夕方のホール 2
「誰からの声も聞こえないんだ」
「ん?」
「誰一人として、声が聞こえてこないんだ」
「どういう意味?」
「僕に関する声が一つも聞こえてこない。皆僕の事を忘れてしまったみたいに、初めから僕はいなかったように」
クラスメイトが大変な状況に陥っているというのに、心配する声や気にしている声が一つもないのは悲しいものだ。僕は嫌われれてはいないだろう、どちらかといえば好かれている方だ。自分で言うと何だかムカつくけど。だからそういう声があってもおかしくはなくてむしろ無いほうがおかしいのだ。おかしいことは朝から続いているんだけど、このおかさしさは何だか気持ち悪い。
「あーそういうことね」
「何故聞こえてこないのかわからない」
「うんうん」
「一つもないのはおかしい」
「そりゃそうだよ、それが普通だよ」
「え?」
金髪は真顔でそう言った。何故そんなことが言えるんだろう。全くわからない、そんなのわからない。金髪がただ適当にそう言ったとは考えられない。不良だけどいいやつだ、見た目で判断しちゃいけないんだ。見た目で判断してしまうのは駄目なんだ。
「何で普通なの?」
「皆時が経てば忘れちゃうんだよ」
金髪の声が途切れとぎれで聞こえたような気がした。今何て言ったんだ、時が経てば忘れちゃうとか聞こえたような。聞き間違いだろうか、それともホントにそう聞こえたのだろうか。
「時間は何があっても止まらないでしょ。例えばそこで誰かが傷つけられても、誰かが騙されて人を信用できなくなっても、誰かが捨てられて餓えだけがまとわりついて来ても、誰かが放った銃声が悲劇の始まりだったとしても。何があったって、どうしたって、時間は止まることがない」
「……」
「それと同じだよ。お前がどんな状況だったとしても、俺がどういう状況だったとしても。初めだけ盛り上がってそのあとは徐々に興味が薄れていって、そしてもうその事には触れることはなくなっていく」
「だから誰も……」
「そうだと思うけどね。全員がそうってわけじゃないかもしれないけど。でも大多数はそうだよ。事故や殺人事件のニュースを観ても、その時はかわいそうだと思うし犯人早く捕まれと思う。でもそんなの初めだけ、そのうちどうでもよくなるしそのうち忘れるし」
「……そんな」
「いちいち気にしてられないし、いちいち覚えようとは思わない。それが普通なんじゃないかな? お前もそうだろ、ニュース見てもそれをいちいち覚えてはいないでしょ。昨日や今日のニュースなら覚えてるけど、一年前とか五年前とか覚えてないよ。覚えているのは世間を騒がせたものばかり」
僕もそうだというのか、僕も忘れられているとうのか。そんなの信じられない、そんなの信じたくはない、そんなのおかしすぎるではないか。僕はここにいるんだ、何処にも行ってないんだ。
皆とは他人だ、でも同じ学校の仲間じゃないか。同じ学年、同じクラス、僕の担任、僕を知る先生、部活の後輩。他人だけど全く関わりがない、そんなことはないじゃないか。関わりがある、強いとまではいかなくても確かにあるじゃないか。
何も聞こえてこなかったのはもう僕に対しての興味が薄れたからなのか。興味がなくなれば飽きる、飽きればまた新たなモノに興味が移る、そしてまた飽きたらまた新たなモノを。その繰り返し。
「俺は今日あんな事があったから声が聞こえた、でもそのうちその声は聞こえなくなるだろうな」
「僕のように?」
「そうだね、そういうものだし」
「僕に何かあったその時は、皆は僕に興味があったとうことなのか」
「そういうことになるね」
「そっか……」
その時は僕はどんな状況にいたのだろう、その時は誰が僕をこんな状態にしたのだろう。その時はいつだったんだろう、今はもうそれから時間が経っているようだ。いつなのかわかったところでその日に戻れやしない、でもその日その時に何があったのかは知りたい。
それにしても皆冷たい。仲良かったじゃないか、慕ってくれたじゃないか、良い生徒と言ってくたじゃないか。それなのに時間が経てば忘れていくなんて。いつでも気にしてほしいと言ってはいない、四六時中とも常にとも言ってはいない、ちょっとでいいから気にして欲しい。そうじゃないと寂しい。
そういえば先祖のお墓に暫く参っていない。わざわざあっちのほうに行くのは面倒くさくて、家族の誰かが行けばそれでいいやと思っていた、忙しいとそれを理由にしていた。先祖の皆様も僕が来てくれないから寂しがっているのだろうか、罰当たりめと怒っているのだろうか。
初めてその気持ちがわかったような気がする。僕はまだ天へと登ってはいない、まだこの世を彷徨う魂だけどわかった。
わかったから無事に戻れたときはちゃんとお墓参りしよう。面倒くさがらずにちゃんと、家族の誰かが行けばいいんじゃなくて忙しいなかでも時間を見つけて。
「ところでさ」
「うん、何?」
「何でさっき新井先生がいた時焦っていたの」
「え?」
「ここには用がないとか、もう先に進もうとか、何か焦っていたように見えた」
「気のせいじゃないかな」
そう言いながら金髪は僕から目をはなして、何処か違うところを見ている。
「そういう態度が怪しいんだけど」
「隠し事なんて何にもないから」
「君は何か隠している事があったんだね」
「いやいいや、何もないから何もあるわけないから」
「プライベートなことでしょ?」
僕は気づいている。金髪は明らかに焦っていた、この場所から早くはなれたくてしょうがないように見えた。それは新井先生がこの場所にいたからだ。つまり金髪は新井先生と何かある。さっき女子生徒が囲んでいた事と関係があるだろう。いやもう関係大有りで、それが答えになっているだろう。
しかしプライベートな事だ、人それぞれの楽しみがあるし秘密もある。だから詮索はしたくはない。しかし僕は詮索をしている。それは何故か。
「さあね、どうなんだろう」
「その隠し事には僕は無関係だよね?」
詮索したのは僕が関係あるのか無いのか気になったからだ。未だに誰が僕をこうしたのかわからない、だから疑ってしまうのはしょうがないことだ。しかしそこに僕の関わりが全くなかったからもうその事に触れる意味がないから触れない。そのためには金髪が答えてくれないと困る。
これは自分勝手だろうか、そして友達を信じていないことになるのだろうか。前者は自分でもそう思う、しかし後者はそうじゃない信じているからこそ聞かなきゃいけないんだ。
だが金髪は困ったような顔をして、さらに違うところへと目線を移した。もしかして僕が関係しているのか、そうだとしたら何故僕がそれに関わっているのか謎だ。
恐らく金髪の隠し事はアレだ、女子生徒が盛り上がっていたあのことだ、皆顔を見たがっていた知りたがっていた。それにどうして僕が関係するのだろう、謎は深まるばかりだ。
「ひょっとして関係あるの?」
「……」
金髪は黙っている。僕に背中を向けている。
「もしかして僕も新井先生と」
「それは違う、それだけは違う」
「じゃあ何?」
「俺と先生のことはお前が考えていることで合っている。でもお前と先生には何もない」
「それなら僕は無関係だね」
「……いや違うんだ、関係はあるんだ」
「どういうこと?」
「俺はさっき記憶が戻ってきた、だから色々思い出したんだ」
「うん」
「すぐに言おうと思った、でも言い出せなかった」
「いいよべつに」
「別によくはない、情報があるのに言わなかった」
金髪は振り向いた。僕と目があって、そして口を開いた。
「俺と新井先生の事がある人にバレた。その人はこの事に対して学校中に言いふらすと言ってきた、立場が悪い今どんな手段でも使うと。だからお前たち二人は命令に従うしかないと」
金髪は僕の方へと近づいてきた。そして僕だけに聞こえるように、小さな声で言った。
「その人は生徒会にいて、俺達と同じクラスで、女子生徒だ」
その言葉はまるでパズルのピースのようで、その言葉はしっかりとパズルの一部となった。完成したパズルには僕が知っている名前があった。今日初めて会った、このおかしな一日の始まりだった公園で、僕に声をかけてくれて笑顔が可愛かった。
会長になりたいとしつこかったのは彼女か、僕と同じクラスだクラスメイトだ、今日初めて会ったわけじゃない。記憶を消されたのだろうか、何のためにそんなことをしたんだ。
明日香、完成したパズルにはそう書いてあった。




