それぞれの思い
「ただいま」
「勘違いは確信に変わったの?」
「そうなるね」
「ふーん」
あの映像には僕の記憶や思い出、忘れていたことがいっぱいあった。どうでもいいことから思い出したくないことまで、殆ど僕のもとへと無事に戻ってきた。しかし未だに僕のもとへと戻ってこないものもある。それは僕の名前と、僕が魂になってしまった理由や原因。
それだけはあの映像にはなかった。意図的に誰かに消されたのか、ただ僕が見落としただけなのか。とにかくそれらが思い出せなかった。
「でも浮かない顔をしているね」
金髪は僕の表情にすぐ気付いた。
「百%取り戻せたわけじゃないんだ」
「それでその顔なんだ」
「あとちょっとで全部思い出す。そのあとちょっとが僕にとっては重要なんだ」
「でも大体わかったんじゃないの?」
「確かにだいたいは」
「それならゴールは近いよ」
「そうかな」
「話してみたら? 俺も考える」
金髪にそう言われて肩の力が抜けた。力んでいたのだろうか肩が痛かった。
僕は話すことにした、勘違いだったものが確信に変わったことを。勘違いだと思っていたことは映像に映りこんでいた明日香の行動。あの映像は僕の記憶や思い出を映したものだ。しかし当時の僕は明日香のことを気にしていない、あの時明日香が何をしていたのかどんな事をしていたのか、そんな事は今まで知らなかった。外側から見て初めて明日香の行動に気付いた。
その行動とは――――家族との写真が撮り終わった明日香はキョロキョロと何かを探していた。落ち着きなさいと親に言われてもやめようとしない。何かを探しているのだろう。すると突然動きが止まった。ある一点をじっと見ている。そして笑った、さっきは表情が無かったけど。
明日香は前を歩くある家族を見ている。そこには入学式で緊張している僕がいた。
入学式と同じ日、教室を出て廊下を友達と歩いている僕。そこには明日香もいた、僕の後ろを歩いている。この時の僕は明日香の存在に全く気づいていない。この時は部活の話で盛り上がっていたから。明日香は前を見ていた、明日香は前を見てニコニコしていた。
その先には友達と歩いている僕がいる。明日香は僕の後ろ姿を見てニコニコしている。
明日香の視線の先にはいつも僕が。僕が気づかないところでは、ハンカチを盗んだり水泳大会を抜け出して僕の教室に来たり僕が写っている修学旅行の写真の番号を書いていた。
明日香は僕に対して強い思いを抱いていた。それは正常だったのか、歪んでいたのか。
「……それマジ?」
「マジだよ」
「それって明日香はお前のこと」
「そうだとしたらまた謎が増える」
「そうだよな」
「わけがわからない」
「それと気持ち悪いね。水泳大会抜け出してそんな事すんのは」
「歪んでいたのかな」
「まあ気になる人は四六時中気になっちゃうけど」
「ハンカチ盗むのも、水泳大会抜け出して誰もいない教室に行くのも?」
「それはちょっとやりすぎだけど」
「怖いし、気持ち悪いよ」
「うんそうだね」
「誰かに心がひかれたら皆そうなってしまうの?」
「俺に聞かれても困る」
「あの目はおかしかったよ、あの表情はやばかったよ」
明日香が僕を見る目、明日香が僕を見た時の表情。それは普通ではなかった。笑顔といってしまえば簡単だけど、その奥にある不気味で気持ち悪いものにゾクッとする。
「人は誰かに心を惹かれたら皆ああなってしまうの?」
あの時気づかなくて良かった、気づいていたら怖くてしょうがなかっただろう。
「……色々あるんじゃないかな。ただ真っ直ぐに相手を見てる人、寄せたり引いたりする人、そんなに気にならなかったのに何故か気になってきた人、この気持ちを伝えないと絶対に後悔する人。それが普通なのか否か、それはわからないけど」
金髪は窓の方へと寄っていった。後ろ姿で顔が隠れているから表情は見えない。
「気になってた人に心を惹かせたヤツがいたとか、気になってた人が怖かったとか、気になってた人に命令されたから従ったとか、気になってた人が友達を魂にしたかもしれないとか、そんなのわかんねーよ」
金髪は大声を出した。月明かりに照らされても後ろ姿だと顔は見えない。
「今何て」
「わからないよ」
「聞いてたけどね」
「なんだよソレ」
気になってた人と金髪は言った。金髪の気になっていた人は、誰かに心を惹かれていた。だから諦めてたのだろうか、気になっていたけど後ろに引いたのだろうか。
気になってた人に命令されたから従った、気になってた人が怖かったと金髪は言った。それは新井先生と一緒にいるところを見られて命令されたのだ、怖かったのは喜怒哀楽が一緒にきた顔をされたからだ。
気になってた人が友達を魂にしたかもしれないと金髪は言った。魂になった友達とはタバコでも大食いでもない、その二人はこっち側に来ていなくてちゃんと生きている。魂で、そして友達なのは、僕しかいない。
金髪が気になってた人は明日香、明日香が心惹かれたのは僕。
「一目惚れっていうのかな、初めて見た時に心が大きく弾んでさ」
「うん」
「それからずっと心にはいてさ。その想いはどんどん強くなるけど伝えることはできなくて」
「それは何で? 伝えなくちゃモヤモヤが留まるだけだよ」
「言えないじゃんか、恥ずかしいし緊張するし。それに俺は不良だったし」
「そっか」
「想いは強くなる一方、でも伝えられない。そんな毎日が続いたけどそれも終わった」
「終わった?」
「明日香には好きな人がいるとわかったから」
「……」
「そいつは俺と違って賢いし、人気あるし、完璧だし。こんなヤツじゃ俺はどうしたって勝てない。だから諦めるしかなかった」
「でも僕は……」
「そう、お前は明日香を気にしていなかった。でもそれはしょうがない、明日香の片思いなんだから」
金髪の後ろ姿は悲しいような、寂しいような感じがした。泣いているのだろうか。
「僕は全然知らなかった」
「俺は知ってた」
「誰かの心を動かしていたなんて」
「明日香はいつもお前を見ていた」
「僕が明日香を変えてしまったのか」
「俺はそれで諦めるしかなかった」
「歪んだ心にかえたのか」
「お前を見る表情は嬉しそうで幸せそうで、そしてそれが怖かった」
そのあとは少し沈黙が続いた。僕も金髪も何も言わなかった。あんなに思い出したかった記憶や思い出、そこには思い出したくなモノや知らなくていいモノもある。それを置いていかずに受け入れたのは僕だ。だからその代償がコレなのかもしれない。
時計の音だけが聞こえてくる。規則正しく音が鳴る。止まることがなく音が鳴る。
このまま二人とも口を開かないのか、そんな事を考えてしまう。どっちが先に喋りだすんだろう、そんな事も考えてしまう。
音が聞こえる。時計の音、風が窓に当たる音、胸の辺りで動く音、誰かがこっちに来る音。
足音だ。
僕はドアのほうへと顔を動かす。そこには鍵が閉まったドアがある。
誰かがこっちに来る音は少しずつ大きくなっている。
金髪が僕の横に来た。目は赤くなかった、どうやら泣いていないようだ。
足音はそこまで来ている。この教室に何か用事なのだろうか。
そうだとしたら担任だろう。担任しかこの教室に用事がある人はいない、この時間に学校にいるのは先生だけだ。
いやメガネっ娘がいた。いい加減帰ったほうがいいのではないか。
足音はそこで止まった。そことは僕と金髪がいる教室の前だ。
窓ガラスには人影が映っている。廊下側にある窓ガラスは曇っている、曇りガラスだ。
人影は一つだ。他には誰もいない。
ドアのあたりから音が聞こえる。鍵が開く音がした。
ドアが開いていく、ゆっくりと。
少しドアが開いて廊下からの明かりが教室へと入ってくる。
僕は明るい廊下を見た。そこには人がいた。
ゆっくりと開く、音はたっていない。
そこにいる人は僕が知っている顔だった。
金髪は口を大きく開いている。そして後ずさりした。
ドアを全開にして教室へと入ってきた。その時電気を点けた。
教室は明るくなった。
教室へと入ってきた人は教卓へと進んだ。そして持っていた物を置いて、こっちを見て口を開いた。教卓の上には鞄があった。学校指定の鞄で、あれは僕の鞄のような気がする。
「こんばんは」
その笑顔は今となっては怖い。僕を魂にしたかもしれない張本人がそこにいるのだから。




