罪を認める
「あなたは何を見たの?」
その声で僕の意識が過去から戻る。
僕のほうを見てくるのは、屋上から僕に突き落とされて下へと落ちて命という光が消えた明日香だ。
「……僕が明日香を」
そのあとは出てこなかった。まだ信じたくはないのだろう、僕が明日香を突き落としたことを。
「私を何?」
その声を聞くと隠し事をやってはいけない気がした。明日香は被害者なのだから、そして僕は加害者なのだから。後ろめたさや罪悪感が僕の心をかき混ぜる。事実なのだから仕方がない、いくら目をそむけてもそこに広がる世界は変わらない。
「……僕が明日香を突き落とした」
これは自白なのだろうか、罪を認めたことになるのだろうか、もしそうだとしたら僕の手には手錠がかけられるのだろうか。いやもう僕は罪を犯したんだ、人の命を奪ったのだから。だから僕は裁かれなければいけないのだろう。
「やっと認めたのね」
こっちを見て言ってくる。
「私はあなたに命を奪われた。この事実は何があっても変わらない」
僕が明日香の命を奪った、この事実は消えることがない。消したくても消えてくれない、そんなことをすれば罪から逃げることになると頭の中に響く。そして色んな声が響いてくる。私の娘の命を返せ、お前は人殺しなんだからこっちに来るな、あの子がいなくて何で人殺しが今この瞬間ものうのうと生きているの、死刑だもうそれしかないアイツの心は悪魔によって蝕まれているんだ、娘はもう戻ってこないアイツのせいで娘は私達の手の届かない場所へと逝ってしまった。うるさくて手で耳を塞ぐ、しかし声は聞こえてくる。
未成年だからって何だ少年法が何だ誰も裁けないなら俺が裁いてやる、おい出てこいお前の息子が何をしたのかわかっているのか、あなたのデザインは素晴らしいと思うけどあんな事があったらもう関わらない方がいいと思うのは当然よね、ねえ君の弟は人殺しでしょ君も人殺しの血は入っているんだよね。僕に向けられる攻撃はいつしか家族にも向けられる、家族が僕のせいで標的にされている、やめてくれ今すぐやめろ悪いのは僕なんだ。僕が命を奪わなければこんな事にはならなかったんだ。
苦しい、辛い、でも地面へと落ちていった明日香は僕以上に苦しんだはずだ。屋上から突き落とされた瞬間、私の命は終わるのだと今までの人生が次々と頭に溢れてきただろう。お父さんにお母さん、私は二人にとって幸せを運んで来れたでしょうか、私は二人に親孝行ができたでしょうか、私はまだやりたいことがいっぱいあった、私は――――――――。
ぐちゃっと、何かが潰れた音が聞こえたかもしれない。その時明日香の命は終わった。胸の辺りに動くものは止まり、瞬きもしなくなって、呼吸もしなくなった。
そうなったのは僕のせいだ。僕が突き落としたからそうなった。僕が明日香の命を奪ったから招いた結果だ。失った命は二度と帰ってはこない、ゲームのように教会に行っても呪文を唱えても葉っぱを食べさせても、もう二度と帰ってはこない。後悔しても遅い、泣いても遅い、謝っても嘆いても罪を償ったとしても。
「どうしたの、泣いているの? 後悔しているの?」
その声で僕がそういう状況なのだとわかった。
僕は泣いているようだ、僕は後悔しているようだ。何故僕は泣いているんだ、明日香を突き落としたのは僕じゃないか、それで後悔をしているのか。そんなことなら突き落とさなければ良かったんだ。今更たらればを言っても遅いんだ、後の祭りというやつだ。
「悪いと思うなら罪を償って」
その声で僕はハッとした。
罪人には自分が犯した罪を償うという役目がある。裁判が行われて、審議されて、裁判長が判決を下すのだ。懲役はどれぐらいだろうか執行猶予はどれぐらいだろうか、終身刑だろうかそれとも。
人の命を奪った罪人はどうやって罪を償うのだろうか。考えてもそれはわからない、答えがあるのかどうかもわからない。答えがあったとしてもそれが果たして正しいのか、やはりわからない。罪を償っても失った命は戻ってこない、僕がどういう責任を果たしても。
明日香に対して僕は何をすればいいんだ。何をすれば許してもらえるんだ、何をすれば償うことになるんだ。
「……僕はどうすればいいの?」
自分では答えが見つからない、考えられない。その答えを僕がこの手で命を奪った相手に訪ねるのは間違いかもしれない。しかしもう僕にはどうすればいいのかわからない。それで片付けてしまって丸投げするのは僕がまだ子供だからだろうか。
明日香も僕と同じ子供だ、僕と同じぐらい不安はあるだろう。いやそれ以上に不安だらけでそれに押しつぶされて自我を失ってしまっても仕方ない状況だ。命を奪われ人生に幕を閉じた、やりたい事や将来の夢や明るい未来、その全てが無くなってしまった。親よりも先にこの世を早く去ってしまったという悲しみ、もう二度とそのあたたかい手に触れることができないという寂しさ、自分がいないことで家族に辛い思いをさせていないかという愁い。それらが一気に押しよせているはずだ。助けてくれる人はいない、自分一人でそれらに戦わなくてはならない。
だから僕を恨んでもおかしくはない。僕がそう思われても何もおかしくはない。僕はそれだけのことをやってしまったのだから。
「そんなのわからないよ」
こっちを見て言ってくる。
「……ごめんなさい」
僕は頭を下げた。
「謝られても元には戻れないよ」
その声は震えていた。
「……ごめんなさい」
それしか言えない自分が情けない。
「うるさいよ、そればっかり」
大きな声で言った。
僕は明日香の命を奪った記憶を知らず知らずの内に消していたんだ。そしてその記憶を忘れたくて、忘れるように捏造していたんだ。僕の心が明日香に対して何も動いていないということ、僕に対してストーカーのような行動を明日香がとっていたということ、明日香が僕と成績を争っていつも僕が勝っていたということ、そのどれもが嘘で固められたいやらしいもので真実を捻じ曲げたただの作り物だったんだ。
嘘つきは僕だった。自分だけが可愛くて僕は正義だ、清らかなんだと思い込んでいた。
僕はなんてことをしてしまったんだ。明日香の命を奪い、そして真実から目を背けるために記憶を嘘で捻じ曲げていたなんて。
最低だ、僕は最低な人間だ。自分だけが正義だ、自分だけが正しいんだ、自分だけが幸せになれたらそれでいいんだ、そう思っていたんだろう。そんな自分が怖い、自分が自分じゃないみたいで恐ろしい。僕は悪魔にとりつかれたのだろうか、僕は変わってしまったのだろうか、それとも僕は初めからそうだったのだろうか。気づかないうちに僕はそうなっていたのか。
「あなたには責任をとってもらう」
僕は顔を上げた。
「あなたには私に着いてきてもらう」
僕は明日香と目が合った。
「私と一緒に天へと昇ってもらう」
その目に吸い込まれそうだ。
「あなたは私の大事なものを奪った。だから私もあなたから大事なものを奪う」
僕にとって大事なものは、この魂と病院で抜け殻になっている体と、僕の帰りを待っている家族。そのほかにも色々あるけど、一番大事なものは家族だ。家族ともう二度と会えないのは辛く悲しくて寂しい。しかし僕は明日香のその言葉に従うしかない。それで罪を償えるのならそうするしかない。だから僕の魂はもうすぐ天へといくんだ。
僕は明日香の目を見て頷いた。




