僕がいない間
「遅いよ、もう夕方なんだけど」
門の前で腕を組んでいた男子生徒は金髪で、彼は僕をずっと待っていたようだ。待たせてしまった事に関しては謝らなくてはいけない。
「ごめんなさい」
座り込みながら頭を下げた。
「俺は別にいいんだけどさ、もう夕方だから皆帰るじゃん、そしたら調べられるのかなと思ったわけよ」
金髪は腰を下げて僕の目線に合わせてくれた。いがいと良いヤツだ。
「それはヤバイよね」
「おうヤバイぞ」
「急いだほうがいいかな」
「まあお前は今日までっていうタイムリミットがあるからな」
その通り、金髪の言うとおり僕に残された時間は今日だけなのだ。だから今日が終わってしまうその時までに謎を解き明かさないといけない。そうしないと僕は何もわからないまま天へと昇っていってしまうかもしれない、残された家族は僕が帰ってこなくて悲しむことになる。それだけは避けたい、せめて僕がどうしてこうなったか知りたい知ったうえで元に戻れるなら戻りたい。抜け殻となった僕はどこかにいる、そこに戻ってまた家族に会いたい。
そして僕の名前を思い出したい。僕は何て言う名前なのか、父と母がつけてくれた大切な名前を取り戻したい。そうできるように学校へと走ってきた。
まだ息があがっている。キツイししんどいし、もう少しここでこうしておきたい。
「そうそうお前がいない間にわかったことがあるぞ」
そう言って金髪はニッと白い歯を見せながら笑った。
「ちゃんと聞けよ、聞き逃すのだけは無しだからな。ちゃんと聞けるように耳掃除しておくか?」
僕は首を横に振った。
「そうかならもう言っていいんだな? 一回しか言わないぞ」
僕は首を縦に振った。
「俺の体がどこにあるのかわかった」
僕は金髪を見た。金髪は爽やかな笑顔で僕の反応を待っていた。
「何故それがわかったか知りたいんだろ? それぐらい教えるよ、情報というのは共有しないとね」
金髪のことも心配だけど、それよりは我が身のほうが心配だ。だけど金髪の言うとおり情報は僕にとっては大切だ。何でもないないようなことが実はとても重要なこともある。
「先生が職員室で話していたのを聞いたからわかった」
それは僕がやりたかった事だ。誰か僕の話をしている人はいないだろうか、それを聞けたら謎を解き明かす早道になったのにと思っていた。
「まああんな状態の生徒を無視はできないからな。職員室で俺の話しするかなと思ったから行ってみたら案の定だよ」
不良グループの二人が金髪を助けようと必死だった。それは当然と言えば当然だろう。友達が倒れていたら、そこで人が倒れていたら助けるのが普通だ。
「先生たち俺のこと心配してたぜ。だから俺は思った、こんなに心配かけて悪いなと」
金髪は真剣な表情をしている。いつもはこんな表情なんてしない、大食いとタバコと馬鹿やっているから。
「けどな俺の悪口も言ってやがった。あいつは迷惑をかけて楽しんでいるのか、これもアイツのイタズラなんじゃないのか、こう言っちゃ悪いけど病院にこのまま暫くいてほしいね」
真剣な表情から眉に力が入った。金髪は怒っている、僕を睨んでも意味がないけれどその時の怒りが今こみ上げてきたのだろう。
「酷いと思わない? そりゃいつも迷惑かけて悪いなと思ってるよ、だから俺のことが嫌いな先生もいるのもわかる。でもだからって病院送りになった生徒にあんな事言うかな、普通言わないでしょ普通もっと心配するでしょ」
その言い分には僕も納得できる部分はある。しかし普段の行いが悪いせいでそう言われてもしかたない。でも先生としてそんな事言うのはどうなのかとは思う。あとで問題になっても擁護はできない。
「あームカつく、思い出したらムカついてきた」
チっと舌打ちをうった。
「殴ってやりたかったよ、力の限りさ顔に向けて拳を飛ばしたかった。でもどうせすり抜けるでしょ、こんな時殴れないのは嫌だね」
またチっと舌打ちをうった。
「でもさ殴れなくて良かったとも思った。ムカつくからすぐに殴る、気に入らないからすぐに殴る、そんなのダサいって思えてきてさ」
金髪はまた真剣な表情になった。喜怒哀楽が忙しいやつだ。
「先生いがいの声も聞こえたんだよ。クラスメイトとか違うクラスのやつとか、後輩の声なんかも」
「何て聞こえてきたの?」
「……あんまり言いたくはないな、心にずしんときたからな」
「そっか」
「うんそうだよ、つまりはそういう事が聞こえてきた。ちゃんと聞きたくなかった、聞き逃したかった、聞けなくていいから耳栓したかった」
そして金髪は黙った。黙っている間も僕達の横をクラスメイトが歩いていく、後輩が歩いていく。
風が吹いた。髪が揺れた、横を歩く女子生徒のスカートも揺れた、木々も揺れた。
金髪はまだ口を閉じている。飄々としていて悩みなんかなさそうに見えるけど、金髪も僕と同じ中学生で僕と同じように色々悩むんだ。
声をかけるべきか、喋りだすまで待つべきなのか。しかしこうしている間も時は進んでいる。それならさっさと声をかけるべきだが、自分から言わないといけないような気がした。
だから友達として待つ。日が落ちて暗くなってきたらさすがにこっちから声をかけようとは思うけど。
しかし金髪は僕のほうを見て口を開けた。
「あっそうだ俺の体がどこにあったかだったね」
「うん」
「A病院だってさ。そこに俺はいるんだってさ」
「そっか」
「うん居場所がわかって良かったよ」
「僕はどこにいるのかな」
「あっそれなら知ってるよ」
「え?」
僕はびっくりした。何故金髪が僕の抜け殻の居場所を知っているのか、それと僕の居場所がわかって良かったから。
「俺と同じ病院にいるみたい。A病院に俺とお前の体がある」
「A病院か……そっか、A病院に……よかった」
嬉しくて嬉しくてたまらない。僕が何処にいるのかようやくわかった、僕の居場所がわかって安心した。どこかの部屋にいるんだろうけどそれは何号室だろう、家族は僕の目が開くまでずっと病室にいるのかな。さっき家には祖母しかいなかった。皆は病院に行っていたのかな、だから家にはいなかったのかな。
「このことを知ったのはこれもまた職員室。俺の悪口を言ったあとに、お前の話になった」
「どんな事を話していたの?」
「……言っていいのかな」
「そりゃ言ってくれなくちゃ、情報は共有するんでしょ」
「……でもなーその前に俺もさっき言わなかったこと言いたいし」
「えっこのタイミング」
「お前さっき声かけなかったじゃん、それは俺から言うのを待っててくれたんだろ。だから言わなくちゃ、こういうのは早めに言わなくちゃと思ったけど、そういえば俺の体どこにあるのか言ってないと思ったからさ」
「滅茶苦茶だね、構成力がないね」
「そんなん自分でわかってるって。だからこのタイミングになったわけ」
「そっか」
「そうだよ、だから言うな」
金髪は深呼吸をした。そして喋り出した。
「皆俺のことが嫌いみたい。怖いとか馬鹿とか、アイツ調子乗ってるとか中学卒業したら関わらないしいいじゃんとか、子供だよねアイツ小学生のほうが大人とか、偉そうにしてるけど学校から外に出たらただの中学生だよなとか。言いたい放題言ってやがった、俺が病院送りになったのに誰も心配していなかった」
「……」
「でもさそうなってもしょうがないよね、俺はいつも迷惑ばっかりかけていたんだから。そうなって当然というか当たり前というか、こんなヤツと好き好んでつるみたくはないよな」
金髪を見た。頬に暖かいモノが流れていた。
「馬鹿だけどわかるよこれぐらい。馬鹿だから気にしないでおこうと思ってたけど無理、俺はこんなにも迷惑かけていたのかこんなにも嫌われていたのかって思い知った」
その姿は弱弱しい。強がっていただけなのだ。
「もう手遅れなんじゃないの、僕ら三年生で受験生だよ、いつまでこんな事続けるの。お前に言われた言葉が心に響いた」
「それはつい頭にきて言ってしまった事だよ」
「いや違うよ。馬鹿にしてると思われてもしっかり受け止めるよ、そうじゃないとしても受け止めるよ」
「そっか」
「気づいて良かった。彷徨っていて自分を知れた、ありがとう皆すみません皆」
誰も金髪の事を心配していない、それは違う心配している人はちゃんと存在する。大食いとタバコはとても心配していた、金髪を助けたくて必死だった。
「あの二人は君のこと心配していたよ」
「アイツらは一番の被害者だからしっかりと頭を下げないと」
そんなことしなくてもいいんじゃないかな、だって二人は君の友達でしょ君は二人の友達でしょ。ただの友達じゃなくて親友じゃないのかな。
しかしそれは言わないでおこう。三人にとっては余計なお世話だから。




