思い出した事
「その思い出した事とはいったい何?」
「明日香と勝負していた」
「勝負?」
「喧嘩とかじゃないよ、女性とそんな事はできない」
「それぐらい馬鹿でもわかるよ」
「テストの点数で勝負をしていた」
明日香はテストがあるたびに負けないからねと言ってくる。それは突然向こうから言ってくるしやる気まんまんだから、その勝負はしたくなくても僕は断れなかった。勝負をするからには手は抜かない、そんなことをしたら相手に失礼だから。正々堂々と勝つために悔しい思いをしないために僕は頑張った。
テスト期間が始まると明日香は僕を敵視するようになった。勝負する相手なのだからこれは仕方ない。僕も負けてたまるかという目で相手を見ていた。
そしてテストが終わった。自分でも納得ができるぐらいスラスラ解けていったので怖いぐらいだった。テストお疲れ様と声をかけにいこうかと明日香のほうを見ると、元気がなくて俯いていた。いったいどうしたのだろうと僕は気になったけれど、テストの結果がわかるまで待つことにした。まだ結果が出ていないから勝負は終わってないから。
そこから明日香は僕を避けるようになった。僕は彼女に対して何もしていない、何か悪口を言っただとか何か気に障るような事をいっただとか、そんな事は身に覚えがないしやってはいない。だからどうかしたのかなと本当に心配になった。
テストの結果がわかって、僕は自分でも満足なもので嬉しかった。この素晴らしい結果は明日香との勝負があったからだろう、成績が良くなったから明日香には感謝したい。だけど明日香は返ってきた解答用紙を誰にも見えないようにこっそりと見ていた。この時僕は思った、納得いく点数じゃなかったんだなと。だから僕との勝負を忘れようとしているんだなと。
僕は勝負のことは忘れることにした。ここで僕が明日香のもとへと行って、結果を伝えたら落ち込んでしまうかもしれないから。そんな事をしたら余計元気がなくなるかもしれない、余計俯くかもしれない。勝負なのだから勝ち負けがあって当然だけど、傷を広げることになりそうでそれだけは嫌だった。
テストが終わって少ししたらまた明日香の元気は戻ってきた。クラスメイトとも笑顔でお話ができるようになって、いつもと何も変わらない感じがした。元気が戻ったみたいで良かったとホッとした。
休み時間、騒がしい声の中から明日香とそのまわりの声が聞こえてきた。テストになると人変わるよね、そうかなそうでもないよ、だって明日香別人のような顔になってるよ、気のせいだよ気のせい、何だろうな良く言えばテストに真剣な美少女悪く言えばテストの神様にのりうつられた美少女かな、何それ酷いよ私そんなんじゃないよー。
勉強にそんなに真剣になれて良いじゃないかと思った。僕は勉強をしていてまわりの音が聞こえなくなる時がある、これは勉強の神様が僕にのりうつってるのだろうか。
「それで何故お前を憎むんだ」
「それは……」
勝負に負けたのが悔しいからだろう。それもほぼ毎回負けているから、悔しさは積み重なっていたのだろう。しかしそれぐらいで、そんな事ぐらいで僕を憎んで僕をこんな状態にするだろうか。いくらなんでもそんなのおかしい。明日香がそんな事するとは考えられない、考えてもそれは違和感でしかない。
成績は悪くはない、いつも上位のほうで首位争いができるほどだ。そんな明日香が僕との勝負に負けたぐらいで僕をこんな状態にはしない。僕より賢い人なんてまだ何人もいるんだ、だから僕に負けてもそんなに考え込まなくても良いいはずなのに。どうしてこんな事になってしまったんだ。
上手く回っていた歯車が狂って、そして明日香を変えてしまったのか。
「まあ言わなくてもだいたいわかるよ」
「え?」
「俺はさ馬鹿だから皆が賢く見えるんだよね」
「うん」
「でさ賢い奴って馬鹿を見下してるのかと思っちゃうわけ」
「そんなことはない」
「本当にそうかな」
「そうだとも」
「いやいや見下してるよ。お前もさっき俺に言ってたじゃん色々」
「……あれは」
「本心なんだよそれが。幾らそう思っていないと我慢しても無理なんだよ」
「違うよ」
「否定すればするほど馬鹿にされてるような感じ」
「……」
「あれ? もう何も言えないの」
金髪は別に怒ってるわけではない、だからいい顔でそんな事を言ってくる。友達として言ってくれているんだ、僕に気がつかせるために。僕はそれに気がついていないわけではない、でもやっぱり本心ではそう思っていたのは事実だろう。誰かを馬鹿にする、誰かを見下す、そんな事は最低なやつがする事だ。だから僕もそうなのだ、自分だけが綺麗な人間だと思い込んでいる。
しかしそれが明日香とどう関係しているというんだ。テストで毎回負けるからその腹いせに僕を、そんな馬鹿なことあってたまるか。テストで僕が毎回勝つからといって別に自慢もしない、言いふらしたりもしない、ただいつもどおりにしていた。そのいつもどおりが癇に障ったとでもいうのか。そんなの八つ当たりじゃないか、毎日勉強してその努力の結果があのテストの結果じゃないか。生徒会で僕が会長になるのが気に入らなくて、だから会長になりたいと言いだしたのか。これで明日香の気分がよくなるならと僕は譲ったじゃないか、そうしたらやっぱりいいですと断って皆を困らせた。そんなのただの嫌がらせじゃないのか。
……ああ。思い当たることがいっぱいあった。今までそれはどこに潜んでいたのか、次々と見つけてしまう。
「明日香は僕のことが嫌いだった」
「憎んでるからそうだろうね」
「それで僕をこうした」
「この世を彷徨う魂に」
「そこまで僕を憎んでいたのか」
「俺はそこまで皆に憎まれていないといいなー」
「どうしてこんなことに」
「重なったんだよ色々。あれとこれが重なり、それもどれもが重なって悲劇を招いてしまった」
「いつから僕を憎んでいたんだろう」
「さあね、それはわからないよ」
「何故僕なんだ」
「お前は頭良いでしょ、生徒会にもいるでしょ、部活でも活躍してるでしょ。おまけに女子にもモテるでしょ。なんかもう完璧を絵に描いたような中学生じゃん」
「違うよ」
「でも俺にはそう見えるよ」
「そんなの違う、僕より優れてる人なんて大勢いる」
自分は完璧ではない。それは身近に完璧な姉がいるからこそよりそう思う。例え金髪に完璧と言われようが、僕は自分を完璧だとは思えない、いや思ったことなんて一度もない。僕はまだ中学生で何者でもないのだから、だから完璧とは言えないまだまだ未完成でしかない。何者かになったとしても結果を残さなければ未完成だ。結果を残したらようやく完成される、しかし完成したからといって完璧にはなれない。完璧にはそう簡単になれるもんじゃない。
完璧だけが全てではない。どこかに足りないところがあったほうがいい時もある、それを少しずつ補っていけばいい、それを支えてくれる人を捜してもいい。そして歩いていけばいい、ゆっくりでも早歩きでも前に進んでさえいればいつかは報われると信じて。
「明日香はどこだ」
聞きたいことがある、聞かなきゃいけないことがある。
「出てこいよ、そっちから来てくれよ」
言いたいことがある、言わなきゃいけないことがある。
「そういえば今日見ないね」
「え?」
「朝のショートホームルームでもいなかったし、昼食の時もいなかったし」
「僕は明日香と会ったよ」
「ならサボってるのかな。でもそんな事する人じゃないよね」
「どういうことだよ」
「まあ俺はあんまり教室にいないから見てないだけかもしれないけど」
「見てない……」
明日香と会った時の事を思い出す。公園で会った、学校まで一緒に歩いた、用があるからと生徒玄関前でわかれた、屋上で会った。
その時の明日香は可愛くて、僕のことが見えて僕の声も届いたから救世主だと思って、こんな女の子同じ学年にいたんだなと思って。今まで気づかなかったんて僕は馬鹿だ、それに失礼じゃないかとさえ思った。
明日香が歩くその下、明日香が立ち止まるその下、そこにはあっただろうか。地面にはあっただろうか、黒いあれが夕方になると背が伸びるあれが。
そうだ、明日香には影がなかった。




