友情
お疲れ様でしたという大きな声がどこかから聞こえてきた。それは部活が終わった合図だ。指導してくれた先生に対して言うのだ。
部活が終わると一年生は後片付けをする役目がある。最上級生である三年生は雑用などはあまりしない。では二年生はどうなのか、それはその日その時でどっちかに傾く。一年生が遠足や学校外学習でいない時は二年生が雑用の役目だ。
どの部活動も必ずしもそうだとは限らないけれど、そういう上下関係があるのは当たり前なのだ。
因みに僕の部にはそういうのはなかった。何年も前の部長がそういうのは嫌っていたらしい。だから一年生とか二年生とか三年生とか、学年や立場や上下関係なんて関係なくて皆で雑用する。
僕と金髪は部活終わりの声を後ろに、階段を上っている。
「俺ああいう暑苦しいの駄目だわ」
金髪が頭を掻きながら言った。
「上下関係とか、群れるのと、そういうの苦手そうだね」
「群れるのはそんなに苦手じゃないよ」
「そうなの?」
「うん、色んなヤツがいるから楽しいじゃん」
「それは意外だ」
「でも暑苦しいのは苦手。スポーツ漫画とかでよくあるじゃん、ああいうのは駄目だ」
日々練習に励むだとか、熾烈なポジション争いをするために夜遅くまで自主練するとか、チーム一丸となって掴んだ勝利は嬉しくて男泣きしてしまうとか、アイツと本当の戦いがしたいがためにライバル校に行ったとか。とにかくスポーツは暑苦しい塊である。
いやスポーツいがいにも暑苦しいんじゃないのか。何をするにしても、そこには情熱がないとやっていけない。何もなく、ただ淡々となんてできない。もし淡々と何の感情もなくやっていたなら、そこに意味なんてあるのだろうか。例え意味があったとしても熱がなければただの作業になってしまう。熱くならないとは興味がないということだと思う、そんな興味がないことをやり続ける意味なんて果たしてあるのだろうか。
でも生きていくためにはそれは必要なのかもしれない。やりたくない事であっても、不本意でも渋々ででも、とにかく与えられたモノをこなしていかなければならないのだろう。そこに例え熱がなかったとしても。プライドが許さないとか、これはできませんとかそんな事は言ってられないのだろうか。
僕もその時はそうするのだろうか。やりたくない事でも、そこに情熱がなかったとしても、そうする時がいつか来るのだろうか。まだそんなことは想像すらできない。中学生の僕にはまだ先の未来のように思えたから。
「友情が苦手なの?」
「いやそれは好き」
「えっでも友情って暑苦しいじゃん」
「それとこれとは違うよ、わかんないかなー」
「……わからないよ」
そんな話をしていたら目的の階へとたどり着いた。電気は点いていて明るいけれど、人の気配は感じられない。窓の外は暗くなっていて、もう地面に伸びる影は夜の一部となっただろう。あんなに綺麗な茜色だった空は黒くなっていて、そこには星ひつなくて大きくて明るい月が一人で輝いていた。
「何だか緊張してきた」
「教室に何かあるかはわからないけどね」
「何もなかったとしたらこの緊張は無意味になる」
「そうなるね」
「でも緊張しながら先へと進んだほうがいい」
「何で?」
「心構えができるから。もし何も構えていなかったら、びっくりして心臓に悪い」
「なるほどねー」
僕と金髪は教室へ向けて歩く。目指すは僕と金髪の教室、僕の席があって僕が授業を受けているところ。
僕は春からあの教室で勉強をしている、だからあの教室に特別思い入れなどはない。でも自分がこういう状況になってしまっているから強く思うことがある。あの日常に帰りたい、朝起きて学校へと登校して、国語数学理科社会、体育家庭科音楽技術、様々な勉強をしてそれらを心と体に身につける。未来のために、自分のために、この国のために。最後のは大袈裟かもしれないけど。
そのいつもどおりだった日常へと帰りたい、戻りたい。
帰らぬ人にはなりたくない。そんなの家族が悲しむ。悲しませるような親不孝者にはなりたくない。親より先に遠くに行ってしまうなんて、年齢的にも若い僕が先に天高くへと昇っていくだなんて。
「あそこ電気点いてる」
金髪は指をさした。その指の先には学年職員室があった。その名のとおり、学年ごとにある職員室のことだ。部活が終わって帰り支度をしている先生がいるかもしれない、テスト関係で問題を作っている先生がいるかもしれない、今後の予定を整理している先生がいるかもしれない、今日やるべき仕事がまだ残っている先生がいるかもしれない。
「誰かいるのかな」
僕と金髪はとりあえず学年職員室を確認することにした。誰がいたとしても僕達から話しかけられないし、僕達の存在はわからないだろう。それでも一応確認しておかないと、誰がいるのかわからない状態だと気持ち悪くてしょうがない。
学年職員室からは声が聞こえてくる。僕達は部屋を確認せずに、その前で足を止めて耳を澄ます。
「そうですね、そう思いますよ」
この声は担任だ、まだ何か仕事が残っているのだろう。
「さっき連絡きましたから」
誰かと話しているのだろうか。独り言にしては大きな声だから。
「今夜が峠らしいです」
何の話をしているんだ、いったい何の話を。僕の背中に寒いものが走った。
「助かってほしいです」
「私も」
担任とは違う声が聞こえてきた。
「家族さんは今病院にいるみたいです」
僕はその一言で勢い良く学年職員室へと走った。すり抜けて部屋に入って目に映ったのは、担任と新井先生とメガネっ娘だ。何故新井先生がここに、それにメガネっ娘まで何故いるんだ。
金髪は少し遅れてすり抜けてきた。すると、アイツこんなところにいた、とメガネっ娘へと駆け寄る。そして二回も俺からよく逃げてくれたな、でも三回目は逃がしてやらないぞ、ずっとそばにいてやるとまるでストーカーのような事を言い放った。
「○○君助かりますか?」
新井先生がたずねる。
「それは私にはわかりません。ですが助かってほしいです」
担任が悲しそうな顔で答える。
「……」
メガネっ娘が何か喋った。しかし声が小さくて聞き取れなかった。
「これは僕のことなのか」
担任と新井先生とメガネっ娘が話していたのは僕のこと、それもあまりよくないこと。今夜が峠、それは僕の体がとても危ない状態だということだ。家族は今病院、それもつまり僕の体が危ない状態であるから皆病院にいるのだ。
立ちはだかる現実は信じたくないモノだ。ゲームや読書などをしてこの現実を今すぐ忘れたい、サッカーの試合や人気ドラマの最新話を観てそっぽを向きたい。想像していた最悪な自体が現に起こってしまって、実に厳しい状況になってしまった。
「おい」
金髪の声が聞こえる。
「まだ終わってないぞ!」
金髪の声がうるさいぐらいに聞こえる。
「そうだよね、まだ終わってはいない」
「そうだよまだまだ」
「まだまだ僕は生きなくちゃいけない」
「そうだ、そして立派に成長するんだ」
「まだ時間あるかな」
「あるよ、十分ある」
「よかった、今日が終わるまでまだ時間はある」
「大丈夫だよ、まだ時間あるから絶対に帰れる」
「帰りたい、家族のもとへいつもどおりの日常へ」
「ああ、帰ろう」
「一緒に帰ろう、いつもどおりに帰ろう」
「手を繋ぐのは嫌だよ、それは女の子とが良い」
「わかってるよ、でも一緒に帰ろう」
「当たり前だ! 俺はお前の友達なんだから。二人の友情は超熱いんだぜ」
金髪の笑顔が眩しい。そういえば君、アツイの苦手じゃなかったっけ。




