公園 3
「何急に、痛いよ」
そんなに力を入れてはいないが、明日香は手を撫でている。
「ごめん急に引っ張って」
僕は頭を下げる。そして足止めするために適当な嘘をつく。
「でもこうでもしないとおじいさんの所に行ってしまいそうだったから」
「当たり前じゃん。おじいさん危なかったんでしょ? なら側にいないと」
「そうなんだけど、おばあさんがいるから安心するんだってさ」
「安心?」
「体調がマシになったとはいえ、大人数で側にいたらまた悪化するかもしれないし」
「……でも心配じゃない。○○君は心配じゃないの? 助けたのに」
それもそうだ、僕の嘘ではおじいさんを僕が助けたことになっている。それなのにこの態度では不審がられてもおかしくはない。
嘘はまた違う嘘で補うしかないのだろうか。嘘は真にはならない、事実ではなく偽るのが嘘だから。嘘が黒だとするなら真は白だろう、それならば黒は白にはならない。一度黒く染まったらもう遅い。
しかし僕はそれでも嘘をつくしかない、真実ではなく間違ったことだとしても、偽っていて相手を騙すことになったとしても。
「心配だよ、とても苦しがっていてたしもう少し助けが遅かったら……」
「それなら何で」
「二人には中学生の僕が立ち入ってはならない深い絆がある。そんな場所に僕がやすやすと入っていいわけない」
「助かったからもう関係ないでしょってこと?」
「そうじゃないよ、助けてもらったことはとても感謝していた。おじいさんはおばあさんを置いて遠くに旅立ちそうになった、でもおばあさんがおじいさんを引き戻したんだ」
「二人は長年寄り添った永遠の恋人で、その愛は尽きることはないって感じかな」
「そんな感じがしたよ、おじいさんが戻ってきた時おばあさんは大粒の涙を流しておじいさんへと抱きついたから」
「なんかドラマみたい、そんなこと実際にあるんだ。私もその一部始終を見たかったと言ったら怒られるかな」
「どうだろう、でも助かってよかった」
「うん」
明日香は歩く気配はなくて、僕に後ろ髪を見せておじいさんのほうを見ている。肩あたりまで伸びている黒色の髪の毛は綺麗だ。
僕もおじいさんのほうを見る。そこには二人いて、二人はお互いを見て何かを喋っては笑って笑顔になって、そして寄り添っている。
蝉の鳴き声がそこらへんから聞こえてきて、この何だか良い雰囲気をぶち壊しているのが妙に現実的でドラマみたいに雰囲気を高める音楽はどこからも流れてこない。ただ蝉の鳴き声が響いている。
その時やっと助けが来た、消防隊員が二人のところへと走っている。おじいさんはその姿を見てホッとしたようで、おばあさんも安心している。
どうやらもう僕がここにいる意味はないようだ、あとは彼らが助けてくれるだろう。
僕は最後におじいさんとおばあさんを見た、助けられなくてごめんなさい、心の中で謝って頭を下げた。
「よし行こう」
僕は顔を上げるとすぐに歩いた。
「うん」
明日香は僕の横を歩いている。
公園から学校まではそんなに遠くはない、だからよくこの公園で体育の授業をやったりする。学校の外で授業っていうのは何だが楽しくて開放的になる、だから先生の目を盗んでどこかに行ってしまうヤツがたまにいる。ゲーセンとかカラオケとか、大抵そういうところにいるから先生は見つけやすくて良いそうだ。
授業中にどこかに行ってしまうのは問題になって、学校の外での授業をやめるべきではないかという声が出たらしい。事故や犯罪に巻き込まれたらどう責任をとるのだ、そもそも何故学校の外で授業をやる必要がある、など色んな質問が飛んできたそうだ。
事故や犯罪は未然に防げるものじゃない、学校内なら防げるが学校外は何があるかわからない、だから先生側はいつもより注意をしている。学校外の授業をやる場合は体育の先生いがいに何人かいて、常に事故や犯罪に目を光らせている。しかしそれと同時に僕らの授業の様子も見られているから、逆に学校内よりやりにくいような気がする。
学校外で授業をやる理由は、学校内だとノビノビ授業ができない生徒がいて学校外だとノビノビ授業ができるというものだった。これには僕も納得だ、学校という閉鎖空間より外の方が楽で授業をやっていても楽しく思える。ただいちいち公園まで行くのがめんどくさく、夏は暑いし冬は寒いし休み時間以内に移動するのは大変でいつもの体育より疲れる気がする。
そんなこんなでこの公園での授業はいつのまにかなくなった。学校の狭いグラウンドで、隣に気を使いながらの授業に戻ったのだ。
僕は体育は好きだ。体を動かすのは健康にいいし、動かさないと体が重くなるような感じがする。さすがに真夏のとても暑い中を運動するのは遠慮する、おじいさんみたいに倒れるのが予想できてしまうから。夏は水泳の授業が定番だ、男子は女子の水着姿を見たくて興奮していて誰が一番スタイルいいかなとそればっかりだ。
女子はどうなんだろう、水泳の授業は楽しみなのだろうか。明日香をちらっと見てみる、すると目が合った。
「○○君何か考えていたでしょ?」
明日香はニコニコしている。
「この公園で体育の授業したなって」
「あーしたした、でも一年の時何回かだけだったね」
「保護者が外は危ないとうるさかったけど、何もなかったから一年できたんだっけ」
「でも先生側の負担が大きいし移動大変だからやめたんだよね」
「移動大変だから授業短縮したけど、それで授業が遅れたんだよね」
「ほんと何がやりたかったんだろうね、新しいことするのは良いけど」
「何もしないよりはいいよ、オリジナリティーがあって」
「公園で授業とかまるで遊んでるみたいだったなー」
「それが狙いだったのかな」
「よくサボる子も公園だと参加してたもんね」
「公園の授業なくなって、またサボるようになってたな」
話していたら公園の出入口が見えてきた。ここにも誰もいない。結局公園にはおじいさんとおばあさんしか会うことができなかった。いや僕は二人に会っていたのだろうか、会ってすらいなかったんじゃないのだろうか。僕が一方的に会っているだけだったのか。
公園から出れば遭遇率は確実に高まるだろう、しかし遭遇したところでその誰もが僕に関心をもっているとは思わない。僕だってそうだ、そこに歩いている人にいちいち関心はない、それが普通だ。
そうかそれじゃあ例えそこに人がいても僕が見えるのか見えないのか、それはわからないということだ。
おじいさんみたいな危険な状態になったらそれはわかるが、僕はその状態になる事はない。気温が何も感じない、勿論喉の渇きも空腹も、何も感じない。
だから急にその状態になるのは不自然で、それに僕に何かあったらそこに歩いている人より先に明日香が心配してくれるだろう。
どうしたものか、一刻も早く明日香以外に僕が見える人を確認したいのだが。僕のことが見える人は多いほうがいいから。
「このメラメラがより暑くしてる気がする」
そう言って僕は手を自分に向けて仰いだ。
そこにはもやもやとしたゆらめきがあった。これは陽炎といってよく晴れた日が強いときに起こる気象現象だ。
「確かにこれ見たら何度か上がった感じがする」
「早く涼しい場所で眠りたい」
「眠るの?」
「なんかさっきから眠たいからね」
「じゃあ早く眠るために急ごう」
僕と明日香は公園を出た。一刻も早く眠るため、じゃなくて。