公園 2
そこにいたのは女の子だ。
女の子は僕が通っている学校の制服を着ている。夏用の制服を着ていて半袖と短いスカートが可愛い。陽に焼けていない真っ白な細い腕が綺麗だ。
そんなことより何故僕が見えているんだろう、何か知っているかもしれない。僕は今物凄く情報不足だからどんな些細なことでも知りたい。
「僕のです。見つけてくれてありがとう」
「お礼なんていいよ、そこに落ちてたから拾っただけだよ」
女の子は僕の鞄を前に出した、僕は鞄を受け取ってズッシリと重い鞄を手に持つ。
さてどうやって聞こうか、何故僕が見えるのですかとストレートに聞くのが一番だが変な人だと思われないだろうか。誰にも見えないこの状況がそもそも変なんだけど、そんな状況のなかに僕のことが見える人物が現れれるのはこれも変ではないだろうか。
そう思うと女の子の存在が何となく変だと思えてきた。
考えすぎかもしれないけど、僕がこの状況がわかるまで何処かで見ていてこの状況がわかったところで僕の前に姿を現したのではないだろうか。
漫画や小説アニメやゲームの見すぎかもしれない、そんな展開はよくあるし実際こんな展開があるのかはわからないけど今がその展開だとしたら僕の考えは間違ってはいない。
とりあえず何か話してみよう、話さないことには何もわからない。適当に嘘をついて話すタイミングを伺おう。
「これから学校に行くんですか?」
「うん、キミもこれから?」
「ええそうです、寝坊しちゃってこんな時間に」
「最近熱帯夜で寝苦しい夜が続いてるのによく寝坊できるね」
女の子はクスっと笑った。
「冷房かけて寝たから気持ちよくって、だから寝坊したのかな」
「あーそれわかる! そんな部屋にいたら寝転がるだけでも夢の中に行けちゃうね」
「それで変な時間に寝たり起きたりしちゃったり」
「そうそう、それで時計見てビックリして無駄に時間を使ったと反省してしまう」
「反省するけど眠気には勝てないですね」
「寝る子は育つから寝てもいいよね、私達成長期で育つんだから」
女の子はそう言って自分の胸やお尻を軽く触った。
「だからって食べ過ぎとかはダメですね」
「そうかな? お腹空いてるんだったら別にいいんじゃないの」
「でも過度に食べるのは体に悪いですよ、太るから女性は気にするんじゃないですか」
「食べた分運動してカロリー消化したら太らないよ」
「ええ、そうしたらいいですが食べるだけ食べて運動しない人いますし」
「キミ私の体型見た? ほら太ってないよ」
「はい貴女は太ってないですね、ちゃんと運動してるみたいです」
「あなたって……そっか、まだ私の名前教えてなかったね」
よしキタ、この女の子の名前は重要なのかそうではないのかわからないけど知っていて損はないだろう。それに名前を知っていたほうが呼びやすい。
「私の名前は明日香っていうの」
「明日香さんですね、変わった苗字ですね」
「違う違う名前だよ、苗字は秘密にしとく」
「何で?」
「何でもかんでも教えたらすぐに何でもわかっちゃうでしょ」
「検索したら何でもわかる世の中ですからね」
「うん、そういうこと」
「わかりました」
「でキミの名前は何て言うの?」
「え」
そういえば僕の名前はなんなのだろう、全く思い出せない。何故思い出せないのだろ、自分の名前がわからないなんて相当重症だと思う。
僕が休憩所で寝る前に何かあったのか、その何かのせいで僕は自分の名前がわからなくなっているのか。そもそも何かあったかなんてわからないけど。
「ねえ何ていうの、早く教えてよ」
明日香は僕を急かす、早く名前を言わないと不審がられるだろう。何故名前を言わないのかと。
どうすればいい、記憶の底に眠る僕の名前を拾い上げれたらいいけどきっと僕の記憶には僕の名前はないだろう。何故そう言い切れるのか、それはこういう展開ではありがちだからだ。これもまた漫画や小説の見すぎかもしれない。
これ以上何も言わないでおくと明日香から情報が得られなくなってしまうかもしれない、そうなるとこの状況は何も進展しなくて僕はここで彷徨うことになってしまう。それだけはどうしても避けたい、だからもう適当に嘘をつくしかない。
「えっとね僕の名前は――」
「へーこういう名前なんだ、っていうか同じ学年じゃん」
明日香は僕の鞄を見てそう言った。鞄に何かあるのか、さっき鞄を見たけどとくに変わったところはなかったはずだ。
僕は急いで明日香が見ていた辺りを見た。するとそこにはどこの学校の何クラスかが書いてあって、その横に自分の名前が書いてあった。
しかし、ぼけていて何が書いてあるのかわからなかった。僕の苗字はどんな漢字なのか、僕の名前はどんな漢字なのか、それが全くわからなかった。何故僕の名前にモザイクが?
しかしわかったことが一つある。明日香は僕と同じ学年みたいだ。
「○○君のこと全然知らなかったよ、1組と4組じゃ離れてるもんね」
僕の名前を呼んだのだろうか、僕の名前を言った部分はノイズが入って聞き取れなかった。
「今まで同じクラスにならなかったのかな? まあそんな人は私にも何人かいるけど」
「僕も知らなかった。スミマセン知らなくて」
「いやいいよそんなの、私も知らなかったしお互い様じゃん」
「そうですけど同じ学年なのに知らないのは失礼ですし」
「だからお互い様だって! っていうか同じ学年なんだし敬語やめてね」
「はい……うん、わかった」
女性は苦手だ、だって男より大人だから。
昔からそれは思っていたことで、別に今に始まったことではない。男の子が何とかレンジャーとか何とか戦隊とかヒーローごっこをしていたら、女の子はおままごとをして炊事・食事・洗濯・買物・接客等を模倣していてそこには意味がある。ただ騒いで楽しむだけの男の子のヒーローごっことは違う。
僕もヒーローごっこをよくやっていた、日曜日の朝に一時間もあるワクワクしてドキドキする夢のような時間は毎週楽しみで見逃したときなんかは大泣きをした。それぐらい男の子にとってはヒーローは偉大な存在で、憧れでもある。将来はヒーローになって地球の平和を守ると言った子は何人もいるだろう。
それがいつの日か子どもっぽいと思えてきた。子どもなんだから子どもっぽくて構わないけれど、一緒によく遊んでいた女の子はいつしか一緒に遊ばなくなり、ファッション雑誌やアイドルの写真集を見たりカッコイイ俳優の話しなんかで盛り上がっていた。
その光景に見とれていて、教室にいる男子は僕一人になっていた。皆休み時間のチャイムが鳴ってグラウンドへと走っていった。しかし女子は机をくっつけて喋っていた。誰もグラウンドへと走る女子はいない。
僕は窓のほうへと歩く。グラウンドには同級生がいっぱいいて、皆走り回っている。この時僕は何て子どもっぽいんだとビックリした。男子というものは何もかもが子どもで、大人である女子には何も敵わないと思った。
あまりにもショックで自分の席に座った。そして今まで行なってきた子どもっぽい思い出を思い出していった。お子様ランチを食べる、風船を貰って喜ぶ、ヒーロー物のグッズを付けて暴れる、その思い出はどれも楽しかったけどこの時はそのどれもがとても恥ずかしい思い出に変わった。
ああ恥ずかしい、恥ずかしくて誰とも目を合わせたくない、もう早く家に帰って布団をかぶりたい。
そんな時クラスで一番可愛い女子が声をかけてくるのだ。
どうしたの○○君? しんどいの、どこか痛いの、保健室に行く? 保険員は今いないけど私で良ければ一緒に行くよ。
恐る恐るクラスで一番可愛い女子を見ると、いつもより大人に見えて綺麗に見えて同級生なのに年上に見えた。だから僕は敬語になってしまった。
いえ何でもないです、ご迷惑をおかけしました。そう言って教室を飛び出した。
これがきっかけとなったのかもしれない。だから今も苦手で、女性と話すと緊張してしまう。そのことを友達に言うと、お前は平気そうに見えるんだけどと言われる。表情に出ないのだろうか、女子を目の前にした時の僕の顔はどういうものなのか鏡で確認したくなった。
「ちょっと待って、学校に行く前にちょっとやることがある」
「なに?」
「さっきおじいさんが危なくて、どうにか助けを呼んだんだけど助けが来るまでは見守りたい」
「そのおじいさんってあの人だね」
明日香は人差し指をそっちに向けている。その指の先にはおじいさんがいた。その横にはおばあさんもいる。
「そうあの人、助けを呼べて良かった」
「暑いもんね今日、気をつけないとね私たちも」
「うん」
頷いたが僕には暑いことがわからない、何も気温が感じられないから。明日香は暑いと言っているから僕とは違うのだろう、僕とは違って正常な人間なのだろう。
「とりあえずおじいさんの所に行ったほうがいいよね、○○君が助けたんでしょ? なら側にいないと」
明日香はニコっと笑って歩き出した。まずい、このままおじいさんの所に行ったら僕が見えないことがバレてしまう。そうなるとこの状況は振り出しに戻される危険性がある。
どうすればいい、何とかして足止めしないとすぐに着いてしまう。だがどうやって止めたらいい、言い方によっては不自然になって怪しまれる。
「何ボーっとしてるの? 行くよ」
明日香が振り向いて言った。
ヤバイ、早く止めなければ何も情報を得られずに僕はこの場から逃げなくてはいけなくなるかもしれない。そうなるのが一番最悪だ、他にも僕のことが見える人がいるとは限らないから明日香を逃すのは勿体無い。
胸のあたりが激しく鼓動している。
僕は深呼吸をして落ち着かせ、何も良い案は出てこないけどとりあえず明日香に追いついて足止めすることにした。
失敗したら状況は悪くなる、しかしここで止めておかないとそれも状況が悪くなる。
僕は明日香の手を握って、少し力を入れて引っ張った。