夕方のホール
「進むって何処に行けば良いんだ」
「えっお前が知ってるんじゃないの? 俺は何も知らないよ」
「困ったな」
学校には僕が魂となった原因が必ずあるはずだ。そう思っていたけれどいざ学校に戻ってきたら何処にそれがあるのやらわからなかった。何か知っているとしたら先生や生徒、この学校の関係者だ。その関係者は夕方になって少なくなった。学校での一日が終わった者はさっさと家に帰る、用がないのにいつまでも学校にいる必要はない。
だからもし、もう学校から外へと出て行ってしまった人のなかに何か知っている人がいたのなら聞くことはできないのだ。まだ学校内に何か知っている人がいても、こっちからは話しかけても反応する可能性は極めて低い。
それなら僕は学校に戻ってきた意味はあったのだろうか。しかし学校に戻らなかったらあてもなく彷徨っていたかもしれない、そして時間がきてしまって天へと。
「なあどうするんだ? とりあえず校内を歩いてみないか」
金髪の言うとおりここで悩んでいても何もわからない。校内をウロウロしていたら何かわかるかもしれない、何か思い出すかもしれない、何か見つけるかもしれない。
僕はまだ自分の名前すら思い出せていない。自分の名前がわからないというのはとてもモヤモヤする。自分が自分じゃないみたいなような気がする。だから名前も思い出したい、父と母が付けてくれた大切な名前を取り戻したい。
金髪は僕みたいに魂になる前は何かを知っていた。それは僕に関することだ、それも重要な何か。誰かに命令されたと言っていた、その命令した人に金髪はビクビクしていた。その人物こそが全てを知っている最重要人物なのだろうか、僕をこうしたのも金髪をああしたのも全てその人なのだろうか。
ホールの真ん中あたりではまだ女子生徒が新井先生を囲んでいた。
彼氏さんどんな顔か見せてよ、見たいな見たいな新井先生の彼氏がどんな人か、新井先生はあの俳優さんとかあのミュージシャンが好きだから大体好きな顔の系統わかるけどさ。その質問攻めはまるで自宅前に張り込み家から出てきたところを逃さず、一つでも多くのネタになりそうな情報を聞き出そうとしているマスコミのようだ。その時はフラッシュの光で眩しいのだろう、テレビカメラも多いのだろう。しかし今はそんなものはなくてただ質問が続くだけだ。新井先生の表情を見ていたら、フラッシュの光やテレビカメラがなくても迷惑そうだとわかる。
「なあ、新井先生はどうでもいいじゃん」
「うん、そうなんだけどさ」
「何か気になることでも?」
「新井先生を取り囲む女子の中にさっきの人がいるから」
「えっ」
僕は指を指した。その先には知っている顔があった。教室で見た女子生徒だ、クラスメイトではなくて下級生の。金髪がアイツは超怪しいと言った眼鏡女子だ。
その彼女が何でここにいるんだ。皆と一緒になって新井先生の恋を騒いでいるのだろうか。
しかしそうは見えない。眼鏡の奥から鋭い目つきで新井先生を見ている。表情は他の女子とは違って全く楽しくなさそうだ。
そういえば彼女は二年生だ、新井先生は二年生の担当だ。新井先生に何か用事があって話したいけど、囲まれているから話せなくてイライラしているのだろうか。
「アイツ! 俺を魂にしたかもしれないヤツ」
「黒なのか白なのか、グレーってところだね」
「やっと見つけたぞ」
「……えっ? 後を追っていたんじゃなかったっけ」
「見失ったんだよ」
「しっかりしてくれよ」
「だってさ、突然頭の中に電撃が走ったからさ」
「電撃?」
「忘れていたモノが頭の中に飛び込んできたというか、蘇ったというか」
「それって思い出したってこと?」
「そうだね、全部ではないけれど少しだけ」
「何を思い出したの?」
「……それは、えーっと、プライベートなことだから言わないよ」
「そうか」
僕はがっくりした。何か手がかりになることを思い出したと思ったから。僕も思い出したい、思い出して朝から続くこのモヤモヤを取り払いたい。取り払えないからモヤモヤは今も継続中で、それは増えることはあってもなかなか減ることはない。
金髪が羨ましい、何かを思い出したから。それはプライベートなことらしいから詮索はしないけれど、思い出せないよりは思い出せたほうが良いに決まっている。どんな事だっていいんだ、どんなに小さなことでもいいんだ、何でもいいから思い出したい。
新井先生は次々来る質問に笑って誤魔化して、気にしてくれるのは嬉しいけどもう下校時間よ、私を応援してくれるのは嬉しいけど私は皆が無事に志望校に行けることを願うわと話を逸らしている。すると新井先生を囲んでいた女子たちは、はいはい帰りますよでもまた明日もききますからね、受験のことは言わないでよ忘れてたのにと帰り支度を始めた。
「なあもういいだろ、ホントにここには何もなさそうだから」
「そうかな、新井先生は何か知ってるかもしれない」
「いやいや知らないでしょ、学年違うし関係ないでしょ」
「生徒会で新井先生書記だから関係はある」
「それなら新井先生だけじゃなくて他の先生にも関係あるよ」
「そうだね、学校で何かあったなら学校内の空気が違うはずだし」
「そうだよそうだよ、だから他の先生も何か知ってるかもしれない」
あれ、今僕は何を言ったんだ。
「ほら皆帰っていったよ、先生は笑顔で手を振ってるよ」
何か重要なことを自分で言ったような。
「皆の姿が見えなくなったから先生もここをはなれるよ」
それは気のせいだろうか、それとも。
「もしもーし」
学校で何かあったら、生徒も先生も皆の表情が違うはずだ。しかし皆そんな表情をしていただろうか、皆いつもどおりで何も変わったことは起こっていないような感じだった。
そう見えただけだろうか、僕だけがそう見えたのだろうか、皆して仮面を被って表情を隠しているのだろうか。
いつもどおり。いつも見る光景。いつもと同じ。
何かがおかしい、僕がこんな事になっているのにいつもどおりだなんて。何かがあったら空気が変わる、良くなるのか悪くなるのかおかしくなるのか。しかしここは、この学校はまるで初めから何もなかったような空気だ。いつもみたいにひんやりしていて、それはどこか素っ気なくて、たまに生暖かくなって気持ち悪くて。でも優しい気持ちにもさせてくれる、そんな場所だ学校は。
「ねえ聞こえてる? 大丈夫?」
僕の話をしている人はいなかった。誰一人としていなかった。
クラスメイトも、同学年の生徒も、先生も、後輩も。誰からも僕に関する声は聞こえてこなかった。
歩いているだけで皆の話が耳へとなだれ込んできた、次から次へと押し寄せてきた、溢れるぐらい流れ込んできた。それなのにそこには僕はいなかった。僕の名前はなかった。
気にしているけど僕の話をしないだけだろうか、そうだとしたら水臭いなちょっとは気にしてよと思う。気にしているなら話をしてほしい、気にしているなら喋ってほしい、気にしているならこの空気を変えてほしい。
「なあって」
「……ん、なに?」
「やっと気づいた。急に黙り込むからさ」
「ごめん……」
「別にいいんだけどさ、ホールには誰もいなくなったよ」
「ほんとだ、僕と君の二人だけだ」
「あっ、またアイツ逃がした!」
「結局あの子は白なのか黒なのか」
「何か考えていたの?」
「まあ、ちょっと」
「なんだか辛そうだけど。話してみたら楽になるんじゃないかな」
「そうかな」
「心に貯めているよりはね」
「そうか、それなら言うよ。きいてくれるよね」
「おう! 俺はお前の友達だぜ」




