こっちを見てそんな事を言ってくる
明日香の事が人としてどうなのかなんてわからない。
僕は明日香のことをクラスメイトの一人、生徒会の一人としか思えない。それ以上でもそれ以下でもなくて、話しかけられたらそれに対して応えるし話しかけられなかったらこっちからはあまり話しかけない。興味がないといえば失礼だけどそうなのだからしょうがない。興味がない人には何も印象なんて無い、だから好きとか嫌いとかそれ以前の問題なんだ。
向こうが僕のことを思っていてくれているのはとても嬉しい、でも僕にも選択する権利はあるということはわかっていてほしい。それがわかってくれないならただ一方的に、自分だけが満足したい駄々をこねている子供と同じだ。年齢的には僕達はまだ子供だ、しかしもう中学三年生だ少しぐらいはわかる。
そう心で思っていることをぶつければいい。
心では簡単にそんな大それたことが言えてしまう。誰にも聞こえないから、誰にも知られないから、心で言う事は僕だけしかわからないから。だから他人が心の中でどんな事を考えているのか、そんなことはわからない。今この瞬間あの人はこう思っている、さっきこの人はあんな事を考えていた、心の声が聞けたら何もかもがわかってしまう。それは良いことなのか悪いことなのか。
僕は時々わかりたいと思う。それは悲しい出来事があった時だ。何故自分一人で抱え込んでいたのか、何故誰にも話さなかったのか、ニュース映像にはマンションから飛び降りたという文字が書いてある。そんな時は心の声を聞きたい。同年代の中学生が一人、また一人と飛び降りるのは見たくない。そうなってしまうまでに心の声を聞いていたら最悪の事態を回避できたかもしれないから。
「決められないならちょっとお話していいかな」
こっちを見てそんな事を言ってくる。
「私は何故ここにいるのか、あなた達は何故ここにいるのか、それはわかるかな」
それは一番知りたいことだ。わざわざそんな話をするということは明日香は知っているのだろうか。やはり明日香が僕を。
「知らねーよ」
「……知らない」
「そっか二人とも知らないのか。そうだよね、何故ここにいるのかわかるわけないよね」
ニコっと笑った。明日香は何かを知っているのだろうか。
「考えてみなかったの? 何故ここに来たんだろう、何故自分がここにいるんだろうって」
「誰かに衝撃を与えられて体から魂が飛び出たから」
「僕もそれと同じだと思う」
「なるほどね、二人とも同じようなことが原因なんだ」
大きく頷いている。鼻歌なんかも歌ってなんだか楽しそうだ。
「誰が犯人なのかわかっているの?」
「それがわかったら苦労しない」
「わからない」
僕は嘘をついた。本当は明日香を疑っている。しかし証拠がない、これといった理由も無い。ただ怖いというだけで犯人扱いしているのだろうか。だんだんわからなくなってくる。
「ふーん。じゃあ何で二人はここにいるの? 元に戻らないと家族や友達が心配すると思うけど」
「出口があったらもうとっくに出てるよ」
「どうやって戻ったらいいのか」
「何故ここにいるのかわからないのにここにずっといたってこと?」
「そうなるなー」
「何かあると思って探していた」
「で探し物は見つかったの?」
明日香が僕と目を合わせてきいてきた。
「まだ全部は見つかっていない」
僕は明日香の目を見て言った。
「そっかまだ見つかってないのか……」
そう言って明日香は下を向いた。前髪で顔が見えなくなった。
教室の電気が点いたり消えたりチカチカした。電気が点いているときは明るくて、黒板の文字がよく見えて、闇から守ってくれているような気がする。電気が消えているときは暗くて、黒板の文字は見えなくて、闇の一部となった気がする。
チカチカ、チカチカ。点いたり消えたり、電気のスイッチのONとOFFを交互に押してるみたいだ。
少し電気が消えている時間が長い気がした。その暗い教室で見えたのが光だ。その光は明日香の側で輝いていた。あの光はなんだろう、明日香のモノだろうか、それとも僕の。
「見つかってなくて良かった。まあ見つけることなんてできないけど」
暗い教室でその声は聞こえた。暗くなると明日香の顔は益々見えなくなる、まるで闇と仲良くなったみたいだ。
「おい、それどういうことだよ!」
金髪は大きな声を出した。
「どういうことってそういうことだよ、見つからなくて良かったの」
電気が消えると本当に真っ暗になった。月の明かりはどこにいったのだろうと思うぐらいに、教室には光が届かない。どこを見ても黒でここが教室なのかもわからなくなる。
「私が隠したんだから見つからないのは当たり前」
電気が点いた瞬間こっちを見てニコッと笑った明日香と目が合った。
今なんて言った、私が隠したと言わなかったか。聞き間違いだろうか、いやでもハッキリとそう聞こえた。僕が探していたものは明日香が隠していたのか、何故そんなことをするのか教えてほしい。僕が探しているものは僕にとって大事なものだ、変わりなんてない世界で一つだそれほど大事なんだ。その大事なものを明日香はどこかに隠している。僕からそれを奪ってどうするつもりなんだ。
「隠した? お前コイツの探し物隠したのか!」
金髪の目つきが変わった。完全に不良のソレだ。今にも拳が飛び出しそうなぐらい手に力が入っている。もし拳が飛び出たら止めよう。
「殴ればいいじゃない、それであなたが満足するのなら」
こっちを見てそんな事を言ってくる。
金髪は歯をかみしめて音を立てた。力が入った手は震えている。拳が飛び出すのを押さえるかのように、もう片方の手で掴んだ。
「私のことが最低だと思った? そう思ったなら酷いよ」
女性ということを武器に金髪に何もさせなかったのは最低なのだろうか、酷いことなのだろうか。涙を見せて許してもらう、誘惑して虜にしてしまう、それはダメな事なのだろうかやってはいけないことなのだろうか。僕にはそんな事はわからない。
「最低なのはそこにいるあなただよ、私が受けた被害はもう取り戻せないことなんだから」
こっちを見てそんな事を言ってくる。
明日香が言い放った言葉は僕へと飛ばされたのか、その言葉は僕へと向いているのか。そうだとしたら僕は最低だということになる。明日香に対して何も思っていなかったことが最低なのか、そんなのただの言いがかりではないか。僕の心が動かなかった、それで明日香の心は真っ暗になって、悲しくて寂しくてショックで立ち直れなくて精神状態がおかしくなってしまって、その原因は全て僕にあるから僕に被害を受けたというのか。被害者と加害者ということなのか。
そんなのおかしい、おかしすぎる。
「お前いい加減にしろよ!」
金髪は大きな声を出す。しかし手は出さない。これが女性ではなく男だったらボコボコだっただろう。
「何を? 私は被害者なの、それなのに何故睨まれなくちゃいけないの」
こっちを見てそんな事を言ってくる。
「……僕は何をしたんだ?」
一方的な片思いだったとしても、僕が明日香を変えてしまったのは本当だろう。それなら僕が何をしたのか、僕が明日香の心をどう動かしたのかは知る必要がある。
「覚えていないの? 自分がした最低な事を忘れたのね」
明日香はびっくりしているようだった。
「お前が隠したんじゃないのか」
金髪は睨みながら言った。
「それは隠してないよ、だって隠したら自分がやった最低なことと向き合えないじゃない」
僕はいったい何をしたんだ。僕は明日香に何をしたんだ。
それは最低なこと、被害を受けてもう取り戻せない、僕が向き合うことに意味がある。
「……教えてほしい、僕が何をしたのか」
「それなら教えるよ」
静かな教室はこの時を待っていたのだろうか、それともこれをちゃんと僕に聞かせるために静かになったのだろうか。息の音さえも、窓を揺らす風さえも、大通りを走る車の音さえも、胸の辺りにある鼓動さえも止まってしまったかのように静かだ。
「私はね、あなたに命を奪われたの」
こっちを見てそんな事を言ってくる。




