入学式のあと
僕の席に置いてある花のまわりで光が輝いている。その光の一つを見た。
光の中にはまた映像が流れていた。その中にはまた僕がいた。この光は僕の記憶や思い出、だから光の中に僕がいるのは当たり前なのだ。
さっきは入学式の思い出が流れていた。緊張していた僕はまだ幼かった。そんなに昔じゃない過去なのに懐かしく思うのは何故だろう。
光の中の僕は一年生の教室にいた。まだ緊張している顔をしている。
僕のまわりにも緊張している顔の生徒が何人もいる。皆姿勢良く座っていて、ぶかぶかの制服を着ていて、騒がずに静かに誰かを待っている。
黒板は何も書かれていなくて綺麗だ。壁にはお知らせの紙は貼られていない。壁に掛かっている時計はチクタクと音をたてて時を刻んでいる。
誰かが咳をした、誰かがくしゃみをした、誰かのお腹が鳴った。しかし誰も横を向かない、皆自分のことでいっぱいいっぱいだ。
廊下から足音が聞こえてきた。
その足音はだんだん大きくなってきて、誰かがこっちにやって来ている。廊下側の生徒が一人、ドアのほうを見た。
次の瞬間ドアが開いた。
皆一斉にドアのほうに視線を送る。僕も勿論視線を送っている。
全員から視線を送られたのはこのクラスの担任だ。ジャージを着ていて、いかにも体育の先生という感じがした。さっき入学式終わってから着替えたのだろうか、先生達は皆スーツだったから。
「皆さん入学おめでとうございます」
担任は大声で言った。
「今日から皆は中学生です。小学生とは違います、どう違うのかはこれから始まる中学生生活で見つけてください」
ニッと笑った。
「そうそう僕の名前は――」
担任はチョークを持って黒板に音をたてて名前を書いていった。
「僕は先生になったばかりです、だから何もかもが初めてでわからない事が沢山あります」
みんな担任の話を真剣に聞いている。
「皆と同じです。僕も一年生です。先生一年目です」
黒板に書かれた字は上手いとはいえない、どちらかといえば下手だ。でも力強い感じがする。
「よろしくお願いします!」
担任は勢い良く頭を下げた。そうしたら教卓に顔面をぶつけた。皆口をぽかんとしている、驚いて目が大きくなる。大丈夫ですか、痛くないですか、そんな心配する声があっちからもこっちからも出てきた。
「大丈夫、こんなの全然痛くない」
そう言って顔を上げた担任だったが、鼻から血が出ていた。血はポタポタと教卓へと落ちていた。
「……すまん、大丈夫じゃない」
どこかから取り出したらティッシュで鼻をおさえた。
「初っ端からカッコ悪いところ見せてしまった」
ちくしょう、もっとカッコイイスタートが良かった、という小さな声が聞こえた。
静かな教室がざわざわとざわめいた。あの先生が私達の担任って大丈夫なの、なんか緊張どっかに飛んで行っちゃったよ、とりあえず保健室に連れて行ったほうが良いのかな、体育の先生がおっさんじゃなくて若い人で良かった。皆緊張がほぐれたように喋り出した。
僕も前の席の人と喋っている。小学校は一緒じゃなかったよねと話している、僕はこういう名前ですと自己紹介が始まった、すると僕も自分の名前を言った、しかし僕の名前は雑音がはいって何と言っているのか聞き取れない。僕の名前はまだわからないみたいだ。
「よーし皆、自己紹介だ!」
担任は鼻をティッシュで押さえながら大声で言った。
「じゃあ廊下側のこの席から順番に」
こうして自己紹介が始まった。僕は何々小学校を卒業しました、私は歌とか踊りが好きです、俺は野球部に入って四番を任されたいです、僕はまず皆と仲良くなりたいです。皆それぞれ紹介の仕方は異なっているけど、今日のために考えてきたんだなと思う。
僕の順番が近づく。今は僕の前の人が自己紹介している。
自分の名前と、あとは適当に好きなこととか趣味とかやりたい事とかを言えばいいんだ。そんなに難しいことではない、誰でもできる簡単なことだ。リラックスしてやったらあっという間に終わる。
順番になる前に深呼吸をした。
そして前の人が座って僕の順番がやってきた。椅子から腰を上げて立つと、皆からの視線が僕に集中した。注目の的はこういう感じなのだろうか。
「えっと、僕の名前は」
そのあとは雑音で聞き取れない。聞き取れたのは、姉みたいに良い成績を残したいですということだけだった。
僕は自己紹介を終えて座った。そうしたら今度は後ろの席の人が自己紹介を始めた。
僕はまた緊張している顔になっていた。もう自己紹介は終わったのにどうしてそんな顔になったんだろう、僕はこの時どんな心境だっただろうか。思い出せ、僕のことは僕が一番知っている。
考えていたことを言えなかったのか、自己紹介で姉の名前を出したのが恥ずかしかったのか、皆の注目で緊張が戻ってきたのか、それともその全部なのだろうか。
自己紹介は最後の一人になった。その最後の一人は名前だけ言って座った。なんてシンプルなんだと思っていたら不良グループの一人のタバコだった。
一年の時同じクラスだったのか。今は金髪と友達になったけど、この時タバコとは友達になれなかった。そもそもタバコはちゃんと教室にいたのかどうか。
教室にはあの二人がいない。この時は金髪も明日香も別のクラスだったのか、何組にいたのだろう。大食いも違うクラスのようだ。
「よしじゃあ適当に終わらそうか」
そのあとは色々プリントを配られたり、教科書を渡されたり、また担任の大きな声が聞こえてきたりととにかく色々新鮮だった。覚えることが多いけど、やる事も多くなるけど、これから楽しみだなという雰囲気が皆の顔を見ればわかる。
僕の顔はもう緊張していないようだった。
起立して礼をして、教室を出ていくクラスメイト達。僕は前の席の人と部活は何にするかという話をしていた。あれもいいなこれもいいな、いやでもこれは厳しそうだぜ、ああだこうだと話している。すると同じ小学校だった友達もやってきて、皆で部活の話になった。
運動部は絶対女子にモテるぜ、ベンチだったらモテないじゃん、頑張ってレギュラーになれば良いんだよ、一年は雑用だよなきっと、みんな最初から一流じゃないんだよ下積みがあるんだよ、それ誰の話だよ俺ら中学生だし、同級生から甲子園に行く人いたら凄いよな、まだそれも早いよ中学生になったばっかじゃんか。
わいわいがやがや、騒がしい僕達はそのまま廊下に出ても騒がしい。
階段へと向かうために歩く僕。そのまわりには友達になったばかりの人、前から友達だった人。そのまわりにも人はいて、このあと仲良くなったり喧嘩したり好きになったり振られたり様々な出来事が起こる。でもこの時はそんな事が起こるなんて誰も知らない。この時は中学生生活が始まって目を輝かていた。
僕がさっきまでいた教室へと金髪は走ってきた。タバコと合流して何か喋っている、大食いを向かいに行こうと言っているのだろうか。
明日香もいた。僕の後ろを歩いている。この時の僕は明日香の存在に全く気づいていない。明日香の事を知らないし、部活の話で盛り上がっているのだから。
明日香は前を見ていた、明日香は前を見てニコニコしていた。
そこで映像は光でいっぱいになった。光はとても眩しくて僕は目を閉じた。
「ただいま」
「おかえりー」
「さっきは入学式、今度はそのあとだった」
「そのペースならあと何時間かかるんだよ」
「今日が終わってしまうね」
「……それじゃあおしまいじゃん。お前には時間がない」
「そんなこと言われても」
「ここまででわかった事は?」
「ある」
「それは良かった」
「勘違いかもしれないけど」
「え?」




