて手を出した。友達として過ごした時間は短いけれどそれでも楽しかったし、時間以上のものを手に入れたような気がするから。
「……」
金髪は僕の手を握ろうとしない。
「君はこれから僕の分まで生きて、この国を変えたりこの世界をビックリさせたり、とにかくその命が尽きるまで頑張ってほしい」
金髪とは本当の友達になった気がする。僕には何人も友達がいる、でも皆は本当の友達なのかどうかわからなくなる時がある。僕にもし何かあったら助けてくれるだろうか、友達にもし何かあったら僕は助けるだろうか、それを考えてしまうのは本当の友達じゃないからだろうかと考えてしまう。しかし金髪は僕に何かあったら助けるだろう、金髪に何かあると僕は助けたくなるだろう。何故そう思うのかわからない、根拠も何もないのに本当の友達と思うのは何故だろう。
「……」
金髪は僕の手を握ろうとしない。
「引き止めてくれる事は嬉しいよ、ありがたいとも思うよ。でも僕はもう決めたんだ。僕が犯した罪は僕が責任をとるって。未成年だから許される、少年法が守ってくれる、そんなんじゃ被害者がうかばれないから」
今僕がいるこの世界は、魂が輝く世界と魂が昇っていく天との境なのかもしれない。だとしたらこの世界には法というものは存在しないはずだ。法というのは魂が輝く世界で生きる人達に対して適用されるものだ。しかしここは違う、僕の魂の行き先を決めるのは僕自身で進む方向によっては力強く輝くだろう、光はなくなり消えることもあるだろう。だからこの世界では自分自身で物事を決めなくてはいけないのだ。それなら僕がやってしまった罪は帳消しになるのではないか、ここが法に支配されていな世界だとしたら僕は何も悪くないのではないだろうか。僕の解答はいいえだ。
僕がこのまま何事も無かったかのようにこの世界から離れるとする。そうしたらこの世界からは逃げられたけど魂が輝く世界ではどうだろうか。そこは法が支配している世界だ、逃げることはできない、未成年だからと守られても人の命を奪ったという事実から逃げることはできない。少年院で何年か過ごして出てきたら罪は無くなるのか、僕から人の命を奪ったという過去が消えて皆はその事を綺麗さっぱり忘れてくれるのか。いいやそうではない、それはただ法によって裁かれてルールに従っただけにすぎない。それで罪が無くなるのなら犯罪者をいくらでも生み出してしまう。
数年前に見たニュースを覚えている人なんていないだろう。ニュースなんて毎日ある、どこかで誰かが誘拐されたり、どこかで誰かが持っていた鞄がひったくりされたり、どこかで誰かが口論となり刺されたり。それらは流れていくんだ、蛇口を捻ると出てくる水のように。その水は排水溝へと流れてどこかに流れていくんだ。
本来なら裁かれないといけないのだろう。僕が裁かれる事が被害者や、その家族は強く望んでいるだろう。しかし被害者である明日香が私に着いてきてほしいと言った。僕はそれでこう思った、僕は明日香に着いて行ってこの魂が天へと昇ることが裁かれる変わりだろうと。それで被害者である明日香が納得するなら僕は従う。だから僕は裁かれる事から逃げたわけじゃない。
「光が空から落ちてきたよ」
明日香が静かな教室に声を響かせた。
開けっぱなしだったドアから、運動場側の窓越しに見えた真っ暗の空には光があった。その光は少しずつ落ちてきている。落下点は運動場だろう。
「あれは何だよ」
金髪が小走りで廊下へと出て叫んだ。
僕には何となくこの光が何なのかわかった。この光は僕と明日香を導く光だろう。
「さあもう行きましょう。今日が終わる前に」
明日香は僕の目を見て言った。
「最期に教室を見ていいかな」
僕は明日香の目を見て言った。
「いいよ、もうこの教室に戻ることないから。私も戻って来られないから見ておく」
そう言って明日香は黒板横の壁に貼られている紙を見始めた。席順だったり、時間割りだったり、お知らせの紙だったり、水分補給をしましょうという紙だったり、進路調査の紙だったり壁には色んなものが貼られている。
僕は自分の席へと歩いた。僕の席には花瓶に入った花が置いてあった。
この花を見て皆僕の事を思い出すのだろうか。仲が良い友達だったり、同じ部活の友達だったり、席が近くのクラスメイトだったり、よく喋る女子だったり、担任の先生だったり。
花は綺麗だ。見とれていたら吸い込まれそうになるぐらい。
「――――っ!」
急に頭が痛くなった。ズキンズキンと痛い、まるで誰かに殴れたように。僕は両手で頭をおさえた。しかし痛みは引かなくて強くなっているような気がする。痛い、痛い、叫んでいるかもしれない倒れているかもしれない、目の前がぐにゃっと曲がった。誰かが僕に声をかけてくる、顔が曲がっていて誰だかわからないけど声は金髪のものだ。大丈夫か、どうしたんだ急に、金髪は僕を心配している。
痛い、痛くて辛い。苦しくてお腹に溜まったものを吐き出してしまいそうだ。痛い、苦しい、辛い。何故急に頭が痛くなったんだ、こんなにも痛いのははじめてだ。
父の顔が頭に浮かんだ、母の顔も。姉も祖父も祖母も。皆ベッドを見ている、そこで目を閉じている人を見ている、目を閉じているのは僕だ。
目の前がさらにぐにゃっと曲がった。
そこに現れたのはなんだかわからないものだ。これは記号だろうか、絵だろうか。何なのか全くわからないけど、少しずつ見えるようになってきた。ぐにゃっと曲がったものから少しずつ元に戻っている。
これは記号でも絵でもない。少しずつ見えてきたものは名札だった。誰の名札かわからないけど、名札に書かれていた名前を見て僕のお腹に溜まったものが吐き出た。床は吐き出たものが飛び散っている、嫌な臭いもする。
「思い出したよ……」
まだ少し頭が痛いけどマシになった。僕は机に手を置いて立ち上がった。その机には綺麗な花があった。
「……僕の名前はあすか」




