夜の学校
僕には時間がないということが改めてわかった。
病院にいる僕は、家族に見守れているだろう。しかしそこには僕の魂はない。僕の魂はここにある、学校にいる。
学校に何かある、僕が魂になってしまった原因がここにはある。
すっかり日が落ちて、部活の声も聞こえなくなって、住宅街を歩いたら良い匂いがしそうな時間帯。僕は三年生の学年職員室にいる。金髪も一緒だ。
ここには何故か新井先生と、疑わしい人物の下級生メガネっ娘がいる。もう生徒は帰る時間だ、この時間まで残っているのは余程の理由があるのだろうか。新井先生は僕との接点があるから心配してくれているのだろう、そうじゃないとわざわざここには来ない。
でも気になるのはメガネっ娘。彼女の目的がわからない。敵なのか味方なのか。それに外は真っ暗だ、家に帰らなくてもいいのだろうか。
「そろそろ行こうか」
「うん」
その一言で金髪は先に部屋を出た。
僕は担任の顔を見て、新井先生の顔を見て、そしてメガネっ娘の顔を見た。皆僕を心配してくれているのだろう、そのような顔をしている。
「まだかー」
廊下から金髪の声が聞こえてきた。
「今行くよ」
僕はドアをすり抜けて廊下へと出た。廊下は朝やお昼に見る光景とは違って静かで、廊下をライトが照らしていて、何か出てきそうな雰囲気があった。その何かとはお化けだ。夜の学校は何か起こりそうだ。トイレにはあの人がいたり、理科室にいる模型が動いたり、階段が一段多くなっていたり、鏡に何か写ったり、誰もいないはずの音楽室からピアノの音が聞こえたり。それを考えたら寒気がする。
電気が点いていないところは勿論真っ暗で、そこには何かいそうな感じがして怖い。普段は気にしないホラーものでも、夜の学校とか夜のお墓とかに行ったら雰囲気にのまれてしまって怖い怖いと強く思ってしまうのは何故だろう。
「夜の学校は新鮮だね」
「そうだね」
「何か出そうじゃん」
「出ないって」
「俺そういう話しいっぱい知ってるよ」
「言わなくていい」
「えっ何、もしかして怖いの?」
「怖くないよ、全然」
怖い怖いと思うから怖いんだ、だから揺れる木が人影に見えてしまったりするんだ。思い込みは駄目なんだ、怖い怖いと思うんじゃなくて怖くないと思えば怖いものなんて何もない。本当にヤバイところに行ったらそれも意味がないのだろうけど。そういうところは悪霊が彷徨い、憎しみや恨みをはらせぬ思いが心霊現象に繋がっているのだろうか。
僕がもし家族のもとへと帰ることができなかったら、その時は僕も悪霊となってしまうのだろうか。帰りたいと強く思って、それが心霊現象へと繋がってしまうのだろうか。壁に帰りたいと書いたり、家族の携帯へと帰りたいとメールを送ったり、ペットにのりうつって帰りたいと喋ってみたり。
そうなったら心霊スポットとして次から次へと人がやってきて、ビデオカメラを回して僕を撮りに来るのだろうか。絶対ここにいるよ、お化けなんていないよ、でもここ有名だよ、嘘だ世の中嘘ばっかりだ、本当だったら結婚してくれんのか、はあアンタ馬鹿じゃないの、とかデートスポットにでもなったら最悪だ。僕は悪霊にはなりたくない、絶対になりたくない。
「怖くない怖くない」
「……顔引きつってるよ」
「全然怖くない」
「上手く笑えてないけど」
「そういう君は怖くないの?」
「ぜんぜん」
「実は怖いけど我慢してるとか?」
「ないない」
「怖くないと強く念じすぎておかしくなったとか?」
「だって俺達お化けじゃんか」
「……あ」
「だから怖くないじゃん」
「そうか、僕達お化けか」
そうだその通りだ、僕は今この世を彷徨う魂だ。それってつまりは、魂が体と一緒の人からすれば僕は、僕と金髪は。
「なんだか怖いのどっかに行った」
「でしょ! 怖がるの馬鹿らしいでしょ」
「うん、でもこれでいいのかな」
「怖いものなしだからもう何が起きても立ち向かえるんじゃないかな」
「そうかな」
不安を残しつつも、金髪の前向きなその笑顔で自信が出てきた。
僕達の目的地である僕達の教室、そこを目指して再び歩く。その目的地は廊下の先に見えている、明るく照らすライトのおかげでクラスプレートも見えている、その光に導かれるように僕達は歩く。
病院での僕が気になる、明日香が何をしたのか気になる、メガネっ娘の目的が気になる、もし消えてしまったら僕は何処に行ってしまうのかが気になる。気になることが多い。あれだったりこれだったりそれだったり。
足音が聞こえる。その足音はしんとした廊下に、いや学校中に響いているんじゃないかと思える。この足音は僕と、僕の横を歩く金髪のものだ。しかしこの足音は誰にも聞こえない、こんなにも響いているのに。そして何故壁はすり抜けるのに床はすり抜けないんだと今更気付く。今更気付いたところでそんなこと考えている時間はもうない。もっと早く気づいていたとしても答えはきっと出ないだろう。この世界はわからないことだらけだから。
「着いた」
「俺達の教室だね」
僕と金髪はクラスプレートを見上げた。それはドアの上の方にあった。白くて長方形の中に、数字の3と横線と数字の4が書いてあった。3―4、三年四組、僕の教室。
教室は電気が点いていないようだ、だから真っ暗で夜に飲み込まれてしまいそうだ。最後に教室から出た人が戸締りをしたあとに電気を消したのだろう。
「真っ暗だ」
「怖くはないね」
そのとおり、何も怖くはない、怖いものなんてない。足音が聞こえたけどそんなの気にしない、きっとさっき学年職員室にいた担任か新井先生かメガネっ娘だろう。ひょっとしたらその三人いがいの第三者かもしれないけど、もしそうだとしたらまだ残って仕事をしている先生だと思う。
「入ろう」
「いつもどおりね」
僕と金髪はドアを開けずにすり抜けて教室へと入った。すっかりすり抜ける事に慣れきった僕の目に飛び込んできたのはいつもどおりの教室だった。ただ一つ違うのは夜の教室だということ。夜の教室には誰の声もない、わいわいガヤガヤというざわめきもない、人が一人もいない、黒板は綺麗で文字も数字も書かれていない、机の上にはノートも教科書も筆箱も何も置かれていない。
静かだ。もうそれしか表現がないぐらいに。まるで時が止まったかのような、そんな気になってしまうぐらいに。
僕は教室を見回す。変わったところは何もない、さっきと同じだ。もう一度見回す。やはり変わったところは一つもない、さっきと同じだ。
ここに何もないのだとしたら、光はどこに隠れているんだろう。謎を解き明かすことは僕にとっては光だ、その光は夜の一部となってしまったのか、闇に連れて行かれたのか。僕の探し物はどこにあるのだろうか。
「何もないね」
「……そうだね」
「花はあるけど」
そう言って金髪は暗い教室を歩いていく。
外からの明かり、月明かりで教室が照らされる。それでも教室は静かでいつもどおりなのは変わらない。ただ夜の教室は寂しいなとは思った。笑い声や大声はうるさいけど、無いよりはマシだと思えた。人がいないとこうも静かになってしまうんだな。
月明かりに照らされた金髪は花瓶が置いてある机の前で止まった。
「ここお前の席だよね」
「うん」
「皆忘れてはいないよ」
「うん」
「皆覚えているよ、助かってほしいとまた元気な顔で教室に戻ってきてほしいと、願っているよ」
「うん」
花は月に照らされて綺麗だ。こんな綺麗な姿は夜じゃないと見れない、朝でも昼でも見ることはできない。心が奪われてしまいそうなぐらい綺麗だ。
その綺麗な花の回りが光った。明るい、眩しい、あたたかい。その三つが同時にきた。
光は一つ、また一つと増えていく。教室は電気を点けたみたいに明るくなった。まるで闇に射し込む光のようだ、こんなに光り輝いていたら何も隠せないだろう。闇の一部となっていたものが露になるだろう。
光をよく見てみると、そこには何かの映像が流れていた。その映像には僕がいた。




