大通り
公園を出た僕と明日香は学校を目指して歩いている。
公園の前には大通りがあって車がビュンビュン走っている。大型車から小型車まで、様々な車が信号が青になると一斉に走り赤になると一斉に止まる。
信号が点滅して青から赤となった。
明日香はタイミング悪いと信号機に文句を言った。ちょうど僕たちが来たときに赤に変わったから嫌がらせをされたような気がしたのだろう。
「もうそこらへんにメラメラあるね」
僕らが公園からここまで歩いてきた道、車がビュンビュン走っているアスファルト、確かにどこを見てもそれはある。
「夏って暑いから嫌だなー」
明日香は手を自分に向けて仰ぎながら言う。
その言い分はわかる。僕も夏は苦手で毎年暑さにやられてバテてしまって、食欲がなくなって体重が落ちる。スタミナを付けたら大丈夫だよと言われて肉をよく食べてもやっぱりダメで、どうしてもバテて食欲がなくなって体重が落ちてしまう。
夏が好きな人は何故あんなに楽しそうにしているのだろうか、非常に不思議だ。
それはいわゆる夏男という人種で、夏になると現れる夏をこよなく愛して夏を大いに楽しんで真っ黒に焼けた肌が特徴の人間だ。
その夏男は僕のクラスにも何人かいて、夏休みが終わった登校日にまるで別人になったような雰囲気で近づき辛くなってしまう。
そうなってしまうのは男だけではなくて女子もそうなってしまう。女子はもっとスゴイ、何だかより一層大人になったような感じがして中学生には見えなくて高校生に見えて、人によっては大学生のお姉さんに見えてしまう。
夏が何かを変えてしまうのだろう、夏が良くも悪くも人を変化させる。僕は今までそんなこととは無縁で、いつもどこで変えてくれるのか教えてほしいと思っていた。
しかし今年の夏は違ったようだ。僕は何か変わった夏を体験している、その変わった夏はまだ謎だらけで、僕はこれからその謎を解いていかなければならない。
「待ってるときって赤から青に変わるのが長く感じるよね」
「そうだね、なんでだろう」
「楽しい時間は早く経過して、楽しくない時間は長く経過するのと同じかな」
「今は暑いなか青に変わるのを待っているから楽しくはないね」
「じゃあやっぱり私の考えは合っているのかな」
「そういうことになるね」
僕は信号機を見た。そこには人の形をしたシルエットが気を付けの姿勢で描かれていて、その背景は赤色だ。
ビュンビュン走る車が一斉に止まり出した。
信号機は点滅していて、気を付けの姿勢から歩く姿勢に変わって、背景は赤から青になった。
「やっと青だ」
明日香は白線を踏んで歩く。
白線を踏まなければいけない遊びを昔やったことがある。白線を踏まなかったらゲームオーバーというとてもシンプルなものだった。しかし誰か友達と一緒にこの遊びをやるときは、ゲームオーバーになったほうは罰ゲームが待っている。例えばランドセルを友達の分まで持つとか、ちょっとそこの自動販売機まで友達の代わりにジュースを買ってくるとか。
それを思い出して、僕は白線を踏んで向こう岸まで渡った。明日香は途中で踏み外して、ここが底なし沼なら沼に足が入って出て来られなくなる。そんな設定で昔遊んだな。
目的地の学校はここから真っ直ぐ進んで、色んな店を通り越して右に曲がって少ししたらある。
通い慣れた道だ、僕は中学三年生だから二年と数ヶ月ここを歩いている。そんなに長くはない時間なのに長いことこの道を通っている感じがする。
明日香は僕に話しかけることなくただ歩いている。僕はその後ろをただ着いて行く。
何か話したほうがいい、でも何を話そうか、話したいことは沢山あるけどその中から決めなければいけない。全部は無理だ、時間がないし不審がられてしまう。
そういえば今日は何曜日だろう、僕はここにきてようやく今日が何曜日なのか知らないことがわかった。曜日どころか何月かもわからない。夏だし暑いし蝉が鳴いているしだいたいはわかる、しかし何月かはとても重要なのだ。
「ねえ聞きたいことがあるんだけど」
「んー何かな?」
明日香が振り向く。そして立ち止まる。
「今日って何曜日だっけ?」
何月までは聞けない、突然今日は何月何日ですかと質問されたらこんな状況下にいる僕でさえおかしな人だと白い目で見てしまうかもしれない。
「今日は金曜日だよ。曜日がわからないぐらいまだ寝ぼけてるの?」
「まだ起きたばっかりだから」
全然眠たくはないけれど、欠伸をするフリをした。
今日は金曜日、明日香は確かにそう言った。ということは僕は公園の休憩場でああして眠っていたのは木曜日からなのだろうか。水曜日からあの場所にいるとは思えない、二日もあんな場所で眠っていたら誰かに起こされる。
金曜日の授業は何があったか思い出そう。
国語、英語、音楽、数学、理科、保健体育――金曜日は最後に保健体育があるから、めんどくさいし六限で疲れてるから嫌な金曜日だ。嫌な金曜日、略して嫌金と皆は言う。
僕の鞄には金曜日の教科書が入っているのだろうか、さっきもっとちゃんと見ておけばよかった。
今が何時かわからないけど、お昼ごろだろうか。それなら皆お弁当を食べているから授業の邪魔にならないだろう、僕は心の中でホッと胸をなでおろす。
「ねえ」
僕が学校に着いた時、授業中だったら皆に話しかけにくいからスムーズに調べられない。だから昼休みだと助かる、お弁当を一緒に食べながら友達に色々聞ける。
僕はこの何もわからない状態からやっと抜け出せるような、そんな気がして嬉しくなる。この何もわからない状態は不安だった、しかし不安でも誰も助けてくれる人はいないから自分でどうにかするしかないのだ。
そんな時僕の前に現れたのは明日香で、彼女は救世主のような気がして、僕を導いてくれる存在なんじゃないのかと思えてきた。
もう少し仲良くなりたい、女子が苦手な僕だけど明日香に導いてもらうために頑張りたい。
でも今日の僕は自分じゃないみたいに明日香、女子と話せている。これはこの何もわからない状態のおかげなのだろうか、そうだとしたらこの状態は良いといえる。
「ねえ、○○君?」
「え、何!」
急に話しかけられてビックリした。勿論僕の名前のところはノイズで全く聞こえない。
「さっきから何か考え事?」
「そんなことないよ」
「そうかな、さっきから何か考えているみたいに黙り込むし難しい顔してるよ」
明日香は僕の目を見てくる。その目は不審がってはいない、だからまだ大丈夫だ。しかし何かを知りたそうな目はしている。
「何でもないよ、気のせい気のせい」
そう言って笑ってみる。嘘をつくのは申し訳ないけどしょうがない。
「そっか、それならいいんだけど」
明日香は前を向いて歩く。
そのあとは何も喋らなくて、色んなお店を通り過ぎた。レンタル屋さん、コンビニ、カラオケ、インターネットカフェ、お菓子屋さん。別に珍しくもなんともない通学路にある店で、そのどれもを利用したことがある。
人通りはない、誰一人としてすれ違わない。車道にはビュンビュン車が走っている。
もう明日香以外に僕のことがわかる人を確認するのは学校に着いてから確かめないといけないようだ。なるべく早くそれを確認したかったけどしょうがない。
学校には人がいる。ここよりも大勢。だとしたらそこで確認するほうが早いんじゃないのかと思えてきた。
そこを曲がったらもうすぐだ、焦るな落ち着け。
明日香は角を曲がった、僕も後ろを着いて行く。反対車線側に、校舎が見えた。
反対側にはまた横断歩道を渡らなければならない。また待つのかとと思っていたら、タイミングよく青で僕と明日香はさっさと渡った。
もうすぐだねという声が聞こえたけどそれどころじゃない、胸のあたりが動きまくっている。これは学校で何か情報を得られる前兆なのか、そこにある現実に緊張しているのか、そのどっちもなのか。
どんどん校舎が、僕の通う学校が近づいてきている。